片思いという名の試練 -10ページ目

一時帰国まで1週間

学会を乗り越え、充実感が少しあるまま、
最終戦の12月初めに向けた準備、一時帰国中にすることの整理をしている。

学会を終えて。
やっぱり試練は乗り越えられる人にしかやってこない、
というのは嘘じゃないな、と確信した。
でも重要なのは、最後まで気を抜かないことだ。

最近、サークルの新しいブログを見つけて、
彼の最新の(?)写真を見つける。
髪を切っていた。
ああ、彼に突進してしまうんだろうか。
写真の写ってた、彼の隣にいる他の後輩たち。
彼らにまでも、自分の行動のこと、伝わってしまうんだろうか。

遠く離れた場所で一人、自問自答している。
自分にとって、今一人、彼に対して抱いている感情は、どういう意味を持つのか。
自分の感情は、誰にも必要でない。それはわかっている。
もうひとつわかっているのは、自分にとってはこの感情は必要だということ。
最後までわかっていないことは、
その必要だということが、自分にとってどういう意味を持つのか。

自分の感情や行動はロマンチックに美化したくない。
自分の思いを伝えることは、自分の場合、全然ロマンチックではない、と自分で思う。

思いを伝えることは、自分にとって意味があることなのか。
あるとしたらどういう意味なのか。
ないとしたら、どうしてないのか。

ここを旅立つ前に、日本についてからでも、はっきりするだろうか。

日記

実は日本から日記を持ってきている。
自分が今の学問にちゃんと目覚めた2010年3月から今までの日記。
計5冊。
そしてその日記の書く量は、2010年5月、
彼が気になりだしてから大幅に増えて、
ノートの消費が早くなった。
つまり猛烈な羽を得てからのこの1年半の日記。

日記は、いいことも悪いことも、自分の心境の変化を記憶として残してくれる。
研究も、彼のことも、周りの人間関係も。

ここに来て、寝る前によく過去の日記を読み返す。
そしてバスに乗るときにも、カバンに入れて、
たまに読み返して、自分のこと、彼のことを考える。

試練は乗り越えられる人にしかやってこない。
という言葉をこっちに来て、自分にリマインドする。

自分のとりあえずの試練は来週の学会。
そして一時帰国中、先生との論文の打ち合わせが試練、
そして、彼に告白をする…
またここに戻って論文を完成、
今度は彼がもういない日本に2月に帰国、
3月に論文を出す。

長い冬になりそうだ。

でも終わらない冬なんて絶対無いではないか。
だからその都度の試練を、真摯に、謙虚に乗り越えよう。
春を待って。

あと一ヶ月

日本を発ち、2週間が経とうとしている。
こちらの生活もリズムがつかめてきて、
やっと今月末のこちらでの学会の準備に本腰が入りつつある。
首都デビューなので、失敗は許されない。
一方で「旅の恥はかきすて」と考えて、うまく緊張のバランスを取る。

日本の携帯に届くメールは一時帰国するまで見れないのがつらい。
サークルがどんな感じで進んでいるのか、気になる。

彼はどんな顔を今しているんだろうか。
今寝ているんだろうな、とか考える。

町の看板で彼の名前をふとしたときに見かけると思い出す。
こちらに来て、一度夢も見た。

ああ、自分が今ここで見ていること、感じたことを
彼に話せたら、知ってくれたらどんなに素敵なことだろうか、と。

かといってPCのメールから彼の携帯メールに用事もなく
メールを送るほどの器は自分にはない。

留学に向けてもう何年もイメージしていたが、
それを目指して日本で頑張っていたことが
遠い昔のように少し思えてしまう。
したがって彼との思い出も遠く感じてしまう。

彼に会ってないのは3週間くらいだけど、
もう1,2ヶ月会えてないような錯覚にとらわれる。



今日日記を書こうと思ったのは、来月の13日か14日に
もしかしたら告白するかもしれないからだ。

この恋が終焉に向かっていることを、何千キロも離れたところで、ふと思う。

一方で心の中で何ともいえない変な気持ちがある。
自分が新しい生活をはじめようとしているせいか、
心の中で占める彼の割合は日本にいるときに比べ、少し減った気がする。
幸か不幸か。
これは好きな気持ちが薄れたということなのか?
多分、今心を占めている学会が終わり、
新たなアパートに引っ越し、一時帰国の準備をするにしたがって、
自分の気持ちははっきりするだろう。

この恋において、今ここでは文字通り何も身動きが取れない。
だからとりあえず学会に集中しよう。