播州赤穂城下の怪奇譚に、
有名な皿屋敷というのがあった。
その昔、青山鉄山という藩士が、
女中のお菊という絶世の美女を我が物にしようと口説いたが、お菊は三平という夫のある身。
貞節な女なので、
いかに主人の命とはいえ、どうしてもなびかない。
そこで鉄山、かわいさあまって憎さが百倍。
お菊が預かっていた家宝の皿十枚のうち、
一枚をわざと隠し、客があるから皿を出して数えてみろと、言いつけた。
何も知らないお菊、
何度数え直しても九枚しかないので、真っ青になってぶるぶる震えるのを、鉄山サディスティックにうち眺め、
「おのれ、憎っくき奴。家代々の重宝の皿を紛失なすとは、もはや勘弁相ならん、そちが盗んだに相違いない。きりきり白状いたせ」
さんざん責めさいなんだ挙げ句、
手討ちにして死骸を井戸にドボーン。
「ざまあみゃあがれ」
それ以来、毎晩、井戸からお菊の亡霊が出て、
恨めしそうな声で「一枚、にまああい」と、
風邪を引いた歌右衛門のような不気味な声で
九枚まで数え終わると「ヒヒヒヒヒ」と笑うから、鉄山は悪事の報いか、ノイローゼが高じてとうとう狂い死にし、家は絶えたという。
さて!
今なお、その幽霊が出るという評判なので、
退屈しのぎに見物に行こうという罰当たりな連中が続出し、毎晩井戸の周りは花見さながら、押すな押すなの大盛況。
ホットドッグ屋や焼きソバ屋、缶ビールの売り子まで出る始末。
いよいよ丑三ツ時、
お菊が登場して、「いちまーい、にまーい……」
数えはじめると、
「音羽屋ァ」
「お菊ちゃん、こっち向いて」
と、まあ、うるさいこと。
お菊もすっかりその気になり、
常連には、
「まあ、だんな、その節はどうも」
と、あいきょうを振りまきながら、張り切って勤めるので、人気はいや増すばかり。
ところがある晩。
いつもの通り「いちまあい、にいまああい」と数えだしたはいいが、
「くまああい、じゅうまああい、じゅういちまあい」
……とうとう十八枚までいった。
「おいおい、お菊ちゃん。皿は九枚で終わりじゃねえのか?」
「明日休むから、
その分数えとくのさ」
落語「皿屋敷」より
▶︎円形脱毛症の多発化も伴い(;´д`)寛保元年(1741年)7月
人形浄瑠璃「播州皿屋敷」が