多くの方は借金が多いと利息がかさむことや借金があること自体に精神的負担感があること、また借金が減ることに快楽を覚えるため(?)、資金的余裕があればできるだけ返済に充てようとします。
もちろん相続税がかからない一般家庭のマイホームや車のローン、教育資金、あるいはサラ金で借りたローンなら別です。利息がもったいないですから余裕資金があるのであれば、できるだけ返済に回すべきです。
ところが不動産オーナーで多額の相続税がかかる場合には話が変わります。アパートやマンションを建設したり購入するための資金ならできるだけ返済を延ばすべきなのです。その理由は資金に余裕がないと様々な対策を実行できないからです。
例えば相続税対策の定番である連年贈与について考えてみましょう。連年贈与の場合、通常は金融資産を贈与します。不動産でもできないことはありませんが、少しずつ贈与すると手間もコストもかかりますし、多くの不動産を一度に贈与すると今度は贈与税の負担が大きくなるからです。
このようなことから通常は金融資産を贈与するわけですが、そもそも贈与する資金がないと実行できません。また生命保険に加入して相続税の納税資金や遺産分割の資金として準備しようにも掛金を支払う資金がないとどうしようもありません。
そこで銀行にリスケ(リスケジュール)を頼むのです。一般企業の事業資金をリスケするというと金融機関としてもそれなりのリスクを感じると思いますが、マンションの建設資金の場合には状況が全く異なります。
その理由は通常の場合、借入金の返済期間より建物の耐用年数が長いからです。例えば当初の借入期間を35年とした場合、税務上の耐用年数は47年なので返済が終了した時点でも残存耐用年数が12年もあります。また、この47年というのはあくまで税務上の耐用年数であり、ここ20年から30年以内に建てられた建物の経済的耐用年数(実際の耐用年数)はそれより長いのが普通です(専門的な理由は省略)。
一般的に借入金の返済中はそれほど資金的余裕はありませんが、返済終了と同時に資金繰りは格段に良くなります。借入金の返済がなければ、後は固定資産税とか修繕費、管理費等の経費しかかからないからです。したがって返済期間を延ばしたからといってデフォルト(債務不履行)になる可能性は少ないのです。
例えば、残高が1億円の借入金があったとしましょう。残存期間10年、金利 2.0%です。これを別の銀行に借り換えるとどうなるでしょうか? 返済期間は10年延長して20年、金利は 1.0%とします。どうなると思われますか? 次の計算結果をご覧ください。
借り換えによる返済額シミュレーション
1~10年・・・年間返済額
現状 11,037,312円
借り換え後 5,516,580円
差引 △ 5,520,732円 (借り換え後の数値から現状の数値を差し引く・・・以下、同じ)
11~20年・・・年間返済額
現状 0円
借り換え後 5,516,580円
差引 5,516,580円
1~20年・・・20年間合計
現状 110,373,120円
借り換え後 110,331,600円
差引 △ 41,520円
借り換えることによって毎年の返済額が 5,520,732円減額されています。もちろん11年~20年については現状は返済が終了しますので返済額はゼロとなり、借り換え後は同額の5,516,580円を毎年払い続けなければなりません。
それでは20年間の合計ではどうでしょうか? 現状のほうが41,520円多く払うことになります。これはたまたまこうなったのですが、返済を延ばしたからといって必ずしも合計返済額が増加するわけではありません。
ところで借り換えることによって毎年552万円ほどの資金的余裕ができました。もし、このお金で4人のお子様やお孫様に毎年120万円ずつ贈与したらどうなるでしょうか? 一人当たり贈与税は1万円だけです(120万円から基礎控除の110万円を控除した10万円の税率は10%)。したがって10年合計では1万円×4人×10年で40万円となります。なお、贈与後の残存金融資産は(552万円-480万円)×10年で720万円です。
一方、借り換えをしなかった場合、贈与する資金的余裕はありませんから贈与はできないものとします。このような状況下、もし10年後に相続が発生したらどうなるでしょうか? 次の計算結果をご覧ください。
10年後に相続が発生した場合の借入金残高
※10年後の借入金残高
現状のまま相続が発生した場合・・・・・・ 0円
借り換え後に相続が発生した場合・・・・ 52,486,962円 (エクセルで正確に計算しました)
もし、この方の相続税の適用税率が40%だとしたら、相続税は次のように1811万円ほど安くなります。
借り換え後に相続が発生した場合の相続税の節税額
金融資産・・・・・・7,200,000円
借入金・・・・・△52,486,962円
差額 △45,286,962円×40%=△18,114,784円
※借り換え後は、まだ借入金が52,486,962円残っていますので債務控除として他の相続財産から控除できますが、贈与後の財産が720万円残っていますので相続財産として加算します。
いかがですか? 少し計算が複雑になったので分かりづらかったかも知れませんが、いずれにしても資金がないと相続対策自体ができないので、こうして資金をわざわざ作るのです。
Q&A
Q・・・返済を延ばすと10年後に借入金が5248万円も残り、それを返済していく必要があるので逆にソンするのでは?
A・・・贈与した人に720万円、貰った人に4800万円、合計5520万円残っているのでソンしているわけではありません。差額272万円(5520万円-5248万円)と相続税の節税額1811万円の合計2083万円、トクします。
なお、この事例では分かりやすいように借入金を1億円としましたが、不動産が多い方の場合には通常はもっと多くの借入金があるはずですから、それに比例して節税効果も大きくなります。例えば借入金が3億円なら6249万円、5億円なら1億415万円のトクになります(相続税や贈与税の税率が同じ場合)。
それでは金融資産をたくさん持っている方は返済を延ばす必要はないのでしょうか? 私なら返済を延ばした資金で贈与すると共に、金融資産を不動産に変えるなどしてウンと財産の圧縮を図ります(あくまでも相続税の評価上、圧縮するということであって実質の財産が減るということではありません)。
不動産を増やしながら相続税を限りなくゼロに近づけるのです。ただし、そのためには実行する前に何度もシミュレーションする必要があることは当然です。
今回のテーマは私の一番の得意分野であり、かつ日常的にご提案しているので若干説明が長くなってしまいましたが、これからもこうした事例について数多くご紹介したいとし思います。