書店に行くと、年の後半から年末にかけて、来年度NHK大河ドラマ関連の本や、雑誌の特集記事が並ぶ。

 来年は黒田官兵衛だから、姫路市などは盛り上がっているのだろうか。

 

 最近、千利休特集も多い。

 『芸術新潮』11月号「利休と名碗」。

 『日経おとなのOFF』12月号「千利休と茶の湯入門」。

 『歴史街道』12月号「千利休“もてなしの心”の真髄」。

 『淡交』12月臨時増刊号「今、日本人が学ぶべき人“千利休”」。


 市川海老蔵主演で、原作が直木賞受賞の映画「利休にたずねよ」が、12月7日(土)から公開されるためであろう。

 

 この映画には、堺市も協賛しているらしいが、どうなんだろう。


 

 

 趣味がない。

 あえて言えば、仕事が趣味。

 仕事が好きな訳ではない。

 他の人より能力がなく、することが遅いから、時間をかけるしかない。


 それ以外に、時間を潰すことができない。そういう能力にも欠ける。

 まじめという訳ではない。


 自分はいったい、なんなんだ。


 むかし、古本屋廻りをしたことが少しあった。

 でも、自宅に本の置き場がなくなったから、

 歳とともに管理ができなくなり同じ本を何冊もか買ってきてしまうから、

 インターネットで簡単に買えるようになったし、

 辞めた。

 けっこう疲れるし。


 最近の趣味は、通帳記入。

 月に一回以上は、近所の銀行を5、6箇所廻る。

 大きく減っては嘆き、少し増えては喜ぶ。


 若いころは、自分がいくらもっているかなんて、全く気にならなかった。

 朝から夜遅くまで仕事をしていれば、

 そういうものはある程度付いてくると思っていたから。

 だから、貯金もほとんどない。

 

 年に数回、廻るついでにそこで宝くじを買う。

 当たったためしは、ほとんどない。

 買った金額以上に儲けたことは皆無。

 

 想い出もあまりない。

 仕事で行った全国各地で、いろいろな歴史・文化に出会ったことくらいか。

 でもそれも、メモさえしていないので粗方忘れてしまった。


 こうして、趣味もなく想い出も残らず、人生が暮れていくのだろうか。

 ふう!



 京都府民の半分以上が京都市内に住んでいます。

 それに較べて、大阪市内に住んでいる大阪府民は3分の1も居ません。

 でもこれまで、京都以上に府市合わせ問題が大阪ではずっとありました。大阪都構想が初めてではありません。


 なぜ大阪府と大阪市は府市合わせなのか。

 それは主に、他の政令市にはない大阪市の特殊性ではないでしょうか。

 

 第一に、夜間人口に較べて昼間人口が多いことです。夜間は260万、昼間は380万と言われます。

 これは、東京都区部とならんで政令市でダントツ一位です。


 第二に、東京都区部には裕福な居住者が多く、夜間人口は少なくても税金はたくさん入ってきます。

 裕福な会社の本社も多いので、東京都にもたくさん入ってきます。

 しかし、大阪市は、そこから芦屋市や箕面市など周辺市に裕福な人々の住宅は移動しています。

 反対に、生活保護受給者の人数は、2000年ころから第一位で、しかもどんどん増えています。

 大阪府域に、大手企業は少なく、もともと大阪発祥の企業も本社機能をどんどん東京に移しています。


 主にこの2つのことによって、大阪市は赤字から抜け出せません。

 それなのに、大阪市民が払う税金の約7割は国に持っていかれます。

 これは、他の都市と比べても多いようです。


 これらのことをなんとかしないと、大阪は強くなりません。

 このままの大阪市で、それを解体して7ほどの特別区にしたら、区議会の運営経費や区議員の人件費が増える分、さらに赤字になるでしょう。

 それでなくても、大阪市の職員は他市より多いのに。


 ですから、そんなことをしてもどうにもならないと思います。

 それよりも、大阪も東京都知事のように、一人の首長の方がいいと橋下さんが言うのであれば、大阪府知事が大阪市長を兼務すればいいのではないですか。


 法律的にも、大阪都をつくるより難しくないはずです。

 

 区の再編については、たとえば市会議員の選挙区を従来の区ごとに細かく分けるのではなく、いま議論されているような区分で、7つほどに大きく分けてみたらどうでしょう。

 また、参院選挙の全国区とか比例区のように、広域立候補制度も併用するなどして、区の範囲をまず議員さんたちの選挙区から広げる施行を4年ごとにしてみればいいのではないでしょうか。


 今の再編案では、制度変更にお金がかかりすぎる割には、先に述べたように赤字が減ることはないので、これはやめた方がいいと思います。


 今の基礎自治体議論が不毛に近いものであることは、以前に述べたのでここでは略します。

 大阪府知事と大阪市長の兼務は、東京都知事が実質的には同じような仕事をしているのだし、たとえば水害対策はそれを担当する副市長に任せればいいのだろうということであれば、この場合もそれぞれに筆頭副首長をおけばいいと思います。


 それが一番お金をかけずに、施行できることではないでしょうか。


 堺市は、大阪市とは赤字ぐあいがかなり異なりますし、どちらかといえば黒字のようです。

 大阪市は、横浜、名古屋、京都、神戸とともに旧5大市の1つとして特別政令市としての権限を目指す大都市であったので、大阪府と一緒になることにはそれなりの意味はあるでしょう。

 もしダメなら、兼務をやめて特別政令市を目指す方向に戻せばいいのですし。


 しかし、堺市は100万人もいない都市で、最近たくさん増えて全国で20個もある政令市の一つに過ぎません。

 橋下大阪府知事兼大阪市長が邪魔だと思うほどの力は持っていないでしょう。


 いま仮に、東京23区を東京市とします。

 都道府県に占める都市の人口比率が最も大きいのはこの東京市であり、都の7割近くがここに住んでいます。

 昼間人口も多いです。


 では次に多いのは、どこでしょう。

 何と、京都市であり、府の半分以上がここに住んでいます。

 都道府県の都市のうち、その半分以上が住んでいるのは、この2都市だけです。


 では、3分の1以上が住む都市は、どこでしょう。

 これは意外とたくさんあります。

 北から、札幌、仙台、横浜、新潟、富山、金沢、和歌山、鳥取、岡山、広島、徳島、高松、松山、高知、佐賀、熊本、大分、宮崎、鹿児島といった都市です。

 47都道府県のうち、半分近くが県庁所在地に人口が集中していることになります。


 ちなみに、都道府県所在市でない都市の方が人口が多いのは、静岡県の浜松市くらいでしょうか。

 遠江国の中心都市として、駿河国にある静岡市に対するライバル意識が強く、平成の大合併で政令市になっています。

 むかし、福岡市よりも北九州市の方が人口が多かった時がありましたか。

 本稿の趣旨と外れるので、ここはいい加減ですいません。


 あれ?

 では、大阪や名古屋は?


 これがなんと、どちらも府県の3分の1以下なのです。

 ということは、大阪府や愛知県よりも人口が比率として少ないのだから、二重行政は少ないのではないでしょうか。

 むしろ、3分の1以上が住む都市、東京を除き2分の1以上という唯一の関係である京都府と京都市の方が、二重行政なのではないでしょうか。


 そうです。京都府と京都市にこそ、そのような問題はずっとあったのです。

 しかし、それは調整されてきました。

 

 役所の職員にすれば、京都府職員と京都市職員でライバル意識は多少あるようですが、それによって行政がうまくいかなくなることはありません。

 政治家が変なことを考えなければ。


 大阪市や名古屋市は、関東の東京とともに、関西と中京を代表する日本の3大都市として発展してきたというプライドがあります。

 だから、大阪府や愛知県の下にいるのは嫌だと考える政治家もいた訳です。


 そう考えると、ちょっと分かってくるかと思いますが、大阪都とは、日本を代表する大都市である大阪市をもっと強くしたいという希望から、これまでも生まれた考え方というべきでしょう。


 ところが今の大阪都構想は、大阪市をなくして大阪府に吸収するというもので、これとは逆です。

 

 たぶんもし、橋下さんが最初に大阪府知事にならずに大阪市長になっていたら、上記のような大阪市を大都市にするために大阪府の権限も自分のところに一緒にする、と素直に考えたはずです。


 地方自治も、日本国政府という中央に対する戦いであり、大阪府に対する戦いでもあって、大阪市という都市を東京市のような大都市にしたいというものだったはずです。


 東京都という、世界的にも例のないイレギュラーな行政区域を参考に、大阪都構想を考えたことも、話をややこしくしているのですが。


 また、いまのような基礎自治体重視の考え方にもならなかったでしょう。

 東京のように現在でも発展する経済都市であれば、特別区ごとに議会を置いて区議会議員さんたちに給料を払うこともできますが、大阪で議会をたくさん作る無駄をしようとは考えなかったでしょう。


 それもこれも、東京に較べて関西、大阪の景気が最近ずっと良くないからでしょう。

 一時は東京市を抜いて全国一の人口を有した大都市であった大阪市も、いまでは横浜市にさえ抜かれてしまっています。

 その閉塞感を、東京に追いつけ追い越せ的発想である大阪都構想で、夢想したいのではないでしょうか。


 気持ちは解らないでもないですが、橋下さんのように、あえて平松市長を敵に仕立てたり、堺市長に送り込んだ竹山さんに、大阪都に来て堺市長は辞めろと迫ったりする喧嘩戦法は、閉塞感を紛らすものとして大衆的人気は一時的に得ることはできるでしょう。

 しかし、大阪市を大都市にするという本来の目的からは遠ざけるものでしかないでしょうね。

 関西全体の支持も得難い発想です。


 大阪市は、京都市や神戸市、堺市と連携しながら関西を引っ張っていき、バランスのとれた日本の発展を作り上げる核になる大都市にならなければなりません。

 でも、その逆に進みかけている。


 それが解らない一部の大阪の人たちには、困ったものです。

 関西のリーダーであるべき大阪市が、関西を駄目にしようとする。


 ライバル京都には都合がいい展開かもしれませんが、ライバルとさえ考えたくないかもしれないですね、内ゲバばかりの今の大阪には。

 

 今年5月の記事をいくつか見ていて、かなり正確でかつ好意的な意見の一つは、以下のとおりかと思います。


「慰安婦=sex slaveって誤解して、その誤解を解こうとして、逆にこの炎上。これって、橋下だけが悪いの?橋下は人間的には間違ってないよ。しかし、こういう事をすると孤立してしまう。確かに、国際連盟を脱退した時の日本みたいなのかもしれんが。日本人ってそういうもんだろ。我慢して、我慢して、ブチ切れる。海外も少しは日本を理解してくれよ。」


 確かに、橋下さんは多くの男性の気持ちでいえば、人間的に間違っていないかもしれない。

 でも、女性にも参政権のある日本の政治家なんだし、日本を代表して外国に対するために大阪都の代表になろうとしている人が、それではなあ。


 島田紳助さんと一緒にテレビに出ていた頃の橋下さんの方が、彼の性格にあっていた職業だったのでは。

 

 大阪人って、けっこう自虐的だなぁ。


 大阪維新の会って、けっこう顧問とかいてるのに、橋下さんのいいとこをもっと出して、悪いとこは抑えられる人はいないの?

 すでに裸の王様?


 橋下さんにもいいとこはいっぱいあるし、そうでないことを願うのみです。

 頑張れ、橋下さん!

 このたび京都が、大阪や名古屋の応援を受け、2020年夏のオリンピック開催地に決まりました。

 引き続き関西圏、中京圏、西日本の皆様の応援をいただき、1964年の東京五輪より56年ぶりの夢の祭典を成功させたいと思います。

 特に大阪の皆様の、力強い応援をお願いします。


 という夢を見ました。

 隣接する福島にこれだけ問題があっても、既に2回目であっても、やっぱり東京が開催地になってしまうんですね。


 大阪都構想で堺も含めて1つの大阪になれば、大阪オリンピックが開催できるでしょうか。


 大阪市も2008年を目指していましたね。1回目の投票で6票しか取れなかったようで、北京に決まりましたが。

 いまもですが、大阪市は大赤字でしたしね。

 1988年五輪は、当選確実とされた名古屋が27対52でソウルに負けていますが、大阪ほどの惨敗ではないですね。


 どうなんでしょうか。

 大阪が大阪府と大阪市と堺市が一緒になってワンオーサカになっても、どうなんでしょう。

 

 もちろん、まずは大阪を1つにしたうえで関西を1つにする、そういうことならいいのですが。

 どうもそうもみえないし。


 東京は7年後の夢ができましたが、大阪、関西の将来は?



 お盆に、堺の知り合いのところで話したこと。

 やはり、間近に迫った堺市長選挙である。


 大阪都の目指す方向は、中央集権か地方分権か。

 府知事と大阪市長を一人にするということでは、集権的である。

 石原共同代表によれは、橋下さんは首相を目指すべきであると。


 でもまだ大阪とその周辺に限定された集権体制である。

 そこでは特に、堺市が目障りである。

 

 本当をいえば、我が京都が、大阪には一番目障りではないのだろうか。

 それはともかく、大阪都になれば、あらたに10近い市と市議会が旧大阪市と堺市域に誕生する。

 地方分権である。


 これらは基礎自治体であり、住民に近い存在になるべきだから、1つあたりの人口を減らすという。

 そして、その上に、強くなった大阪都が君臨する。


 どこかを強くするということは、相対的にどこかを弱くすることである。

 堺市を解体して、大阪都≒大阪市中心部を強くすることである。それを地方分権と呼べるのだろうか。


 もともと、大阪都のいう地方分権は、中央政府に対して大阪を相対的に強くしたいというだけであり、京都を強くしたいわけでもなんでもないだろう。


 大阪都の主張は、やはり判りにくい。

 といったような話であった。


 

  

 堺市の文化施設である文化観光拠点とは、どのような施設なのか。次のような答えが、これまで堺市のホームページなどに書かれていた。


 千利休や与謝野晶子に関する常設展示や様々な企画展などによって、堺の特色ある歴史文化を紹介するとともに、観光ネットワークの拠点となる施設を整備し、まちの賑わい創出と都市魅力の向上に寄与するものである。


 これを、少し細かく分けて考えてみよう。

 ①、千利休や与謝野晶子に関する常設展示や様々な企画展などによって、

 ②、堺の特色ある歴史文化を紹介するとともに、

 ③、観光ネットワークの拠点となる施設を整備し、

 ④、まちの賑わい創出と都市魅力の向上に寄与するものである。


 まず、①千利休や与謝野晶子に関する常設展示や様々な企画展などによって、という部分である。

 堺市では行基、千利休、河口慧海、阪田三吉、与謝野晶子を5大先人というらしい。

 このなかでは、やはり千利休と与謝野晶子が突出している。この2人の展示室を作ることは悪いことではないだろう。

 ただ、生家が近いという以外、全く異なるようにしか思えない2人を、1つの施設で紹介することはどうかと思うが。


 次に、②堺の特色ある歴史文化を紹介するとともに、である。

 茶道と和歌、安土桃山時代と明治時代、前述のとおり全く異なる2人であるが、それによって堺の特色ある歴史文化を紹介するということであれば、その展示内容に期待したい。

 大阪市の特色ある歴史文化とは明らかに違うということであれば、大阪市と大阪府のふしあわせを解消し強い都市大阪を作る大阪都構想に都市堺を入れるのは、都市大阪の強化にはならないことになろう。


 次に、③観光ネットワークの拠点となる施設を整備し、である。

 文化観光拠点というように、この施設は歴史文化施設であるとともに、観光拠点でもあるらしい。

 どうも、二兎を追う者は一兎をも得ずな感じがする。利休と晶子の両方を展示するだけでも散漫な感じなのに、そのうえ観光拠点もなのであろうか。


 最後に、④まちの賑わい創出と都市魅力の向上に寄与するものである。というまとめ部分である。

 これは、施設建設の目的であろう。確かに、賑わい創出は大事である。しかし、文化施設建設はまず文化の振興・顕彰そのものを目的とすべきであろう。

 観光や賑わいなどは、文化振興の結果として、自ずとついてくるものである。観光振興や賑わいそのものを目的としてしまうことで、かえってその目的は達成できなくなるだろう。


 さてこれからのことから、堺市の文化観光拠点の形成事業には、いくつかの問題が考えられることが分かった。


 では、前回のブログにも掲載した、「歴史文化にぎわいプラザ」という施設名はどうなのであろうか。

 すでにここにも書いたとおり、にぎわいを全面に押し出したネーミングは、文化施設としては最低であろう。


 にぎわいプラザという名前は、他市でも既にいくつか使われている。

 近くでは河内長野市であり、他にも天理市や中津川市などがそうであるが、商店街などの振興策やイベントで使われる名前である。

 千利休や与謝野晶子顕彰とは、似ても似つかない名前であることは明らかであろう。

 

 このようなとんでもない名前になったことに、堺市の歴史ファンや与謝野晶子ファン、茶道関係者はなぜ抗議しないのであろうか。


 京都の文化施策も内実はひどいものであるが、ここまで明らかにおかしなものは流石に少ない。

 堺市トップの文化施策がこれであれば、過去に輝かしい歴史を有するとはいえ、大阪市に吸収してもらい大阪都になるしかないかもしれない。


 以上、堺の知り合いなどから聞いた話を、私なりにまとめたものである。

 政治に関心がないと言いながら、昨日から維新の会の批判ばかりになってしまった。

 大阪維新の会は、当面は9月後半の堺市長選に集中したいようである。では、それを迎え撃つ現職堺市長側はどうなのか。

 「堺は一つ」をスローガンとするらしい。政令指定都市堺を、3つほどの特別区に分割して堺市をなくしてしまうのは反対、ということであろう。

 個人的な希望ではあるが、堺市は大阪市とは別であり一つではないことを、もう少し協調できないのだろうか。


 堺の知り合いから、少しおかしな話を最近聞いた。堺市のホームページの市政情報に、市の最高決定会議である「庁議」の報告がでているのだが、そのなかに千利休と与謝野晶子さんの資料館を整備する条例の概要が載っているらしい。

 早速見てみた。そこで、この施設の名称が「堺市立歴史文化にぎわいプラザ」になっていることに、唖然としてしまった。


 確かに、都市に賑わいは大事である。昨日の新聞でも、堺市役所の開庁記念式典で竹山市長は、堺旧港での複合商業施設建設、市役所前の交流広場整備、市民会館建て替えなどで都心部を活性化し、これからも住んでみたいと思えるまちづくりに取り組むと語ったらしい。

 施設を作ることも必要かもしれないが、問題はどのような施設を作るかである。


 名は体を表すというが、千利休さんと与謝野晶子さんの資料館が、賑わいプラザでは訳が解らない。利休さんのどこが、賑わいなのだろう。堺の茶室は、ヨーロッパにまで知られた「市中の山居」ではなかったのか。

 堺の市中の山居に興味を抱いて、全世界から大勢の観光客が来て賑わうのはいいが、最初から賑わいプラザと名づけてどうなるのだろう。このへんのセンスのなさは、いかんともしがたい感じがする。


 堺市ホームページは、文化観光局長による案件説明に「質問・意見等なし」と記している。

 庁議は、局長以上30人ほどで構成されているようである。誰も本当に、質問・意見はなかったのであろうか。

 都市の宝である歴史や文化を、安易に観光に利用しようとする命名としか思えない。


 この施設のある場所は市民病院跡地で、文化観光拠点整備事業として準備されてきたらしい。

 観光客用に広い駐車場やトイレも整備し、民間施設として湯葉と豆腐の梅の花、およびスターバックスコーヒーが、利休さん晶子さんの資料館の隣接地に入ることが決まったと聞いたことがある。

 しかし、資料館がにぎわいプラザなら、スタバが市中の山居になるのだろうか。考えるだに、不思議な命名である。


 維新の会も現職市長もどちらもどちら、どちらにも投票する気になれないと堺の友人は嘆いたが、全くそのとおりである。



 日本維新の会は、地方分権を進める党だという。正確には、地方分権も進める会であるのだろうが、少なくとも中央集権を推進する党派ではないらしい。果たしてそうであろうか。


 まず、石原東京都知事を中心とした(旧)太陽の党であるが、あたりまえだが「太陽」は1つである。世界の中心である。過去に遡っても、石原氏の「太陽族」と地方分権との関わりを見つけることは難しいのではないか。

 東京は地方であろうか。東京以外の地域に住んでいる人間からすれば、まぎれもない中央である。ただ東京の人間にすれば、永田町や霞ヶ関が中央であって、それがたまたま東京都内にあるということであるのかもしれないが、地方住民には分かりにくい。


 政治には外交も大事であるが、地方政治で大事なのは経済であろう。その経済でいえば、現代の日本社会は東京一局集中である。

 かつて大大阪の時代があったり、東京と大阪の二局集中の時代があったが、大阪都構想は東京一局集中を是正しようとするものでもあったのではないのか。


 橋下大阪市長の大阪維新の会であるが、大阪が地方分権の先頭に立つというのも、いま記した大阪の歴史からみても適役とは思えない。


 太陽という言葉ほど判りやすくはないが、「維新」も中央集権志向で幕末に始まっているのではないか。江戸時代までの封建社会は、どちらかといえば地方分権的社会であった。

 しかしそれでは、たとえばアヘン戦争で強大な隣国清(しん・中国の王朝)が西欧列強に負けてしまったように、日本も侵略されるかもしれないという危機感から、富国強兵による中央政権の樹立が目指されたのではないのだろうか。


 興味深いのは、江戸時代までの首都は、実質的には将軍(おおきみ・大君)のいる江戸であったが、形式的には天皇のいる京都でもあった。薩長政権が将軍を倒して天皇を担ぎ出した時、一時期、江戸(東京)ではなく京都でもなく、大阪が首都の候補になったことがある。

 大阪維新の会の思想的バックボーンである堺屋さんあたりが、そのことまで考えてネーミングしたのかどうか、詳しく調べた訳ではなので知らないが、いずれにしろ維新という言葉にも地方分権志向はうかがえない。


 現代は、世界的にみても都市間競争の時代である。それは、オリンピックだけではない。関東に較べて関西は、地元での足並みさえなかなか揃わない。関東は東京、中京は名古屋、では関西は大阪?

 いや、京都もある。関西経済同友会が先年提案したところでは、関西州の州都は大阪ではなく、千年の都であり文化首都でもある京都が相応しいという。


 兵庫県は、神戸市が東に偏りすぎており、播磨国の中心都市である姫路市があったりするので、兵庫県と神戸市を一体的にする兵庫都構想は生まれにくいだろう。神戸市は交通動脈が海岸部に集中して手狭であり、その点でも州都としては限界があろう。

 そうなれば、州都はやはり大阪か京都であろうが、大阪案の場合、そこへの一局集中を警戒する神戸市や兵庫県は反対するかもしれない。京都と連携して、関西らしい緩やかな連合体を目指す可能性が高い。


 そうなると、大阪が関西州都になることに賛成する可能性のある大都市は、政令市としては堺市くらいであろう。その堺市を、大阪市長は潰しにかかっているのではないのだろうか。


 日本維新の会は、地方分権というスローガンはやめて、東京や大阪などの大都市を中心に、世界的な地域間競争に負けないで生き残りを目指すのが日本が生き残る唯一の道であると、単純なスローガンに絞った方が良くないのか。

 平成の大合併で、変な名前の都市がたくさんできた。そのような都市にはあまり魅力は感じられない。大阪と堺だけでなく神戸あたりまで一緒にして阪神市という大都市を作れば、世界的な都市間競争に勝てるのかというと、そうでもないと思う。


 昨日のブログにも書いたが、都市それぞれの歴史も生かした魅力を打ち出さなければ、都市の活力も湧いてこない。

 大阪市と堺市を一緒にして、その下に中核市並みの地方自治体を山のようにたくさん(10市くらい?)つくるのが、大阪を東京に負けない活力ある都市にすることなのか。


 今朝の新聞・テレビのニュースによれば、昨日東京でおこなわれた日本維新の会の執行役員会で、橋下共同代表が辞任も申し出たという。

 参院選が終わって、来年には大阪都構想の住民投票を控え、この9月には堺市長選が行われるので、まず大阪という原点に戻り、体制を立て直したいということのようである。


 しかし、その肝心の大阪市と大阪府の制度改正に関する法定協議会の議論が進んでいないのは、大阪都に権限が集中するだけで、地方分権に逆光するという、しごくまともな反対論があるからであろう。

 石原都知事と橋下市長の両代表がどれだけ地方分権を叫んでも、我々のような東京や大阪以外の地方に住んでいる住民に全くピントこないことを、維新の会の皆さんはどれほど考えておられるのであろう。