彼と再会してもうすぐ1年
前回のこのブログでの投稿から、
何回か彼の夢を見た。
去年の今頃、彼との9年ぶりの再会に、
しかも異国での再会にドキドキしていた。
彼の名前に使われている漢字を見かけると
いまだに心がキューっとなってしまう。
特に漢字の方に。
ああ、この人が片思いで好きだったんだ、と。
今取り掛かっている論文の査読結果が崖っぷちなのだが、
彼が好きだった頃の羽を思い出して、乗り越えないといけない。
先日、久しぶりにFBで彼の投稿があった。
今年の9月、彼は日本に一時帰国するんだろうか。
彼の誕生日
1月19日は彼の誕生日。
最近忙しく、当日の朝に思い出し、Facebookでも確認する。
一日中、お祝いのメッセージを送ろうかどうか考えていた。
自分が送ったら、重く思われるだろうか、
自分が送らなくても、相手は別に悲しまないだろう。
自分が送ったら、喜んでくれるのか?
自分は、人からお祝いされたらちゃんと喜んでいるだろうか?
送るとしたら、なんていうメッセージだろうか?
「おめでとう」の他に「また素敵な一年になりますように」は
他の人にはこう書くが、彼に書くのは恥ずかしい。
余談で、8月に再会した後自分が巡った場所の感想を言うとしたら?
でもそれは誕生日のお祝いの本題ではなくなってしまう。
誕生日のメッセージに当日返信するのも大変だろう。
結局落ち着いたのは「誕生日おめでとう」とワイン、ケーキ、クラッカーの絵文字。
日本時間の23時に送ることにした。
既読にならないまま、どんなリアクションが返って来るかな、と思い眠りにつく。
そういえば、今週初め、彼が夢に出てきた。
どんな夢だったかは記憶していない。
今朝、彼からの返信。
自分が寝た10分後くらいに送信されていた。
「ありがとうございます!
また学会等でヨーロッパ来る時があれば、声をかけてください!」
このメッセージに対する反応はしていない。
その後の今日、温かい気持ちで一日を過ごせた。
反芻して思い出していたのは、告白した場面。
2011年11月14日。
もう12年半以上も前のことだけど、
自分が言った言葉、彼から聞いた言葉、
結構鮮明に覚えている。
改めて、自分でよく言ったな、ということ、
そして相手がよく聞いてくれたな、ということ。
そしてゲイだということに対する相手の拒絶がなかった、ということ。
なんか、思い出と付き合っている自分。
そして思い出の中の彼とも(片思いで)。
これからどうなるんだろう。
2024年になって
2023年8月末に彼と異国で再会して、日本に戻ってきて日常に戻ると、
片思い時代を久々に思い出していた6月から、9年ぶりに再会した8月を経て、
再会の余韻に浸っていた9月まで、
いかに自分が感傷的だったかがわかる。
9月の時は、彼に告白した2011年11月14日から12年の記念日(?)をどういう気持ちで
過ごすのだろうかを考えていたが、日常の忙しさの中で11月14日のことを忘れた自分に呆れてしまった。
11月14日のことを思い出したのは12月に入ってから。
彼にとっては年末年始を異国の地で過ごす3度目になる今年。
彼女と元気にやっているんだろうな。
ふとした時、自分が日本から持って行った焼肉のたれを使ってくれているのかな、と考える時がある。
街中を歩いていてふとした時に見上げた店の名前に彼の名前(ハーフなのでカタカナの名前の方)が入っている時、
読んでいる論文の作者の名前が彼(カタカナ)と同じ時、
テレビで見かけた人の名前に、彼の名前(日本語の名前の方)と同じ漢字が使われている時、
あたたかい気持ちになる。
そしてなぜか夏からSpeedのMy Graduationが頭の中を流れている。
片思いしていた時も少し聞いていたけど、
再会を控えていた夏にめちゃくちゃ聞いていて、
数日前も異国で泣きながら聞いていた(笑)。
あなたと出会えてよかった 今一人瞳を閉じる
心のアルバムめくれば きらめく思い出たちよ
続いてく 時はいつも止まらずに
変わってく 街も人も愛もみんな
ずっと忘れない 離れてもくじけない
生きてゆく 今日から
優しさと勇気をくれたよね
・・・
本当に愛してた
いつかまためぐり合う
終わらない 今日は私のmy graduation
歌で歌われているのは、キスできるような、
プレゼントを贈り合うような関係の2人だが、
上の歌詞の部分は、自分の片思いの気持ちに沁みる。
