「生きる意味」を考えないという選択。
生きていると、いろいろ
「意味」を考えてしまうものですね。
そしてその生きる意味とか
人生の価値とかってこと、
時に、
何も考えないほうがいいんじゃ・・と
思うことがある。
もちろん、「人生の意味」とか
考えるのも立派なことなのだけど・・
よくニュースなど見ていて
毎月3000人とか・・
現代の自殺する人の多さとか
報じられていますよね。。
そんな時、ふと思うんですよね。。
みんながみんなとは言わないけれど
また自殺まではいかなくても・・
「自分なんて生きていても仕方ない」とか
「自分には価値があるんだろうか?」って
ついそんな風に考えてしまい、
生きる気力を失ってしまう人も
現代には多くいるんじゃないでしょうか・・。
僕たちは、生まれてから
いろんな価値観に囲まれて生活してきました。
勉強できなきゃダメとか
いい仕事につかなきゃダメとか
モテることは素晴らしいとか
心の弱い人はダメだとか
セレブはかっこいいとか
まぁあまりいいたとえが浮かんでこないけど(笑)
とにかくいろんな価値観も、メディアからの情報も
この世界には溢れかえっているわけで
いつのまにか、、
いろんな考えにとらわれてしまってる部分って
誰しもあるものじゃないでしょうか。。。
で、息苦しくなった場合というか
生き苦しく(?)なってしまった時は
一度くらい
「も~、生きる意味なんて、ど~でもいい!」くらい、
身も蓋もない地点に立って開き直っても
いいんじゃないかなぁ~と思うんですよね。。
たとえば前例の反対で言えば・・
勉強できても不幸な人いっぱいいるし
いい会社入っても、毎日とても嫌な上司と
仕事しなきゃいけなくなることだってあるし、
美人でもイケメンでもいつかは老いるし、
それにつきあう人だって、どんなにモテても
一人しか選ばなきゃいけないわけで(笑)、
しかも芸能人とか離婚すごい多いわけで・・・、
心の面でも弱さを気にするより、逆に
気が強くて損して、孤立する人だってたくさんいるし、
会社の社長とか不動産持ってるとか言ったって、
金持ち=幸せとは限らないし、そのために
転落する人も、バブルはじけて多額の負債抱えた人
もいっぱいいるし・・それに
もはや有名とか財産で人間の偉さが決まる時代
なんて終わっているし・・・
というわけで、、ともかく
意味とか価値とか、それでかえって自分を
苦しめてるようなら、一度
ぜ~んぶ、とっぱらっちゃっても
構わないんじゃないかぁなぁ~と、
そう思うのです。。
花だって、咲いて・・いつか枯れてゆき、
動物もいちいち「生きる意味」とか
考えてないし、、人間もたまには
他の地上のすべての生物を見習って
「生きる」ということに
すべてを集中してもいいんじゃないかな。。
人間だけですもん、自殺したりするの。。
また、現代はあまりに多く
鬱などで苦しむ方も増加してるのだけど・・、
あまり深く、悲しみや嘆きの感情に
向き合わず・・、
ある芸人さんが言うように
「生きてるだけでまるもうけ」
みたいな心の地点に立ってもいいのでは
と思うんですよね。。
そうすることでかえって見えてくることも
あると思います。。。
「自分の在り方」とか難しく考えすぎないで
「自分らしさとは」とかも考えないで、、
ただ人間らしく・・・
ちょっとした成功に喜んだり、時には
失敗続いて凹んだりもしながらも・・、
それでも、また明日また明日って感じで・・
働いたり遊んだりしながら、、
泣いたり笑ったりしながら、
昨日までの自分より
少しでも
より自分が気持ちよく生きれるように・・
ココロをウォーミングアップしながら
日々を進んでいけるといいですよね。。
こうでなきゃいけないって感じの
窮屈な人生観は自分を窮屈にしちゃうとこ
ありますよね。。。
もし息詰ったら、心のスタートラインを
ニュートラルに戻しちゃいましょう。。
では、また明日^^

先日書いた詩の・・
続編的エッセイ版として、
より話しを広げて書いてみました。。。
告知紹介。二人展〜色彩のエロティシズム〜
二人展のご案内です。
明日28日(金)~30日(日)の3日間、
~色彩のエロティシズム~
Tako★MASARU×中山杏子
という二人展をドラードギャラリーで
開催します。。
Takoさんは、先般の「小さな絵の大博覧会」
でも常にベスト10入りしていた人気作家さん。
多方面でもいろいろご活躍です、↓

一方、中山杏子さんは、2月の
「SADU日韓交流展」で人気を博していた
ポップアートの若手作家さんです。
今回、この二人展に先だって、
ドラードギャラリーから美術出版社へ
ご案内&イチオシしたところ・・・
「美術の窓」6月号の
プレビューページで紹介していただける
ことに^^。↓


これで・・
これまでの個展や合同展で・・・
ワタシ、CHAPAさん、くろさん、
三須直美さん、野崎はるかさん、
満田博久さん、河合幸代さん、
そして今回のお二人を入れ
半年間で9名も紹介されてます♪
今後もいろんな方をアピールして
ゆきたいなぁ~と思います。。
さて、今回、この記事でも
紹介されている作品、
ともに50号の見応えある作品です。

Tako★MASARU「避けられない想い」

中山杏子「TEKO TEKO」
また、今回、、
こんなかわいいミニチュア作品もあります↓

Takoさんの直筆で・・
価格、なんと1500円の
特別キャンペーン。。
(数に限りあります^^;)
ぜひ、この期間、3日間ですが
ご興味ある方、お越しくださいませ♪
(詳細)


ではまた~。。
期間中、作家さんも
全日おられる予定です。。
気さくに話しかけてくださいね^^

岡本太郎による「ピカソのゲルニカ」講義
いろんな名作を解説まじえて
紹介していきたいと思い・・
新しいテーマ「絵画の見方」を
作りました。。
今後、いろんな絵をボチボチと
スローペースで^^;
紹介していきます。。
第1回目は・・
ピカソの歴史的大作「ゲルニカ」について、
昭和28年に出版された
岡本太郎「青春ピカソ」の中に、
とても素晴らしい解釈があるので、、
それをテキストに・・引用・抜粋して
編集した内容を紹介したいと思う。
やはり、美術批評家の評論などよりも、
偉大な画家が同じく偉大な画家の絵を
説明したものは、すごく説得力があり
真に迫ってる文が多いなぁと感じます。。
もちろん、素晴らしい批評家も
なかにはいるのだけど・・。
まず・・「ゲルニカ」とは
こちらの絵。。

~岡本太郎「青春ピカソ」より抜粋~
「ゲルニカ」はピカソ自身にとっても新しい様式の試みである。
ほとんどモノクロームに近い大作の大胆きわまる描法は、
新立体派(ネオ・キュビズム)とでも名付ければ典型的であろう
と思われる。ここでは画面にひそんでいる象徴的な要素を、
時代的な流れ・その雰囲気と連関させて観察し裏付けてみたい
と思う。
この大壁画は型破りな構成である。まず、中央を占めている
のは振りかざしたランプを頂点とする三角形のコムポジシオン
である。ところが画面全体を抑えている中心は実は左端の牡牛
の像であり、それに向かってすべての表情が戦慄的に集中されて
いる。
「ゲルニカ」は彼の20年代のネオ・クラシスムの仕事よりも
はるかに古典的な匂いが強い。すべての要素は緊密に組み合わ
されて内部へ集中し、喧噪なモチーフであるにもかかわらず、
全体に不思議なほど厳粛な静寂感をみなぎらせている。建物
や壁はもちろん、人間像をも大胆に貫いて通る垂直・水平線
はさらに冷酷な静止感を強調する古典的効果である。
しかし同時にそれはまったく逆なロマン的要素が共存して
いる。画面の外へ、そして中心をはずして奔(はし)り出る
動的な構成、特に右端の人物の天を衝(つ)く両手の逆三角刑等、
画面全体が真にうなり声をあげているかと思われるほど激しい
形相を発散する。激情的な内容についてはいうまでもないで
あろう。
残忍きわまる牡牛ーだかそれは妖しい美しさを湛(たた)えて
すべてを威圧している。唾棄(だき)すべきファシズムの象徴
が、この画面においては崇高なまでに美しく写し出されて
いるのである。読者はこの矛盾をどう解釈されるであろうか?
(中略)
さて、「ゲルニカ」に戻って今一度この絵を観察してみよう。
この画面を異様に引締める心理的なポイントがある。それは
画面をいったいに照らし出す極めて平凡な笠つきの電燈である。
この電燈ゆえに、これは室内の惨劇である印象を与える。
血みどろな被害者たちは妖怪の冷厳な眼光に凝結させられて、
逃れるすべもない。これは闇に閉じ込められた迷宮(ラビリンツ)
のただなかである。
(中略)
反戦的な意図をもとに、残酷な場面を描いた作品として、
ゴヤの一連の版画「戦争の惨劇」がある。だがゲルニカには
ゴヤの版画の暗さと重さはない。「ゲルニカ」の中にある画面
全体の均衡は整然として割り切れている。18、9世紀の
人間相互の流血ではなく、機械による非常な肉体の破壊である。
きわめて残酷であるにもかかわらずこの作品がゴヤのイメージ
よりはるかに明晰な格調を示しているゆえんである。
(中略)
私は混乱を避けるために、18、9世紀的なものと区別して
「ゲルニカ」の20世紀的純粋性を強調し、また芸術のイロニー
の問題でこの作品を釈明した。だがしかし、彼の内奥(ないおう)
に19世紀の宿命の影が潜んでいることは見逃せないのである。
「青の時代」の世紀末的絶望はその後高度に飛躍した作品の中
にもまた「ゲルニカ」の中にさえも認められるのである。
この画面のトーロー(牡牛)のみが厳然と構え、あくまでも
斃(たお)れない気配であるのに、他のすべてがあまりに非力
として表現されているのは、何と言ってもファッショ的暴力に
対する小市民インテリゲンツィアの無力感の象徴だと見るべきで
ある。そこには神秘的な気配が漂い、ドラマ的要素が大時代な
舞台でも見るような感じを与えていることは否定しがたい。
とことんまで非情なメカニズムで割り切っていないところに
19世紀的絶望感が漂う。それは彼の作品が新しい形式をとり、
きわめて難解とされているにかかわらず、20世紀前半の
インテリ層に大いに喜び迎えられた理由である。
と同時にこの歴史的な天才の限界を示しているのである。
だがこれらの宿命的な限界にかかわらず、「ゲルニカ」の
偉大さは正に圧倒的である。
「傑作は天才のアリバイである。」とブルトンは言う。
「ゲルニカ」のような傑作を見ると、作品こそは芸術家の
すべての証しであることを肝銘し、恐ろしさと嬉しさに戦慄する
のである。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
いかがでしたでしょうか・・
岡本太郎によるピカソ「ゲルニカ」講義^^。
ちょっと難しかったでしょうか。。
素晴らしい名著なので、
このへん読むと、絵の見方とか
とても参考になります。。
ご興味ある方は、、
いま太郎さんの本はどんどん復刊されてますので
読んでみてください。。
ではまた~♪

<<ドラードギャラリー・スケジュール>>
ドラードギャラリー情報の
今後の展示会日程と、
現在の空き情報をお知らせいたします。。
アートに興味のある方、また個展・合同展を
お考えの方、ぜひご参考ください^^。
※空き期間のギャラリー・レンタルですが
3日間~自由日数で借りれます。
本年7月末までの申し込みに限り
開廊記念特別価格・1日/6500円
でレンタル可能です。
8月以降の申し込みから
1日/8500円となります。ただし・・
来年度分の予約も含め、本年7月末までの申し込みは
すべて上記特別価格でお承りいたします。。
<5月>
5月28(金)~30(日)
TAKO・MASARU&中山杏子(二人展)
<6月>
3(木)~6(日)
アトリエクルール(ワークショップ)
7(月)~11(金)常設展
12(土)~18(金)
小原聖史&摩有(二人展)
19(土)~21(月)
宮崎拓也・個展
24(木)~27(日)
くろ・HIROMI(二人展)
<7月>
1(木)~5(月)
三須直美(個展)
9(金)~11(日)
小楠アキコ・個展
12(月)~15(木)常設展
16(金)~18(日)
くろ・個展
19(月・祝)~31日
レンタル募集中
<8月>
1(日)~10(火曜)
レンタル募集中
12(木)~19(木)
阿部由里・原澤牧子(二人展)
21(土)~27(金)
アマドゥ・トゥウンカラ展
29(日)~31(火)
岩間利恵子・個展
<9月>
2(木)~5(日)
レンタル募集中
6(月)~12(日)
石川光寛 個展
13(月)~17日(金)常設展
18(土)~26(日)企画展調整中
<10月>
9月30(木)~10月5(火)
小原聖史&井上奈奈(二人展)
8(金)~11(月)
ボールペンアート合同展
14(木)~26(火)
海外作家/Huub Ragas展
29(金)~11月1(月)
如月愛&八角香代(二人展)
<11月>
4(木)~8(月)
三須直美(個展)
11(木)~16(火)
柏木和枝・個展
18(木)~21(日)
レンタル募集中
22(月)~28(日)
ヒロ榎本・個展
<12月>
11月29(月)~12月9日(木)
レンタル募集中
10(金)~12(日)
くろ&堀内朗(二人展)
13(月)~18(土)
レンタル募集中
19(日)~26(日)
高木紀子展
<付記>
※クリスマス・アート展は開催企画予定ですが
その場合、別場所での大会場を予定しています。
※先日紹介の公募展ですが、、
会場選定・日時決定等の調整中の為、今しばらく
お待ちください・・・。
※個展等の申し込みに関しましては
特に美術学校系の学歴やその他の経歴を
問いませんが、、簡単な審査はございます。。
主にメール等で作品画像を送っていただくか
ポートフォリオをお持ち頂くか等
していただいております。

ぜひ、、今後とも
ドラードギャラリーを宜しくお願いします♪
素敵な展示会・・たくさん開催していきます。。
あと、レンタルに関するご質問や
お申し込みにつきましては、「ルーム」のメッセージ欄から
お問い合わせください。。
ドラードギャラリーの地図は・・
同じく「ルーム」に掲載中です。。
なお、全スケジュールとも
水曜日は定休日です。。
ではまた~♪
たとえば納豆に見る、人との関係。
とうとつだが・・
私は納豆がきらいだ。。
仮に、、職場のお昼に
スタッフが納豆を食べていても
文句も言わないし、
軽く匂ったって我慢する。。(笑)
まぁ、納豆の例は極端だとしても、
個人的な食べ物の好きずきに
いちいち文句をつける人もいないと思う。。
さて、話しは変わるが
世の中には・・
どこか、、人間は「話せばわかる」的な
理解しあわなきゃいけない、
というような感覚にとらわれてる人も
多かれ少なかれいるような気がする。
たとえば、、親子の関係などでも
「どうして、あなたはこうなの~」
みたいな。。
つき合ってる恋人同士でも
「あ~、理解できない」的な
そういうことは多いと思う。。
自分もまた、つき合ってる女性なんて
まったく理解できないことばかりだ(笑)。
けれど、、理解なんてしようと思ったら
1ヶ月で終わっていただろうな。。
でも大袈裟な例でいうと、
たとえば中国とか違う国
にいって、、そこで知り合った人と
理解しあおうと思っても難しい場合の
ほうが多いと思う。。
文化も違えば、、教育も違うし。。
いちいち、自分の感覚との違いに
イライラしてたら、旅なんてとたんに
つまらないものになってしまう。。
やはり、なんというか、、
「受け入れる」ということが
大事なんじゃないだろうか。。
自分とは「違う人」として。。
彼女は納豆好き、でも僕は違う。みたいな(笑)。
もちろん、どうしても理解できないうえ、しかも
自分に災いが降りかかってくるような場合は
別として、、、
それ以外のことは、、国籍は同じだけど
違う人種というくらいの見方であったほうが
人間関係ストレスたまりにくいと
思うんですよね。。
なんでも自分の思い通りならなきゃ気が
すまない人とかは、、いい加減、
人はそれぞれ違うってこと、
そして、理解しようとするんでなく
そのまま受け入れる寛容性が大事ってこと
気がつかなきゃいけない気がする。。
なんか偉そうかな^^;
でも、たまに、、そんなこと感じること
これまで多少なりともあった。。
なんか、相手に一貫性を求めても、、
人間って機械ではないし、、
自分だって、ちょっとした気分の変化なども
よくあるし・・・、接する人すべてに
同じ態度かというと、きっとそれも違うし、、
そこは生身の人間なわけで。。。
親子でも男女でも・・
自分の感覚や正義感や価値観だけで
きっと話せばわかりあえる・・や
とにかく理解しあうのが大事
というのは・・じつは
はたしてそうなのかなぁ~なんて
少々疑問に感じたりする。。

ではまた~♪
似てるけど、どこか違う比較。。
似てる感じなんだけど、けっこう違うという
人間の比較考察をやってみました。。(笑)
「せっかちな人」と「行動力のある人」。
「優柔不断な人」と「決断に慎重な人」。
「神経質な人」と「細部にまでよく気のつく人」。
「いつものろい人」と「いつものんびり屋」。
「中年のチンピラ」と「ちょいワルおやじ」。
「熟女だねーと言われる人」と「おばさんだねーと言われる人」
「ヘーコラしてる人」と「腰の低い人」
「すぐキレる人」と「ただ短気な人」
「孤立してる人」と「アウトサイダー」
「ちゃらんぽらんな人」と「ざっくばらんな人」
「こわい人」と「ワイルドな人」
「放浪癖の人」と「旅好きな人」
「威張ってる人」と「威厳のある人」
「派手な人」と「ファッショナブルな人」
「無鉄砲な人」と「勇気のある人」
「また来てね」と言われる人と、「また来たの」と言われる人。
「批判ばかりする人」と「よくツッコミいれる人」
「多重人格の人」と「多面的な人」
「まなちゃん」と「かなちゃん」ビミョー。(笑)

たまには、こんな記事もいいかなと
出してみました^^;。。
ではまた~♪
「欲求」についてのエッセイ^^。
職場での時間とは違って・・
自分のプライベートな時間って
ひたすら「欲求」の連続だと
思うんですね。。
もちろん、そうじゃない
修行僧のような方もいらっしゃるかも
しれませんが^^;。
たとえば・・
ひたすらテレビをみたいという人もいれば、
家族団らんの時間を持ちたいという人も
いれば、殿方ならば・・パチンコや
キャバクラにいきた~い♡という人もいれば(笑)、
ひたすら読書したいという人もいれば、
ただただのんびりほけっーとしたいという人も
いれば、、彼氏、もしくは彼女と
ひたすらイチャイチャしたいという人も
いれば、それはそれは千差万別だと
思うんですね。。
そしてみんなそれぞれに多くの人が
自分の「欲求」に準じて生きているというか。。
僕の場合は・・・絵を描きたいとか
今日は本を読んでいたとか、
ブログしたいとか、、だいたいその3つ
が多いのだけど・・・、
だけど、それは欲求にそって動いてるから
あまり努力してる感じではない。。
ただ、例えば記事更新が30日続いて、
31日目にやる気がなくても、
せっかくだからと、
なんか意地で書いちゃうような時とかも
あるにはあるけど(笑)。。まぁでも、
どっちかというと、好きになったことは
自ら中毒にしちゃおうってくらいに
なんかそんなところがある。。
なので、、1年半ほど、ほぼ毎日ブログ
しても、いまだに、これ書きたい、あれ書きたい
と次から次とたくさん出てくるし、、いまだ、、
「なに書こうかな~」と困ることは
日々ほとんどない。。
これは絵でもそう。基本、超多趣味で
浅く広く飽きやすい性質だった自分が、
絵画の世界にハマってから
8年以上飽きずにつづけられて、、ますます
さらに情熱でてきてるし^^。。
たぶん、3つとも中毒症状。。。
本は最近、年とともに目がやたら疲れるので
それほどでもないけど、、
20代は1日1冊みたいな数年があった。。。
この3つだけ、、なぜかずっと出来てるなぁ。。
描くこと&書くこと&読むこと
これがマイベスト3な欲求のようだ。。
でも、こうしたことがもし、「努力」「精進」
って感じになってたら、、僕の場合は
たぶん続いてこなかったかも。。。
いかにそれが好きな状態を維持するかって
ことが自分にはとても大事で、、
それは仕事もそうかな。。
嫌いだけど、、やる気ないけど
でも頑張ってる・・というスタイルが
自分はすごく苦手だ。。
だから、「努力」するとすれば
それはいかに好きでいられるかという努力
をするかってことになる。。
昔から、、嫌いなことは一切できないという
とてもダメな欠点があり(爆)、
食事も好き嫌いがあまりに多すぎるし・・、
区役所などから来る無味乾燥な封書も
つい開けて読む気にならないから
ひたすら溜まりに溜まり^^;、
で、電話かかってきたりして
やっと探して開封するような体たらくだし(笑)、
仕事でも事務的なことは苦手なので
できるかぎりスタッフにまかせっきりだし^^;
数え上げればキリがないほど
欠点もたくさんあります。。
あ、何を暴露してるんだろう。。。
聞かなかったことにしてください^^;

ではまた~♪
早稲田大学探検・アート編
早稲田大学のなかには
博物館があって、企画展があったり
常設の美術品が見れたりする。
今日の午後、食後の休憩がてら
ぶらりと立ち寄ってみた。。
ちなみに・・早稲田大学は
我がお店の入るドラードから
目と鼻の先に位置する。
そして一般の人でも
構内出入り自由なのだ。。

こちらは早稲田正門から入って
すぐ右脇にある
早稲田大学會津八一記念博物館
http://www.waseda.jp/aizu/index-j.html
(携帯で撮影)
只今、、尾崎文彦の企画展が開催中だった。。
さっそく中に入ってみることに。。

こちらは受付。ちなみにこの企画展も
2Fの常設展も無料です♪

観内はとてもレトロな
西洋建築なので、建築マニアも楽しめます。。

なんかタイムスリップしたような
古めかしさがありますが^^
展示室は
パステル画の作品で、デフォルメされた
愛らしい動物画がたくさん展示されておりました。
その後、続いて2階へ。。
東洋の古代の古美術がたくさん
展示されており・・
とともに黒田清輝などの
近代日本の美術作品も数点展示されています。
その中で
以前から、ぜひ見たいと思っていた
前田青邨(まえだせいそん)の
「羅馬使節」という大作・・
やっとじかに見ることができました。。

資料からの撮影で、画像はイマイチですが
この絵は
1927年(昭和2)に描かれた、絹本著色の作品で
三曲一隻になっており、
291×196cmという巨大な作品。。
ノスタルジックでダイナミックな
不思議な作品で・・感激しました。。

お時間のある方は、
ぜひ早稲田へいかがでしょうか^^。
ドラード和世陀・・大隈講堂・・
早稲田大学博物館とけっこうタダで楽しめる
空間がいろいろあります^^。
人気の予言カフェなどに行かれる方も
けっこう多いです^^。。
ではでは。。
「年齢」のためのエッセイ
今日は「年齢」というテーマで
エッセイしちゃおうと思います。
年齢・・これ聞かれたくないのは
なにも女性だけではないんですよね・・。
ある意味、
男性も同じかな・・って思うんですよね。。
個人的な見解を展開すれば・・
まぁ、ビジネス上の繋がりなら仕方ないのだけど
特に、仕事以外で知り合った
微妙に世代の近い同性から、
小原さんっていくつ?って聞かれると・・
「はい44です~」と普通に答えるけど・・
相手が2~3歳上ってわかると、、
急に、、いちおう目上としての対応
しなきゃいけないのかなぁ~という
そんな意識にかられてしまう。。
あ、俺、年下なんだ、、って感じで。。
でも、できれば・・
プライベートな世界での繋がりでは
なるべく上とか下とか意識しないで
ヨコの関係として繋がりたいわけで、
年齢の上下を意識すると
急にタテな関係に変わりそうで
めんどくさい(笑)
ちなみに・・
大阪に18歳まで生活してたけど、、
かなり年齢には体育会系なとこ
あった気がする(笑)。
気のせいかな・・^^;
よく、ありがちな
「あ、じゃあ、同じ年だけど・・
学年では僕が一個上なんだぁ~」なんて
わざわざ正確に確認されると
なんか・・心もち爽やかでない(笑)。
ど~でもいいじゃん、思ってしまう。。
いけないかな^^;
僕自身はべつに、相手が5歳下でも
5歳上でも、、まったく意識しないのだけど
こういうの気にする人は気にするもんですよね。
あまりに大きくかけ離れてる場合は
いちおう僕も気にするのだけど
たいして数年しか変わんない場合は、、
どうでもいいことになってしまう。。
20代のころ、
仲良くなったばかりの相手に
ある日、◯◯君って言ったら、
「あのさ、俺のほうが年上なんだから
クンはないだろ~」とたしなめられた^^;
以来、トラウマである(笑)。。
その頃から
欧米だと「YOU」で完結するのに
ニッポンはめんどくさいなぁ~と
思ってる^^;。。
