朝活読書愛好家 シモマッキ―の読書感想文的なブログ~Dialogue~ -69ページ目

朝活読書愛好家 シモマッキ―の読書感想文的なブログ~Dialogue~

読書とは――著者や主人公、偉人、歴史、そして自分自身との、非日常の中で交わす対話。
出会えた著者を応援し、
本の楽しさ・面白さ・大切さを伝えていきたい。
一冊とのご縁が、人生を照らす光になる。
そんな奇跡を信じて、ページをめくり続けています。

NHK大河ドラマ「どうする家康」が放送中なので、とてもタイムリーな本。

家康の生い立ち、幕府成立、大坂城攻めなどの歴史や諸般の学説を磯田流にわかりやすく解説している。

 

徳川家康は、なるべくして天下人となったのだ。

まわりの武将たちに、武威を示せたから。

 

なぜ家康が天下人になれたのかという理由は以下のとおりだ。

家康は三河の弱小大名であったのに、なぜ・どうやって天下を手に入れ、260年も続く政権を築けたのか?

44P 弱者の自覚に学ぶ

孤立主義を避ける対外感覚と、外から柔軟に学ぶことこそが、中国、ロシア、アメリカなどの三大国に狭間に生きる私たちが自分たちを磨き上げ、進化を遂げられるかどうかのカギを握っている。

107P 信玄との戦いが天下人の素地を作った

家康は、外部のものでも本当に優れたものなら、躊躇なく取り入れる革新性を併せもっていたのです。これも天下を取れた要因の一つです。

124P 強みが弱みに

強い相手と戦う場合には、まず相手の勝ちパターンを分析することが後発で後ろを追いかける弱者の戦略としては重要です。その優位性を崩すためにはどうしたらよいかを分析します。強者である相手が勝てると思い込むように誘導し、罠にはめる。はじめは弱者であとから勝ち上がる者は、しばしばそうしています。

148P 天下人への道

家康の戦いをみていくなかで、彼が戦場において「武威」を示し続けたと述べてきました。武威とは、戦場において軍勢を率いて戦い、その強さを示せるかということです。その強さ、戦う姿勢で、この武将についていけば大丈夫だという。周囲の人々からの信頼を勝ち取る。それが武威です。

明智光秀は本能寺の変で武威を示したといえるでしょうか。答えは否です。不意打ちや暗殺で敵を除いたからといって、誰もついては来ません。

単に天下の所有物やライバルを亡き者にしただけでは、誰も彼を天下人とは認めないのです。

 

 <目次>

はじめに 家康はどうしたのか!

第1章 「境目の土地」三河という運命(フォッサマグナと「陸の潮目」、松平家のルーツ ほか)

第2章 信長から学んだ「力の支配」とその限界(二人の運命を変えた桶狭間、「信用」という富 ほか)

第3章 最強の敵・信玄がもたらした「共進化」(武田家はなぜ強いのか、物見・透破・築城 ほか)

第4章 二つの滅亡長篠の合戦と本能寺の変(勝利のカギは柵と弾薬、強みが弱みに ほか)

第5章 天下人への道(あてにならない同盟相手、十二万五千対一万七千 ほか)

 

1970年岡山県生まれ。慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程修了。博士(史学)。国際日本文化研究センター教授

歴史は、胸が熱くなるくらいに面白い!

歴史は、年号や人物を暗記するだけの科目ではありません。

戦いの背景や経緯、戦略の事実や事例から、現代の自分たちの行動として仮に置き換えて想定してみて考えて学ぶものです。

数々の熱い歴史には、我々の将来にその教訓を活かしていく有難い叡智が詰まっていると思います。

 

・セオリーや思考ではなく、己の身体感覚や直感を、信じ切ることも戦い方の一つ。

桶狭間の戦い 織田信長

 

・弱い立場でいい条件を獲得するには、状況に応じて環境を変える柔軟性と意志を曲げずに主張する頑固さも大事。

第一次上田城の戦い 真田昌幸

 

・人は真実だけを語るとは限らない。客観的な事実を見えづらいからこそ、本質を見抜く目が必要になる。

乙巳の変 中大兄皇子、中臣鎌足

 

・やるしかないならば、ためらいなく、相手より早く動く、そのスピードこそが最大の力となる。

承久の乱 北条義時、北条政子

 

 <目次>

プロローグ

もくじ

序章 それぞれの戦略(奇行に次ぐ奇行の理由とは?信長が勝ち目ゼロの戦いで選んだ戦略―桶狭間の戦い(1560年)「あえて全力は出さない」という戦い方―第四次川中島の戦い(1561年)裏切りを繰り返し、それでも天下人に愛され続けた男―第一次上田城の戦い(1585年))

第1部 日本の戦い(いい話の奥に隠されているかもしれない不都合な真実―乙巳の変(645年)海賊を撃退せよ!日本を救った知られざる英雄たち―刀伊の入寇(1019年)20年ニート生活だった頼朝がなぜ幕府を開けたのか―源頼朝の鎌倉入り(1180年) ほか)

第2部 世界の戦い(本当の計画は誰にも知られてはいけない―トロイア戦争(紀元前1300年頃)300対20万にどう挑む?スパルタ王レオニダスの覚悟―テルモピュライの戦い(紀元前480年)奇策には奇策を 天才と天才の対決―ハンニバル戦争(紀元前218年~紀元前201年) ほか)

 

歴史ライター・編集者。上智大学文学部史学科卒業。「歴史研究の成果を楽しく、分かりやすく伝える」をモットーに、歴史解説や大河ドラマ関連取材、研究者へのインタビューなどを数多く担当

 

 

【No1300】胸アツ戦略図鑑 逆転の戦いから学ぶビジネス教養 齊藤颯人/著者、本郷和人、本村凌二/監修 サンクチュアリ出版(2023/02)

人情味あふれホロリと泣かせる大江戸の時代小説。

日本橋の廻船問屋『飛鷹屋』が舞台の物語。

飛鷹屋の主人鳶右衛門は、日本中を飛び回り一代で万両店まで押し上げた。

 

込み入った事情がわかっても大きな問題としない鵜乃介や鳶右衛門は、江戸っ子らしくとても粋だった。

お瀬己、お日和、お喜路。一癖も二癖もある三人娘たち。

女三人寄ればとても姦しかった。

 

241P

「あの子ら(三人娘)もやはり。お七の娘だ。そろいもそろって、一筋縄ではいかない」

「いいじゃないですか、とりどりみどりで」

鵜乃介(長兄)は笑って、父(鳶右衛門)の盃に酒を満たす。ぐいと干して、酒くさいため息を吐く。

「鷺乃介(末弟)が大きくなったら、男三人で愚痴をこぼすとするか」

「楽しみですね、父さん」

 

奥の座敷で、鷺乃介は夢を見ていた。

鵜と鷺が並んで、騒々しい三羽の鳥の諍いをながめている。

見上げると、はるか上の空に、鳶が浮かんでいた。

 

 <目次>

螺鈿の櫛

ふういんきり

箍の災難

とりかえばや

五両の手拭

鷺と赤い実

とりどりみどり

 

1964年北海道生まれ。2005年『金春屋ゴメス』で第17回日本ファンタジーノベル大賞を受賞しデビュー。12年『涅槃の雪』で第18回中山義秀文学賞、15年『まるまるの毬』で第36回吉川英治文学新人賞、21年『心淋し川』で第164回直木賞を受賞。

表紙は、季節感ぴったりの花びらが舞い散っている。

綺麗に描かれているから春らしいと思って凝視すると、地面下から家を包丁で刺している。

 

真梨幸子劇場だった。

大量殺人事件があったという噂のアパート跡地に建てられた五軒の分譲住宅での物語。

 

都内であるが交通の便が悪く周辺環境も暗くていまひとつな場所だった。

一癖も二癖もありそうな住民達ばかりがここに引越ししてくる。

1万円ほどの挨拶品等から始まるマウンティングに先が思いやられる。

 

引越し後早々、ある家で死体が発見された。

これから何か悪いことが起こる予感がする。

 

下劣なやり取りに辟易してくる。

感情移入出来る人物がひとりもいなかった。

最後はもう突拍子もなさすぎ感あり。

こういうのが真梨さんの醍醐味か。

最後まで一気読みで。

エイプリルフールに起きた惨劇から。

予想外のエピローグだった。

 

 <目次>

A区画三浦邸

D区画戸井田邸

B区画田上邸

腐乱死体

ゾンビ

B区画藤倉邸&C区画米本邸

エイプリルフール

エピローグ

 

真梨 幸子

略歴〈真梨幸子〉宮崎県生まれ。多摩芸術学園映画科卒。「孤虫症」でメフィスト賞を受賞しデビュー。『殺人鬼フジコの衝動』がベストセラーに。ほかの著書に「6月31日の同窓会」「坂の上の赤い屋根」など。

良く死ぬために、より良く生きることを目指して。

 

人間は、いつか必ず死に至ります。

いままで経験したことがないので、奈落に落とされるくらいな恐怖感を持つことはわかるような気がします。

いつか死が近づいてきて恐怖を感じるようになったときに、恐怖を失くすことができなくても、少しでもこころを軽くする術があればと思います。

 

「人間は誰でも心の奥に安心できる心を持っている。どんな状況でも安寧になれる心はある」

死の恐怖を乗り越える術のひとつに、どんな状況でも「安寧になれる心」がありました。

 

また、そのほかには、それに至るためにいくつものヒントがありました。

 

16P あなたらしく生きるとは、希望を持って生きること

36P 治療法があるというだけで元気が出る、希望がわいてくる

40P たとえ1年でも生きていてこそ、幸せを感じるチャンスがある

51P 母の命は母一人の命ではない。一緒に暮らしてきた家族の命でもあるし、私の命でもある。

82P 医療の原点は、命を最大限、尊重すること

141P 人間の生きる意味は、何か人の役に立つことだ。人の役に立ったと思えると自分も幸せに思えるから。人に役立つことをすることが、本人にとって最も幸せなことだ。

156P 自分が人生に何も期待できないなら、人生が自分に何を期待しているのかを問う。

172P 死を頭で考えるのではなく、体に聞く。人生を振り返るようにして過ごした場所を順々に巡って人生を再体験する。

178P DNAがつながる。この世の生命は受け継がれていくことに救いがある。

 

 

死に直面した患者・家族は何を考え、どうしたか?

人は誰でも、どんな状況でも安寧が得られる。

医師になって50年、終末期のがん患者と向き合い、常に問い続けてきた人生最大の奈落から這い上がる術。

 

 <目次>

はじめに どうしたら人生最大の奈落から這い上がれるのか

第1章 治療法がない、それでも生きたい!(「あなたらしく生きる」とは、希望を持って生きること、「最期まで治療する」という自分らしい生き方の選択肢 ほか)

第2章 「命」は誰にも決められない(「無駄な延命治療はしたくない」と言い続け、10年間生きてきた…、娘にとって母の命は、母だけのものではない ほか)

第3章 人生の最期を考える(人生のお手本のように生きてきた人が安らかに死ぬとは限らない、終末期でも、病状によっては自宅に帰る希望がかなえられない ほか)

第4章 あなた一人だけの死ではない(がんが見つかり診療できなくなった医師を救った妻のひと言、意識のない夫に届いていた妻の歌う童謡 ほか)

第5章 死の恐怖を乗り越える術(「自分が人生に」何も期待できないなら、「人生が自分に」何を期待しているのかを問う、人生、何の意味もなかった?いや、コスモスが待っている ほか)

おわりに 自然死でなくても、安寧な死はある

主な参考文献

 

 

腫瘍内科医。東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法、腫瘍内科学。1945年、山形県天童市に生まれる。山形県立山形東高等学校、弘前大学医学部卒業。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、1975年より、東京都立駒込病院化学療法科(現・腫瘍内科)に勤務。2008年から2012年まで同院長。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問、東京都がん対策推進協議会委員、日本対がん協会評議員などを務める。

 

【No1297】死の恐怖を乗り越える 2000人以上を看取ったがん専門医が考えてきたこと 佐々木常雄 河出書房新社(2021/03)

「稼ぐ人」になれる!ヒントがあり。

それが含まれていると感じる箇所(名言)を取りあげてみました。

できることは参考にして、できることをひとつでもやっていきたい。

 

3P

学歴があろうと、なかろうと、「稼ぐ力」を身につけるために必要な絶対ルールは、「一流どころ(成功者、優秀な人、野心にあふれた人たちが集まっている)に身を置く」

 

50P 

A案もしくはB案を選ぶのではなく、大谷翔平に学んでA案もB案も両方行うという二刀流的発想(選択肢)で仕事をする。

 

56P 幸せな人は、お金があったら、もっともっと幸せになれる。

 

141P 人がやりたがらない仕事にチャンスがある

 

165P

これまでより長いスパンで人生をとらえ直し、75歳から80歳くらいまで働くことを、戦略的に考えた方がいい。

 

199P

世界的に広がっている貧富の差の大きな要因の一つは、教育にある。世の中は昔から、勉強した人間が勝つと相場が決まっている。ゲーム人口がものすごい勢いで伸びているのは、大チャンスだ。ちょっと頑張って勉強するだけで、間違いなく勝者-「それでも稼ぐ人」への階段を登っていける。

 

217P 老後に必要なのは、お金と仲間と筋肉(健康)

 

 <目次>

はじめに 

第1章 「それでも稼ぐ人」の仕事術―「結果を出す人」「お金に好かれる人」の共通点(「副業」なんてやらない―「副業解禁ブーム」の裏側を知る、「本業」の稼ぎを最大化する―「最低でも年収一〇〇〇万円」を目指す、絶対、「二割のできる人」になる―自分の「市場価値」を上げる方法 ほか)

第2章 「それでも稼ぐ人」の投資術―お金を「貯める」「増やす」「守る」12のルール(「定期預金」はただの怠慢―もっと「投資家マインド」を磨く、時間を味方につけてお金を増やす―「忘れる」という人間の習性を利用する、“性”に合わない投資をしない―「なんとなく」はじめた投資は失敗する ほか)

第3章 「それでも稼ぐ人」の人生戦略―「人生一〇〇年時代」を賢く面白く生きる法(これから必要な「長く稼ぐ戦略」―「親世代」の生き方はもう参考にならない、「最低三億円」の生涯賃金を手に入れる―国をあてにするのは、今日からやめる、「生命保険」を賢く使う―「いくらあれば死ぬまで困らないか」 ほか)

 

組織学習経営コンサルタント。株式会社パジャ・ポス代表取締役、NPO法人Are You Happy?Japan代表理事。著書に「「いまどき部下」を動かす39のしかけ」など。

 

【No1296】「それでも稼ぐ人」33のルール 景気も、環境も、学歴も、年齢も、この人には関係ない 池本克之 三笠書房(2023/03)

政治家の裏表が赤裸々に描かれていたと思う。

どこかで聞いたことのあるような腐敗した政治がここにもあった。

衆議院議員である宇田清治郎の孫娘の柚葉が誘拐された。

犯人の要求は、記者会見を開いて宇田議員が犯したこれまでの罪を自白することだった。

誘拐を主眼としていたが、まったく一筋縄ではいかないお話だった。

政治問題、地元開発、家庭事情などいろいろなものが絡み合っていた。

今までの誘拐話からさらにその上をゆく事例のない内容だった。

柚葉を救おうとする宇田議員らが見せる覚悟や行動。

派閥が絡んだ汚い駆け引きと政治家の重鎮たちの腹の探り合い、騙し合い。

政治上の動機と思われるところで、別な事件への展開が見せつけられた。

被害者家族と捜査している担当刑事の平尾警部補の動向の二つの視点で問題を浮かび上がらせてくれる。

事件の真相を追うストーリーは格別面白い。

サスペンス的緊迫感に溢れていてもう最後まで一気読みだった。

宇田清治郎の次男であり秘書である晄司が、姪の救出のために警察と政治家を相手に渡り合いながら真相に迫っていくところはとても見物だったので、実写化されるとドキドキして迫力がある映画になると思う。

 

1961年東京都生まれ。アニメーション制作に携わった後、91年『連鎖』で第37回江戸川乱歩賞を受賞し作家デビュー。96年『ホワイトアウト』で第17回吉川英治文学新人賞、97年『奪取』で第10回山本周五郎賞、第50回日本推理作家協会賞長編部門、2006年『灰色の北壁』で第25回新田次郎文学賞を受賞。

花咲小路四丁目に住んでいるイギリス人紳士の矢車聖人を父親にもつ娘、亜弥の語りが中心に動きがある。

その紳士を手伝う北斗くんと克己くんの2人や商店街のたくさんの人々との触れ合いに下町の温かく懐かしい雰囲気がうまく演出されていた。

寂れてシャッター通りとなりつつある当該商店街。

ここから想像もできないほどのスケールが大きなj事件の展開があった。

終りには、登場人物たちの人間関係から、じわっと気持ちが良くなる作品だと思った。

 

その昔、イギリス中の美術品や金品を上流階級から盗み、現場には“saint”と刺繍された手袋を片方残すのみで決して捕まらなかった世紀の大泥棒。

そんな「泥棒紳士」が実は日本に帰化して、ここ花咲小路商店街に隠居中。

ダンディなご隠居が、手腕を活かして商店街の事件を解決していく。

じんわり心温まるエンターテインメント。

 

北海道生まれ。広告制作会社を経て、執筆活動へ。『空を見上げる古い歌を口ずさむ』で第29回メフィスト賞を受賞して作家デビュー

略歴〈小路幸也〉北海道生まれ。広告制作会社を経て、「空を見上げる古い歌を口ずさむ」で第29回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。ほかの著書に「東京バンドワゴン」シリーズ、「カレンダーボーイ」など。

 

「すごく面白かったから、言っておこうと思って」

「わたし、小説読んで泣いたの、生まれて初めてだったから」

「それだけ。またああいうの。書いてください」

ぼくは、このような感激を伝えることができる読者となりたい。

 

「うん書く。今日から書く」

こう思って言ってくれる作家さんと出会うために、これからも小説を読んでいきたい。

 

281P

「星山さんの『あした』、読みました」マユミはぼそぼそと言った。

予期せぬ投げかけに、愛子はうまく反応できなかった。

「すごく面白かったから、言っておこうと思って」

「あ……」愛子は言葉を失った。忘れてた。読者がいた。

「わたし、小説読んで泣いたの、生まれて初めてだったから」

わたしは救いようのない馬鹿だ。読者を忘れていたなんて。

マユミは怒ったような顔をしていた。目も合わせない。照れているのだ。可愛い。

「そう、ありがとう」愛子は心から言った。飛び上がりたいほどのうれしさだ。

「それだけ。またああいうの。書いてください」

「うん、書く。今日から書く」

マユミが小走りに去っていく。なによ、もっと話そうよ。この愛想なし。

でも感激した。わざわざ追いかけて、言ってくれたのだ。胸が熱くなってきた。

人間の宝物は言葉だ。一瞬にして人を立ち直らせてくれるのが、言葉だ。その言葉を扱う仕事に就いたことを、自分は誇りに思おう。神さまに感謝しよう。

「えーい」愛子は二段飛びで階段を駆け上がった。そのまま外に出ても走った。

「いやっほー」ジャンプした。

 

跳べなくなったサーカスの空中ブランコ乗り。刃物はおろか机の角まで怖い尖端恐怖症のやくざ。ダンディーで権力街道まっしぐらの義父のカツラを剥がしたくてたまらない医者。伊良部総合病院地下の神経科には、今日もおかしな患者たちが訪れる。だが色白でデブの担当医・伊良部一郎には妙な性癖が、この男、泣く子も黙るトンデモ精神科医か、はたまた病める者を癒す名医なのか!?。

 

 

 <目次>

空中ブランコ

ハリネズミ

義父のヅラ

ホットコーナー

女流作家

 

1959年、岐阜県生まれ。プランナー、コピーライター、構成作家を経て作家になる。02’『邪魔』で第4回大藪春彦賞受賞

 

水、塩分、牛乳、朝食、酒、コーヒー、緑茶、アルカリイオン水、玄米食、ウォーキング、温泉、睡眠等々に関するココロとカラダの健康法について。

中庸、過ぎたるは猶及ばざるが如し、あるがままに、適当に、ほどほどに、なんとかなるさ、当たり前……など、それぞれには、人によって、やり方によって、感じ方や受け取り方が違うだろうと。健康や養生、生き方、死に方などに良いと言われているもののうち、世の中に氾濫する健康情報に簡単に流されるのはよくないことだと思います。

参考にできるところは参考にしていく。

受け入れるものは受け入れていく。

自分のうちなる声に耳を傾ける感性を養いつつ、社会のいろいろな見識の中から、自分にとって当てはまるよいものを取捨選択できる能力の醸成をして前に進んでいければよいと思います。

 

独自の健康法で知られる五木寛之氏と帯津良一医師との対話集。

私たちは何を信じればよいのか。

西洋医学だけで大丈夫なのか。

健康、医療、養生にまつわる話題を五木さんと帯津さんとの間の想定問答式で解説されていました。

 

 <目次>

はじめに 健康法は「これ一つ」ではダメ 五木寛之

第1章 食養生の総チェック

第2章 健康常識の総チェック

第3章 現代療法の総チェック

第4章 ガン療法の総チェック

第5章 人気療法の総チェック

第6章 生き方死に方の総チェック

第7章 いのちと養生について

おわりに あるがままの命をいかす 帯津良一

 

五木寛之

1932(昭和7)年、福岡県生まれ。生後まもなく両親とともに朝鮮半島へ渡り、敗戦後47年に福岡へ引き揚げる。早稲田大学露文科に学ぶ。その後ルポライター、放送作家、編集者など多くの職業を経て、66年『さらばモスクワ愚連隊』で小説現代新人賞、67年に直木賞を受賞、76年『青春の門 筑豊篇』ほかで吉川英治文学賞を受賞。小説のみならず、多岐にわたる文明批評的活動が注目され、第50回菊池寛賞を受賞。また仏教思想を背景とした作家活動に対し、仏教伝道文化賞を受賞。現在、直木賞、泉鏡花文学賞、吉川英治文学賞その他多くの選考委員をつとめる。

 

帯津良一

1936(昭和11)年、埼玉県生まれ。61年東京大学医学部卒業。東京大学医学部第三外科、都立駒込病院外科医長などを経て、82年埼玉県川越市に帯津三敬病院を開設し院長となり、ガン患者などの治療に当たっている。西洋医学に中国医学や代替医療を取り入れ、医療の東西融合という新機軸を基に、ホリスティック医学の確立を目指す。現在同病院名誉院長。2002年「楊名時健康太極拳21世紀養生塾」を設立、塾頭となる。代替療法への造詣が深く、治療に積極的に取り入れるほか、講演や大学での講義なども行っている。医学博士。日本ホリスティック医学協会会長。日本ホメオパシー医学会理事長、水輪の会特別顧問。