朝活読書愛好家 シモマッキ―の読書感想文的なブログ~Dialogue~ -68ページ目

朝活読書愛好家 シモマッキ―の読書感想文的なブログ~Dialogue~

読書とは――著者や主人公、偉人、歴史、そして自分自身との、非日常の中で交わす対話。
出会えた著者を応援し、
本の楽しさ・面白さ・大切さを伝えていきたい。
一冊とのご縁が、人生を照らす光になる。
そんな奇跡を信じて、ページをめくり続けています。

蝉は、地上に出てから七日しか生きられないという。

メスの蝉は産卵のため八日以上生きるという。

いつ死んでもおかしくない。

いつまで生きられるのか分からない。

いつ終わりを迎えるのか分からない。

いつ別れのときが来るのか誰もわからない。

 

170P 八月二十四日

「何してるの」

四人がのぞきこんでいる地面を見下ろすと、蝉の抜け殻が、数えてみると七つ、一直線に並べてある。かさかさに乾いた茶色い抜け殻は、精巧に作られた玩具のようにも見える。

「あんな、集めたん」

男の子が私を見上げて言う。

「蝉はずーっと土のなかにおって、出てきたらすぐに死んでしまうんで」

男の子の姉なのだろう、彼を制するような口調で女の子が私に言う。

「これ、死んでるの」

薫が不安げに私を見上げる。

「これは死んでないよ。土から出てきて、お洋服を脱いだんだよ」死ぬという言葉を、いつこの子は覚えたんだろうと思いながら私は答えた。「薫、ハナちゃん、帰ろうか」

「でもすぐに死んでしまうんで」

女の子はくりかえしている。きっと、だれかに教わったばかりなのだろう。七年土のなかにいて、外に出て七日目に死んでしまうという蝉の一生を。真偽のほどはわからないが、私もはじめて聞いたときはショックを受けた。長いあいだ待ったというのに、そんなに短い命しか与えられていないのかと。この女の子のように、私も周囲の大人に蝉は七日で死ぬのだと言った覚えがある。

(中略)

眠りに落ちるとき、夕方に見た蝉の抜け殻が閉じた目に浮かぶ。ころりと乾いた、茶色い殻。

 

いつか必ず読む!と決めていた作品だった。

ようやくこの齢になって読了することができてよかった。

 

イメージとオーバーラップするようにして、アーティストの中島美嘉さんのすがりつくような泪声がずっと頭の中でリフレインしている。

 

「知りたくもない真実でさえ、時に知ってしまうけど、心の中にあなたがいれば、歩き続けていける。あなたに名前を呼んでほしくて、初めて声をあげ泣いたよ。あなたにもらったすべてのものが愛だと気づいたから。」(中島美嘉“Dear”の歌詞より)

 

俳優の永作博美さんが、主人公であり犯人役の野々宮希和子であり、かつてこの映画をテレビで断片的に見たことがあった。

また、俳優の檀れいさんが希和子役であったNHKテレビドラマ10も全て見たことがあった。

両者には細かい箇所には差異があっても、概ね悲しくて切ないお話だったことをイメージから思い出せる。

 

例えば、子どもを産めなくなったことがないから、誘拐した犯人の気持ちが本当はわからない。

例えば、誘拐した女が実母だと思って幼少期を過ごしたことがないので、解放されたあとの子どもの気持ちが本当にわからない。

例えば、誘拐された子どもの家族ではないので、彼らの本当の苦しみやツラさ、悲しみなどがわからない。

 

紙面を眺めながら、それぞれの人の立場になって疑似的に体験してみたならば、こうであった、こうでなかったか、こうだっただろうか、いや……などと思う心が寄り添って、ほんの少しだけはわかったような気になれた。

 

希和子は、薫がいなかったら生きていくことができなかった。

希和子は、子育ての喜びを感じていて、逮捕された後の人生でもずっと薫の幸せを祈って、薫との貴重な思い出だけを抱いて生きていくと伝えたかったのでは……。

 

 

1967年神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。90年『幸福な遊戯』で海燕新人文学賞、96年『まどろむ夜のUFO』で野間文芸新人賞、98年『ぼくはきみのおにいさん』で坪田譲治文学賞、03年『空中庭園』で婦人公論文芸賞、05年『対岸の彼女』で直木賞、06年『ロック母』で川端康成文学賞を受賞

「松井秀喜は悪口を言わない」、「地元にずっといる方が幸福度が高い」、「知ったかぶりをしない、虚勢を張らないのがいい男」等々。

タイトルを見て精神科医などの医療関係者本だと思いきや、渋谷でワインバー「バールボッサ」を25年経営し続けているマスター。あの「Leon」に執筆しているという。

「ダメなところを一回飲み込んで、直せるのなら指摘し合って直せる関係が人間関係の理想」に同感。良薬口に苦し。だが自分のための有難い意見には、聞く耳を持つべき。

よく人間を観察しているし、ちゃんと世の中を見て行く末を考えているなと感じた。

 

5P

テーマはずばり、「人間関係」です。僕たちは嫉妬したり、嫌な人に出会ったり、誰かに嫌われたり、喧嘩したり、好きになったり、恋に落ちたり、うまくいったかと思えば、また泥沼にはまったりと、全ての悩みは人間関係に由来するものですね。

10万人の酔ったお客様からたっぷりと教えてもらったことや、渋谷の夜の街を歩いて感じたことなんかを文章にしています。

 

相手を変えることが難しいが、自分を変えることは簡単ではないが、できないことはないよね。

155P 変わるべきなのは自分

毎回、同じようなトラブルで人間関係に失敗する人がいますが、「自分が変われば」同じ失敗は繰り返さないものです。

仲良くなりすぎてしまって、相手との距離がなくなってしまって、変な冗談を言ってしまって、すごく嫌われたりってことが実はよくあるんです。

それを直すには、自分の方が変わらなくてはいけないんですね。誰と結婚しても同じなんだけど、唯一違う結婚にするには自分の方が変わればいいんですね。勉強になりました。

 

 <目次>

はじめに 

第1章 できればうまくやりたい。コミュニケーションについて(初対面の人との会話を盛り上げる方法、「女性の会話は共感してほしいだけ」の真実、世の中に浸透してほしい会話のルール ほか)

第2章 我が振り直せ?自分自身について(世の中みんな「自己正当化」、僕が誰かの悪口を言わない理由、二四年間バーカウンターに立ち続けて実感できた喜びとは? ほか)

第3章 いつだって厄介。恋や愛について(燃え上がるような恋がいいとは限らない、相手との関係を一歩進める方法、女性からのアプローチ ほか)

おわりに 

 

1969年生まれ。徳島県出身。渋谷のワインバー「bar bossa(バールボッサ)」店主。レコファン(中古レコード店)で2年、バッカーナ&サバス東京(ブラジリアン・レストラン)で2年、フェアグランド(ショット・バー)で2年勤務を経た後、1997年渋谷に「bar bossa」をオープンする。2001年ネット上でBOSSA RECORDSをオープン。選曲CD、CDライナー執筆多数。著書に「大人の条件」など。

 

講演会で竹田恒泰さんを初めて見ることができたので感激した。

憧れの竹田さんと同じ空間にいることは本当に嬉しかった。

こちらが圧倒されるくらいに、彼の存在は大きかった。

一日中継続できるほどの話術は、とても深淵だった。

話題が尽きず飽きが来ずにその話題に引き込まれてしまう。

彼の身体から発する熱量が大きく、会場の参加者を圧倒していた空気感があった。

明治天皇の玄孫である。貴種である。

何かしらのカリスマ性を纏っていると思った。

 

125代にもわたる世界最古の王室、天皇家の歴史には、表があればその裏もある。

それを知って、我々の今後の生きる術に役立てていく。

神にもなるが、怨霊にもなった天皇。

怨霊は、祟らている側が作り出している要素が大きいものだろう。

天災や疫病等が起こるとそれは怨霊の仕業だといわれてきた。

怨霊と言えば、崇徳天皇が代表的であろう。

怨霊から見た日本史が主軸として描かれていた。

保元の乱と崇徳天皇や後白河天皇、承久の乱と後鳥羽天皇、南北朝動乱と後醍醐天皇など、歴代の天皇に関する裏のお話は、よく知らないのでとても興味深かった。

 

 <目次>

はじめに

序章 蘇る崇徳天皇の怨霊

第1章 悲運の天皇

第2章 憤死と怨霊

第3章 怨霊渦巻く平安京

第4章 生きながら天狗になった崇徳天皇

第5章 天下滅亡の呪い

第6章 魔王が生む魔王

終章 天皇怨霊史、終着へ

産霊(むすび)

文庫に寄せて

 

昭和50年、旧皇族の竹田家に生まれる。明治天皇の玄孫。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。専門分野は憲法学・史学。同大学法学研究科講師(天皇と憲法)。平成18年には『語られなかった皇族たちの真実』で第十五回山本七平賞を受賞。

『隠蔽捜査』の竜崎伸也署長の後任の国家公務員キャリアの藍本小百合氏。

警察幹部たちは、彼女に一目会いたいがために、無理にでも用を作ってわざわざ大森署に訪れてくる。

貝沼副署長ら大森署の関係者たちは、警察幹部らのお世話に少々お疲れ気味・気疲れ気味だ。

 

貝沼副署長をはじめ世話する人々はそれらの大変さを演じている。

 

会う「男」たちは、彼女と目が合うとほんの一秒で一撃必殺。

周りの人は一瞬にしてその虜になり魅了される。

実際に会って拝んで見てみたいくらいに物凄い美貌の持ち主。

とびきりの笑顔で有無言わさず、自分側に引き入れて味方にできる特技をお持ちだった。

330P

今回の署長の采配は、実にシンプルで見事だったのではないか、そして、心地よかった。

だが、とそこで貝沼(副署長)は考える。

今回の署長の采配は、実にシンプルで見事だったのではないか。そして、心地よかったのだ。

そう。間違いなく、規範に従うよりも心地よかったのだ。

藍本署長は、行き当たりばったり見えて、実は、確固とした自分なりの規範を持っているのではないだろうか。

貝沼は思い出した。

署長は昨夜、誰かが幸せになるかどうかが重要だという意味のことを言った。

もしかしたら、その発言が、彼女の規範と関係があるのかもしれない。

貝沼はそう思ったが、これは想像に過ぎない。本当のことはわからないのだ。藍本署長がほほえんだとたんに、すべての事実は曖昧になってしまう。そして、人々は幸福感に包まれるのだ

 

1955年北海道三笠市生まれ。上智大学在学中の’78年に「怪物が街にやってくる」で問題小説新人賞を受賞。大学卒業後、レコード会社勤務を経て執筆に専念する。2006年『隠蔽捜査』で第27回吉川英治文学新人賞、’08年『果断 隠蔽捜査2』で第21回山本周五郎賞、第61回日本推理作家協会賞を受賞。’17年「隠蔽捜査」シリーズで第2回吉川英治文庫賞を受賞する

2022年4月の段階では、「ロシア軍は2月24日の侵攻前のラインまで撤退しクリミアとドンバスの一部の実効支配を続ける。ウクライナ側は、NATO加盟を求めず他の国々からの安全保障を享受すること」であった。

 

少しでも早くウクライナ戦争が終結されることを。

ウクライナ戦争をどうやって終わらせるのか。

それの困難さや日本に何ができるのかが書かれてありました。

 

「白い猫でも黒い猫でもネズミを捕るのがよい猫だ」

これは、中国の鄧小平氏に関することばです。

結果がよければ、それはそれでよいことを言っているらしい。

誰がウクライナ戦争を実際に止めることができるのか?できないのか?

 

8P ウクライナ戦争終結の想定される5つのシナリオ

(破滅的なシナリオ(世界大戦の突入)、プーチン体制の崩壊、西側諸国対ロシア・中国圏で経済圏が次第に分離、中国やトルコなどが働きかけロシアが停戦・撤収するシナリオなどが考えられる)

 

中国が内々にでもプーチン大統領に対し、「ロシア軍の撤収」を働き掛けるような状況を国際社会全体で作っていく。プーチン大統領と個人的にも親しく、シリア内戦においてロシアと停戦協議を主導したトルコのエルドアン大統領などが、ロシアとウクライナ「の間の和平調停の役割の担い、最終的に停戦とロシア軍の撤退を実現する。

その場合、ゼレンスキー大統領が一度示していたように、ウクライナはNATOに入ることは目指さず、他の形での安全保障体制に入り、ロシア側もそれをもって面子を保ち、軍を撤収する。実際に起きるかはバツとして、シナリオの一つとしてはあり得るだろう・

 

米国のパリ和平協定やソ連のジュネーブ合意の事例の通りであろうかと思います。撤退する者と相手と何らかの交渉や事前合意が事前にあるものだという。これは歴史から学ぶとこうなります。

38P 和平交渉や和平合意の役割

「民族自決」や「反植民地」が国際的に浸透した今、大国に侵攻された側の小国は、大国の軍の撤退を求めることで戦争に勝利し、目標を達成してきた。(ベトナムやアフガニスタンの事例)しかしここで気を付けるべきは、それでも大国の撤収が起きる前に、何らかの和平交渉と和平合意が必要だったという点である。

 

戦争終結の役割は、真に中国や米国、もしくはインドが、担うものなのでしょう。

46P 大国や周辺国の力(レバレッジ)

国連スタッフに和平調停の能力が欠如しているというよりも、紛争当事者を支援している大国や周辺諸国が本気で説得しないと、紛争当事者が耳を傾けない現実がある。紛争当時者を支援している大国や周辺国は、戦争の終結に向けて紛争当事者を説得する力、「レバレッジ」を持っている。レバレッジは、日本語で「てこの力」と訳されるが、むしろ相手を説得する力というニュアンスが強い。

 

まずは、戦争を終わらせることを目指すのだ。その後、それから考えていけばよいのかと。

101P 大国の撤退と戦争犯罪

まずは戦争を終結させ、その後、ロシアとウクライナの間に戦争犯罪に関する委員会を設置し、この戦争で起きた悲劇について事実を明確化し、必要に応じて個人レベルの謝罪や賠償を行い、二度とこのようなことが起きないような共通理解を深めていくことを模索する作業を続ける。そのような反応も、この問題に対処する現実的な方策として考えていく必要がある。

 

例えば、相手との交渉の矢面に立つのではなく、また、ロシアやウクライナの間に入って直接交渉するのでもなく、交渉する国を側面的に十分に支援していくような形が、いまの日本に似合っているのではないかと思った。

184P 

「日本が他の国々や国際機関、NGO、専門家などと共に集う機会を作り、グローバル課題について議論し、共に解決策を模索し行動する」

グローバルな課題の解決のために地道に現場で汗を流し、世界と一緒になって解決を目指していく「グローバルファシリテーター」として味方を増やす外交を推進していくこと。それが、ロシアのウクライナ侵攻によって不安定さを増す世界のなかで、日本の今後の生き方になるのではと私は考えている。

 

 <目次>

はじめに

第1章 ウクライナ侵攻と、世界大戦の危機

第2章 これまでの戦争はどう終わってきたのか―第二次世界大戦後

第3章 和平調停・仲介の動き

第4章 経済制裁はどこまで効果があるのか

第5章 戦争終結の課題と、解決への模索

第6章 日本のウクライナ難民支援―隣国モルドバでの活動

第7章 今、日本は国際社会で何をすべきか―深刻化するグローバルな脅威と日本

おわりに

参考文献

 

1969年生まれ。NHKディレクターとして「イラク復興 国連の苦闘」(世界国連記者協会銀賞)などを企画制作。退職後、カナダ・ブリティッシュコロンビア大学で博士号取得(国際関係論)。国連アフガニスタン支援ミッション和解・再統合チームリーダー、東京大学准教授、国連日本政府代表部公使参事官などを経て、上智大学グローバル教育センター教授

 

【No1307】クライナ戦争をどう終わらせるか「和平調停」の限界と可能性 東 大作 岩波書店(2023/02)

266P

ほとんどの人間は聞きたいことしか関心を持たない。

その上、自分の話したいことにしか関心を持たない。

 

イッセイミヤケのピンクのワンピースと黒のジャケットを羽織って、

彼女は、颯爽と会場に入ってきた。

いつもの歴史番組のように悩ましい顰め面ではなく、乙女のようにリラックスした柔らかい表情だった。

中野信子さんのトークイベントの参加者は、ほぼ9割が女性だった。

女性に人気があるのがわかった。

約50人も入らないくらいの狭い会場でちょっと手を伸ばしたら、彼女に届きそうなくらいに目の前の席に座れたのは幸甚の至りだった。

この「脳の闇」は、内面の声を受け取ってもらうために読んでほしいとおっしゃっておられた。特に女性に対して、内容に共感してくれるはずだと。

 

知的に優れていたゆえに家族や社会から受けた理不尽な体験を吐露しながら、人間の存在への憐憫の情と諦念を感じさせられた。

底辺から抜け出すためのカードは、唯一自分の「知能」しかなかったことから、超一流大学に入ったのだと彼女はそう告白された。

 

264P 読みづらいことを、本書ではできるだけまわりくどく、わかりやすいようになどと斟酌することもなく書いた。

本書を理解することが困難な人がもしいるとしたら、あなたの知的水準がいまいちなのは私のせいではないので、どうかそのことだけはご理解いただきたい。

 

 <目次>

はじめに 

第1章 承認欲求と不安

第2章 脳は、自由を嫌う

第3章 正義中毒

第4章 健康という病

第5章 ポジティブとネガティブのあいだ

第6章 やっかいな「私」

第7章 女であるということ

第8章 言語と時間について

あとがき

 

1975(昭和50)年東京都生まれ。脳科学者、医学博士。東京大学工学部応用化学科卒。同大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。現在、東日本国際大学特任教授、京都芸術大学客員教授。

自然界や解剖の世界に触れて学んだこと、ものの見方や考え方、脳と心の関係、意識の捉え方などから、養老孟司さんの「わかる」ということは、「共鳴」することだったんだ。

 

「わかる」とはどういうことなのか、それが「わからない」。

じゃあ説明してみましょうか、ということでこの本が始まりました。

それなら私が「わかるとはどういうことか」わかっているのかと言えば、

「わかっていない」。「わかって」いなくても、説明ならできます。

訊かれた以上は、何か答えるというのが、教師の抜きがたい癖なのです。

 

60P

学ぶことは、「わかる」基礎です。考えることが自分を育てる。

 

200P 「わかる」根本にあるもの

自然の中に身を置いていると、その自然のルールに、我々の身体の中にもある自然のルールが共鳴する。すると、いくら頭で考えてもわからないことが、わかってくるのです。

自然がわかる。生物がわかる。その「わかる」の根本は、共鳴だと私は思います。

人間同士もそうでしょう。なんだか共鳴する。「どこが好きなんですか」と聞かれても、よくわからない。理屈で人と仲良くなることはできません。

 

 <目次>

まえがき

第1章 ものがわかるということ(代数がわからない、他者の心を理解する ほか)

第2章 「自分がわかる」のウソ(脳から考える「わかる」ということ、頭の中のさまざまな世界 ほか)

第3章 世間や他人とどうつき合うか(理解しなくても衝突しない方法、すべてが意味に直結する情報化社会 ほか)

第4章 常識やデータを疑ってみる(脳化社会は違うことを嫌う、数字が事実に置き換えられる情報化社会 ほか)

第5章 自然の中で育つ、自然と共鳴する(都市化が進み、頭中心の社会になった、自然とつき合う知恵とは ほか)

あとがき

 

1937年、神奈川県鎌倉市生まれ。東京大学名誉教授。医学博士。解剖学者。1962年、東京大学医学部卒業後、解剖学教室に入る。1995年、東京大学医学部教授退官後は、北里大学教授、大正大学客員教授を歴任。京都国際マンガミュージアム名誉館長。1989年、『からだの見方』(筑摩書房)でサントリー学芸賞受賞。2003年、毎日出版文化特別賞を受賞した『バカの壁』(新潮新書)は450万部を超えるベストセラーに。大の虫好きとして知られ、現在も昆虫採集・標本作成を続けている。

これは、まさに必殺仕事人だ!

必殺仕事人=ハングマン・私刑執行人

表紙からピエロがどこかに関係していると想像。

祝祭とこのハングマンがどうつながっていくのかと。

中堅ゼネコン課長の父親誠也の死の真相に迫るために、職業柄でも超えてはいけない一線を超えた刑事の瑠衣。そして、案山子男の元刑事の私立探偵鳥海。

法律では裁けないものがあるだろう。

真っ黒クロに近い容疑者たちに対して。

間違いなく犯人たちが野放しにされていた。

ハングマンが、鉄槌を下すのは必要悪なのだ。

彼等の存在が被害者の支えとなった。

行為者のうちで、瑠衣は後悔の念と虚しさが現実に表れてきて、今後、心象深く残らないかと心配だった。

 

 <目次>

一 暗中模索

二 疑心暗鬼

三 愛別離苦

四 遅疑逡巡

五 悪因悪果

エピローグ

 

1961年、岐阜県生まれ。会社員生活を経て、2009年『さよならドビュッシー』で「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、翌年デビュー

 

読書会の世界だけでない。

世の中には、外見だけでなく内面が違う色んな人がいていろんな考えがある。

ご縁がなくて知り合っていないだけ。

自分が正しいのではなく、相手が正しいこともある。

自分も相手も間違っていることもある。

それぞれがお互いに認め合い、その状況を尊重しあえて共存することができれば。

社会で大きな争いが少なくなるものだと。

そんな社会が理想的だと思う。

10P 正しすぎる社会は怖い

重要なのは、互いが歪んでいることを理解しながら、歩み寄れるギリギリの場所を探すことだ。むしろ歪みを許さない正しすぎる社会というのは怖い。正義とは。歪みや迷いと対話を繰り返し、少しでもいい社会を構想する中で、おぼろげに浮かび上がってくるものくらいに思っておいた方がいいだろう。

全ての困難が対話や熟議で解決できるとは思わないが、自分から見て「嫌な奴」や「間違っている奴」を消し去るのではなく、また自分好みに教育や管理しようとするのでもなく、ゆるやかに共存できる社会を目指すのは、それほど高望みではないだろう。

 

幸福を感じる基準は、ひとそれぞれだ。

そうでない人と比べてみなくても、ぼくは、当たり前の毎日が実は相当幸福なんだと思う。

141P 大切なのは自分にとっての幸せを理解すること

「何もない日常こそ幸福だ」と言う人がいる。

誰からも幸せに見える人が、本当に幸せを感じているかわからない。

重要なのは、自分にとって何が幸福なのかを理解することだと思う。「幸せは、お金ではなく心だ」といった話ではない。何が大切なのかは、人によって違うのである。だから幸せの基準が曖昧な限り、どんな生き方を選んでも、きっと後悔が残ってしまう。何が幸福なのかを分かっていない人生は、ゴールの見えない迷路を進むようなものだ。

一方で、何が大切かを理解している人は、どんな場所にいても、人生の分岐点が現れるたびに、幸福への近道を選ぶことができる。

幸福は、自分にとって何が幸せかを考え、定義することから始まる。

 

 <目次>

はじめに 

第1章 緊急事態下の脱力法(ヒトは神頼みをやめられない、ファクトは感情に勝てない ほか)

第2章 そんなに頭に血をのぼらせてどうするの(日本は「快適な自由」の設計に失敗してきた、制約はときに創造の母となる ほか)

第3章 余所者には余所者の幸せがある(中吊り広告は不滅です、嫌な経験こそ記憶にとどめる ほか)

第4章 戦争が起き、元総理が殺された(「正義」はいつも都合よく利用される、「素人」は沈黙せざるを得ないのか ほか)

おわりに 

 

1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍

歴史や現実から目を開いて学ぶべきことは学ぶべき。

それも取り返しのつかなくなる前に。

いまからでも遅くはないことはいまからすぐすべきだろう。

 

現在も継続しているウクライナ戦争から、食料の流通が滞ったため小麦などが国内に入ってこない。輸送コスト、食料価格の高騰、物価上昇に繋がっている。

 

東日本大震災の福島原子力発電所事故から、「安全神話はない」ことを学んだ。

 

平時での諸外国との貿易は、問題は少ないものと思われる。

しかし、自国民が困窮しているときに、他国民に食料を与えてくれるものだろうか。

またいつまでも平和が続けばよいのだが、近隣諸国で有事のとき、国内に安全に食料が入ってくるのだろうか。

 

この本によると、食料を国内で自給できる率が、約37%という。

残り63%が海外に依存していることになる。

人は生きるために、必ず食物を食べなくてはいけない。

可能性があるのならば、国内で賄えるようにすべきではないのだろうか。

 

仮に、食料、肥料、餌などを買うため、お金をどれだけ出しても外国が売ってくれなったらどうする!?もし外国から日本に食料が届かなくなったら!?……。

約6割の日本人が餓死するという想像される悲劇以上に、社会・経済全体に渡って、とても悲惨な事態に陥るものと思われる。

 

5P

「国際物流停止による世界の餓死者が日本に集中する」

37%という食料自給率に種と肥料の海外依存度を考慮したら日本の自給率は今でも10%に届かないくらいなのである。核被爆でなく、物流停止が日本を直撃し、餓死者が世界の3割にも及ぶという推定は大げさではない。

重要なことは、核戦争を想定しなくても、世界的な不作や国同士の対立による輸出停止・規制が広がれば、日本人が最も飢餓に陥りやすい可能性があるということである。

「お金を出せば輸入できる」ことを前提にした食料安全保障は通用しないことが明白になった今、このまま日本が疲弊していく、本当に食料輸入が途絶したら国民は食べるものがなくなる。不測の事態に国民の命を守ることが「国防」とすれば、国内の食料・農業を守ることこそが防衛の要、それこそが安全保障だ。

 

79P 食料は武器であり、標的は日本

1973年当時のバッツ農務長官は、

「日本を脅迫するのなら、食料輸出を止めればいい。食料は武器であり、標的は日本だ。直接食べる食料だけでなく、日本の畜産のエサ穀物を、アメリカが全部供給するように仕向ければ、アメリカは日本を完全にコントロールできる。これがうまくいけば、同じことを世界中に広げるのがアメリカの食料戦略となる。みなさんそのために頑張ってほしい」

 

 <目次>

はじめに 

序章 「クワトロ・ショック」が日本を襲う

第1章 世界を襲う「食の一〇大リスク」

第2章 最初に飢えるのは日本

第3章 日本人が知らない「危険な輸入食品」

第4章 食料危機は「人災」で起こる

第5章 農業再興戦略

あとがき

 

東京大学大学院農学生命科学研究科教授。「食料安全保障推進財団」理事長。1958年生まれ。三重県志摩市出身。東京大学農学部卒。農林水産省に15年ほど勤務した後、学界へ転じる。九州大学農学部助教授、九州大学大学院農学研究院教授などを経て、2006年9月から現職。1998年~2005年夏期はコーネル大学客員助教授、教授

 

【No1302】世界で最初に飢えるのは日本 食の安全保障をどう守るか 鈴木宣弘 講談社(2022/11)