連載形式での投稿をしていきます。
『自己を見失いながらも、哲学の思索を通して少しずつ自己理解を深めていく』
姿を描いていきます。
最後までお付き合いいただけたら幸いです。
主人公:加代子
正しくあろうと、正解を選びたいけど選べない葛藤の中で、
自分を否定したくなる気持ちを持っている。
友人:理子 遥
『“わたし”に耳をすませる』
最終章:それでも、わたしは問いながら生きていく
春の風が、静かに街を撫でていた。
公園の桜は、満開を過ぎ、地面に小さな花びらの絨毯を敷いている。
湊がその花びらを両手ですくいあげ、加代子に見せる。
「ママ、これってお花の“おふとん”だよね?」
加代子はふっと笑った。
「そうかもしれないね。お花たち、眠ってるのかな」
「じゃあ、また咲くの?」
「……うん。たぶんね。でも、たとえ咲かなくても、そのときに何か考えるのも、いいよね」
息子は首をかしげて、笑って走っていった。
その小さな背中を見つめながら、加代子は思う。
「問い」は、必ずしも深く賢くあろうとしなくていい。
ただ、いまの“わたし”で感じたことを、大切にしようとする営み。
そしてそれは、自分ひとりの中だけで育てるものではなく、
時に誰かに語り、語り返され、響き合いながら、ゆっくり熟していくものだと知った。
ふと、誰かの言葉を思い出す。
「答えは出さなくても、問いを持っているだけで、ちゃんと誰かとつながれる」
あの頃の自分は、誰かにわかってもらいたくて、正しくありたくて、
間違えるのが怖くて、問いを飲み込んでいた。
今は違う。
問いを持つことが、「いまここにいるわたし」を感じることになった。
それだけで、十分だった。
職場では、相変わらず忙しい毎日が続く。
家庭では、笑い声の奥に、小さな不安や疲れが交差する日もある。
けれど今の加代子は、
「どうにかしなきゃ」と焦るよりも、まず立ち止まって“感じる”ことを大事にしている。
焦る日もある。
わからなくなる夜もある。
でも、そのすべてを否定しない。
だってそれが、今ここにいる「わたし」なのだから。
加代子はノートを閉じ、そっと息を吐いた。
今日は何も書かなくてもいいと思えた。
かわりに、こうつぶやいた。
「わたしは、わたしを置いていかない。
問いながら生きるって、そういうことかもしれないな」
湊が戻ってきて、小さな手で加代子の手を握る。
「ママ、また絵本よんでくれる?」
「もちろん。今日は湊の“どうして”をいっぱい聞かせて?」
「うん!じゃあ、ぼくが“問い”する番だね!」
そう言って笑った息子に、
加代子は、いま一番大切にしたい“ことば”を返した。
「うん。問いはね、心が生きてるってことだから」
◇ そして、読者のあなたへ ◇
ここまで読み進めてくださったあなたに、
加代子の問いと日々が、少しでも重なった瞬間があれば幸いです。
わたしたちは、
正解を出すことよりも、問い続けることに意味がある世界を生きています。
ときに誰かに届かなくても、
ときに自分自身すら見失っても、
「問いながら生きる」ことは、それだけで希望です。
「あなたは、あなたを置いていかないでください」
また、いつか。どこかで。
あなたの問いと、やさしくすれ違えますように。
Great Thanks
独り言・・・
物語の最後まで読んで頂きありがとうございます。
【独り言・・・】
では、私の感想や、物語ではこう表現しているけど、私は実際はこんな感じ。
のように、綺麗ごとや建て前を全部無視して、あくまで本心での気持ちを綴っています。
内容に若干の矛盾や流れの違和感はご容赦頂ければ幸いです。
「わたしは、わたしを置いていかない。」
私自身、発している言葉と本心の矛盾をいつも抱えています。
職場で、相手に合わせた会話をする時もあれば、
文章で綺麗にまとめようとするシンプルフレーズを演じる時もあり
配信を見たり参加する時には、楽しい盛り上げ役になってみたり
そのくせ、1人の時は自分を責め続けてみたり・・・・
それもこれも、全部私なんだと・・・受け入れられない時もあるけど、言葉に出来ない時もあるけど
全部の前に「問い」って言う間を作って、心の余裕を作ることが出来れば
とりま、今は乗り越えられるように感じてます。
その先のことは、これからでも良いかなって思うのは、私が自分い甘いだけなのかもしれないね。


