大河ドラマ
来年の大河ドラマは宮崎あおいが主役で、主人公も「篤姫」とかいう聞いたこともない幕末のお姫様だというのでちょっと楽しみです。
今年の大河はどーも面白くなくて... というか、大河ドラマは今年に入るまでずーっと長いこと見てなかったんですよ。 ちらちらっとは見てましたけど、まともに最初から最後まで見たのは、緒方拳の赤穂浪士(どんだけ昔だよ)が最後です、たぶん。
一番楽しく見てたのは、昭和53年「黄金の日日」→善住坊(川谷拓三)が死ぬシーンが衝撃的で翌日友達と一緒に泣いた。 昭和54年「草燃える」→郷ひろみのバカ実朝ぶりが印象的だった。昭和55年「獅子の時代」→江藤新平の大ファンに。佐賀の乱で死んでしまって悲しかった...
でも今になって調べてみると、途中、山崎豊子原作の大河(「山河燃ゆ」)なんてのもあったんですね。 見れば良かった。 山崎豊子は良いですよね。 「大地の子」も良かったし、「不毛地帯」「華麗なる一族」も素晴らしかった。 でも原作自体は私は「沈まぬ太陽」(JALの墜落事故が題材)しか読んでないのです。 戦争を扱った作品は、真剣に扱えば扱う程どうしてもものすごく残酷なシーンが出て来るし、しかもそれが現実にあったことだと思うとあんまりつらくて... テレビドラマでは到底映像化出来ないようなシーンも、小説では否応無く見せ付けられるでしょう。
でも今年は戦後62年。 戦争がどれだけ人を狂気に追いやるか、戦争の本当の残虐さを表にさらさないといけないんですよね...
ハリポタ
ハリーポッターの最終巻、"Harry Potter and the Deathly Hallows" 読み終わっちゃいました...
むちゃむちゃ寂しい...
いや、正確に言うと最後のエピローグはまだ読んでないんですけどね。 だって、それを読んだらなんかもう本当に永久にハリーとお別れなような気がして。
そうやってとっておいて、いつになったら踏ん切りがつくのやら...
内容はここでは書きませんが、ひとつだけ、ハリポタはけっこう細かいことが後で重要になったりするので最終巻を読む前にそれまでのお話を復習しておくと良いかも。 もし最終巻を読んだ人いたら、英語学習日記の方にネタバレバージョンを書いておきますので、ぜひああだこうだ語り合いましょう。
あ、今やってる映画も見て来ましたよ。
原作を先に読んでいて、映画で期待を裏切られないのって私の中ではめずらしいんですが、ハリーの映画はいつも楽しく見ることが出来ます。
自分が想像していた通りの映像が出てくれば「あ、自分が思ったのと、この映像を作った人が思ったのは一緒だったんだ。」と思って楽しいし、想像していた以上だと「おお~っ」と感動してしまいます。 とりわけ魔法のシーンはいつも良く出来てると思う...
次は第6巻「ハリーポッターと謎のプリンス」が映画化されるのでしょうが、6巻はミステリーとしてすごく面白かったし、私としては7冊の中で1、2位を争う出来だと思うんですけど映画としてはどうかなぁという気がします。 割と淡々と話が進むし、最後の方はあんまり子供にはどうかと思うようなシーンもあるしで。 少なくとも、子供が見て面白いような映画にはならなそう。
でもそれをどう映画にするのか、が楽しみかもしれないですね。 なにしろラドクリフ君がおじさんにならないうちに作ってもらいたいものです...(笑)
- J.K.Rowling, Mary GrandPre
- Harry Potter and the Deathly Hallows (Harry Potter 7)(US)
手作りせっけん
倫太郎と一緒に石けんを手作りしてみました。
苛性ソーダという劇薬を使うので、ちょっと化学の実験ぽくて面白かったです。 倫太郎はシンプルなマルセイユ石けん、私はレッドパームオイルというマレーシア産のオイルを使ったオレンジ色の石けんを作りました。
苛性ソーダとオイルを混ぜる
牛乳パックの型に入れる
で、この後約1ヶ月間寝かせるのです~。 今月の終わり頃に出来上がる予定です。 どんなのが出来るか楽しみ~♪
実験ぽいことしてて思い出したんですけど、大学の時、研究室で土壌分析ってのをやってたんです。 その分析に硫酸(サリチル酸硫酸)を使うんですけど、みなさんピペットって覚えてます?液体を量り取る時に使うガラスのストローみたいなやつで、真ん中にふくらんだ部分があるやつです。 硫酸を量り取る時、そのピペットで硫酸を口で吸い上げるんです。 恐いです、これが。 普通にやってれば危険なことは何もないんですけど、何度も何度も同じことを繰り返すもんで、危険なことをしているという感覚がなくなるわけですよ。 で、うっかり余所見したりしちゃう。 ピペットを使う時はその先端が必ず液体の中にないといけないんですけど、ほんのわずか液体からピペットの先が離れてしまったその瞬間、硫酸がビューっと口の中に入って来るんです!! ぎょえーっ。 慌てて流しで口を濯ぐというヘマを、だいたい年に1~2回くらいはやってました。 硫酸ってすっぱいんですよ。 硫酸の味を知っているというのを、当時私と、私と一緒に実験をしていた相棒は自慢にしていました(笑)
↓参考にした本
- 石けんのレシピ絵本/前田 京子
- ¥1,733
- Amazon.co.jp
- オリーブ石けん、マルセイユ石けんを作る―「お風呂の愉しみ」 テキストブック/前田 京子
- ¥1,890
- Amazon.co.jp
"Before Sunrise" "Before Sunset"
"Before Sunrise" "Before Sunset"という二つの映画を見ました。 とっても、いい感じの映画。
"Before Sunrise"は邦題が「恋人までの距離(ディスタンス)」っていうんです。 旅行中のアメリカ人青年と、フランス人の女の子が列車の中で知り合って、一晩だけの恋に落ちる物語。 と書くとありきたりなんだけど、この映画が普通と違うのは、ストーリーなんて無くて、ほとんどずーっとこの二人の会話で終わること。 列車の中で意気投合した二人は途中のウィーンで降りるのだけど、そこからはほとんどずーっと、二人のとりとめもない会話が続くのです。 ウィーンの街を歩きながら、お互いのこと、本のこと、人生のこと、いろんなことを話して、話しても話しても楽しくてあきたりない二人は、とうとう公園で野宿して夜が明けちゃう。 翌朝、半年後にウィーンで会うことだけを約束して、連絡先も教え合わずにさよならして終わり。 別にドラマチックな演出があるわけでもなく、ただウィーンの街を背景に二人が会話するだけのストーリー。 でもそこが妙にリアルなんだな。
そしてその続編が"Before Sunset" 1作目の別れから、結局半年後に二人は会わないまま9年が経過してる。 ここでまた面白いのは、実際に1作目が作られてから続編まで9年の間があいてること。 だから、俳優さんもストーリーの通りに9年分くらい年を取ってるのだ。 それがまたリアルでいい感じ。 そして1作目と同様、映画の内容は二人の会話のみ。 最初は、久しぶりに会えた友達どうしのように話しているんだけど、さよならの時間が近づくと、だんだんとお互いにその会えなかった9年間、どんなにあの一夜のことを大切だと思ってきたか、どんなに相手に会いたかったか語り出す。 けど、だからってこれから二人がどうこうなろうなんてことじゃなくて(男の方は既に妻子を持っている)、やっぱり、短い時間を共に過ごして終わりなのだ。 2作目などは恋愛物なのにキスシーンすらないんだから、本当に淡々としてるんだけど、それがすごく雰囲気を出してると思う。 2作目はパリの街が背景なんだけど、少し傾き始めた西日に照らされた古い街並みがまた良いしね。
タイトルが"Before Sunrise"ときて "Before Sunset"と対になってるから、もう続編はないだろうとも思うけど、もしかしたら20年くらいして二人がもっと年取った時どうなってるか...なんて映画が出来たらそれも面白いなと思ったりして。 本当に俳優さん達も50才になってるわけ。 それともやっぱり、見る側の想像の世界だけで終わらせておいた方が良いのかなぁ。
- ワーナー・ホーム・ビデオ
- ビフォア・サンライズ 恋人までの距離
- ワーナー・ホーム・ビデオ
- ビフォア・サンセット
受験は親子でたたかう?
今年は私はふうちゃんの中学校でPTAの役員を引き受けまして、高校訪問というのを企画したのです。 高校訪問というのは、どの中学でもあるんでしょうか? PTAで3校ほど見学してみたい高校を選びまして、父兄を募ってバスをチャーターして大挙して高校を見学しに行くのです。 高校側ではあらかじめ担当の先生が待っていてくださり、父兄達に校内を案内したり、学校の特色をビデオで説明してくれたりするわけです。
それで今日、その高校訪問に行ってきたのです。 3校とも特色のある学校を選んだので面白かったことは面白かったのですが、行きたい高校は子供が選ぶものなのに、なんで親が高校見学すんの?... と、まあ、企画段階からずーっと思っている私なのです。
ふうちゃんがやっている(というか取っているだけ)の「チャレンジ」に、毎月「親ゼミ」という親向けの小冊子が付いて来るのです。 その中身と言ったら! 難関高校に子供を合格「させた」理想的な親みたいな人が子供と一緒にニコニコ写っている写真入りで出て来て、「中学生はまだまだ子供。親のサポート(勉強に関してという意味)が必要です。」だとかなんとかで、親がいかにして子供の受験をサポートするかというノウハウみたいなものがつらつらと書き綴られているんですよ。
私は一度見ただけで「うげーっ」となってしまって、それ以来その「親ゼミ」とやらは表紙を見るのも不愉快になってしまいました。そもそも「親ゼミ」なんて名前自体が気持ち悪いし。
けど、こういうの、何の違和感も抱かない人の方が普通なんでしょうね。 そういう記事を見て、「ああ、なるほど、うちもこういうふうにしなくちゃ。」って思うんだろうなぁ。 こうして日本の親はどこまでもどこまでも過保護過干渉になるように教育されていく...
私は実をいうと、子供が受験だと言って側でおろおろしている人もよく理解出来ません。 あまりにも生活が子供の受験一色になってるみたいで...「受けるのはあなたじゃないよ...」と言いたくなってしまう...
ただ、子供が中学生になってみてここは親のサポートがいるのかな? と思う場面はあります。 それはね、高校に進学したくても、通える範囲にどんな高校があるのか、どの高校なら自分の成績で合格できそうなのか、という情報が、全く入って来ないことなんです。 なんでそんなの中学校で用意してくれないのかはさっぱり分かりませんが、学校の先生はこちらがだまっていると何も教えてくれません。 なのでこの前の家庭訪問の時に聞いたのです。 「最低の県立高校に入るにはどのくらいの成績だったら入れるんでしょうか?」って。 娘もそういう情報は全く知らないわけです。 そうしたら、「これは私から聞いたとは言わないでくださいよ。」という前置き付きで教えてくれました。 なんでそんなこと秘密にするんだろう...? そういう具体的なことを秘密にしておいてどうやって受ける高校を決めろというのかさっぱり分かりません。 実を言うと高校受験に前期と後期があるなんてのもつい最近まで知らなかったし、そういう受験の仕組みみたいのも自分で調べない限り学校からは何の説明もありません。
PTAの会合の時、周囲のお母さん達に高校の情報はどこで仕入れるの? と聞いたら、あるお母さんは、「うちは結局3年生の時塾に入れたの。塾はすごく詳細なデータをくれるし、進路指導も熱心にしてくれるから。」だそうでした。 ええ~、情報欲しさに塾に何万円も払うのか~...
そういうわけで私は、入試の仕組みとか、近場の高校のリストとか、どれくらいの成績で入れるかとか、そういうの親が情報を揃えてやらなきゃしょうがないんだろうか? と思い始めているのです。
こういうふうなので、受験に熱心な親の子は十分に情報を持つだろうけど、もしかして私みたいに子供の進路は子供にお任せな親の子は、自分にどんな選択肢があるかも十分知らないまま進路を決めちゃうこともあるんだろうなと思います。 実はかつての私がそうだったんです。 学区内の高校のレベルは、友達から聞いたウワサとしてしか知らず、後になって学区外の高校に行った友達が何人もいたのを知って、「学区外」なんて選択肢があったのかとびっくりしたのでした。 塾なんかも行ってなかったし、ホント何も知らないで選んでしまってバカみたいでした。
今は昔と違って特色のある高校が沢山あるし、どっか本人が「いいな」と思えて、しかもふうちゃんの成績でも入れてくれるような高校があればいいんですけどね。
新米ガーデナーの喜び
みなさんご無沙汰してます。 今日はあいにく雨ですが、本当に気持ちのいい季節になりました。
毎日ドキドキで見守っていたバラの蕾はほころび始めたかと思ったらあっという間に満開になりました。 なんと、冬に買ったアンブリッジローズが一株で34個も蕾を付けたのですよ。 新米ガーデナーとしては嬉しくて、毎朝花に会いたさに早起きしちゃうくらいなのです。
私はそもそもバラという花は好きじゃなかったのです。 だってバラって「私は女王様よ!」って感じでツンケンしてるみたいじゃないですか?でもイギリスに行ってバラのイメージが変わったのです。 すごくナチュラルでかわいらしくてなんて素敵なのかと。 今回初めて自分の家で咲いたバラを無造作にガラスビン(花瓶じゃなくてコーヒーの空き瓶とかいらないマグカップ)に生けてみたのですが、まあそれだけでなんと絵になることか! 単なるいらないビンに入れてこれだけゴージャスになるのは、やっぱりバラって女王様なんだなぁと思います。 美人は何を着ても美人ってことかな?(笑)
で、まだビギナーだというのに、我が家に既にバラが9本あるのです。 いやもう今年はこれ以上買うまいと誓いまして、我慢しています。 だってまだバラ栽培の大変さはこれから来る夏を乗り切ってみないと分からないですもん。 (分からないのに9本も買うな~) 今年やってみて自分にも出来そうだとなったら、来年はもっと増えるかも...置き場所ないけど。
みなさんもやってみませんか~? きっとハマリますよ(笑)
新学期
そういえば新学期になって学校のこと何も書いてませんでした。
たいして変わったこともないので(^^;
倫太郎の新しい担任の先生は、3年生の時担任だった先生(女性の中堅どころの先生で割とサバサバした感じの人)でした。 倫太郎が本格的に不登校になった時の先生。 っていっても、その先生のせいだとかいうのでは全くないので別に問題ないのですが。 ただ、この先生、ちょっと張り切ってる?
新学期二日目に家にいらして少し話したのですが、私の気持ちとか方針は分かった上で、「でも、私が勝手に頑張る分にはかまいませんか?」とおっしゃるので、「ええ、それはかまいませんよ。」とお答えしました。 出来れば「みんなと一緒に卒業させてあげたい。」のだそうです。 まあ、無理だと思うけど、頑張ってください(^^;
でも、こういう先生が普通だよな~と思うんです。 いくら親が「うちはもう学校はいいです!」って言ったって、自分には何か出来ることはないのかと考える人が。 4年、5年の時の先生は、私があれだけ長いお手紙を渡してるというのにそれについて感想やら意見やらの一言もなくだんまりになっちゃって... 自分の考えとかないのか不思議でした。 まあ、頭から否定して非難して来られるよりは静かになられて楽ではありましたが(^^;
担任の先生とお話した2日後の先週末、私が仕事で少し遅くなって帰ると、倫太郎が「今日Y先生(担任の先生)に花札教えて一緒にやったー。」と言うのです。 「はぁ?花札?...ってことは家に上がっていったのね。」と、ちょっとびっくりしてしまいました。 ま、まあいいんだけどさ。 倫太郎の方はそんな感じです。
ふうちゃんは、3学期の終わりには「1年間楽しくてあっという間だった。クラス変わりたくない。」と言っていたのが、2年生になったとたん、毎朝「学校行きたくないよぅ~。」と言っています。 私は「学校行きたくなかったら行かなくて良いから。でも先生にはちゃんとそういうふうに言ってお休みしなさい。」と言うのです。 学校に行きたくないなら行きたくないと、堂々と宣言して休んでもらいたいもんです(^^; でも本人はそれは嫌らしく、先週は一日、仮病で休んでいました。
でもって私は今年はふうちゃんのクラスでPTAの役員を引き受けました。 アンド、自治会の班長もやります。 今年は真面目に頑張ろうかと思ってます(笑)。。。何を?
自由に生きる
昨日、テレビドラマ「セクシーボイスアンドロボ」を見ていたら、主人公の女の子が父親に聞いたんです。
「お父さんって、自由?」って。
私はその瞬間、頭の中で勝手に自分を父親に置き換えて返事してて、「自由だよ」って答えたんです。
そう、私、いま自由に生きてるんです。
何ものにも囚われず、誰に強制もされず、義務感で動いているのでもなく、ひとつひとつのことを、自分で選んで生きているんです。
以前は、そんなふうには思えなくて、人間っていろんな義務に縛られてて嫌なことも我慢して生きてると思っていたけれど....
自由に生きているんだなぁ、私は、今。
自由に生きるというのはどういうことかというと、「義務だ」「やらなきゃいけない」「しかたなくやってる」と思ってることを一旦全部捨てたらどうなるか、それでも本当に生きていけないかどうか考えてみると見えて来ると思うんです。
いや、その前に、「自分は本当のところこういうふうに生きたい、義務とか仕事とかお金とか、養う家族とかのしがらみが無いと仮定したら、こういうふうに生きてみたいのだ。」という理想像を描いてみるんです。
その後、何故今その理想を実現出来ないのか、もしいろいろなしがらみがあるからだとしたら、責任がどうとか、子供の世話をしなきゃいけないとか、そういう意識をぜーんぶ捨ててみる。 そういうの、全部放棄した時自分がどうなってるか考えてみる。 自分がホームレスになっちゃってるところとか、もし子供を捨てたら誰が面倒見るかなとか、そんなことまで想像してみるんです(笑)
そういうのを放棄してもなお、実現不可能だとしたらそれは何故かと考える。 本当に不可能かどうか、どうやったら実現するかさらに考えてみる。
こういうふうに考えて行くと、なんか、「ああ、やろうと思えば出来ないことではないな。」という部分とか、「いや、それは人間として絶対嫌だ。」という部分が出てくると思うんです。 そうすると、自分は何を今まで選択してきて、何を選択してこなかったか、それはどうしてか、ということが分かってくるんです。
そして最後には、実は人ってすごく「思い込み」で生きてるんだなぁと気付くんです。
とりわけ、しかたなく義務だと思ってやっていたことが、実は自分で選んでそうしていたということに。
人って突き詰めて考えてみると、誰かに強制されてやらなきゃいけないことなんて、ほとんど無いんじゃないでしょうか。 「上司にそう言われたから」って言うと強制されたかのように聞こえるけど実は、「上司に逆らったら評価が下がって給料が下がるのが嫌だ」という自分の気持ちから行動しているわけでしょう。 でも本当にそれしか道がないのかどうかもう一度いろんなしがらみを捨てて心をクリアにして考えてみれば、全然違う生き方を選ぶことはその人次第なのですよね。
実は人って誰に強制されたわけでもなく、「こんなことしたら人に無責任だと思われる。」とか、「そんなの自分のプライドが許さない。」とか「そんなことは人間として自分には出来ない。」とか、自分の心から出た気持ちに従って生きているだけなんだと思うんです。
それなのについ、自分で選んでないかのように思い込んでる。
極端な話、戦時下で、誰かを殺さなきゃ自分が殺されるなんて状況でも、人を殺すか自分が殺されるかは自分で選べるわけです。
自由とは、自分の心に従って生きることだと思います。 もし今、自分は自分の心に従って生きてないと感じるなら、本当にそうかどうか、どこかに思い込みはないかどうかじっーくり考えてみるといいと思います。
そのドラマで、女の子の父親はこう答えてました。
「う~ん、自由ではないなぁ。子供を養わなきゃいけないし。。。」
それに対して女の子は、「それって言い訳じゃない。ずるいなぁ。。。」
子供を持つことは誰に強制されたわけでもないんですよね。 今の状態から、夢を追いかけることが出来るかどうかちゃんと考えもしないで「子供を養わなきゃいけないから(好きなことが出来るわけもない)」なんて言われたら、私が子供だったら「私を言い分けにしないで」って言いたくなっちゃいます。 ちゃんと自分に問い直してないだけなのに。
自分で選んで今がある。 そしてこれから先も人は、自分の生き方を自分で選んで生きるのだと思います。
沖縄旅行記
倫太郎と、その友達のT君を連れて、春休みを利用して沖縄に行って来ました。 (ふうちゃんは行きたくないと言っていつも通り東京のおばあちゃんちへ遊びに行っちゃいました(T-T)。)
3人とも初めての沖縄でした。 T君は飛行機も初めてだったようで、「飛行機の中に自販機あるよね?」などと聞いてきてかわいかったです。
1日目
羽田から那覇へ
那覇の空港に降り立つと、暑いとまではいかないものの南国の花が咲いているわ、植生がまるで違うので何か外国に来たような気分になりました。 実際、旅行にかかる費用はちょっとした海外旅行並みだしね。 その日は那覇市内の沖縄ハーバービューホテルのポケモンルームに泊まりました。 そろそろポケモンルームを喜ぶ年齢でもないだろうと思ったのですが、そこしか部屋が取れなかったのです。 でも案外子供たちはまだポケモンルームを喜んでいたようで、翌日部屋を出る時、倫太郎は「この部屋にはもう二度と来ないんだよねぇ。」と名残惜しそうにしていました。 着いた日はもう夕方で見に行ける場所もないので国際通りを散歩しておみやげを買ったり、タコライスを食べたりしました。 タコライス、大好きです。 連れてるのが子供だけなので食事にお金がかからなくて楽です(^^; 大人がいたら「お酒飲もうか」とか「ちょっとしゃれた店」とかに行きたくなるもんね。 その上ホテルのお子様向けサービスでチョコパフェ(けっこう豪華版)が無料だったのでデザートも安くあがってしまいました(^^; このホテル、従業員の応対が良くてとても落ち着いた雰囲気だし、おすすめしたいです。
2日目
今回の旅の目的のひとつ、「クジラを見る」ため、ホエールウォッチング半日ツアーに参加しました。 ところが、これが悲惨だったのです。 天候が悪く風が強かったため、船は出たものの、クジラのいるポイントに近づくことが出来ず、結局クジラの影も形も見ることが出来ませんでした。 しかも船が小型でものすごい揺れだったためT君は船酔いして(酔い止めを飲んで乗ったのですが)何度も吐いちゃうし、私もすんでのところで吐きそうでした。 私達の前にいた親子3人連れもかわいそうに最初から最後まで顔面蒼白で吐き続けてました。 私はもっと小型の船にも乗ったことあるし、短時間なら大丈夫だと思ったのですが高速船の揺れるのは半端じゃないですね。 高さで2~3メートル上下していたと思います。 大人だけだったらまだ良いですが、子供がいる場合はなるべく大きな船を選んで乗った方が良いと思いました。
午後は首里城を見学しました。 子供たちは展示物や建物などよりスタンプラリーに夢中で、スタンプを全部集めてシールをもらっていました。 首里城はやはり中国の影響を強く受けているなぁと感じました。 朱塗りの柱に彫られた竜など去年北京で見た紫禁城とそっくりです。 紫禁城ミニチュア版という感じ。 それに、琉球が日本とは別の文化を持った独立した国家だったことも強く感じました。 それが後々日本に占領されて二次大戦で大変な目に合うかと思うと本当に痛ましいです。
この日はクルマで2時間移動して本部にある貸し別荘に泊まりました。 この貸し別荘(ふくぎハウス)がまた良かったです。 まだ木の匂いのする新しい一戸建てで、生活に必要なものが全部揃っているので、本当に自分の家にいるようにくつろげました。 海も目の前だし、ちゅら海水族館のある海洋公園のすぐ隣なのです。 周囲は古い集落で福木並木という防風のための並木に囲まれていて、とても静かな場所でした。
3日目
せっかく水族館の近くにいるのだからまだ人のいない開館してすぐの時間に入ろうよということで朝8時半の開館と同時に美ら海水族館に入りました。 やっぱりジンベイザメのいる巨大な水槽が圧巻です。 水槽の隣に喫茶店があって、そこで朝兼昼ご飯を食べながらゆっくりジンベイザメやマンタを眺めることが出来ました。 イルカのショーなども見ましたが、これは他の水族館の方が良いかも。 海洋博公園内のビーチでも水遊びしましたが、なんだか砂浜にも岩場にも生き物がいないのです。 人工の砂浜だからでしょうか。 鹿児島では岩場といったら生き物の宝庫でしたが、季節的なものなのでしょうか。
午後は別荘に戻って目の前の砂浜で遊びました。 子供たちは上半身裸になって半ズボンのまま海でばちゃばちゃ泳いで遊びました。 私が砂浜で生き物探しをしていたら子供達も加わってきました。 こちらでは貝やカニ、魚(小さくてほとんど見えない)、得たいの知れない生き物(^^;、得たいの知れない軟体動物などがいました。 それでも、思っていたよりは少なかったです。 それに驚くのは波の静かさです。 別にそこは湾になっているわけではないのに、ほとんど波らしいものが来ないのです。 小さい子を遊ばせるには絶好ですが、こんなに波のない海というのは初めて見ました。 波が無いといっても潮の満ち引きは当然あります。 私が「今は満ち潮だからもっと上の方まで波が来るよ。」というようなことを言ったら、T君が「満ち潮ってなに?」と言うのです。 T君は潮が満ちたり引いたりすることを知らないのでした。 こういう都会っ子は案外沢山いるのでしょうか。
私は子供の頃、夏になると毎年桜島にある親戚の家におばあちゃんと遊びに行っていました。 私はどっちかというと海は恐かったし、ウミウシとか苦手だったけど、おばあちゃんと一日中海につり糸をたらして魚釣りをしたり、岩場で貝を沢山拾って家に持って帰って食べたり、島にある植物で人形を作って遊んだり、いとこと海水浴したり、そうやって自然と触れ合うことが、やっぱり楽しかったなと思うし、刺激的だったと思うのです。 また桜島に行かなくても近所の空き地にある草っぱらにどんな虫がいるかとか、春になるとどんな花が咲くかとか自然に知ってたように思います。 大人になった今と比べて、目線がすごく低かったんですよね。 土に近いものがよく見えていたんです。 一日中ゲームをしてるのがだめとは思わないけど、自然と触れ合って子供だからこそ感じるいろいろな感覚(海が恐いとかウミウシがきらいとかいう嫌なことも含めて)を体験しないで大人になってしまっていいのかなとは思います。 あの感覚を経験してないか思い出せない人が、飛行船を子供に見せないようにカーテンを引くような先生になってしまうのかもと思ったり...
海辺で遊んでいたら、夕方、地域放送がかかり、「6時半になりました。子供は家に帰って家庭学習の時間です。」というようなアナウンスが流れたので笑ってしまいました。 この時間まで遊んだ子は、家に帰ったらまずご飯ですよねぇ。 家庭学習ってわざわざ指定するところが可笑しいです。
そんな放送がかかっても、うちの子達は日が暮れて暗くなるまで生き物探しに夢中でした。
4日目
帰りたくないけどもう帰る日です。 T君が「ひめゆりの塔」に興味がありそうだったのでひめゆりの塔に行ってみることにしました。実は沖縄に来たからにはちょっとは戦争のことに触れたいと思っていたのでちょうど良かったのです。 ひめゆりの塔ではちょうど時間が合ったので無料のガイドさんに案内してもらいました。(本当は無料じゃないのですがレンタカー屋さんでフリーパスをくれました) 着いてすぐのところにある慰霊碑の前に深い洞窟があり、そこにひめゆりの女学生達が隠れていたこと、ガス爆弾で殺されたことを聞いて胸が詰まる思いがしました。 数百名の生徒が、日本軍に見離されてからたった2、3日のうちに命を絶たれたということでした。 資料館の中ではひめゆりの生き残りの女性が資料の説明と当時のお話をしていました。 あのように戦争の記憶を後世に伝えようと、お年を召しているというのに資料の前に立って説明されて、本当にありがたいことだと思いました。
思えば私は大人になってからこのような戦跡を訪れるのは初めてでした。 ひめゆりについてはドラマか何かで見たこともあるし沖縄戦のむごたらしさも知識として知っていたけれど、実際にその地に立ってみてその悲惨さをあらためて考えてみた時の気持ちというのは全く予想もしていなかった衝撃でした。 本当はひめゆりの塔に限らず沖縄そのものが戦跡で、崖という崖では人が何人飛び降りたか知れないし、きれいな海岸でだって何人の人が銃撃されたかしれないんだけれど、ひめゆりの塔に行ったことでそういった事実がまた私の中で鮮烈に現実のこととして刻まれた気がします。 二度と、人間どうしが殺しあうような愚かなまねをしてはいけないのですよね。
憲法第9条をなくそうとしている人達に、もう一度、戦争というのがどういうことか考えて欲しいです。
たった3泊でしたが初めて沖縄に行けて良かったです。 クジラが見られれば言うことなしだったけど(^^; また今度はゆっくり行きたいと思います。 特に次は離島に行ってみたいです。
いつのまにやら
いつのまにやら、5年生の3学期が終わった。 という感じです(^^;
終業式の前日、担任の先生が来て、2学期の終わりにもらった通知票を回収して行き、その日に書き込んで終業式の日に持ってきてくれました。
結局今年度の担任の先生とは、ほとんど何の交流もなかったなぁと思います。 私が「特に何もしてくれなくていいです。」と言ったのだから別に文句があるわけじゃないのですが、たぶん不登校児の親でそんなこと言う人ってめずらしいでしょう、そういう人に興味持ったりとか、親がいくらそう言っても子供のことが気になったりとか、まるで何も考えたり思ったりしないのかなぁと、なんだか不思議。
今年の5年生はクラスが荒れているらしいのでそれどころじゃなかったのかもしれないけど、そういうふうにクラスの子供との関わりを深く考えたりしない先生だから荒れちゃうんじゃないかなぁと思ったり。
終業式の数日前に、連絡網がまわってきたのです。 クラスが荒れてしょうがないから、親に授業を「見守り」に来て欲しいって。 なんか授業の半分くらいは騒ぐ子を注意するので終わってて、授業にならないんですって。 ふうちゃんの時も5年6年とすごく荒れてると言われていたんですよね。 そしてその時も、この先生は5年6年の担任をしていました。
例えばクラスに、荒れる原因となるような子が数人いたとして、そういう子がたまたま多くいる学年だからしょうがないと、逃げているんじゃないかという気がしてしょうがないです。
暴れたり、先生に当り散らしたりしないとやっていけないのだと、子供は訴えているんじゃないのかな。 その子供達から学ぼうとしないで、毎日声を荒げて注意したって、何かが変わるとは思えないのです。
こないだ録画しておいたNHKの人間大学で灰谷健次郎の「子どもに教わったこと」を見ていたのですが、灰谷健次郎も言っていました。 教師は心を真っ白い画用紙のようにして何の偏見も持たずに子供をみつめなければならない。教師の側のものさしを子供に押し付けてはいけない。教師は子供に「教えてやる」という傲慢さを捨て、お互いに学ぶ気持ちを持たなければいけないと。
先日、倫太郎と同じ小学校に通う2年生の姪っ子が言っていたのですが、ある日の授業中、クラスの子が窓の外に飛行船が飛んでいるのを発見して、みんなわぁっと一斉に飛行船を見ようと窓の方に身を乗り出したら、先生が窓のカーテンを閉めてしまったというのです。
それを聞いた私は、「...」
あきれたというか何というか。 小学校2年生の子供達、飛行船を見るのなんて初めてだったかもしれないですよね。 なんでその飛行船が去って行くまでのたった数分間を、子供と一緒に楽しめないのだろうと思いました。 そういう感性のない先生が、子供の作文や絵に点数をつけてるかと思うと恐ろしいなとも思いました。 こういう先生にかかると、いつも行儀良くしている子が良い子で、飛行船を見つけて窓にすっ飛んで行くような子は悪い子ってことになっちゃうんじゃないかなと思うととても不安です。
それにしてもふうちゃんの時と倫太郎と二度も学級崩壊に出会うことになり、こういうふうに身近に何度もあると、もう本当に、学校という制度そのものが壊れかけてるんだなという感じがします。 壊れかけてるので、ちょっとでも力のない先生だと崩壊を押さえきれないという感じ。
自分が学校に通ってた頃いつも、「なんでこんなこと勉強しなきゃいけないんだろう??」と思っていました。 これからは「なんのために学校ってあるの?」という根本的なところをもっとシンプルに見直す必要があるんだと思います。 大人からの押し付けの教育をやめないと、子供も大人もみんなが苦しみ続けることになるのでしょう。






