蝉は、地上に出てから七日しか生きられないという。
メスの蝉は産卵のため八日以上生きるという。
いつ死んでもおかしくない。
いつまで生きられるのか分からない。
いつ終わりを迎えるのか分からない。
いつ別れのときが来るのか誰もわからない。
170P 八月二十四日
「何してるの」
四人がのぞきこんでいる地面を見下ろすと、蝉の抜け殻が、数えてみると七つ、一直線に並べてある。かさかさに乾いた茶色い抜け殻は、精巧に作られた玩具のようにも見える。
「あんな、集めたん」
男の子が私を見上げて言う。
「蝉はずーっと土のなかにおって、出てきたらすぐに死んでしまうんで」
男の子の姉なのだろう、彼を制するような口調で女の子が私に言う。
「これ、死んでるの」
薫が不安げに私を見上げる。
「これは死んでないよ。土から出てきて、お洋服を脱いだんだよ」死ぬという言葉を、いつこの子は覚えたんだろうと思いながら私は答えた。「薫、ハナちゃん、帰ろうか」
「でもすぐに死んでしまうんで」
女の子はくりかえしている。きっと、だれかに教わったばかりなのだろう。七年土のなかにいて、外に出て七日目に死んでしまうという蝉の一生を。真偽のほどはわからないが、私もはじめて聞いたときはショックを受けた。長いあいだ待ったというのに、そんなに短い命しか与えられていないのかと。この女の子のように、私も周囲の大人に蝉は七日で死ぬのだと言った覚えがある。
(中略)
眠りに落ちるとき、夕方に見た蝉の抜け殻が閉じた目に浮かぶ。ころりと乾いた、茶色い殻。
いつか必ず読む!と決めていた作品だった。
ようやくこの齢になって読了することができてよかった。
イメージとオーバーラップするようにして、アーティストの中島美嘉さんのすがりつくような泪声がずっと頭の中でリフレインしている。
「知りたくもない真実でさえ、時に知ってしまうけど、心の中にあなたがいれば、歩き続けていける。あなたに名前を呼んでほしくて、初めて声をあげ泣いたよ。あなたにもらったすべてのものが愛だと気づいたから。」(中島美嘉“Dear”の歌詞より)
俳優の永作博美さんが、主人公であり犯人役の野々宮希和子であり、かつてこの映画をテレビで断片的に見たことがあった。
また、俳優の檀れいさんが希和子役であったNHKテレビドラマ10も全て見たことがあった。
両者には細かい箇所には差異があっても、概ね悲しくて切ないお話だったことをイメージから思い出せる。
例えば、子どもを産めなくなったことがないから、誘拐した犯人の気持ちが本当はわからない。
例えば、誘拐した女が実母だと思って幼少期を過ごしたことがないので、解放されたあとの子どもの気持ちが本当にわからない。
例えば、誘拐された子どもの家族ではないので、彼らの本当の苦しみやツラさ、悲しみなどがわからない。
紙面を眺めながら、それぞれの人の立場になって疑似的に体験してみたならば、こうであった、こうでなかったか、こうだっただろうか、いや……などと思う心が寄り添って、ほんの少しだけはわかったような気になれた。
希和子は、薫がいなかったら生きていくことができなかった。
希和子は、子育ての喜びを感じていて、逮捕された後の人生でもずっと薫の幸せを祈って、薫との貴重な思い出だけを抱いて生きていくと伝えたかったのでは……。
1967年神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。90年『幸福な遊戯』で海燕新人文学賞、96年『まどろむ夜のUFO』で野間文芸新人賞、98年『ぼくはきみのおにいさん』で坪田譲治文学賞、03年『空中庭園』で婦人公論文芸賞、05年『対岸の彼女』で直木賞、06年『ロック母』で川端康成文学賞を受賞









