朝活読書愛好家 シモマッキ―の読書感想文的なブログ~Dialogue~ -67ページ目

朝活読書愛好家 シモマッキ―の読書感想文的なブログ~Dialogue~

読書とは――著者や主人公、偉人、歴史、そして自分自身との、非日常の中で交わす対話。
出会えた著者を応援し、
本の楽しさ・面白さ・大切さを伝えていきたい。
一冊とのご縁が、人生を照らす光になる。
そんな奇跡を信じて、ページをめくり続けています。

 

「行旅死亡人」とは、病気や行き倒れ、自殺等で亡くなり、名前や住所など身元が判明せず、引き取り人不明の死者を表す法律用語だ。行旅病人及行旅死亡人取扱法により、死亡場所を管轄する自治体が火葬する。死亡人の身体的特徴や発見時の状況、所持品などを官報に公告し、引き取り手を待つのだ。

 

本籍や住所、氏名不明、年齢75歳の女性、身長は約133cm、中肉。手元に現金三千万余りがあって右手指が全て欠損している女性はどうして行旅死亡人となったのだろうか。

 

二人の記者が追い求めて身元不明者から身元が判明に至るまで圧倒されて一気に読み。人は、たとえ目立たぬように生きていたとしても、生きてきた痕跡は残るのだった。

 

所持していた印鑑から身元がわかるが、大金の出どころは以前不明のままであった。彼女が住んでいたアパートを借りた名義人「田中竜二」氏との関係もわからなかった。不明が解決することができずに不思議のままであった。

 

わずかなかすかな紐を解きながら彼女に寄り添った記者らの思いや、彼女を知る地元の友人からの労わりの言葉が彼女に届くことができれば。

 

 <目次>

1 発端、兎の穴、橋の上の密談、警察と探偵、錦江荘 ほか

2 面影、少女時代、消えた写真の男、今はなき製缶工場を訪ねて、原爆とセーラー服 ほか

 

武田惇志

1990年生まれ、名古屋市出身。京都大学大学院人間・環境学研究科修了。2015年、共同通信社に入社。横浜支局、徳島支局を経て2018年より大阪社会部

伊藤亜衣

1990年生まれ、名古屋市出身。早稲田大学大学院政治学研究科修了。2016年、共同通信社に入社。青森支局を経て2018年より大阪社会部

少年時代に犯した罪によって死体配達人と呼ばれる御子柴弁護士。

高級老人ホームで凶悪な殺人事件が起きた。思わず息をのみ寒気がするくらいにリアルな殺人描写は恐ろしかった。

九人を殺めた介護士忍野忠泰の国選弁護人として御子柴が名乗り出た。なぜ御子柴はこの事件に関わってきたのか。忍野は、警察の逮捕後にも反省の色がなく、社会のためと嘯き大きく歪んだ正義を主張していた。

今回は、どうしても極刑は避けられないだろうが、御子柴がどんな便法で弁護対応するのかが見物だった。

御子柴の過去といっしょに、弁護理由が明らかに少しずつ露わになってきたのは、流石!中山七里さんらしい終わり方だった。

 

 <目次>

非道の被疑者

邪悪の弁護人

悲嘆の遺族

それぞれの十字架

エピローグ

 

1961年岐阜県生まれ。『さよならドビュッシー』で第8回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2010年にデビュー

ぼけの壁とは、「認知症と老人性うつの壁」のことを指しています。

最期まで幸せで明るい老後を過ごすために、やりたいことをする、できることをする、なにか新しいことを始める、そもそも人生を楽しむことが脳寿命を延ばすのに役立つという。

もちろん、このような姿勢で生きていこうと思っています。

 

5P

脳の老化の最良の予防薬は、「生きたいように、楽しく生きる」ことです。そうすることが、認知症やボケの進行を遅らせることは、疫学的にはっきりわかっています。

 

64P

一人暮らしのほうが、認知症の進行が遅いことがわかっています。毎朝、同じ時間に起きて、自分で布団をたたみ、お茶をしれて、ネコにエサをあげるといった行動が、認知症の進行を遅らせるのです。新しいことは覚えられなくなっても、身の回りのことをするような手順に関する記憶は残っていることが多いのです。

 

68P

認知症の進行を遅らせるためには、人との交流、適度な運動、趣味です。

認知症と診断されても、生活環境や生活のリズムをできるかぎり、変えないことです。

 

 <目次>

まえがきにかえて 「ぼけ 脳の老化」から、人生の質を守るために

第1章 「認知症」という病気を誤解していませんか?―もうお終いだ、という不安と恐れを消す(まずは、認知症に関する「誤解」を解きましょう、認知症は「暴れる病気」でも「叫ぶ病気」でもなく、「おとなしくなる病気」です ほか)

第2章 「老親がちょっと変!」と感じたときの心得―親子とも倒れは絶対に避けたい(認知症と診断されたとき、家族はどうすればいいか?―「何もしない」ことです、一人暮らしの老親を呼び寄せてはいけない ほか)

第3章 認知症よりも恐ろしいのは老人性うつ―「心のがん」から大切な人の命を守るために(うつ病は死にいたる病、老人性うつ病をめぐる私の「痛恨事」と戒め ほか)

第4章 「脳の健康寿命」を延ばす考え方・暮らし方―60歳をすぎたらわがままに生きていい(「睡眠不足」は脳の大敵。アルツハイマーの原因にもなります、1日30分の有酸素運動で快眠習慣、脳の健康寿命を延ばす「20の動詞」 ほか)

 

大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。和田秀樹こころと体のクリニック院長。著書に「80歳の壁」「感情バカ」など。

 

これから自分の人生を考えたい方は進むべき方向を知るために、いま生きづらさを感じていない人にとっても。新しい発見や生き方の選択肢を知るきっかけになるはず。

 

生きづらさをあまり感じていない。新しい発見が欲しい。

自分が理想とする楽しい環境にしていくのも、今の状況が幸せかなどを決めるのは自分の考え次第だ。お金があればあったほうがよいけれど、なければないように、その範囲内で生きていけるようにしていければよいという根拠ない自信をいただいた。

あまり片意地を張らずこのまま自然体で生きていければよいとぼくの肩をそっと押してくれた良本だ。

 

111P 自分にとって本当に必要なものは、もの自体というよりも、ものを手に入れた先に自分はどんな体験を求めているのかを考えた方がいいという話になります。

モノの豊かさではなく、ココロの豊かさを求めたい。

 

159P なぜお金を貯めることは豊かなのか

やりたいと思ったことについて挑戦できる。やりたくないことからいつでも逃げられる。お金持ちはそういった選択肢を多く持っているから豊かなのです。

幸せに生きるために必要なものは、生き方の答えではなく、いつでも自分らしく生きられるという選択肢です。

自分らしく生きていけるという自信を持って。

人生はなんとかなるものだ。

 

189P 何者にならなくても幸せに生きられる 

少ないお金でも楽しく暮らせるように努力することだけです。

自分の欲しいものを自分で作ることができ、たくさんのお金を稼げずとも使命感を持てる仕事さえあれば、人生なんとでもなる。

 

 <目次>

はじめに 「質素に暮らす」は最強の人生スキル

プロローグ 僕が質素に暮らすようになったきっかけ

第1章 少ないお金で暮らすから、自分らしく生きられる

第2章 生活自給スキルを磨けば、豊かに暮らせる

第3章 やりたくない仕事を辞めると、楽しく暮らせる

第4章 お金を貯めるから、理想が現実になる

おわりに 何者にもならなくても幸せに生きられる

 

会社員として働きながら質素倹約生活と副業をはじめる。Twitterなどでは生きづらさを抱えている人のヒントとなる情報を発信。これまでに10冊のKindle本を刊行。

 

【No1318】31歳、夫婦2人、月13万円で、自分らしく暮らす。僕たちが見つけた質素で最強の生き方 なにおれ 大和出版(2022/11)

社会保険労務士は、労働保険や社会保険に精通した専門家、3月から7月までが特に社労士の繁忙期だ。

4月にかけて雇用契約書の作成や締結のほかに、役所への雇用保険や社会保険の申請手続きが重ねってやってくる。また、7月にかけて労働保険の年度更新や社会保険の算定基礎届の提出の締め切りがあるのだ。

 

社労士として頑張って仕事していきたい妻の岩瀬麻衣子。そんな妻を支える専業主夫の耀太と幼い育ちざかり、甘え盛りの子ども2人。

麻衣子は、夫に2人の育児を任せて家の大黒柱として家計を担って毎日の仕事に邁進している。この家族に男女の役割の別など社会の古い価値観が振りかざされ不安や不満が積み重なっていく。世間の目やお互いの仕事と家事への不満、子育ての大変さが積み重なってどんどん気持ちがすれ違うのだった。

 

不安になってくる、余裕がないからこそ余裕を作って腹を割って本音で話し合うことでしか問題は解決しない。相手がやっている事柄を当たり前だと思わず互いに労わり感謝しあうことが大事だと。

それに、いつか子どもが成長すると手がかからなくなる、仕事も軌道に乗ってくる、いまのこの時期を乗り越えることができれば家族はうまくいくと、根拠はないけれどもそう伝えたかった。

 

 <目次>

第一章から第五章

 

和歌山県生まれ。同志社女子大学学芸学部卒業。「虫のいどころ」でオール讀物新人賞、「ほかほか蕗ご飯」で高田郁賞と歴史時代作家クラブ賞新人賞を受賞。他の著書に「雨の日は、一回休み」等

超美人で元弁護士の上水流涼子と頭脳明晰のバディの貴山氏とともに、正当な方法では解決できない悩みを抱えているクライアントの依頼を受けて、知力と体力と戦略を尽くして3つの難問をスパッと解決していく。

「立場的にあり得ない」での五十嵐由奈(大学生)、神崎怜矢(大学生)、豊岡陸(ドラマー)のお話に引き込まれた。

ドラマーが突然亡くなってしまった。

「残された人がその辛さを背負うのは生き残った人の宿命」であり「自分たちまでもが命を断つと今の自分たちと同じ辛さを残された人に背負わせることになる」のは、まさにその通りだ。

突然、遺された彼らの気持ちはわからないことはないが、でも背負わなければならない理由には、共感することができないよ。

 

 <目次>

物理的にあり得ない

倫理的にあり得ない

立場的にあり得ない

 

岩手県生まれ。「臨床真理」で「このミステリーがすごい!」大賞を受賞しデビュー。「検事の本懐」で大藪春彦賞、「孤狼の血」で日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)を受賞。

ロゴスとピュシスの調和と対立。

教授、世界のサカモトと呼ばれ音楽を追求した坂本龍一さんと生物学を極めた福岡伸一さん。高次元での共鳴だった。

異なる世界で突き抜けた二人の先には、似たような景色が広がっていた。

ロゴスとは、人間の考え方や言葉、論理であり、ピュシスとは、我々の存在を含めた自然のそのもののことを意味していた。

 

人間はピュシスそのものを見ることはできず、ロゴスを通じて物事を見たり考えたりする。

音楽や科学などは、自然をありのままに記述する、新しい言葉を求めるためにある。

全体を通じ音楽家の坂本龍一と生物学者の福岡伸一、ロゴスを極めた二人がピュシスを捉えようとひたすら対話し続けていた。

そんな風に見えていた。

 

「山」については、なかなか鋭い金言だった。

14P 山に登らなければ次の山は見えない

福岡:今、坂本さんが「一直線に進んで来たわけじゃない」とおっしゃたことで、今西錦司のことを思い出しました。彼は著名な生物学者であるとともに山がとても好きで、生涯に1500以上の山を登ってきた人なんですね。

「なぜ山に登るのか」という問いに対する答えでは、エベレスト初登頂を目指したイギリスの登山家ジョージ・マロリーの「そこに山があるからだ」が有名です。一方、今西錦司の答えは、なかなかふるっています。「山に登るとその頂上からしか見えない景色があって、そこに、次の山が見える。だからまたその山に登りたくなるということを繰り返しながら、自分は直線的ではなくジグザグに進んできた」と、彼は行ったんですね。」

 

185P 山の頂上から見える景色

坂本:若いころの僕は無機的な音楽がすごく好きで、無機的でない音楽を作るのはすごく難しかったんですね。メロディーというものは、あくまでも12音階の順列組み合わせで、作曲するということは、その組み合わせをどう作っていくかということだと考えていました。早くからコンピューターを取り入れて感性を数値化するなど、デジタルな音楽のつくり方をしてきたし、新しいテクノロジーにも関心を持ち続けてきました。

でも、YMOをやるようになってからだんだん考え方が変わってきて、音を操るということをしない音楽があるんじゃないかということを感じ出したんです。それで今は、ピュシスとしての脳を持ち、非線形的で、時間軸がなく、順序が管理されていない音楽というものを作れないかと、ずっと考え続けています。福岡さんがおっしゃっているピュシスを拾って発展させたいと、今、強く思っているんです。

 

ライディーンやテクノポリスなどのYMOを初めて聴いたときに「この世にこんな音があるのか!」と、ぼくの気持ちは驚天動地の大事件だった。

 

坂本さんがお亡くなりになられたことを契機に手に取った。改めて、坂本さんのご冥福を祈るまで。

 

 <目次>

世界をどのように記述するか――刊行に寄せて

一方向に進む時間の中で 坂本龍一

自然の豊かさを回復する 福岡伸一

PART1 パーク・アベニュー・アーモリーにて 壊すことから生まれる―音楽と生命の共通点

PART2 ロックフェラー大学にて 円環する音楽、循環する生命

Extra Edition パンデミックが私たちに問いかけるもの

 

〈坂本龍一〉東京生まれ。音楽家。映画「ラストエンペラー」でアカデミーオリジナル音楽作曲賞、グラミー賞ほか受賞。

〈福岡伸一〉東京生まれ。生物学者・作家。青山学院大学教授・米国ロックフェラー大学客員教授。

発想の転換が必要だった。常識や定説の裏側にあるものを見極める眼が大切と教えていただいた。

勝ち負けの捉え方の違いがあり、軍事的な勝利が必ずしも戦略的な勝利とイコールにはならない。

戦争に勝ったというあの日清戦争や日露戦争は、実は日本の負けだったのだという。

なぜなのか?と不思議に思った。

ロシアの南下に危機感を抱いていたイギリスや清国・眠れる獅子を概観し様子見をしていた西洋列強国がいた。

ロジスティックス・兵站を軽んじて、採算を度外視し原価計算をせずに、西洋から見ると自分たちの代わりに一所懸命に戦ってくれたのが東洋の日本だった。

清国が日本に降伏したあとに、実際にどうなったのか。漁夫の利を得て清が植民地化されたのだった。日本が口車にうまく動かされ利用されてきた一面を初めて知ったのだ。

 

214P

戦争は敗者の選択なのだ。それを逆説的に証明しようとしたのが、本書の意図である。近代日本史は戦闘に勝ったと喜び、自省や自己点検を怠り、そしてやっと最後の太平洋戦争で「勝った」のだ。新たなテーゼの獲得に成功したのである。それを一般的な常識としていく必要がある。日清戦争以来、ほぼ10年おきの戦争で「勝った」と喜んでいたのは、実は負けていくプロセスだった。増上慢極まれりという日本人の姿は、歴史の中で負けていく姿だったと解釈すべきだったのである。

 

147P 誰のための戦争か

イギリスやフランスなどの先進帝国主義国は中国の全土を押えようとしなかった。そうすること自体が無駄だとわかっていたからだ。つまり、中国は独特の文明・文化を持っている国なので、そこに入っていくことによって多くの兵隊の命を失い、心理的な負担を強いられ、それから残虐な大量殺人といった人道上の背反行為に加担することになる。

だから危ない橋は渡らない。それらの国々は、中国では特定の地域に租界地などを持ち、限定的な権益を確保していわば橋頭堡を作った。そこを拠点にして中国のおいしいところだけを吸い上げることにした。

それに対して日本は、中国の奥深くまでどんどん入っていこうとする。西洋列強はみんな驚いた。そして国力が弱い中国に同情して支援する形を取る。もちろん、そこには中国をうまく利用して自分たちの権益をさらに得ようとする狙いがある。それが長い植民地支配の歴史から学んだ西洋列強の「海外経営」の形だった。

そんな西洋列強が、20世紀前半を通じて中国の奥地まで兵を進め、中国全土を自国の領土のように支配しようとする日本を見てどう思っていたか、

「日本には我々のような歴史感覚がない」と見ていたはずだ。

 

 

 <目次>
まえがき
第一章 戦争の勝利・敗北とは、何なのか
第二章 日清戦争は日本の「負け」 眠れる獅子から得た賠償金の罪
第三章 日露戦争は敗北 ロシアから強いられた臥薪嘗胆
第四章 第一次世界大戦の危険な果実
第五章 アジア・太平洋戦争は「勝ち」真の利害得失
終章 核の時代の勝利と敗北 
あとがき



北海道生まれ。同志社大学文学部社会学科卒業。ノンフィクション作家。「昭和史を語り継ぐ会」主宰。「ナショナリズムの昭和」で和辻哲郎文化賞受賞。第52回菊池寛賞受賞。

 

 新型コロナウイルス感染症の2類から5類感染症移行後の対応により、行政が様々な要請や関与をしていく仕組みから、個人の選択を尊重し国民の自主的な取り組みをベースとした対応に先の5月から変わりました。その流れから、最近、コロナ関係のお話が耳目に触れることはほとんどなくなりました。

 

 物事には、光と影の部分があります。

 コロナウイルスワクチンの効用の陰に、いまだに副反応に悩まされている人がいることを知りました。また重い後遺症に苦しむ人や接種後の死亡例も多く存在することが書かれてありました。

 本当にワクチンの効果があったのかどうか。自己免疫力向上により克服してきたのではなかったのか等々、色々と疑心暗鬼になってしまいます。

 

 ワクチン接種を検証していくうえで、今後、徐々に事実が露わになってわかってくるものだと思います。報道の自由を侵害されないように、CBCテレビ以外のマスコミがほとんど報道しないなか、大きな力で隠蔽されないように期待をしています。

 

 世のなかの明るい部分だけに焦点を当てるのではなく、暗い箇所もあることを知っておくのも、弱者に配慮することができる今後の行動や、少数の意見を反映して物事を判断する際に役に立つ姿勢だと思います。

 

64P

形成されたワクチン接種至上主義。

その意識の形成に、マスコミも大きな影響を与えていたことは認めざるを得ない。

その中で、置き去りにされていた視点。

それがワクチンを接種することのリスクだった。

ワクチンの接種のベネフィットとリスクの露出の比重を考えると、当時は明らかにベネフィットの強調がリスクを伝える比重を大きく上回っていた。

こうして日本国民は、「ワクチンを打てばコロナに感染せず、コロナに社会全体で打ち勝てる」と固く信じるようになった。その風潮を作り出したのが政府と厚生労働省であり、それを媒介したのが、マスコミであった。

 

225P

ワクチン後遺症の患者さんを取材していて、ある共通点に気づいた。原因がわからないため、数多い医療機関を回って検査を受ける。医師に理解されず、寄り添って貰えずにたらい回し。医療費がかさむ。体調が悪いので働けない。貯金を切り崩して生活する。社会的にはワクチン接種後の後遺症の理解が進んでいないため、怠けていると勘違いされる。職場だけでなく家族にすら理解されず、孤独感に苛まれる。これがワクチン後遺症の負のスパイラルなのだ。

 

 <目次>

まえがき

序 もう一つの闘いの始まり

1章 コロナ禍の3年間を振り返る

2章 ワクチン狂騒曲

3章 “ワクチン後遺症”で苦しむ人たちとの出会い

4章 ワクチン接種で一変した人生―重い後遺症に苦しむ人々

5章 ワクチンと死の真相―国が因果関係を認めない理由

6章 ワクチン行政は変えられるのか

7章 事実を語る勇気

あとがき

 

 

CBCテレビ(本社・名古屋市)アナウンサー、専任部長。1970年山形県生まれ。慶応義塾大学を卒業後、1994年に入社。新型コロナウイルス関連の取材過程でワクチン接種後の後遺症に悩む人々や、接種後の死亡事例に直面し、全国の地上波放送局として初めて、自らがアンカーマンを務める番組「チャント!」内で、長期にわたり取材・報道を行った。地上波放送だけでなくYouTubeなど動画配信も大きな反響を呼び、全国で同様の症状に苦しむ人たちからも注目を集めている。

 

【No1313】新型コロナワクチンの光と影 誰も報じなかった事実の記録 大石邦彦 方丈社(2023/03)

「クイズは人生である」

このことばの意味は、クイズの参加者とこれを読んだ人ならわかるはず。

189P

前より少しだけ、強くなったような気がする。前より少しだけクイズのことが好きになって、クイズのことが嫌いになった。世界にはまだ、僕の知らないクイズが存在しているのだ、と考えることにした。何かを知るということは、その向こうに知らないことがあるのだと知ることなのだ。

「問題―」という声が聞こえる。

「ずばり、クイズは何でしょう」

 僕はボタンを押して、「クイズは人生である」と考える。

「ピンポン」という音はいつまで経っても鳴らなかったが、正解だという確信があった。百パーセントの確信だった。

 

生放送クイズ番組での決勝戦最終問題。

相手がどうして問題をひと文字も聞くことなく正解することができたのか。

常識的に考えると不可能だ。

八百長なのか!いやそうではない。

少しずつ論理を積み重ねて真実を追及していく過程が面白かった。

クイズの回答から人生を振り返ることを。

プレイヤーのメンタリティを丁寧に描き、きれいに完成されていた物語だった。

44P

僕は当たり前の前提に気がつく。

クイズに正解できたときは、正解することができた理由がある。何らかの経験があって、その経験のおかげで答えを口にすることができる。経験がなければ正解できない。当たり前だ。

クイズに答えている時、自分という金網を使って、世界をすくいあげているような気分になることがある。僕たちが生きるということは、金網を大きく、目を細かくしていくことだ。今まで気づかなかった世界の豊かさに気がつくようになり、僕たちは戦慄する。戦慄の数がクイズの強さになる。

 

1986年千葉県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。「ユートロニカのこちら側」でハヤカワSFコンテスト〈大賞〉、「ゲームの王国」で日本SF大賞と山本周五郎賞を受賞。