ねぇ、あなたは、自分のことを責めたことがありますか?

何年も前のことなのに、ふと思い出して、
胸がぎゅっと締めつけられるような、
そんな記憶。

 

誰にも責められていないのに、
ずっと自分で自分を責め続けてしまう。
逃げた過去も、失敗したことも、
あのとき口にできなかった気持ちも――
なぜか、自分の中で「許せないまま」残ってる。

 

「しょうがなかったんだよ」って、
誰かが言ってくれたら、
もう少しだけ、自分に優しくなれる気がしたのに。

 

でも現実は、
誰も何も言ってくれなくて、
だから私も、自分を許せないままでいた。

「大丈夫」が欲しかっただけかもしれない。

 

  責めているのは、他でもない“私自身”

 

あのとき、もっとちゃんとやっておけば。
もう少し頑張れていたら。
逃げなかったら。

 

頭では分かってる。


過去は変えられないって。
でも、どうしても自分を許せない。

逃げたことも、諦めたことも、手を抜いたことも、
全部、私の中にずっと残っていて、
時々、刺すように私を責めてくる。

 

誰かが責めてるわけじゃない。
でも、それよりもずっと厳しい声で、
“私が” “私を”責めている。

 

  誰かの「許し」がなければ、前を向けない

 

自分では、自分を許せない。
だから、誰かの「いいんだよ」が欲しかった。

堕落したり、手を抜いたり、弱音を吐いたりするとき、
ほんの少しの“共感”を探してしまう。


誰かが「私もそうだった」と言ってくれるだけで、
なんだか少し救われた気がする。

「みんなもやってるから」「私だけじゃないから」
そんな言い訳を手に入れることで、
やっと自分を見ていられるようになる。

 

でも本当は、
許されたいのではなく、責めるのをやめたかっただけなのかもしれない。

 

  逃げたかっただけなのに、逃げられなくなっていく

 

矛盾してるのはわかってる。
逃げたくて、逃げるのに、
逃げたことを責めて、自分を追い詰める。

 

逃げることは、生きるための手段だったのに、
生き延びた先で、「逃げた自分」を否定している。

誰かに「大丈夫」と言ってほしい。


でも、誰もそんなこと言ってくれない。
そして私は、また一人で自分を責めている。

  たった一言で、心が少しだけあたたかくなるなら

 

誰かの「大丈夫」に助けられたい。
自分では言えなかったその一言を、
代わりに誰かが言ってくれるだけで、
もう少しだけ、自分を見つめていられる気がする。

 

許しなんて、大げさなことじゃなくていい。
責めるのをやめられる「余白」がほしい。
痛みを抱えたまま、ちょっと笑える時間がほしい。

 🌱シンプルフレーズ

 

「大丈夫」って、
本当は誰よりも、私自身に言ってあげたかった。