シングルママと不登校児のまいにち -6ページ目

カンボジア旅行記3日目

朝4時30分、アンコールワットで朝日を見るため、ドライバーさんが部屋のドアをノックして起こしてくれました。(部屋に電話などというものは無い) 


寝不足で真っ赤な目をしたまま外に出ると、霧雨のような雨が降っていました。 昨日の説明では、雨が降っているようなら朝日は見えないからベッドに戻って良しということだったけど、これくらいの雨なら行くみたいです。


ガイドさんがまだ来てなかったのでガイドさんを待ちながらドライバーさんと立ち話しました。


ドライバーさんの話じゃ、今年は例年に比べて雨が少ないとのこと。 ここでも異常気象なんだなーと暗い気持ちになりました。 こういうことが続くと、あの満々と水を湛えたトンレサップ湖も、涸れていくのでしょうか。 いつまでも水と森に覆われたカンボジアでいて欲しいと思いました。


ガイドさんも少し遅れて来て、アンコールワットへ向かいました。


オフシーズンという割にはけっこう沢山の観光客がアンコールワットから登る朝日を見に来ていました。 ガイドさんがベストポジションだとかいう場所に陣取って朝日が出るのを待ったのですが、残念ながら空は曇り空、とうとう太陽は顔を出しませんでした。 それでも、青く明るくなって来る空にくっきりと黒いシルエットになって映るアンコールワットの神秘的なことといったら! 来て良かったと思いました。



sunrise


朝日も昇って、あたりが明るくなり、近くの安食堂で朝ごはんにしました。 メニューにCoffeeMilkというのがあったので普通のコーヒーとどう違うのかとお店の人に尋ねたのですが、英語が通じません。 まあいいやと思ってそれを頼んだら、出て来たのはとても茶渋のついたカップに入ったブラックコーヒーでした。(カップが茶渋だらけなことすら楽しい私) よく分からないまま飲んでみると、うまーいんです。 カップが汚い割には意外だと思って喜んで飲んでいたら、なんだか飲み進むに連れて甘くなってきます。 あれ?と思ったら、カップの底にコンデンスミルクのようなものが沈殿しているじゃないですか! CoffeeMilkってそーゆーことかよーと気づいた時にはもうほとんどコーヒーの部分は飲んでしまっていたので後にはコンデンスミルクだけ残ってしまいました。 知っていたら最初にかき混ぜて飲むんだったのに...



朝ごはん


朝ごはんの後は今日のお楽しみ、シェムリアップから15キロ離れたバンテアイ・スレイという遺跡を見に行きました。 でも実際には見て楽しかったのは、その遺跡よりもそこへ向かう途中にある村人たちの家々やその暮らしでした。


田んぼの隅に出来たちょっとしたプールのような水溜りでは2~4才くらいの子供達がはだかんぼうで、歓声を上げながら水遊びをしていました。 日本だったらあんなどろ水の中で誰の監督もなしに小さな子供だけで遊ばせてはもらえないだろうなぁと思いました。 だけどあのすごく嬉しそうな歓声! なんだか私は、それだけの風景にすごく感動してしまいました。 確かに日本の常識から見たら衛生上良くないし、万一足を取られて溺れるかもしれないし、はらはらものだけど、日本の子供たちよりずっと自由で、その自由を謳歌して活き活きと生きている、そんな気がしました。 私も一緒に泥プール遊びしたかった...(^^; 


大人も総じてあくせく働いてないと思いました。 時間にもよるのだろうけど、女の人達は集まっておしゃべりしてて、男の人達はハンモックでゆらゆらしてました。


バンテアイ・スレイ遺跡を見た帰り道、途中の村で、シュガーパームツリーという木の実の果汁を煮詰めて作ったお砂糖を道端で売っていたので買って帰りました。 木の葉で包んであって、試食させてもらったらすーごくおいしかったんです。 黒砂糖よりずっとあっさりした感じで、塊を一口サイズにカットしてあるのでお菓子がわりに食べても、コーヒーなんかに入れても良い感じです。 これはおみやげにいいなと思って沢山買っちゃったんですが、成田に戻る頃に半分ほどが溶けちゃってました。 お砂糖だから、水分を吸っちゃったんでしょうね。 乾燥剤でも持ってれば良かったんだけど。 溶けちゃったやつも使えないこともないんで、ビンに入れてスプーンですくって使おうかと思ってます。 無事だったやつは乾燥剤と一緒にビンに入れて保存しました。


バンテアイ・スレイの後は有名なタ・プローム遺跡に行きました。 ここは何で有名かというと、巨大に成長した木に今にも遺跡が押しつぶされようとしている、なんとも秘境的な光景が見られることで有名なんです。 あとアンジェリーナ・ジョリーの映画(トゥーム・レイダーだっけ?)でこの遺跡が使われたらしいです。 この木は、土が無くても成長出来るため、最初は寺院の屋根に落ちた種から芽が出てこんなになったんですね。 いくらなんでもすごすぎです。


ここは有名だけあって団体客が沢山いたので、ガイドのTaさんがなるべく団体と会わないように、秘密の(?)裏ルートであちこち案内してくれました。 そうそう、Taさんが突然、「心臓強い?」と聞くので何かと思ったら、何か1m四方くらいの壁に囲まれた小さな空間があって、そこに入ってみろと言うのです。 かがまないと入れないような場所です。 まず入って、それから上を見ろと言うので、「はは~ん、何か上に驚くようなものがあるんでしょ。」と思って言われた通りにしました。 するとなんと、私が目にしたのは、大きな遺跡の石の破片が、ちょうどその狭い空間の壁と壁にひっかかってかろうじて下(私がしゃがんで上を見上げている場所)に落ちずに留まっているという光景でした。それってマジ危ないですから!



タ・プローム

そこじゃなくても、遺跡の中には、崩れかけてて(とにかく遺跡が多すぎるので補修が間に合わない)本当に危ないなと思う場所が沢山ありました。 


次に行ったバンテアイ・クデイ遺跡は、四方に同じような回廊が続いていて、空も曇っていたので、ガイドさん無しに勝手にうろうろしたら途端に方角を失って迷子になりそうな、迷路のような遺跡でした。 その遺跡でTaさんと歩いていると、何故か途中から一人の東洋人の若者が私たちの後をついて来るのです。 私たちが立ち止まると一緒に立ち止まり、Taさんが説明するのを一緒になって聞いているのです。 なんだかちゃっかりしてるやつだなーと思いつつも好きにさせていたら、途中ちょっと休憩した時にTaさんがその彼にどこから来たの?と聞きました。 彼は韓国からお父さんと一緒に来たということでした。 彼はその後も私たちの後を勝手に一緒について周り、遺跡の出口まで来てちゃんと"Thank you."とお礼を言ってお父さんと合流していました。Taさんと私は、「彼、無料でガイドツアーに参加してったね。」と言って笑いました。 


お昼も遺跡近くの安食堂でご飯にしました。 カンボジアは安食堂でも野菜たっぷりのお食事が出てくるところが素敵です。 これはラーメン?で、麺はインスタントでしたがスープは見かけ以上に美味しかったです。



らーめん?


Taさんは遺跡の説明以外ではふざけたことばかり言ってるんですが、けっこう細やかな気の利く人でもありました。 この時も私が(レンゲないしラーメンだからいっかなー)と思って残ったスープを直接飲んじゃおうかと両手を器につけた瞬間、スプーンを出してくれました(^^; ありがとうございます。


早朝から遺跡観光をずっとしていたので、昼すぎにホテルに戻ってシャワーを浴びてまた爆睡したあと、2階にあるテラス(ここが非常に快適)でガイドブックを見たり、ロビーにあるパソコンでメールを書いたりのんびりしました。 私がパソコンをやっていたらホテルの従業員のSa-amが「コンピュータに詳しいですか?」と聞いてきて、どうしたらもうちょっとパソコンの立ち上がるのが早くなるかとか、いろいろ質問されたので私の分かる範囲で教えてあげました。 (確かにそこのパソコンの立ち上がるのは異様に遅い)


ホテルのレセプションには二人男性従業員がいたんですが、一人はなんか私のことおちょくってんの?というような冗談を言ったりする軽い感じの若者で、もう一人がこのSa-amです。 彼はインド系で、インドの方が皆そうであるように、彫りが深くてきれいな顔立ちな上に動作や話し方がとても上品でやさしい感じなので、私は彼に会うたびになんとなくほっとするような、癒される感じがしていました。 たいがいいつも私がホテルに戻って来ると彼がいて"Good afternoon, Sakura."と出迎えてくれたのです。 今思うとホテルの人たちはみんな私のことは名前で呼び捨てだったんですけど、欧米人のお客さんに対してもそうだったのかなぁ?...


夜はアプサラダンスのディナー付きのショーを見に行きました。 事前にTaさんに頼んで席を予約してもらってあったのですが、レストランに着いてボーイさんに席に案内されてびっくり。 だってステージに一番近い席だったんです。 しかも最前列の席だけがプライベート席になってて、あとは全部縦につなげてある長いテーブルにみんないっしょくたに座る形式になっていました。 たぶん個人で予約したお客さんはプライベート席で、団体で来た人はみんな一緒に大テーブルだったのでしょう。


アプサラダンスは、実はあまり期待していなかったのですが、すごーくきれいでした! 踊り子さん達が本当に素敵でした。 きっと表情や、視線をどこに置くかまでダンスのうちなのでしょう、とーっても女っぽいんですよ。 正に天女です。 神様に捧げる踊りだということに納得でした。 ショーは1時間ほどで終わってしまい、「もっと見たいんですけどー!」って感じでした。



アプサラダンス


3日目も終わり、あっという間に明日はもう最終日ですよー... しくしく。


☆今日の行程☆

Sun Rise at Angkor Wat

Banteay Srey temple

Pre Rup temple

Srah Srang Lake

Banteay Kdei temple

Ta Prohm temple

Ta Keo temple

Chau Say Teroda temple

Thomanon temple

Angkor Thom East&North Gate

Preah Khan temple



カンボジア旅行記2日目

朝7時、ホテルの食堂(といっても広間の一角にダイニングテーブルが二つあるだけ)でポリッジというカンボジアのおかゆみたいなものを食べました。 おいしかったです。 朝ご飯におかゆが食べられるって嬉しい...

そして朝7時半、予約していたガイドさんが迎えに来てくれました。 ガイドさんの名前はTaさん。 私の心配は杞憂に終わり、Taさんの英語は全く問題なく聞き取れました。 なんだってタイの人の英語はあんなに分からなかったんでしょうか。 不思議です。

私はガイドさんが運転手も兼ねているのかと思っていたのですが、ドライバーはドライバーでちゃんといるのでした。 7人乗りのトヨタのバンと、ドライバーとガイドを私一人でチャーターしたわけです。 ちょっと「殿様か?」と思いました(^^;

ちなみにチャーター料金は一日50USドルです。 別に私は貸切りたかったわけじゃないんですが、今オフシーズンみたいで、他に参加者がいなくて貸切になりました。 グループ(3人以上だったか?)だとぐっと安くて一人20USドルです。 でも後で考えたら貸切で良かったなと思います。 グループだったら、「え、ガイドさん今なんて言ったの?」って思っても「まいっかー。」と聞き流しちゃってただろうし、行き先も私の好きなようにアレンジしてもらえました。 

それにしてもカンボジアは思ってた以上に暑いです。 暑いというより日差しが強いというべきか... 日陰はぐっと涼しくて日光さえ当たっていなければそよそよと吹く風が気持ち良いのですが、日光が当たる場所に長くいるのは非常につらかったです。 遺跡観光していても朝っぱらから日差しが強く、Taさんの丁寧な説明を聞きながらゆ~っくり遺跡を見て回ったのですが、ただゆっくり歩いてるだけで汗が噴出して来るし、走ったわけでもないのに息があがってくる感じです。 午前中の終わり頃には、これって観光というより「苦行?」と心の中でつぶやいてました。 それなのにTaさんは汗ひとつかいていない...さすがです。


バイヨン


アンコールワットを見て回っている時、Taさんに聞かれました。 「めずらしいですよね。日本人はだいたいグループで日本語ガイドを付けるのに、なんで(Sakuraは同じようにしないのか)?」と。 なんでと言われてもな~。「私は変わり者だから。」と言ったら笑ってました。 言われてみて考えたけど、まあやっぱ普通のことするのがつまらないからかなぁ? 

でも驚いたことに、カンボジア人の日本語ガイドさんが沢山いるんです。 カンボジアにそんなに日本人観光客が沢山来るとは知りませんでした。 だいたい、人に「カンボジア行ってくるね。」と言うと、「危なくないの?」とか「地雷を踏まないでね。」とか言われるし、タイやベトナムは直行便もあって安くて人気だけど、アンコールワット遺跡のパッケージツアーはけっこうな値段するし、日本から見たらマイナーな場所だと思っていたんです。 

なのに遺跡をめぐっていて日本人の団体には良く会ったし、そういうグループには必ずカンボジア人の日本語ガイドさんが付いていました。 ああいうガイドさん達は英語はもちろん話せるんだろうし、トライリンガルってことですよね。 Taさんも日本語の単語はけっこう知ってたし、スペイン人観光客とスペイン語でなんか少し雑談してたし、すごいなーと思います。 私なんか英語は4年くらいがんばったのにTaさんよりへたくそだし、小学校から大学までカンボジアに比べたら立派な設備と教材で勉強したことを思うと、なんかすごく恥ずかしくなってしまいました。 



アンコールのお堀


お昼は外で食事したあと一旦ホテルに戻ってシャワーを浴びて昼寝しました。 疲れてて、爆睡しました。 暑い国を旅するときはなるべく着替えがいっぱいあった方がいいなと思いました。 汗だくになるので着替えたい。 私は3泊だからと思って服を沢山持って行かなかったので着替えのやりくりに困りました。 それから午後3時にまたTaさんとドライバーさんが来て、トンレサップ湖のクルーズに行きました。 トンレサップ湖は海のように大きな湖で、沿岸には水上生活している人達の村があるのです。 小さなボートに乗ってその村の人達の暮らしを見学しました。



トンレサップ湖

ボートに乗っている時、ふとTaさんの足元を見たらTaさんはすごくボロボロのサンダルを履いていました。 着ている物はガイドさんの制服で(たぶんライセンスを持ったガイドだよという証明の制服だと思います。)こぎれいにしてるのですが、サンダルがボロボロ。 サンダルひとつ買えないわけじゃないと思うんですよね。 きっとそれで満足で、「あーすり減っちゃったから新しいの買わなきゃ。」とか「ボロでみっともない」なんて発想が無いのだと思います。 なんかそういうのもいいなぁと思いました。


さて明日は4時半起きでアンコールワットの朝日を見に行きます! 雨期だというのに、晴れるでしょうか...


☆今日の行程☆

Angkor Wat temple

Angkor Thom South Gate

Bayon temple

Elephant terrace

Leper King terrace

Tonle Sap Lake(Flooting village)



カンボジア旅行記1日目

10月5日(金)


待ちに待ったカンボジアに行く日が来ました。 去年の初めての海外一人旅の時もそうだったけど、今回も行く前日になったら妙に緊張しました。 寝坊して成田行きのバスに乗り損ねたらどうしようとか、飛行機の乗り継ぎがうまくいくだろうかとか、シェムリアップに夜到着するのにホテルからちゃんとお迎えが来てなかったらどうしようかとか、なんか不安でいっぱいになってきてしまって。。。


んでもう、ぐっすり眠れないまま朝が来ちゃいました。


早朝からタクシーで駅まで。 そこから空港直行バスで2時間、成田に着くと航空券を受け取りました。 しかしその航空券、なんだかパソコンで印刷しただけ~みたいな、A4の紙っぺら一枚なのです。 ただ、私の名前と予約した全ての便名、発着時刻などが印字されているだけの。 カウンターのお姉さんに、「これ一枚で帰りの航空券も兼ねてますから、大事にしてくださいね。」と言われました。 最近はそういうことになったんでしょうか?


何はともあれ、その紙っぺらで無事チェックインして、成田から約6時間弱でタイのバンコクに着きました。 ここからカンボジアのシェムリアップに乗り継ぎです


バンコクスワンナプーム国際空港は、やたらめったら広かったです。 それに、搭乗ゲートの待合所が寒すぎです! 搭乗までまだ時間があったのでゲート前で本でも読んでいることにしたのですが、長袖を着ているにもかかわらずこごえて来ちゃって困りました。 ショップなどのあるフロアに戻りたくても既に手荷物検査のゲートをくぐっているから戻れないし。 凍えながら待っていたのですが、搭乗時間を過ぎても一向に搭乗案内がありません。 ほんとにこのゲートで合ってるのかねーなんて考えていたら、場内アナウンスが。。。


なんか、「新しい出発時刻は7時45分です。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。」と、英語で言った気がするんですが、ところどころしか聞き取れません。 周りのお客さん(半分以上日本人ぽい)も平然としているし、聞き間違いだろうと思うことにしました(^^; だって、7時45分となるとさらにその寒い場所に1時間以上いなきゃいけないことになるし、心身共に疲れてる時に冗談じゃないよっていうか、信じたくない気持ちが強く。。。


でも3度目のアナウンスでとうとうもう出発が遅れるのねってことがハッキリしたので、空港スタッフのところへ行ってショップのあるフロアで時間をつぶしたいと告げたら、私と、他にも数人問い合わせに来た人達と一緒にショップのフロアにある航空会社のラウンジに連れて行ってくれました。


ラウンジはあたたかくて、飲み物やケーキ、ネットが出来るパソコンが用意されていて快適でした。 


私はそこから到着時間が遅れることを書いたメールを、ホテルに送信しました。


メールじゃ見てくれないかもしれないけど、なんかもうホントに疲れてて、そこからカンボジアに国際電話をかける方法を調べようとか、電話を探そうとかいう気力が全くなくなってたんです。 もーお迎えが来てなかったらタクシーで行くからいいし!みたいな。 ほんとは、タクシーを使うのは嫌だったんです。 なんか、タクシーの運転手が客引きで、あやしい宿に連れて行かれるとか、人気のない場所に連れて行かれて「やらせないと置き去りにするぞ」と脅されたとか、そんな常識はずれなことばかり聞かされていたので、昼ならまだしも夜にタクシーは絶対乗りたくなーいと思ってました。


しかしながらホテルからすぐ返事が来て、ドライバーに連絡するということと、もし空港でドライバー(お迎え)が見当たらない時は受付か、スタッフの携帯に連絡するようにと書いてありました。 ふう~。 これで取り合えず一安心です。


その後ラウンジにずっと座っているのも飽きたので、本屋を見て時間をつぶしました。 


それにしてもバンコクの空港職員の英語が、本当にさっぱり分からないのには困りました。 搭乗口がどっちか聞いた時などは、聞き取れたのは最初の"Go straight."だけで、あとは「本当に英語だろうか??」と思うほど全くさっぱりでした。 


実は私はアンコールワット遺跡を見てまわるのに現地の英語ガイドさんを予約していました。 日本人向けの日本人ガイドツアーじゃつまらないと思ったし、カンボジア人のガイドさんとなら、英語でもお互いネイティブじゃない同士返って分かり合えうかも。 なんて思っていたのです。 しかしその目論見も、空港職員の英語がこれほど分からないことで非常にあやしくなってきました。 ひょっとして私はさっぱり分からない説明を聞きながら遺跡めぐりをすることになるのか? でも、一人で回ったってどうせただ見るだけになっちゃうしなー。 う~ん。 しかもいまさら予約を取り消せないなどと考えているうちに、結局さらに30分遅れてシェムリアップ行きの飛行機に搭乗することになりました。


バンコク→シェムリアップ行きの便は、タラップが6段しかないような小さい飛行機でした。 その飛行機を見た時、隣にいた日本人グループのうちの一人が、「あ、あれボンバルディア機だ。」などと言うのです。 ただでさえ飛行機が怖い私はいつもより怖さが30%くらいアップしてしまいました。 あの人は冗談であんなことを言ったのか、本当にそうだったのかは私は飛行機のことは知らないので分かりません。 私はあの人はきっと冗談で言ったに違いないと思い込むことにしました(^^;


バンコク→シェムリアップは1時間ほどで、あっという間に着きました。 夜景がきれいだった(つまり都会だった)バンコクと比べてシェムリアップの空港の周りはなーんも明かりがありませんでした。 暗くて見えないけど、たぶん田んぼか、野っぱらが続いているのでしょう。


だーれも職員のいない税関(いいのか?)を通ると、私の名前をでっかくカラーで印刷したプレートを持ったドライバーさんが待っていてくれました。たぶん他のお迎えの人たちが持っているプレートの中で一番目立ってました。 私が「待たせてしまってすみません。」と言うと、「あー、全然平気平気ー。」と、笑顔で言ってくれました。 なんだか日本の田舎にいるような、むちゃむちゃ人の良さそうなおじさんでとーってもほっとしました。


空港から25分、暗い一本道を走ってホテルに着きました。 


オーナーさんとスタッフに迎えられて、疲れてた私はチェックインするとすぐ部屋に直行しました。 若い女の子のスタッフが案内してくれたのですが、この子がとってもかわいいんです。 二十歳か、もしかしたらもっと若いかも? なんか始終嬉しそうで、部屋の説明をひととおりし終わると、自分の名前を名乗ってから(Phallyといいました)私の名前も聞いて、「Sakura、Phally、ウフ♪」などと、とっても楽しそうにしているのです。 仕事が楽しいのか、人に会うのが好きなのか、それとも生きていることそのものが嬉しくてしょうがないのか、ともかくこっちまで嬉しくなるような笑顔の子でした。 


お部屋はバスルーム付きのシングルで、クローゼットなどの調度品は安っぽい感じでしたが、なんてったって1泊1500円だし、清潔そうだし、文句は無いといったところでしょうか。 この宿は、昔フランスの統治時代に建てられた建物で、きっとフランス人が住んでいたのでしょう、翌日になって見てみたら、個人の家にしてはものすごい広さの「お屋敷」でした。


さて、明日は朝の7時30分からガイドさんと遺跡めぐりです。 果たしてガイドさんの英語は分かるんでしょうか。 何はともあれ、アンコールワット遺跡を見られるのが楽しみです。



やばいやばい

今日、「今後の仕事のことで話が...」とかいうので取引先の会社に行ったら、「もうあと2、3ヶ月分しか仕事がない」(つまり2~3ヶ月したらクビってこと)を言い渡された...(T-T)


まあ、もう1年くらい前からずっと仕事がなくて雇い続けられないというようなことは言われていたのでいつその話が出るやらと覚悟はしていたんだけど。


とりあえず10月いっぱいは今までもらっていたのと同額を支払っていただけるが、その後は残りの仕事量にみあった分だけになり、終了となるそうな。


もしかしたら、その会社の部長さんの知り合いのソフト会社で仕事をもらえるかもしれないとのことだけど、その仕事の大変度合いや、本当にその仕事をやらせてもらえるかは分からない。


けど、なんかもうソフトの仕事を今後も頑張ってやりたいかというと、正直どうなのかよく分からない...


なんかこれを期に本当に自分がやりたいことを考えてみたい気もする。


といって子供がいるので今の生活を維持するためにはそうのんびりしてもいられない。


独り身だったらそんなにあせらないんだけど。


どうしたもんだか。 


でもまあ、母子3人、生活水準を下げれば食べていくくらいはどうにでもなるからそんなに慌てることもないか~。



こわい夢

最近、というかここ1年くらい? 天変地異の夢をよく見ます。


一番しょっちゅう見るのは津波の夢です。 津波が押し寄せて来るというので子供と一緒に逃げ惑い、最後は断崖絶壁のようなところを一生懸命這い登って、もうそこより高い場所はないところまで登ったのに、とうとうその崖よりも高い津波が来て...(そこで夢終了)


だいたい、津波から逃げることは出来ません。


それと、津波でないのにはこういうのもありました。 なぜか学校の廊下にいる私。 ふと教室でみんなが騒いでいるような声がしたので自分も教室に入ってみると、窓の外、学校から数キロ離れたあたりに原爆が落ちた時のような巨大なキノコ雲があがっているのです。 そのきのこ雲を見た瞬間、私は「ああ、もう一瞬のちには終わる(世界の終焉)んだ。」と悟るのです。 不思議と、もう怖くもなんともなく、私はその西日に照らされた美しい雲をだまってみつめていました。


そして今朝の夢ではこうでした。 デパートの地下で買い物をして、地上につながるエスカレータに乗ろうとすると、そのエスカレータが途中でぐにゃっと曲がってしまったのです。 最初はエスカレータが故障したかと思ったのですが、地面そのものがぐにゃっと曲がっていたのでした。 何か大変なことが起きたと知ってパニックになるお客さん達。 私もとにかく外に出たくて唯一故障していないエスカレータでなんとか地上に出ました。 しかし地上は地上で地面は隆起してくるし、竜巻のような風が吹いて人々が吹き飛ばされていました。 私や近くにいた人は悲鳴をあげて近くのものに必死につかまりました。 そのうちに今度は地殻変動のせいなのかどうか、隆起してそそり立った地面から大量の水が滝のようにどどーっと落ちて来て... またも、もう死ぬなと思った瞬間目が覚めました。


毎回、本当に恐怖なのです。


いったい何なんでしょうか。 世界中で大災害が起きて、ニュースでそれらを見ているからなのかな。 津波や、水で死にそうになることが多いので、もしかして私って前世は水害で死んでんじゃないかとか思ったりして(^_^;)


みなさんも、こういった感じの夢を見ますか?




「キリングフィールドからの生還」

「キリングフィールドからの生還-わがカンボジア殺戮の地」 ハイン・ニョル ロジャー・ワーナー


カンボジアで医師をしていたハイン・ニョルさんのポル・ポト政権下での体験を書いた手記です。 ポル・ポトが政権を取るまでのカンボジアの様子や、内戦に突入するまでの流れ、クメール・ルージュ(ポル・ポトが率いる共産主義勢力)がその政権下でどんなことをしたかが非常によく分かってとても良かったです。


そもそも私がカンボジアに興味を持ったのは、阪口直人さんというフォトジャーナリストのカンボジアに関する短いエッセイと写真を見たのがきっかけだったのではないかと思います。 彼はジャーナリストになる前に国連ボランティアとしてカンボジアに入り、カンボジアで初の選挙を行うための準備活動を行っていました。


今思うに、クメール・ルージュがいくら弱体化したとはいえ反政府勢力にいつ殺されるか分からない状況の中で彼らは、丸腰でボランティア活動をしに行ったのですよね。 まったくすごい人達だと思います。(実際、日本人ボランティアが一人殺害されている) もっとも、全く政治や戦争と関係なく生きている村の人達に、西側の民主主義を押し付けることに関しては阪口さん自身も疑問を持ちながら活動していたようでしたが。


それにしてもいつも腹立たしいのは、貧しい国の内戦に、大国が乗り出して来ることです。ベトナム戦争ではアメリカとソ連だったし、カンボジアでは中国とベトナムだし、力を持っている国が、自分たちの利権のために内戦に手を貸し、戦争を拡大させて小さな国の国土や人々をめちゃくちゃにしてしまう。


なぜケンカを始めた人に、わざわざ銃を渡すようなことをするのか。 表向きは内戦を終わらせるためとか、独裁政治から民衆を救うとか言っているけど、私は戦争をすることで得をする権力者がいるだけとしか思えないんですよね。


ちゃんとした教育を受けた先進国の人達が、争いごとの解決にまだ武力に頼ろうとしている。 いつになったらその発想をやめられるんでしょうね。




ビリー

ビリーズブートキャンプにはまってずっと頑張って続けていたのに、ヒザを痛めました。。。。゚(T^T)゚。


考えてみれば、私はもともとヒザが弱かったのかも。


下の子が生まれて、畳の上に赤ちゃん布団を敷いて寝かせてたのですが、伸ばした両手の先に赤ん坊を抱いた状態で立ち上がったり、また降ろしたりということをしていたらヒザを痛めました。


ビリーをやってる時は特にヒザに負担がかかってるような感じはなかったんだけどなー。 どっちかというと腕の関節にはかなり負担がかかってたと思うけど。


2~3日は右ひざの曲げ伸ばしが痛くて階段の上り降りも大変でしたが、もうほぼ元に戻りました。


ビリーは中高年には無理ですかね、やっぱ。。。(^_^;)


でも、自転車で登りきれなかった坂を上りきれるようになったり、最初は全くついていけなかった動きについていけるようになったり、筋力が回復してくるのが分かってとっても嬉しかったんですよね。


ヒザと関係ないような腹筋運動だけでもまたやってみようかなー。。。

 


旅行計画

10月始めに、海外ひとり旅第2弾を計画中です。


「カンボジアに行ってみたい。」と、昨年末くらいからずっと思ってるんですけど、思ったより飛行機代が高くてなかなか実現せず。


やっと今頃になって具体的に計画を立ててます。


だけどやっぱり飛行機代が高いんですよねー。 時期を選んでるつもりなんだけど。 バンコクとかだったら安いのあるのに... 直行便がないからどうしても高くなるのしょうがないのかなぁ。


宿は、イギリス人夫婦が経営しているゲストハウスにするつもりです。 そこはオリジナルであちこちの遺跡をめぐるツアーを組んだりしているのでそれに参加してみようかと思っているんです。 イギリスならいざ知らず、さすがにカンボジアを女一人でふらふらうろつくのは怖いなと思って。 メールでツアーについて問い合わせたのですが、すぐに返事をくれて、なかなか親切そうな感じです。 


日数的には連休を利用して3泊か4泊。 


東南アジアは初めてなのでとても楽しみです♪


「トーマの心臓」

「萩尾望都パーフェクトセレクション」つうのが出版されると電車内の広告で見つけて、早速買いに走っちゃいました~♪


なんつったって第1巻と第2巻は「トーマの心臓」で、連載当時の扉絵やカラーページはそのまま再現したというじゃないですか、これが買わずにいられましょうかっ!


「トーマの心臓」...


出会ったのは中学生の時、まあ、死ぬほどハマリました。


小学生から高校までいろいろなマンガを読んで、面白いのも沢山あったし、感動もしたけど、これ程「心酔」したのは後にも先にもこれ一つかと思います。


物語は、ある少年が陸橋から列車に飛び込んで自殺するところから始まります。


冒頭はこんなふう


*********************


-ぼくは ほぼ半年のあいだずっと考え続けてた

 ぼくの生と死と それからひとりの友人について-


その朝

トーマ・ヴェルナーは

郵便局で一通の

手紙を出した


まぢかに春


雪は水音をたてて

くつの下でとけた


**********************


久し振りに読み返してみても、やっぱり名作でした。 名作中の名作。


面白いなと思ったのは、以前の私はずっと、(大人になってからも何度か読み返しているのですが)登場人物の中で「オスカー」という少年が好きだったのです。 父親に母親を殺されるという過去を持つ、大人びた子。


でも今読んでみると、私は「ユーリ」という少年の方により愛情を感じるのでした。 理性的で、頭が良く、運動も出来て誰からも慕われる委員長。 しかし心の中は繊細で、痛々しい程の傷を負って、本当は愛情豊かなのに冷たい仮面をかぶって生きている少年。


一番好きな登場人物が変わるというのは、案外重大なことかもしれません。 私の中で、ものの感じ方や、何を重要だと思うか、その比重の掛け方が変わったということなんでしょう。


50代、60代になったらまた感じ方は変わるんでしょうか。 もう変わらないでしょうか。


同シリーズで11月と12月に発売になる「ポーの一族Ⅰ」「ポーの一族Ⅱ」も買うつもりです。 これも「トーマの心臓」に次ぐ名作です。(「こっちが一番だっ!」という人もいる(^-^;) 第3巻の「11人いる!」も素晴らしい作品です。 萩尾望都を読んだことない方がいらしたら、ぜひ読んでみてください。 おすすめです。


平和憲法

夕べはNHKで憲法9条は必要なのかどうかーっていう討論番組をやっていたのでまじめに全部見てみました。


私自身は護憲派。


私は、憲法9条がいらないっていう人って戦争をしたい人なのだろうとずっと思っていたのです。


だって、憲法9条がなくなったら、アメリカが勝手に起こした戦争に巻き込まれて行くのが火を見るより明らかなのに、憲法9条がいらないっていうことは、戦争やりたいんだろうなーって。 


でも昨日の討論を聞いていたら、どうもそうじゃないらしい。


憲法9条がいらないという人は、ものすごく日本の政府を信頼しているんだと思います。 テレビに出ていた人の意見では、憲法9条があるから、日本はアメリカに対して対等に物が言えないんだと。 ちゃんと自分の国を自分で守れる強い軍隊があれば、アメリカに対してもちゃんと物が言えるんだというのです。 だから軍隊があったからって自分たちさえしっかりしていれば日本がいきなりよその国を侵略するようなことはあるわけないんだというようなことでした。


ええ~っ、私は日本の政府をそんなに信頼できません。


そもそも、アメリカの圧力があるから憲法改正しましょうなんて言いだしちゃってる人たちなんだし。 憲法9条がなかったら、日本もアメリカと一緒になってイラクに爆弾を落とさなきゃいけなくなるんだと思う。 そんなのいやー。


日本は憲法9条があるから国際貢献できないっていうけど、武器を持ってよその国に行って、たとえどんな大義名分があろうとも人に危害を加えるようなことが国際貢献なのでしょうか。 


憲法9条は、日本が戦争に加わらないための最後の砦だと思います。 日本人が、よその国の人に向けて銃を発射するようなことがないように、憲法9条を、私は失いたくないんです。