今の時代は、優しさまで説明を求められる。
格好良さまで、正しさと効率で採点される。
だからこそ私は、ルパン三世や冴羽獠や、あぶでかみたいな・・・
“古い男の美学”に、どうしようもなく惚れてしまう。
格好良い男が減ったんじゃない。格好良さの基準が変わっただけだ
昔の男が良かった・・・なんて、雑に懐古したいわけじゃない。
今だって誠実な人も、優しい人も、強い人も、ちゃんと居る。
でも、何かが違う。
今は、正しさを説明できる人が強い。
配慮を言語化できる人が賢い。
失敗しない人が有能で、空気を読める人が大人として扱われる。
もちろん、それ自体は悪いことじゃない。
むしろ社会の中で生きるなら必要なことだと思う。
ただ、その結果として、言葉にしない美学 がどんどん見えなくなった。
語らない優しさ。
説明しない覚悟。
見返りを求めない助け方。
そして、相手の弱さを暴かずに受け取る格好良さ。
そういうものが、少しずつ時代遅れみたいに扱われている気がする。
でも私は、そこにこそ惚れるんだ。
ルパン三世が盗むのは金じゃない。人の心だ
ルパン三世が格好良いのは、ただ漫画の主人公だからじゃない。
頭が切れるからでも、女にモテるからでも、洒落ているからでもない。
あの男は、人の心を盗む 。
しかも、ただ奪うんじゃない。
その人が隠していたもの。
見せたくなかったもの。
価値がないと思い込んでいたもの。
後悔や悲しみや苦しさまで見抜いてしまう。
そして、それを雑に扱わない。
「そんなもの、忘れろよ」じゃない。
「気にするなよ」でもない。
「お前が悪い」で片付けもしない。
むしろ、
そんなに苦しかったのか。
そんなに大事だったのか。
なら、それはお宝だろ。
とでも言うように、相手の痛みを盗んでいく。
これがたまらなく格好良い。
人は、自分の痛みを恥だと思いやすい。
弱さだと思いやすい。
失敗の証拠だと思いやすい。
でも、本当は違うのかもしれない。
後悔しているのは、本気だったからだ。
悲しいのは、大切だったからだ。
苦しいのは、ちゃんと生きたからだ。
だったら、その傷はただの傷じゃない。
その人が生きた証拠だ。
ルパンは、そこを盗んでいく。
だから私は思う。
ルパンの美学は、主人公を演じることじゃない。
誰かの中にある、価値なしと捨てられた痛みを、お宝として見つけ出すこと なんだと、私は思う。
冴羽獠は、優しさを茶化して隠す
シティーハンター冴羽獠も最高に格好良い。
でも、あの格好良さは正義のヒーローじゃない。
むしろ逆だと思う。
普段はふざけている。
スケベで、軽くて、だらしなくて、真面目さなんて微塵も見せない。
でも本当に大事な場面では、絶対に手放さない・見捨てない・逃がさないし逃げない。
この“手放さない姿”が格好良い。
しかも、助けたことを恩着せがましくしない。
「俺が守った」って顔をしない。
相手の人生に土足で入り込まずに、必要なところだけ背負って去っていく。
あの・・・EDに入っていくシーンはどの回も感動的だ。
これって、本当はすごく難しい。
人を助ける時、人は自分の正しさを混ぜやすい。
相手のためと言いながら、自分が良い人でいたい気持ちを乗せやすい。
理解者の顔をしたくなる。
救済者になりたくなる。
でも冴羽獠は、そこが下品じゃない。
相手の涙を見ても、必要以上に暴かない。
相手の傷を見ても、説教に変えない。
相手の人生を奪わずに、相手がまた自分で立てるように残していく。
つまり、冴羽獠の美学は、
優しさを見せつけない優しさ なんだと思う。
今の時代は、優しいことすら“見える化”される。
配慮も実績になる。
思いやりも評価対象になる。
でも、本当に惚れるのは、そういう優しさじゃない。
黙って引き受ける優しさ。
茶化して隠す優しさ。
笑いながら、本当は一番重いものを背負っている優しさ。
そこに、男が惚れる男が居る。
あぶでか(あぶない刑事)は、組織の中で魂を売らない
あぶでかが格好良いのは、ただ破天荒だからじゃない。
タカとユージが派手に暴れるから面白い、で終わるなら、たぶんここまで惚れない。
あの二人の格好良さは、
組織の中で働きながら、組織に魂までは売っていない ことだと思う。
刑事である以上、ルールはある。
立場もある。
責任もある。
現実もある。
でも、その中でなお、最後に何を守るかを自分で決めている。
ここが強い。
組織の中で、権力の中に居るからこそ出来ることがある。
だからこそ、その中で出来ることの為に・・・誰かの為に、手を伸ばすってカッコ良くないわけがない!
今の社会って、会社でも組織でも、所属しているだけで人格まで吸い取られやすい。
空気を読め。
迷惑をかけるな。
協調性を持て。
正しくあれ。
成果を出せ。
でも責任は自分で取れ。
そんな無茶苦茶なことを平気で言ってくる。
その中で、ただ順応するのが賢いのかもしれない。
大人っぽいのかもしれない。
でも、私はそういう“賢さ”だけでは息が詰まる・・・
あぶでかの格好良さは、その息苦しさに対する反抗でもある。
組織の中に居る。
でも、全部は明け渡さない。
働く。
でも、魂まで管理させない。
従う。
でも、自分の矜持までは譲らない。
これって、今の時代ほど刺さる美学だと思う。
私が惚れるのは、完璧な男じゃない
私が惚れるのは、完璧な男じゃない。
清潔で、優秀で、理想的で、全て正しく処理できる人間じゃない。
むしろ逆だ・・・
欲望がある。
弱さもある。
だらしなさもある。
矛盾もある。
過去もある。
言葉に出来ない後悔もある。
それでも、最後にどう立つか?って言うのを、自分で決めた生き方をしている男に惚れる。
これは、私自身がずっと考えてきたこととも繋がっている。
人は弱い。
自分のためだけに生きられるほど強くない。
だから何かが必要になる。
誰かの言葉かもしれない。
過去かもしれない。
美学かもしれない。
自分の中に住み着いた、譲れない矜持かもしれない。
その『何か?』 を持っている人は、折れない。
いや、正確には、折れても立てる。
壊れても、壊れたまま歩ける。
私はそこに惚れる。
古い男の美学は、後悔を恥にしない
たぶん私は、ここに一番惹かれている。
今の社会は、失敗を管理したがる。
弱さを改善したがる。
悲しみを早く処理させたがる。
後悔を“糧にしろ”と急かしたがる。
でも、本当に苦しい後悔って、そんな簡単に糧にならない。
悲しみだって、綺麗に乗り越えられない。
苦しさだって、説明して整理したら終わりじゃない。
ルパン三世も、冴羽獠も、あぶでかも、
そういう“処理しきれないもの”を雑に扱わない。
後悔を笑わない。
悲しみを軽くしない。
苦しさを説教に変えない。
未熟さを切り捨てない。
そして何より、
弱さがあることを、格好悪さだと決めつけない。
ここが好きだ。
人間はきっと、強いから格好良いんじゃない。
弱さを抱えたまま、自分の流儀を捨てないから格好良いんだ。
シンプルフレーズとして惚れる理由
私がずっと考えてきたことの一つに、
「価値がないように見えるものの中に、本当の価値があるんじゃないか? 」
という感覚がある。
役に立たない後悔。
見せられない悲しみ。
人に言えない苦しさ。
恥ずかしくて隠したい過去。
そういうものは、社会の物差しで見たら、価値がないことにされやすい。
でも私は、そこにこそ、その人の“生きた証拠”があると思っている。
だから、ルパン三世が好きなんだろう。
人の痛みを盗むから。
だから、冴羽獠が好きなんだろう。
優しさを押し売りせず、相手の人生を残すから。
だから、あぶでかが好きなんだろう。
組織の中でも、自分の魂を手放さないから。
全部繋がっている。
どれも、
人の中にある、見えない価値を見落とさない
っていう美学なんだ。
それはたぶん、私が言葉でやりたいことにも近い。
私は誰かを救いたくて書いているわけじゃない。
でも、自分のために書いた言葉の中に、誰かが自分の痛みを見つけることはあるかもしれない。
その時に、その人が
「こんな後悔でも、こんな悲しみでも、こんな苦しさでも、価値があったのかもしれない」
と思えたなら、私はそれをとても美しいことだと思う。
惚れるとは、そこに生き方を見ることだ
結局、惚れるって顔でも強さでもない。
そこに、生き方 を見るから惚れるんだと思う。
ルパン三世の生き方。
冴羽獠の生き方。
あぶでかの生き方。
ふざけていてもいい。
軽口を叩いていてもいい。
だらしなくてもいい。
不器用でも、危なっかしくても、時代遅れでもいい。
でも、最後に
「何を盗むのか」
「誰を守るのか」
「どこまで魂を売らないのか」
そこを自分で決めている男は、やっぱり格好良い。
今は、何でも説明を求められる時代だ。
どうしてそうするのか。
何のためか。
誰のためか。
合理的か。
社会的に正しいか。
でも、本当に惚れる生き方って、全部は説明できない。
ただ、見ていたら分かる。
ああ、この人は自分の美学で立っているんだなって。
その姿に、人は惚れるんだと思う。
だから私は、古い男の美学に惚れてしまう
古いから好きなんじゃない。
男だから好きなんでもない。
そこに、
欲望も弱さも矛盾も抱えたまま、それでも最後に自分の流儀で立つ人間の美しさ
があるから好きなんだ。
綺麗事じゃない。
正論だけでもない。
清潔な理想像でもない。
後悔も、悲しみも、苦しさも、欲望も、矛盾も全部抱えたまま、
それでも人の心を雑に扱わない。
それでも見えない価値を見落とさない。
それでも自分の魂を安売りしない。
そんな生き方に、私は惚れる。
そしてたぶん、私自身もまた、そういう言葉を書いていたいんだと思う。
シンプルフレーズ
男が惚れる男とは、強い男じゃない。
人の痛みを見抜き、自分の矜持を手放さず、弱さごと引き受けて立てる男だ。
まさに、嫌われる勇気なんだと思う。
でもそれは、ただ他人を突っぱねる強さじゃない。
理解されなくても、自分の美学を手放さず、相手の痛みを雑に扱わない勇気だ。