SNSで英語使用国の記者があげた記事について、日本人の方が引用して記事で使われた英文のbothの否定について記しています。これは20世紀の学校文法を学んだ日本人学習者の多くに見られる理解の仕方です。

引用元の英文の意味は「スニトカー氏は、ブレーブスのキャッチャーであるタイラー・フラワーズとトラビス・ダーノーは今日出場できないと発表しました。彼らは両方とも陰性を示したが、症状が出ており、現在はアトランタに戻っています。」(しんじ訳)です。
記事の英文は「二人とも出場できない」ということを意味しています。つまりBoth~notの型を使って「全否定」しているということです。
これに対して、この英文を見た投稿者の日本人の方は「Both A and B ~notは部分否定」という学校文法の規則が正しいと考え、英語使用国のプロの記者が文法を誤っていると思い込んでいます。
ふつうに考えてみましょう。和製の学校文法は日本の大学受験を想定した外国人学習用の規則に過ぎません。母語話者の方が使う英文が、自分が習った学校文法と違うのなら、真相を確かめてみようと考えるのが学習者の立場ではないかと思います。
20世紀の学校文法での否定について論じた論文の記述を紹介します。
「従来,英語における否定の指導は,その大半が形態統語的な側面のみを取り上げるもので,その意味や用法は「その都度」の扱いでしかなかった。そのため「普通の」否定文のほかに,「部分否定」や「全文否定」「二重否定」などといった「特殊な」否定文がそれぞれ関連付けられないまま羅列きれることになり,結果として多くの学習者に混乱をもたらすことになった。
中学校指導要領(平成10年12月)解説:外国語編にある解説・例文では,意味や用法に踏み込んだ体系的な取り扱いは望むべくもない。このような取り扱いのもとで行なわれる指導では,多くの学習者は,英語の否定をゴチャゴチした厄介なものだとしか思わず,その豊かな表現可能性や英語独自の体系性に気付くこともないだろう。」
亘理 陽一『英語における否定の教育内容構成』2004
この記述は英語の否定表現をとらえるのに欠かせない適切な指摘をしています。否定表現の「意味や用法」の扱いについて、かみ砕いて言うと、「否定表現が示す元の意味」と「その表現の実際の場面での運用法」は異なります。それらを関連付けないで、特定の数量詞を否定すると常に「部分否定」になるというような説明には問題があります。文脈を考慮せず硬直化した規則をもとに一つの定訳を付して、「部分否定」「全部否定」という特殊な用法として「羅列させる」ことは体系的説明とはいえません。
従来の学校文法では、数量詞の否定は以下のように扱われていました。
1)a. I can't find any of those books.
Not anyは全部否定「これらの本はどれもみつからない」
b. I can't find either of those books.
Not eitherは全部否定「これらの本はどちらもみつからない」
c. I can't find both of those books.
Not bothは部分否定「これらの本はどちらもみつからないわけではない」
e. I can't find all of those books.
Not allは部分否定「これらの本は全部見つからないわけではない」
この説明法によると、「anyやeitherを否定すると全部否定になる」、「bothやallを否定する部分否定になる」というように、数量詞ごとにその否定の意味を決まったいるかのようになっています。結果として、見つけられる本が0である場合を「全部否定」、全部ではないが見つけられる本がある (0ではない)場合を「部分否定」と呼んでいます。形態から定形的な訳ができる、という発想は漢文を読み下す時の漢学の発想です。
英語のnot否定文は、形態だけではなく音の強弱や文脈によって変わります。例えば、次の英文を考えてみましょう。
Danny didn't break the vase yesterday.
この英文は「ダニーが昨日その花瓶を壊した、というのは事実ではない」ということを意味します。文全体が事実ではないと否定することから「全否定」です。しかし、文脈によっては、一部が事実と違うところがあるという場合があり得ます。口語であれば事実を違うところに強勢をおきますが、次のように形態上で明示することもできます。
It was not Danny that broke the vase yesterday.
「昨日その花瓶を壊したのはダニーではない」
It was not yesterday that Danny broke the vase.
「ダニーがその花瓶を壊したの昨日ではない」
It was not the vase that Danny broke yesterday.
「ダニーが昨日壊したのは花瓶ではない」
これらの文のnotは直後に置いた分だけを否定します。構文に依らないふつうnot否定文は、全体を事実ではないと否定する場合もあれば、部分的に事実と違うことがあると否定する場合もあり得るのです。
今回の問題の焦点は、「bothを含むnot否定文」は慣用として定着した定形的な表現でいつも部分否定になるのか、あるいは一般のnot否定文と同じく文脈により文意が異なる場合があるのかです。論理的に言えば「bothを含むnot否定文ならば、部分否定である」という命題が真かどうかということになります。
英語の否定表現について、事実と論理に基づいた科学的な説明を考えていきましょう。
ChatGPTは文法基盤ではなく、実使用されるテキストを学習して文章を生成する言語AIです。その回答は参考資料として使えます。そこで、用例(1a~d)をChatGPTに和訳させると次のように回答しました。
(1a) Not any「これらの本のどれも見つかりません。」
(1b) Not either「これらの本のどちらも見つかりません。」
(1c) Not both 「これらの本の両方を見つけることができません。」
(1d) Not all 「これらの本のすべてを見つけることができません。」
――ChatGPT
これらの回答ではどれも見つかる本の数は0を意味しています。つまり従来の文法説明と比較すると、(1a、b)では見つかる本が0で解釈が一致していますが、(1c、d)では一致していません。(1c、d)の解釈は、学校文法では「部分否定」で、ChatGPTは「全部否定」になっています。
「部分否定」なる用語を使った用法だけを刷り込まれた学習者は、ChatGPTの回答を誤りと思うかもしれません。実際にはどちらも誤りとは言いきれず、そしてどちらも正確な理解とは言えません。そのことを論理的に掘り下げていきましょう。
まず、否定語notの元の機能は次のように示すことができます。
[Not A] とは[≠A] (notは後のAを否定する標識で、Aではないことを表す)
そんなの当たり前ではと思われるかもしれませんが、ここが肝心なのです。
例えば、(A/B/C)という3つの選択肢があったとします。このときNot Aは「Aではない」ということを示します。それ以外のことは何も言及していません。つまりAを除いた残りのオプションとして、Bだけの場合、Cだけの場合、CとB両方の場合はいずれもあり得ます。
その原理を[not many]という表現にあてはめて考えてみましょう。数量を示す語にはいくつかありますが、仮に(many/some/a few/no(=0))の4つの選択肢を前提とします。このときnot manyは「≠many」ということを示しているだけで、その他のオプションについては言及していません。元の意味を論理的に考えれば他の3つのオプションはいずれも可能ということになります。
Not manyを使う話者がsomeまたはa fewを想定していれば、0ではないので「部分否定」用法と解釈できます。仮にnoを想定していれば、0を意味することになるので「全部否定」用法と解釈できます。
元の意味を純粋に取れば、「部分否定」と「全部否定」のどちらの用法にもなり得ます。しかし実際に使われる用法は社会的なコードとしての慣用に従います。ふつうはnot manyと言えば「多くはない」けども0ではないと解されることがほとんどでしょう。しかしそれは、用法として「部分否定」で使われることが多いということに過ぎません。
元の意味がどの程度実際の用法に反映されるかは語によります。時代ごとの意味の推移が分かりやすい法助動詞shallを例に説明します。元の動詞としてのshallは「借金を返済する義務がある」という意味でした。後に法助動詞として文法化するとき、「借金を返済する」という概念を離れて「義務がある」を意味する一般的な用法が社会的にコードされます。さらには「必ず果たさなければいけないこと」から「必然的に起こること」へ用法が広がり、ついにははとんど意味をなさない未来標識とみなされるようになります。
元の意味が残るか残らないか、あるいはどのような用法に使われるかはその表現を使う時代や地域によります。言葉とは社会的なコードがあって意味を成すのです。従来の文法が適切に説明してこなかった原因の一つのは、言葉は多様で変化するものであり、元の意味とそこから派生した用法があるという当たり前の視点を欠いていたからです。
では、Not Aという表現にはAではないという元の意味と、その用法は社会的コードによるという視点をもとにNot bothの用法の真相を科学しましょう。
ChatGPTに「Not both」の意味を尋ねると次のように回答しました。
「Not both」は、「両方ではない」という意味です。つまり、両方のオプションや条件が同時に真ではないことを示します。例えば、"You can have either cake or ice cream, but not both,"
と言われた場合、ケーキとアイスクリームの両方を選ぶことはできず、どちらか一方を選ばなければなりません。――ChatGPT
この回答では、not bothはどちらか一方を選ばなければいけない、としていますから、「部分否定」用法の説明になっています。先に求めた和訳では「これらの本の両方を見つけることができません。」と回答していてますから、「全部否定」用法の説明になっていました。
ChatGPTは言外の文脈を考慮するという人の想像力に依然する領域には達していないのでしょう。逆に言うと適切な文法説明は人であるからこそできるということになります。それでは、web上にあったnot bothの元の意味を適切に説明した人の記述を紹介します。
Carla will not have both cake and ice cream.
One way of figuring out what a sentence means (and thus how to translate it) is by asking the question: What scenarios does this sentence rule out? Let’s apply this to the “not both” statement (which we first saw back in the beginning of section 2.4). There are four possible scenarios, and the statement would be true in every one except the first scenario:
S1) Carla has cake Carla has ice cream False
S2) Carla has cake Carla does not have ice cream True
S3) Carla does not have cake Carla has ice cream True
S4) Carla does not have cake Carla does not have ice cream True
To say that Carla will not have both cake and ice cream allows that she can have one or the other (just not both). It also allows that she can have neither (as in the fourth scenario).
Matthew Van Cleave『"Not Both" and "Neither Nor"』
以下に拙訳を付しておきます。
文の意味(およびそれをどのように翻訳するか)を理解するための一つの方法は、「この文がどのようなシナリオを排除するか」という問いをすることだ。これを「not both」の文に適用してみよう。4つの可能なシナリオがあり、最初のシナリオを除くすべてで文は真となる。
シナリオ1)偽
シナリオ2)真
シナリオ3)真
シナリオ4)真
“Carla will not have both cake and ice cream”という文は、彼女がどちらか一方を持っていてもいいことを許容する(ただし両方を持ってはいけない)。また、彼女がどちらも持っていない(第四のシナリオのように)ことも許容する。(しんじ訳)
とても明快な説明だと思います。確認にしておくと、not bothは≠bothを意味するので、その他のシナリオを許容します。シナリオ1はbothなので偽となり容認されません。シナリオ2と3はどちらか一方を選択することを意味し、bothではないので真となり許容されます。これは従来文法の説明では「部分否定」用法です。シナリオ4はどちらも選択しないことを意味し、bothではないので真となり許容されます。これは従来文法では「全部否定」用法にあたります。
この説明はNot bothは≠bothであるという「元の意味」について適切に述べています。その上で、その他のシナリオとして、どちらか一方を選択する「部分否定」用法もどちらも選択しない(ゼロ選択)「全部否定」用法も許容していると明示しています。ここでポイントになるのはnot both自体は意味が明瞭な表現ではないということです。
Not bothの元の意味は、notの否定の原理に基づいて「bothではないこと」であり、用法としては「どちらか一方を選択する」(部分否定)と「どちらも選択しない」(全部否定)があります。あとは、その両方の用法が実際に社会的コードになっているかが問題となります。論理的にはあり得ても現代では使われていないのであれば、その事実を受け入れるのが科学的な態度です。
web上にある数学の命題に使うnot bothの解釈について、質問と回答という形式で解説した文章を紹介します。これは文法説明というより数学の命題についての実用例になります。
【質問】
What does the statement "Suppose A and B are not both zero" mean?
Does it mean that A and B cannot be zero at the same time ?
Like A=0 and B=0 is not ok but A=0 and B=5 is ok.
Or does it mean that neither of them can be zero?
Like A=0 and B=0 is not ok and A=0 and B=5 is not ok either.
【回答1】
If a=0, then b≠0, and viceversa
A=B=0 is the only case that is not ok
Hmm if we're being boolean serious here, it means they can’t both be zero at the same time.
However... if we're not taking propositional logic very seriously, then it needs more context. As a rule of thumb you can try to keep both scenarios in mind, then work through the problem first. It might become more apparent after a few steps.
【回答2】
A trick with real values: a²+b²≠0 means the same thing.
以下翻訳を付しておきますが、英文で理解できていればとばしてください。
【質問】
「Suppose A and B are not both zero」という英文はどういう意味だろうか?
それは「A=0であり、B=0である場合は許容されない」というように「AとBが同時にゼロであってはならない」という意味だろうか?
それとも「A=0であり、B=5である場合も許容されない。」というような「どちらも0ではない」という意味だろうか?
【回答1】
"a=0ならばb≠0であり、逆もまた然りである。
A=B=0は唯一の許容されない場合である。"
うーん、真理値論的に厳密になるなら、それは両方が同時にゼロであってはならないという意味だ。
ただし…、命題論理をあまり真剣に考えない場合、もっと文脈が必要になる。一般的な方針として、両方のシナリオを考慮して問題を先に進めることができる。数ステップ進むと、より明確になるかもしれないから。」
【回答2】
実質的な価値としては、a²+b²≠0が意味することと同じだ。
この数学の命題ではnot bothの対象は、以下の4つのシナリオで表せます。
シナリオ1)A=B=0 偽
シナリオ2)A=0、B=5 真
シナリオ3)A=5、B=0 真
シナリオ4)A=5、B=5 真
この各シナリオの真偽は、回答2の数式のA、Bを代入して計算すると分かります。この数学の命題に関するnot both zeroとはboth A=B=0は許容しないことを意味します。つまりnot bothの元の意味どおりに使われているわけです。
回答1では、まずは論理的に厳密に解釈し「両方が同時にあったはならない」つまりnot bothの元の意味でとらえています。その上で、実際の用法はさらに文脈の中で解釈していくことを提示しています。この表現を解釈する態度は参考になると思います。
Not bothが数学の命題で元の意味どおりに使用されることは、web上の辞書の記述でも確認できます。
not both equal to zero
《数学》少なくとも一方は[が]0でない◆2個の数などについて。「aは0かもしれないし、bは0かもしれないが、aとbが同時に0ではない」という場合
――英辞郎on the web
「少なくとも一方は0ではない」というのは「両方0でないこともあり得る」ということです。数学の命題not both equal to zeroでは、やはりa=b=0 (aとbが同時に0)の場合だけを否定しています。つまり≠bothという元の意味で使われ、残りのA=0、B≠0またはA≠0、B=0(AかBのどちらか一方は0ではない)という部分否定と、A≠0かつB≠0(aとbはどちらも0ではない)という全否定は許容されることを意味しているわけでです。
Not bothの根源的意味は≠both「bothではないこと」です。命題の体系の中に位置づけてとらえ方を検討します。A、B2つの可か不可という命題では、以下の4つの表現は示す意味が異なります。それぞれ、文脈によって使い分けます。
P:Both A and B (AとBの両方とも可)
Q:either A or B (AかBにどちらか一方だけ可)「部分否定」
R:neither A nor B (AとBのどちらも不可)「全否定」
S:Not both A and B (AとBの両方同時は不可)※Pではない⇒Q、Rのどちらもあり得る
もしも従来説がいうように「not bothは部分否定」ならSとQは意味が同じになります。それなら意味が明確なQがあればよく、not bothは不要になるはずです。実際にはnot bothの元の意味は≠bothで「両方同時は不可」なのでQとは意味が異なります。4つの命題はそれぞれ異なる意味をもち体系として成り立っているわけです。
ポイントは、bothかnot bothかは「両方同時が可か不可か」に関心があるときに使う表現だということです。どちらか一方を選ぶのは、両方同時が不可であるときの結果に過ぎないのです。
web上に合った用例を紹介します。
Reapeating the new story automatically kills the old story. Because whenever you repeat the new story you're feeding your energy and affection to it. You cannot feed both stories at the same time, eventually the old story will starve and die.
(新しいストーリーを繰り返すと、古いストーリーが自動的に消える。なぜなら、新しいストーリーを繰り返すたびに、あなたはそのストーリーにエネルギーと愛情を注いぐからだ。同時に両方のストーリーにエネルギーを与えることはできない。結局のところ、古いストーリーは飢えて死んでしまう。)
「両立はできない」という意味です。結果として一方しかできないことになります。意味の上からは部分否定なので事象Qを意味することになります。
次の英文はどうでしょう。
You must not take both hands off the steering wheel while driving.
「運転する時は、両手をハンドルから離してはいけません。」
この英文は「両手とも話していけない」という文意です。「どちらか一方の手なら離してもいい」という意味ではありません。この場合はeitherなどとは異なります。
not bothを体系の中で押さえると、≠both「両方同時はダメ」というのがコアでeitherとは異なることが分かります。bothかnot bothかは「両方同時は可か不可か」という文脈に使うというのが基本です。
以上の事例から、「bothを含むnot否定文」は慣用としていつも部分否定になるときまってはいないということになります。つまり「bothを含むnot否定文」は「bothではない」ということを示すだけです。
規範は、両方同時の否定(根源的用法)で、文脈によって、一方だけ否定(部分否定用法)、両方とも否定(全部否定用法)に解釈されることがあると言えます。ただし、慣用というのは社会的に広く観察しないと判定できません。英語母語話者の語感も地域や世代で一様ではないので、多くの事例を集めることは必要です。
英語圏で使わているbothの否定について母語話者の語感を調査した論文の一部を紹介します。下の表の上の列にあるPatialは部分否定、Totalは全部否定と解釈したことを示しています。
I don’t like both of them.では59.6%の英語話者が全体否定と解釈しています。New Zealandでは部分否定に解釈する人は比較的多くなっているので、その他の英語使用国では、全体否定と解釈する比率はもっと高くなる傾向にあります。
Both he and his wife are not coming.では87.2%の英語話者が全体否定と解釈しています。USAに限れば100%の人が全体否定と解釈しています。
この結果は、ここまで検討してきたように、英語話者はnot bothを≠both「両方はダメ」というコアとし、部分的な否定、全体的な否定は文脈によって解釈していることを示唆します。
さらに(宮畑2007)は北イングランドとスコットランドで“both”を含む以下の否定文を聞き取りを行いその結果を報告しています。
“Both are not available.”
“I can't come on both days.”
“I don't need both.”
結果は、これらの地方の主に若いグループの間で、この文を圧倒的に全体否定として解釈した」(宮畑Ⅲ)
英語話者はnot…bothのタイプを「部分否定」と決めつけるような捉え方はしていません。また、宮畑は「部分否定」の扱いについて、19世紀から現代までの英米の辞書、文法書、語法書を精査し、また大正時代からの近年に至るまでの英文法書の変遷を記述を詳細に調べています。その結果、「部分否定」という用語は大正時代に日本で考案されたと記しています。(宮畑Ⅲ)
英語使用国での実態調査の結果をもとに次のように結論しています。
「英語を母国語とする5カ国で、質問形式の筆記によるアンケートと聞き取り調査を実施した。この調査で、日本におけるような部分否定の言葉も法則も、英語圏の国々には存在しないことが立証された。」(宮畑Ⅲ)
not bothは否定の原理からも実用上からも「部分否定」とは限らないと理解することが大切です。not bothは「部分否定」に限定されるのではなく、both以外を許容するので意味が広く不明瞭になりやすい表現であることを理解しましょう。
bothのケースは1つの事例に過ぎません。学習文法にとって大切なのは、英語のnot否定文の体系をどう見るかを見直すことです。
[Not X] とは[≠X] (notは後のXを否定する標識で、Xではないことを表す) が基本です。このnot否定文の基本について、まずanyを例に確認します。
(1a) I can't find any of those books.
このようにnot ~ anyの順になっている場合はnotはanyを否定していると考えられます。anyは「どれ1つとっても」という意味なのでnotで否定すると「1つもない」となります。つまり結果として0を表すことになります。
英語は語の配列が重要です。もしanyを主語にして、any ~notという順にするとanyを否定することになりません。だから全くないと言いたいときにはNone of those books can't be find.というようにnoを意味する語を主語に立てる表現を使います。
0という数量を意味するanyの否定ではanyをそのまま主語に立てることはできません。しかし、anyを否定することを意図しない場合は、any ~notの語順が現れる場合があります。肯定文と対比してみます。
2)a. Anyone who does that is honest.
(そのようなことをする人なら誠実だ)
b. Anyone who does that isn't honest.
(そのようなことをする人なら誠実ではない)
(2a, b)はどちらのanyoneも「どの人(であっても)」という意味です。(2b)のnotは後ろのhonestを否定して「誠実ではない」を意味します。anyoneは肯定文と変わらず否定されない「どの人も」と言う意味に解釈できます。
「anyを含むnot否定文」がいつも「1つもない」という全否定とは限りません。このanyの事例からnotの否定は語順にも関係することが分かります。
[Both A and B ~not X]という英文では、notは後ろのXを否定していて、主語の[Both A and B]はnotでは否定されていないという見方も可能です。その場合は「AとBは両方(二人とも)~しない」と解釈できます。これが冒頭のSNSの記者が使った用法です。
…both Braves catchers catcers Tyler Flowers and Travis d'sArnaud will not be available…は「主語の二人はどちらも~しない」と解釈できます。結果としても全部否定の意味になりますが、both自体を否定していると考える必要はありません。「二人とも~できない」と言っているのです。
「bothとnotが共起すると部分否定になる」という大正時代の日本で生まれた規則は、英語圏の国々では存在しないのです。「部分否定」なる誤解を招きかねない用語を想起することを止めて、notの基本原理にしたがって部分否定用法の全体否定用法のどちらもあり得ると考えて文脈で解釈する方が実践的です。
否定の原理not Xは「Xではない」ことをコアとして、X以外のシナリオは用法として有り得ると考えましょう。言葉に揺らぎがあることを理解し、意味を決めつけないことが重要です。
次の用例は、子熊の兄妹が片づけをしている場面です。最後の文のtwoを否定した文の意味「 」を考えてみましょう。
Sis;“We need more places to put stuff.”
Bro;“Oh, Or maybe what we really need is less stuff. I don't need these hardy bear books any more.”
Sis;“And we never play with those games and puzzules any more.”
Bro;“I don't think we need two checkerboards.”
――Berenstain Bears | Think of Those In Need
Sis:「もっと物を置く場所が必要だわ。」
Bro:「それか、本当に必要なのは、もっと物を減らすことかもしれないね。僕はもうこの図書館の本は必要ない。」
Sis:「それに、あのゲームやパズルももう遊ばないわね。」
Bro:「 」
“I don't think we need two checkerboards.”について、I think (that)+節(補部)の型では補部に否定語を置かず、I don't thinkのようにのnotをできるだけ前に持ってくるのが普通です。否定語を前に持ってくるというのは英語の否定に一貫した傾向です。だから0を示すときにはnoを使った表現がよく使われることになります。この用例ではnotは前に移動していますが、補部のtwoを否定していると考えることができます。
Not twoはどういう意味か否定の原理で考えてみましょう。元の意味は≠twoなので、可能性のあるシナリオとしてはone(1つは不要)またはzero(2つとも必要ない)です。「2つとも要らない」か「1つは残したい」かです。そのうちのどちらを意図しているかは状況により決まります。
もし当事者として同様の場に出くわしたら、どちらかに決めつけないで、例えばDoes it mean we need only one? のように言って、意図を確かめればいいと思います。
ChatGPTにこの文の意味を尋ねると、次のように回答しました。
No, "I don't think we need two checkerboards" implies that having two checkerboards is unnecessary. It doesn't necessarily mean that only one checkerboad.
「2つもつことは不要」という意味でそれは「必ずしも1つだけが必要である」ということを意味しない、との回答です。not twoの残りのシナリオには、「1つだけ必要」と「2つも不要」が含まれます。どちらのシナリオにするかはさらに確認する必要があるということです。
not 否定とともにbothを使う表現にも定形的に解釈できるものもあります。
Trauma or Autism…why not Both?
When talking about Autistically coded characters there is often a question:
Is it Trauma or Autistic Coding?
That is the beautiful thing … you don't have to pick one or the other with coding … it can always be both(just like IRL)
トラウマそれとも自閉症…どちらかではなく両方
自閉症的な特徴を持つキャラクターについて話すとき、しばしば次のような疑問が生じる:それはトラウマなのか、自閉症的な特徴なのか?
ここが重要な点だが、コーディングではどちらかを選ぶ必要はない…現実世界と同様、常に両方の要素が同時にあり得る。
why not both?は「なぜ両方同時はダメ?=両方ともでいいでしょ」を意味します。これはwhy notが「いいでしょ」という意味で定形化しているので否定的な意味あいが薄れています。
他にも、…but not bothでは「両方同時はダメ」という意味で使います。
I want to go to the park or the beach, but not both.
公園かビーチに行きたいけど、両方は行きたくない。
前にA or Bと言っているので、「一方はいいけど、両方はダメ」と念を押している感じです。Why not both?とは意味が逆ということになります。
これらは現状では慣用としての意味が安定しているので使いやすいでしょう。しかし、not bothは「~とは限らない」という意味になるとは限らないので、いわゆる部分否定として積極的に使うことは推奨できません。
英語話者の解釈にバラツキがある表現を使う必要などなく意味の明確の表現を使う方が無難です。「どちらか一方だけ」と言いたければeither of ~使えばいいし、「両方とも要らない」と伝えたいならneither of ~を使えばいいということになります。
しかし、自分からは使わなくても、相手がnot bothという表現をすることはあり得ます。そのときに解釈できるような準備は必要でしょう。「not bothは部分否定」という不正確な理解の仕方は、正しい解釈の妨げになるリスクになります。受験英語なら「部分否定」の意味で解釈されるように出題されやすいという傾向はあるかもしれませんが。
学校文法の固定的な規則の中には、20世紀以前に創作されて以来、実証的な研究をされていないものが結構あります。「部分否定」もその事例の1つです。英語母語話者が、外国人用に加工された‘英文法’を使っているとは限りません。冒頭のSNSにあったような受験用の学校文法を基準に、母語話者が使う表現を「誤り」ととらえるのは学習者として何の得にもなりません。現状の学習文法にある規則は、現代英語が伝わる仕組みに関係無いもの、情報更新が遅れたものを含むのです。
今世紀の学習文法には、一貫した原理に基づいた体系的な説明が求められます。その説明はできる限り簡明であることが望まれます。しかし、言葉には揺らぎがあるものです。一見分かりやすいと感じさせる規則は混乱の元になることがあります。分かった気にさせるよりも、揺らぎのある理由と範囲を明確に示すことの方が大切な場合があると思います。
