プログラマーの仕事
私のお仕事はプログラマーです。
まあ、もうすぐ無職になりますけど(^^;
プログラムを作ってて、最近面白いなと思う瞬間というのは、私が作った複雑な命令を、別のプログラムが私が意図した通りに解釈して意図した通りに結果を出してくれた時です。
ここ数年ずっとWindows上で動くプログラムを作っていたので、私が作ったプログラムが動く時には別な人が作ったWindowsというソフトが動き、別な人が作ったデータベースソフトが動き、その他目に見えないいろんなソフトが動いているんです。
それらのソフトがうまくちゃんと連携して、自分が求める動作が生まれます。
だから、とりわけ小難しい命令を私のソフトが出して、それをきっちり正しく解釈した結果を別なソフトが返してくれると、すごいなーと思うんです。 まったくこのソフトを設計した人って天才じゃないかしら?と思ってしまいます。その別なソフトを作った人はたぶん日本人じゃない、アメリカかどっかの人で、しかも相当な人数がチームになって作ったと思います。 そういうの想像すると、その人達に「ありがとう!!」って言いたくなるんですよね。 プログラムがバッチリ動いた時には、その人達とハイタッチでもして「イエーイ!」とか言いたい気分です。
そういうふうに、世界のどこかにいる沢山の人達と連携プレーして自分の仕事が成り立っているって思うとなんか素敵じゃないですか?
ま、たいていは「イエーイ!」なんて気分じゃなくて、「頭痛い。考えたくもない...」と思いながら仕事してるんですけどね。
でも、たまには感動もあるってことですよ(^o^)。 うぷぷ。
「ときメモ」
今、我が家では「ときメモ」が流行っています(^^;
「ときめきメモリアルGirl's Side First Love 」っていうDSソフトです。
むちゃハマるわ~、これ~。
プレイヤーは主人公の女の子(高校生)になりきって、部活動をやったり、バイトをしたり、男の子をデートに誘ったりしながら最後には意中の男の子とのハッピーエンディングをめざすという恋愛シュミレーションゲームなんです。
自分の取った行動によって物語の中のキャラクターの態度が変化していくのが可笑しいのと、最後は意中の男の子から告白されなければいけないんだけど、攻略本なしにそこまで持って行くのはけっこう至難の業。
しかもエンディングが各キャラクターごとに数パターン用意されていることや、一度クリアしたからといって全てのエピソードが出尽くすわけではないのでいろんなパターンを試してみたくなるという...ハマる要素盛り沢山。
それに、バレンタインデーに担任の先生に手作りチョコを渡して拒絶されたりとか... 高校生の時やりたくても出来なかった(^^;ことを疑似体験してるみたいな? ゲームなんだけどちょっとドキドキしちゃったり?
で、何故かこのゲームに息子もハマっているんです(笑) お、男の子なのに...
それで二人して取り合いですよ(笑) 「1時間やったら交代ね!」とか。 へんな親子(^^;
だいたい今は息子と顔を合わせると、「(ゲームの中で)誰々が遊園地でバンジージャンプをしたらこうだった」とか、「学校の理事長がこんなことをしてきた。」とか、相手がまだ見ていないエピソードを出したことを自慢し合ってます。
今月14日にこのゲームの第二弾「ときめきメモリアルGirl's Side 2nd Kiss 」が発売されるので楽しみですよ。
もう1本ソフトがあれば息子と取り合いにならなくて済むもーん。 ←いったいあなたはいくつですか(^^;
電車で
今朝、出張先に向かう電車の中で、私は席にすわって本を読んでいたのです。
そしたら、私の隣に腰をおろした女性が「すみません」と低い声で声をかけてきたのです。
「はい」
私はどこか駅の行き方でも聞かれるのかな?なんて思いながら顔を上げてその人の方に振り向きました。
しかしその人の顔を見た瞬間、私は「ぞぉっ..」としてしまったのです。
その女性は、青白く、ぎっと睨んで来るような恐ろしい顔つきを私に向けていたのです。 そして、再び低い声で「すみません」と言いました。
「はい」
私はあわてて目をそらしながら答えました。
その人は、「エステに、...電話したんですよ。」とまた低い声で言いました。 その言い方は、エステのサロンにものすごい恨みでもあるかのような言い方でした。
あ、これはどう考えても異常だと思って私は凍りつきました。
「エステに、...電話したんですよ。」 その女性はまたそれを繰り返しました。
「はい」
怖かったんです。 相手にならない方がいいんだろうか?どうしよう?っと一瞬思いました。 と同時に、「あ、この人かわいそうな人かもしれない。」っていう気持ちがぱっと湧いて、怖いけど相手になろう、聞いてあげようと思いました。
そして私はその人が何か言うのを凍りついたまま待ったのですが...
しばらく無言の状態が続いたあと、その人は席を立ってどこかへ消えて行きました。
私はその後、その人のことをずっと考えました。 自分が生身の人間の顔にぞっとしたということにもびっくりしました。 そういうのは、ホラー映画の中の話であって現実の世界で自分がそういうことを感じることがあろうとは思いませんでした。 見知らぬ人間を一目で震え上がらせるような顔に、いったいどのようにするとなってしまうものだろうかと思いました。
あの人、また別の車両で「すみません」と誰かに声をかけたのでしょうか...
I am legend
本日、隣町の映画館がレディースデイだったので「アイ・アム・レジェンド」を見に行って来ました。
思ったよりストーリーがしっかりしていたし、良かったのだけど、「感動」とまでは行きませんでした。 まあちょっと話がうますぎる点があるし。
何故だろう、このストーリーだったらもっといい映画になったはずなのに、何が足りないんだろうなぁーなどと思いつつ、帰りに本屋に寄って原作本を買い、一気に読んでしまいました。
原作は、映画とは全く違っていました。 共通している点といえば主人公が一人で自宅に篭城すること、主人公以外の人間が、何かに感染して化け物(原作では吸血鬼)のようになって襲って来ることの二点くらい。
原作はやはり映画より数段よく書かれていましたが、すごく悲しい話でした。 一人で吸血鬼達と戦う主人公の孤独と苦悩に心が痛くなります。
調べたら、スピルバーグの「激突」もこの作者リチャード・マシスンが書いていたんですね。 私はあの映画は子供の頃に見てあの静かで不気味な恐怖さ加減とラストシーンがすごく印象に残っているので「あーっ、あの映画もこの人の原作だったか。」という驚きと、同じ作者であることに非常に納得しました。
きっと他の作品も質が高いに違いないと思うけれど、「アイ・アム・レジェンド」みたいだとちょっと悲しすぎる&怖すぎるので読むのは躊躇してしまいます。 でもいろんなジャンルの本を書いているようなのでどれか一つ読んでみようかな。 推理小説に分類されてるやつだったら大丈夫かな。
ところで私は子供の頃に、ゾンビとか吸血鬼は襲って来ないんだけど、本当に地球上に数人の人間を残してあとの人がすっかり消えちゃうというアメリカの白黒映画を見た記憶があるんですけど、題名とか覚えてる方いませんか? 確か生物にだけ作用する化学兵器を使用したせいで地球上の人間がすっかりいなくなっちゃうんです。でもたまたま地下で研究か何かしていた研究者達だけが生き残って、生き残った人間の苦悩を描いたみたいな作品だったんですけど。 細かいストーリーが全然思い出せないんですよね。 私は子供だったのでデパートの中の商品を好き勝手に自分の物に出来ていいなぁなんて思いながら見てたもんで(^^;
覚えてる方がいらしたら教えてください。
胃カメラ初体験
今日、胃カメラ(内視鏡)初体験して来ました。
怖かったよう~~~。
別に身体の具合が悪くなったわけでも何でもないんですけど、ちょっと事情があってかなり細かい健康診断書を作成しないといけなくなり、その中で胃カメラも必須だったのです。
私は病院が嫌で嫌で、市のガン検診も「行かないといけないんだけど...」と思いつつ行ったことがないんです。
そんな私が胃カメラなんて、「なんでここまでしなくちゃいけないわけ?」という気持ちと、「たまには身体をちゃんと調べておかなければ。いい機会じゃないか。」と思う気持ちがせめぎ合い...←大げさだっちゅうの。
嫌だ嫌だと思いながら、行ってきました。
病院で予約する段階で、胃カメラを鼻から入れるのと口から入れるのどっちが良いですかと聞かれました。
「はぁ!?鼻から!?」それって痛くないの?と思ったのですが、なんでも口から入れるとどうしても舌の付け根にカメラが当たって「オエっ」となってつらいので、鼻から入れた方が「オエッ」とならないんだそうなのです。
「ひーっ、どっちも嫌だ。」と思いましたが、私は歯みがき中にも「オエッ」となりそうになるくらいなので鼻からお願いすることにしました。
今日の検査は胃カメラとピロリ(?)と腹部のエコーを一度にやるので前日の夜から何も食べず、夜中からは水を飲むのも禁止で、なおかつ膀胱に尿をためておかなくてはならないので朝からトイレにも行かずに病院へ直行しました。
エコーは妊産婦検診で何度もやってるのと同じでどうってことありませんが、ピロリは不思議な検査でした。 最初に紙の袋のようなものに息を入れて、それから水のような薬を飲み、5分横になったあと、さらに15分間起きた状態で待ち、もう一度息を袋に入れて終わりでした。 ピロリというのがそもそも何なのか知らないし、あの検査もいったい何がどう分かるのかも不明でした...(^^;
そしていよいよ本日のメインイベントの胃カメラです。 どきどき...
最初に胃の動きを止める薬というのを肩から注射され、その後胃液の泡を消す薬というのを飲みました。
それから鼻の穴に鼻血を出ないようにする薬というのを注入されました。
もうこの時点でピロリから数えると得体の知れない液体を4種類も身体の中に入れられて、気分が悪くなりそうです。
それから、細い管を鼻の穴から通されてそこからどろっとした液体を入れられるのですが、たぶんそれは麻酔だと思います。
そのどろっとした物が鼻からのどに降りてきて、異物感で「オエッ」となりました。 なんとなくのどの奥が狭くなって息苦しい気がするのですが、ちゃんと息も出来るし、たぶん麻酔で変な感じがするだけなのでしょう。
それからカメラの通り道を広げておくために少し太めの管を鼻から入れた状態で少し待ちました。
なにしろ鼻から管を入れたことなんてないので細い管を入れる時もちょっと恐怖でした。
これで準備が終わっていよいよ胃カメラです。
胃カメラを鼻から入れるのは、準備段階で細い管を入れられた時と一緒で、ちょっと痛いことは痛いですが、騒ぐほどの痛さではありませんでした。
カメラが食道を通って胃に行く時も、大きな飴を間違って飲み込んじゃったみたいな異物感はありましたが気持ち悪くなるほどではありません。 それと、胃カメラを入れてる間看護婦さんがずっと背中をさすってくれていて、それがだいぶ気持ち悪さをカバーしてくれていた気がします。
カメラで胃の中を見る間、私も先生と一緒にモニターを見られるのですが、私は自分の身体の中の異物感を忘れようと一生懸命モニターに集中していました。
自分の食道や胃の中を見るのはもちろん初めてですが、「へえー」っと思うほどきれいでした。 つやつやしてて活きがいいつーか(笑)
小さなポリープがありましたが、先生が言うには年を取ると肌が衰えるのと一緒で、誰でも出来るもので、病気ではないから気にしなくて良いということでした。
そうしてやっと検査が終わりました。
終わってから1~2時間はふらふらしたりするかもしれないと言われましたが、特にそんな感じはしませんでした。 ただ、管を入れられた鼻の穴から鼻水が出て止まらないんです。 去年から軽く花粉症になってて、それと何か関係あるんでしょうか。 検査の前に何かアレルギーがありますか?と聞かれて花粉症のことをすっかり忘れて言うの忘れてしまったんですけど。
胃カメラは、恐れていた程のことはありませんでした。 一度経験してしまえば手順も分かるし、もう次からはこんなにドキドキすることもないでしょう。
とにかく本当に嫌なことが終わってほっとしました~。
シンプルに生きる
今の仕事がクビになると分かったとき、えも言われず不安でした。 健康なんだし、贅沢を言わなければ食べて行くくらいはどうとでもなると思ってみても、どうしても不安でした。 リストラされて自殺しちゃうお父さんの気持ちって、これをもっとひどくした状態なのかな、とか思ったりして。
なんでそんなに不安になるのか自問自答してみたんですけど、あれは拠り所のなくなった不安だった気がします。 頼る物のなくなった不安。
養わないといけない家族がいて、それを支えている自分。 そしてそれと釣り合うように自分を支えていてくれた仕事。 その仕事が無くなってしまったら、「え、私はどこに寄りかかれば良いの?一人じゃ立っていられないよ~。」みたいな。
何かに属さなくなることが不安なのか?とも思ってみましたが、自分が独身だったらこうも不安にはならないだろうと思うと、やっぱり、支えなきゃいけない責任の大きさと、その土台だったものが崩れたことの不安なんだろうなと思います。
で、その不安な気持ちを抱えた状態でカンボジアに行ったわけですけど、旅行先では、なんとそんな不安はぶっ飛んでしまってました。
旅先では「その日一日をどうサバイバルするか」(っていうと大げさだけど(^^;)ということの方がはるかに大事なわけで、そんな帰ったあとのことなんか心配する余裕なかったんです。
そこで思い出したのは、アフガニスタンから難民として日本にやって来た青年が言ってたことです。 「ぼくの国では今日その日の食事があれば家族が幸せなのに、日本人は一年先のことを心配して自殺してしまう。」
それってこういうことだなぁと思いましたよ。
人間って、生きるか死ぬか、今日食べるものがあるか無いかの状況にいた方が、生き物としては生き生きとしていられるんじゃないかと。 今日生きていることに全力を注いでいるから。 目の前のことに必死になっていたら、先のことで悩むことなんて出来ないんですよね。
先のことで「心配...」なんて言ってられるのは、だらっとして生きているからかも。
そして日本に帰って来てから思ったことはもう一つ。 自分も含めて日本の社会があまりにも物質主義なこと。
もう、カンボジアから比べたら嫌という程物があふれているでしょう。 お店に行けば、新しくてきれいなもの、最新式のものがこれでもかーっと誘惑してくるし。 世の中全体が、「物を買いなさい」というメッセージであふれ返っていて、流行遅れの服や、着古してよれっとした服なんて着てたら恥ずかしいという風潮。 そういう風潮に、何の疑問もなく染まってる自分。
デパートを歩いていたら、「ああーーーー、私はこの価値観の社会で一生暮らすのは嫌だーー。」と思いました。
こういう物質主義な世の中であることも、私のように仕事を失った人を不安にさせる要因であるかもしれません。 みんなと同じレベルでなきゃいけない。 みんなが持っている物を自分が持っていないのは恥ずかしいことだ。 こういうふうに考えたら、家族を養うのって本当に大変なことです。
もっとシンプルに生きられたらなぁ。
物質なんていらない、子供と自分が生きていればしあわせ。 そんな生活を少しずつでも心がけていこう...
ちょと良いこと
先日、ちょびっと良いことがありました。
実家の母が、「この前、小包を持って来てくれた郵便屋さんがねぇ、『さくらさんはお元気ですか』って聞くのよ。 中学生の時あんたにお世話になったんだって。 それで名前をすぐメモしておいたわよ。 K君だって、分かる?」と言うのです。
私は一瞬話の意味が分からなくて、「はぁ? 郵便局の人が私のことを聞いて行った?? 名前がK君?」 と、しばらくぼけっとしていたのですが、Kという名前を反芻しているうちに、「ああ、あの子だ!あの子、Kという名前だったっけ!」と思い出したのでした。
そうそう、K君というのは、私が学生時代、アルバイトで家庭教師をしていて夏休みだけ教えたことがあった当時中3の男の子の名前だったのです。
K君は、勉強は全く出来なかったんだけど、人なつっこくて朴訥~な感じの子で、普段はK君のいとこの家で勉強を見てあげていたんだけど、一度お互いの家に遊びに行ったりもしたことがあるんです。
その時、K君は私の部屋がちらかっているから(^^;きれいにするようにと言って、何かの金属を加工して卓上用のちりとりを作って来てくれたのでした。 黒く塗装してあって手のひらサイズでかわいいちりとりを、私はその後もずっと部屋に飾っておきました。
K君はそのように金属を加工したりするのが好きで器用だったので県立の工業高校に行きたいと言っていましたが、成績が足らずに普通の私立の高校に進学しました。
高校に合格した時にうちに菓子折りを持って報告に来てくれてからずっと会っていないのですが、その彼がたまたま実家に小包を配達に来て私の消息を尋ねてくれたのです。 最後に会ってからかれこれ20年近くたっています。
なんか私はとても嬉しくなってしまいました。
そうかー、郵便屋さんをやっているのかぁ。 正規職員かどうか分からないけど、なんとなく朴訥な彼に似合っている仕事な気もします。
それ以来、私は郵便屋さんを見るとK君かな?と、顔を見てしまうようになりました。
でも、もし運よくK君をみつけても、声をかけない方がいいでしょうか。
だって学生だった頃より10キロも体重増えた立派なおばちゃんになってるもんね...。へへへ。
電車と打ち合わせに疲れるわたし
昨日は作業&打ち合わせで電車での移動が5時間に及び、帰って来たらすんごく疲れてました...(^^;
私は社内用のWEBシステムを作る仕事をしているのですが、今度新しいサーバーを買ってそっちにコンテンツを移すことになり、その方法を知っている私と、私がいなくなった後新しいサーバーを管理する担当者さん達と打ち合わせをしてきました。
私は、コンテンツを移すにあたってやるべき作業をリストアップするだけして、実際の作業は担当者さんにやってもらうつもりでいたんです。
私が全てやってしまったら、私がいなくなった後に何か変更作業が発生した時に担当者さんが何もやったことがないのでは困るだろうと思ったからです。
今多少の苦労はしても、分からない部分があれば私が教えてあげることが出来るし、後でひとりでさっぱり分からずに悩むよりずっと時間の節約になるはずです。
と思っていたのに、打ち合わせをしてみたら、担当者さん達は作業を自分たちでやるつもりは全くないらしく、全部私にやってくれと言うのです。 それじゃあ後々困りませんか?と言うと、何をどうやったかという手順を、全て画面のコピーで取っておいてくれと言うんです。
「はぁ?」 もうなんか絶句ですよ...
よく初心者用のパソコンの本を見ると逐一画面がカラーで載っていて、「ここをクリック」とか説明がありますが、あれを作れってわけですよ。
そりゃ私だって、コンピュータと何ら関係ない仕事をしている人に説明するなら、画面を見せて説明しなきゃいけないかなとは思いますけど、これからサーバーとその中のコンテンツを管理するっていう人達に、なんでそこまでする必要があんのか?
それに、手順だけ分かっても、何故そういう設定にするのか、何故その設定が必要なのか理屈が分からなかったら何かあったとき絶対困るでしょう。
自分がこれから担当するなら、基本くらいは理解しておこうと思わないのでしょうか?
それにしてもせめてサーバーの準備をするくらいはやってくれるんだろうな?と思い、「最低限、そのサーバーでASP(という技術があるんですが)が動くかどうか確認するところまではやってもらえるんですよね?」と聞いたら、「それって、どうやるんですか?イメージが湧かないんですけど...」と言われてしまいました。
この人達って本当にシステムエンジニアなの...
なんか、後の心配をしてやろうという気持ちもすっかり失せたので、何から何まで私がやってあげることにしました。 画面のコピーも、何十枚になるか知らないけど全部取っておいてあげるさ。 でもその後何かあって何をどうしたらいいか分からなくなっても知ったことじゃないのでよろしくー。
まーこの仕事を9年くらいやっていて、この大手電気メーカーの技術力のない社員さん達にイラっとさせられることは何度かありましたが、もうこれで最後ですし、なるだけさらっと付き合わないと。
あと少し、頑張ります。
カンボジア旅行記おまけ
カンボジアからの帰り道、シェムリアップ発バンコク行きの飛行機で、日本から来たおじさん(60歳と言っていた)と席が隣り合わせになりました。
「日本人の方ですか?」と声をかけられたのがきっかけで会話が始まりました。 おじさんは岡山から仲間と一緒に添乗員付きのツアーで来て、バンコクで2泊、シェムリアップで1泊したと言っていました。 なのでてっきり普通に観光で来たのかとばかり思っていろいろ話していたら、どうもなんかヘン...
シェムリアップに来たくせにアンコールワットに行っていないようだし、バンコクで2泊したのにそこでも観光は全くしなかったらしい。 「え、どうしてですか。せっかく来たのに。」 と言ったら、「いやぁ、男の人は夜いっぱい遊ぶところがあるから。ははは。」だって。
「はぁ? それってもしかして...?」 と、その時になってやっとはたと思い出したんです。
買春ツアーってやつがあって、日本人のおやじが大勢東南アジアに繰り出してるってことを。
そういえば女の子(日本人旅行者)がバンコクで人を待って立っていたら日本人のおやじに現地人女性に間違われて「君、いくら?」と声をかけられたっていうエピソードもどっかで見たっけ。
それに、私が泊まったホテルにも、「児童買春は犯罪です!懲役20年の刑に処せられます。このような行為を見かけた方はすぐ下記のホットラインまで連絡してください。」という内容の<<日本語の!>>パンフレットが置いてあったし。 ---韓国語でも英語でもなく、日本語のパンフがあるってところが超恥ずかしいよ!
まさかこの人、違法行為まではしてないでしょうね?
ま、その人が何しにタイやカンボジアに来てたのかはわかんないんですけど、何かまずい方向に話が向いてしまったと思ったのか、それきりその人はだまってしまいました... (^^; 自分から話し掛けてきたくせに。
せっかく楽しかった旅行の余韻に浸りたかったのに、嫌な疑惑を残しておじさんはバンコクから別便で福岡に帰って行きましたとさ。
そしてその後カンボジアから家に帰った私は体調を崩しまして...ますます旅の余韻に浸っているヒマなどありませんでした。
帰って来た日の午前中までは元気だったんですけど、午後になって突然気持ち悪くなって、吐き気と下痢で動けなくなっちゃったんです。
夜になって熱も出て来た時には、「まさかヘンな病気!?」と思ったんですけど、マラリアとか○○熱とかだったら潜伏期間ってのがあるでしょう。 それは無いなーと思い直して、やっぱり食中毒だろうと。 でも思い当たるものがないんですよね。 食中毒ってへんなもの食べてから数時間で症状が出ると思うんですけど。 数時間以内に食べた物といったら、家に帰って来たときテーブルの上にパンが置いてあって、きっとおばあちゃんが前の日に買ったのに違いないと思って食べたんです。 でもそれって子供達も同じもの食べて平気だったし。 旅で疲れてるところにそのちょっと怪しいパンを食べて私だけ症状が出た...んでしょうか。
まあとにかく帰って来るなり2日ほどつらかったです(T-T)
そして体調が戻るとすぐさま仕事...
一週間くらいしてやっと落ち着き、私はやっとSa-amに滞在中のお礼を書いたメールを送ることが出来ました。
そのお返事が昨日届きました。 上品なSa-amらしい、上品なメールです(^^)
Dear Sakura,
I am sorry I am late to reply you.
I am very well, thanks and how about you and your dear family?
Very happy to hear that you have a good flight back home.
I am very happy to know you. You are very friendly and happy person.
Thank you very much for your visiting Cambodia, stayed with us and especially send us the picture.
I already shown Phally and Ta about your message and picture and they are both very happy for your contacting. Phally said she does love your posture and she need to learn some from you if possible. Ta said he was very happy that spent 2 days at the temples with you and he looks forward for your back and guide you to the temples again,
Once again, thanks for your kind to assist me with computer.
I have my own laptop but it is working very slowly and I think it is old. So please give me some advice.
Please keep in touch>>>>>>>>>>>>>
May the god bless you and your dear family.
Best Wish
Sa-am.
いつかまた行きたいです。 でもその時は、出来ればホテルじゃなくて、普通の家に泊まってみたいなぁ。無理かな...
カンボジア旅行記4日目
今日は最終日、とりあえず市場(オールド・マーケット)に行くこと以外何も決めてませんでした。
朝チェックアウトして荷物を預かってもらい、バイタク(バイクタクシー)を呼んでもらおうとしたら、レセプションの若者が、「うちのモトドライバー(バイタクの運転手)はSa-amだけど、いい?」と言うのです。
「いいも何も、えっ、そうなの?Sa-amはモトドライバーの代わりもするの?」と思ったら、そこに一緒にいた(空港で出迎えてくれた)おじさんが「俺がタクシードライバーで、Sa-amがモトドライバーだよ。」と言いました。 そしてすかさずレセプションの若者が「そして僕がバイドライバーね。」と言うのです。 「バイドライバーって何?」と聞いたら、Bicycle Driverだって。 真面目に聞いて損した(^^; 「じゃあ次の時はあなたに頼むから!」と言ったらみんな笑ってました。
どうもレセプションの彼は私のことを客と思ってない気がしたんですが、気のせいだったんでしょうか?(^^; それとも、飛行機のリコンファームを頼んだ時、彼が違う航空会社に電話したのを私が思い切り笑ったのが恨みでも買ったんでしょうか(笑)
何はともあれ、Sa-amがバイクで市場まで行ってくれることは本当なようで、「きゃあ、Sa-amとバイクに二人乗り~♪うふ」と、ちょっと、というか、かなり浮かれた私でした。
カンボジアの人はヘルメットなんてかぶりません。 こわいけど走るのがすごく気持ちいいし、走りながら会話も楽です(よけい危険?)
市場へ行く道を走りながら、Sa-amと会話してたのですが、その中で彼に、「今度いつ来る?」と聞かれたんです。 「今度いつ来る?」って...今度のことなんて具体的に思ってもいないので、一瞬「えっ」となったあと、ちょっと「じ~ん」としてしまいました。 「また来てね。」と言われるより、「今度いつ来る?」って言われた方が心に響いちゃうと思いませんか? ひょっとしたらカンボジアでは「またきてね。」のかわりに「今度いつ来る?」って言うのかな。 だとしたら素敵だなぁ~っと思いました。
Sa-amに市場で降ろしてもらって、早速市場の内部を見てまわりました。 市場ではいろんなものが売られていました。 食料品、日曜品、シルク、アクセサリー、下着、おみやげものなどなど。 とりわけ食料品売り場は物めずらしいものがいっぱい&異様な匂いが充満してます。 カエルの剥き身とか、ナマズみたいのとか、知らない果物とかいろいろ。
私のお目当てはやっぱりシルク製品でしょうか。 といっても今回はお金を使う気はあまりなく、自分用とおみやげにスカーフをいくつか買って、あとはもっぱらウインドウショッピングでした。 シルクのお店も数えきれないほどあるのでだいたい見終わった後には歩き疲れて、市場の向かい側にあったオープンカフェで休憩しました。 (オープンカフェなんてものはここでは完全に欧米人向けって感じです) カフェから通りをずーっと眺めていましたが、本当にいくら見ていても飽きないなぁーと思いました。
日本ではお母さんが小さい子二人を自転車の前と後ろに乗っけて走るということをやってますが、ここではお母さんがバイクでそれをやってます。 もちろんヘルメット無し。 こええ~。 なんかもう、見る物見る物面白くて何時間でも眺めていたい気分でした。
まあでも、コーラ1杯で何時間もいるのもなんなので、近くにあるマッサージのお店にでも行ってみることにしました。
マッサージのお店は市場のすぐ近くで、私はフットマッサージ(1時間10USドル)をやってもらいました。 けっこう痛かったんですけど、私はいつもふくらはぎの部分が凝って(?)て、自分でいくらマッサージしても硬い部分が取れなかったのが、そのお店でマッサージしてもらってからなんと1週間経過した今でも凝ってる部分がなくやわらかいままなんです。 何なんでしょうねー。 日本で英国式ノリフレクソロジーをやってもらったこともあるんですけど、その時はただ痛いだけでした。 もっとも日本では料金が高くて20分くらいしかやってもらわなかったのでどっちがどうとかは、何とも言えませんが。
リクレクソロジーのあとはお腹がすいたので市場に戻って屋台でご飯にしました。 焼き魚と、スープと、なんか小さいお好み焼きみたいのとご飯をいただきました。 8000リエル(=2ドル)でした。ちょっと観光客値段か? ちなみにカンボジアでは硬貨は流通していません。 硬貨が無いっていうのはけっこう楽だなーと思いました。 外国に行くと硬貨の種類が多くて分けわかんなくなりません? あの苦労がなくて良かったです。
お昼を食べて、まだ飛行機の時間までは間があるので1日目に見た「象のテラス」という遺跡をもう一度見に行ってみることにしました。 外側の彫刻は見たのですが、中に入ってはみなかったのです。
遺跡までバイタクで行こうと思ったのですが、ベストを着用した運転手がみつかりません。 番号入りのベストを着ている人はちゃんと登録されている運転手さんで、トラブルがあっても番号で追跡出来る=より安全ってわけです。 通りの向こう側を見るとベストを着たトゥクトゥクの運転手さんが数人客待ちをしていました。トゥクトゥク
というのは、バイクの後ろにお客さんがすわる荷台をつけたような乗り物です。 「おお、あれに乗ってみよう。」と思ってトゥクトゥクのお兄さんに声をかけ、「象のテラス」まで往復してもらうことになりました。
「象のテラス」までは10分くらいだよな~と思っていたのですが、私のとんだ勘違い&クルマとトゥクトゥクのスピードの違いで30分くらいかかりました。 でもトゥクトゥクで風を受けて走るのはこれは気分爽快でした。
アンコール遺跡群の寺院は、ヒンドゥー教と仏教がごちゃまぜに同居している感じです。 面白かったのは日本で有名な閻魔様がヒンドゥー教の神様だったことです。 こちらではヤマといって死を司る神様だそうです。 アンコールワットにはヤマが死者を裁くシーンが描かれていて、生前ウソつきだった人が舌を抜かれるシーンも壁に彫られていました。 遠く離れた地で、同じ神様を畏れ敬っているって面白いですよね。 もちろん仏教も、ヒンドゥー教と同じようにしてインドから東の日本や東南アジアへと伝わって行ったんですよね。 なんとなくこの国に親しみを感じるのはそういう部分でもあるんでしょうか。
「象のテラス」周辺をひとりで散策したあと、まだ少し時間があったので、さっきの運転手さんにもう1箇所だけ近くの遺跡に連れて行ってもらいました。 そこはちいさな遺跡で、観光客も欧米人がちらほらといるだけでとても静かでした。
ガイドさんと一緒にまわっていた時はすっかり忘れてしまっていたんですが、これらの遺跡は神様や仏様がいる神聖な場所なのです。 日本では神社仏閣を訪れたらちゃんと手を合わせていたのに、ここではカメラを向けるばかりで何もしていないことに気づき、仏像のある場所では手を合わせて拝むことにしました。 森閑とした遺跡の中でひとり静かに手を合わせてみると、不思議にとても優しい気持ちになれる気がしました。 そしてなんだか自分がその場の空気と一体となっているような、壁に彫られたデバター(様々な装飾品をつけた女官さん達)も前よりも生き生きと語りかけて来るような気がして、感動で涙が出そうになりました。
最後にひとりで遺跡を見に来て良かったとつくづく思いました。
ホテルへの帰り道、もうひとつ忘れていたことに気付きました。 そう、トゥクトゥクから見える水田や田舎の風景、ここが戦場だったこと。 どう見ても美しくてのどかな風景で、ここで人間が殺しあったことなど忘れてしまうし、想像出来ないんです。 それに、「そうだ、ここで出会った人達はみんな内戦でひどい目にあった人達かもしれないじゃなか。」ということもその時になって急に思いだしました。 Sa-amやPhallyは若いから怖い経験はしてないかもしれない、してないで欲しい。 でもガイドのTaさんや空港に迎えに来てくれたドライバーさんは...
そんなことを思っていたら悲しくて泣けてきました。 ばかばかしい、戦争なんて二度と起こすべきでないと、強く思いました。
ホテルに戻って、トゥクトゥクドライバーさんには待っててもらい、PhallyとSa-amに別れを告げました。 二人とメールアドレスを交換したのですが、Phallyが私のメモ帳に自分の携帯の番号も書き始めたのです。 私が「電話出来ないよー」と言うと、「いいんです。もし今度このホテルに来ることや、カンボジアに来ることがあったらいつでも電話してくださいね。」とまたあの笑顔で言うんです。 本当にかわいいよ~、Phallyは。 もし生まれ変われるならPhallyみたいにかわいい女の子になりたい。 今生ではもう今更かわいくなるのは無理だから(笑)
そこからまたトゥクトゥクで空港へ向かいました。 結局トゥクトゥクドライバーさんには午後中ずっと付き合ってもらいました。向こうもその方が都合がいいのでしょうが。 空港で荷物を降ろすと、ドライバーさんがさっと右手を出したので握手してお別れしました。 たった数時間、たいした話をしたわけでもないけれど一緒にいただけでなんとなく親しくなれたドライバーさん、さようなら。 また会えたらいいね...
そしてシェムリアップから飛行機に乗り、またバンコクへ、そこでまた乗り継ぎして翌朝予定通り成田に戻りました。
☆☆☆☆
なんか短い割りに盛り沢山な旅だったと思います。
行く前は、正直自分がこんなにこの旅行を楽しめるとは思ってませんでした。 遺跡やカンボジアという国に興味があっても、基本的に私が好きなのはヨーロッパであって、東南アジアの国と自分は根本的な部分で相容れないのではないかと思っていたのです。
しかし、帰って来てみるとその考えは逆でした(^^;
相容れないどころか、根っこの部分で全く違和感がないような...なんと言ったらいいか分からないんですけど、そんな気がしたんです。
私ってアジア人なんだなー... と、自覚させられた旅でした。
☆最終日の行程☆
Old Market
Foot massage
Baphuon
Royal Palace
Elephant Terrace
Leperking Terrace
Thommanon
Chau Say Tevoda



