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神使については、こちらをご覧ください。
 

蜂ーはちー
ご利益 商売繫盛、金運アップ、家内安全、招福万来

蜂は、「神使」と検索すると、伊勢神宮春日大社鹿
北野天満宮熊野大社などと共に、
日光二荒山神社の蜂として、必ず上がってきます。
しかし、その由縁は全くの謎です。
神社の過去のQ&Aに問い合わせが載っているのですが、
神社側からの返答が無いくらいなのです。

日光二荒山神社の御祭神は、
二荒山大神ーふたらやまのおおかみー
と言い、

大己貴命ーおおなむちのみことー

田心姫命ーたごりひめのみことー

味耜高彦根命ーあじすきたかひこねのみことー
の親子3柱を祀っています。
また、『日本書紀』の皇極天皇2年(642)の条に、
百済の太子 扶余豊璋ーふよ ほうしょうーが、
三輪山に蜜蜂を放して養蜂を行おうとしたが、
住みつかず失敗した。とあり、
日本における、養蜂の事始めと考えられているので、
大物主神(大己貴命を指すとされる)と蜂に、
何らかの関係があると推測はされているのですが、
その根拠が、全くわかりませんでした。



ただ、蜂は、縁起物として扱われていて、
特にヨーロッパでは、古代より大切にされてきました。

女王蜂を中心に大きな家族を持ち、大きな巣を作る蜂は、
繁栄、幸運、貯蓄の象徴と考えられてきたのです。
 

他にも、欧米諸国の養蜂が盛んな農村では、

飼い主やその家族に重要な出来事があると、
蜜蜂にも、その詳細を知らせる習慣があるのだそうです。

例えば、その家の子供が結婚する時に、
相手の事を蜜蜂に報告しておかないと、
怒った蜜蜂が、誰彼構わず刺しに来る。とか、
家族が亡くなったことを報告しないと、
悲しんだ蜜蜂が、殉死してしまう。などだそうです。

これは、蜜蜂が神々の使者で、人の死を神々に告げるという、
古い信仰があるからとも伝えられていますが、
むしろ、家を守護する精霊とみなされている。
と考える方が、感覚として近いようです。
また、ドイツでは、人が死ぬと、その霊魂は、
蜂となって天へと昇っていくと信じられているそうです。



また、蜂だけではなく、
蜂の巣にも、幸運、貯蓄、神々の使い、繁栄、魔除け

の意味があるようです。


勿論、蜂蜜にも意味があります。

健康、生命、長寿、家族の結束、子孫繁栄、ロマンス、詩情などです。

古来ヨーロッパでは、蜂蜜は、
天国から滴り落ちる滴を、蜜蜂達が集めたものである。
と信じられてきたそうです。



結婚と縁が深いと言われている蜂ですが、
良く働く働き蜂は、健康や出世の象徴に。
蜂蜜や、花粉を蓄える習性は、
豊かな財産の象徴に。
多産な女王は、子宝を。
蜜蜂と花の関係は、永遠の結びつきを。
蜜蜂が花の蜜を集める時に、
花の受粉をして、沢山の実がなることは、
夢の実現と大きな成功の象徴となっています。


結婚と言えば、

ハネムーンの由来となったハニームーンは、
日本語に訳すると、「蜜月」となりますが、
新婚期は、密のように甘美に満ちた日々と、
満月のように、すぐに欠けていってしまうことをかけた
造語とする説と、古代ゲルマンの風習で、
蜂蜜酒 ( ミード ) を飲んで精力を付け、
子作りに励んだからとする説の二種類があるそうですが、
正確な語源は、はっきりとしていないそうです。

 

 

一般的に、蜂が家に来るのは縁起が良いと考えられていて、
日本でも、蜂の巣は、独特の呪力を持つと信じられてきたので、
盗人や厄病除けとして、蜂の巣を戸口に吊るしている所があるようです。
勿論、蜂を退治した後のものでしょうけれど。


蜂自体を祀った、蜂神社と言う、珍しい神社もあるようです。
源義家が、敵軍にてこずっていた際、
蜂の巣が沢山あり、兵が刺されて困っていたのを逆手に、
蜂が大人しい夜間のうちに、蜂の巣を捕って袋に詰め、
十分に怒らせた蜂を敵陣に投げ込んで、
蜂が人を襲うと同時に攻め込み、勝利したことから、
立役者であった蜂を祀ったのが、始まりと伝えられています。

 

 

刺されると怖い蜂ですが、
貴重な蜂蜜や蜂の巣、プロポリスなどをもたらせてくれる蜜蜂は、
私達の生活に、無くてはならない存在となっています。
飼育が難しく、数が減っている日本蜜蜂や、
最近、大量死が発表されている西洋蜜蜂。
蜜蜂がいなくなれば、果実や野菜、ナッツ類や、
珈琲、綿まで、あらゆるものの生産量が減り、
深刻な食糧不足になると考えられています。

北半球の蜜蜂が、四分の一にまで減ってしまった
と言われる原因は、はっきりと特定されていませんが、
その研究は、ずっと続いています。
一日でも早く、原因が特定され、
蜜蜂達が生きやすく、現代人と共存出来る環境が、
戻ってくると良いですね。
 
 

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神倭伊波礼毘古命ーかむやまといわれびこのみことー

別名 若御毛沼命ーわかみけぬのみことー

    豊御毛沼命ーとよみけぬのみことー
    豊毛沼命ーとよけぬのみことー
『日本書紀』では、
神日本磐余彦天皇ーかむやまといわれびこのすめらみことー
日本磐余彦火火出見尊ーやまといわれびこほほでみのみことー
幼名として、狭野尊ーさのみことー
初馭天下之天皇ーはつくにしらすのすめらみことー
と表記。

沢山の名前を持っていますが、
初代 神武天皇ーじんむてんのうーと言った方が、
分かりやすいかもしません。



天津日高日子波限建鵜草葺不合命
ーあまつひたかひこなぎさたけうがやふきあえずのみことー
と、
玉依毘売―たまよりびめーの間に生まれた御子神の四男です。

生まれながらに、賢く、物の道理に通じており、
15歳で太子ーひつぎのみこー ( = 皇太子 ) になり、
成人後、阿多ーあたーの豪族の娘であった、
吾平津比売ーあひらつひめーを娶り、

多芸志美美命ーたぎしみみのみことーと、

岐須美美命ーきすみみのみことー

を授かりました。

その間、どうしていたのかの記述がないのですが、
45歳の時、長兄の五瀬命ーいつせのみことーと相談し、
国土を治めるのに相応しい地を求めて、大和へ東征することにしました。



各地での滞在を繰り返し、白肩之津ーしらかたのつー※1
( 現代の東大阪市付近 ) へ上陸しようとした時、
登美能那賀須泥毘古ーとみのながすねびこーの襲撃に遭い、
大和へ入る事が叶わず、
太陽神の子孫が、太陽に向かって戦うのは良くないと、
太陽を背にして戦う為、熊野へと向かいました。

途中、五瀬命の死や、稲氷命―いなひのみこと―と、
御毛沼命ーみけぬのみことーと別れ、
多くの国津神を下し、他の神々の助けを借りて、
大和入りを果たしました。

強敵、那賀須泥毘古と再び刃を交え、
天津神であり、大和を治めていた、那賀須泥毘古の主、
饒速日命ーにぎはやひのみことーから大和の地を譲り受け、
橿原宮において、紀元前660年1月1日、
初代天皇として即位しました。

現代では使われていないのですが、この時を、皇紀元年としており、
西暦に660年を足すと、皇紀の年になります。
西暦1873年から1948年まで、新暦に換算した2月11日を、
「紀元節」としてお祝いしていましたが、GHQによって廃止され、

西暦1966年に、「建国記念の日」※2と、名を変えて、

祝日に制定されました。



天皇として即位する前、伊波礼毘古命は、
部下の大久米命ーおおくめのみことーに言われ、
長年連れ添った、妻と子供をさしおいて、
皇后に相応しい姫を求めました。

大物主神の御子で、その美しさが評判となっていた、
比売多々良伊須気余理比売命を見初め、后に迎えると、
日子八井命ーひこやいのみことー

神八井耳命ーかむやいみみのみことー
神沼河耳命ーかむぬなかわみみのみことー
の、三柱の御子が誕生しました。

この内、末子の神沼河耳命が、第二代綏靖天皇として即位します。




何でも、長兄の五瀬命に相談したり、
熊野から大和へと入る際の戦いで、疲弊する部下を鼓舞する為に、
強い強い久米一族が、敵を滅ぼしちゃうよ。とか、
戦いすぎてお腹が空いた。料理番さん、助けて。
とか歌っちゃったり、
皇后にと迎えた比売多々良伊須気余理比売命との初夜が、あばら家だったり。
ツッコミどころ満載の伊波礼毘古命ですが、
『古事記』では137歳まで、『日本書紀』では127歳まで生きたとの記述があり、
その在位は、76年となっています。

( 生存年の違いの10年は、『古事記』では16年、『日本書紀』では6年と、

日向から浪速に着くまでに費やした年の違いによるものと思われます )



ご神徳 国家安泰
    天下泰平
    開運招福

紀元前711年1月1日誕生~紀元前585年3月11日没 『日本書紀』より
宮 畝傍橿原宮ーうねびのかしはらのみやー
陵墓 畝傍山東北陵ーうねびやまのうしとらのすみのみささぎー



白肩之津※1    
現代の大阪平野は、古代、海でした。
河内湾と呼ばれ、現代の枚方市から東大阪市まで、海が広がっていたと言います。
しかし、淀川と大和川が運ぶ堆積物で、三角州が出来、
河内湾は、次第に狭くなっていきます。
弥生時代から古墳時代には、現代の新大阪や江坂付近を残し、
広大な干潟になっていたようです。
これが、白肩之津とされていて、
「白」は「広い」、「肩」は「潟」が転訛したもの。
「津」は「港」を指す事から、
広い干潟で、交通や商業、軍事の要衝となっていたと考えられているそうです。

いきなり、そんな要衝に大軍が押し寄せてきたら、

生駒周辺の豪族であり、古代の神様の一族と考えられている那賀須泥毘古側から見ると、
侵略してきたように見えて、土地と一族を守る為に、何とか上陸させまいと、
攻撃をしかけたのかもしれませんね。

やがて、淀川や大和川から流入する淡水で、河内湖も淡水化され、
4世紀から5世紀には、草香江ーくさかえーと名を変えますが、
氾濫が続いた為、干潟の開拓が進められ、次第に湿地となり、
陸地化されていったようです。

「建国記念の日」※2
何故、「建国記念日」ではなく、「建国記念の日」なのか?
「建国記念日」とは、建国したのはこの日。という、
はっきりした日付がわかっている場合に用います。
「建国記念の日」は、建国した日は、はっきりしないけれど、
建国したことを記念して、お祝いしましょう。という日だそうです。
日本の場合、『記紀神話』に記述はあっても、
歴史的には、その信憑性が欠けるという点で、
「建国記念の日」を用いているようです。

 

 

ここからは亜紀がお送りします。

神倭伊波礼毘古命、神武天皇ですが、

意外な感じですな。

 

なんか厳格なリーダー的なね。

イメージだったわけですよ。

古事記のエピソードを知るまでは。

 

さてさて、コンタクトを取ってみましょう。

 

うむ・・・。

こう、ロマンスグレーな細マッチョ。

かっこいいじゃん。

 

そして、鷹揚な感じ。

 

ん~そうよね。

大きなことするリーダーって、

ガチガチのキチキチじゃある意味務まらない。

 

リーダーって自分の行きたい場所をしっかり見極めて、

部下を信用して大まかに支持したら後は任せる。

 

自分が

「こいつらは信用できる」

と思った人に任せるって事は

「自分の目利きを信用する」

って事だもんな。

 

「〇〇さん偉い人なのに気さくよね」

って言われつつも、

本当に近しい人には畏れられ、尊敬される感じ。

 


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