「自分も他人も認めたい」
でも、なぜか、
人を見下してしまうことがある
そんな方はいらっしゃいますか?
本当は、
「みんな素晴らしい」
と思いたいのに、
なぜか他人を見下してしまう
そんなあなたが
人を見下してしまう
原因は何でしょうか?
それは、
もしかしたら、承認欲求が
満たされていないから
かもしれません。
人を見下すことで、
相手より自分の方が
優位に立つことで、
優越感を得て、
満たされていない承認欲求を
満たそうとしているの
かもしれません。
では、誰に認められたいの
でしょうか?
『より多くの人に認められたい』
という心の奥の望み
があるかもしれませんが、
よくあるパターンは、
”自分の父親に認められたい”
というパターンです。
子供の頃、
父親に褒められた経験が
少ないと、承認欲求が
満たされていない可能性が
あります。
そして、いつしか、
自分の父親のアラを探して
見下してしまう…
ということもしてしまう
かもしれません。
父のアラを探し、
父のこんなところがダメだ
と見下し、優越感を感じ、
僕(私)の方がすごい
という感じで、
承認欲求を満たそうと
してしまうかもしれません。
完璧な人間なんていないのに
アラを探しては、見下す
ということをしまっていると
いつしか、自分へのダメ出しも
してしまう
ということも
あるかもしれません。
では、どうしたら、
自分のことも、他人のことも
認めることができるので
しょうか?
それは、
『自分で自分のことを
認める、褒める』
ということが有効かも
しれません。
日々、自分のことを褒める
ということを積み重ねて
いくと、
承認欲求が満たされ、
外側に求める必要がなくなり、
人を見下す必要もなくなって
いきます。
承認欲求が満たされて
いない人は、
自分のことを褒めるのが
結構苦手かもしれません。
すごいことをしなければ
褒められない
という感覚があるかも
しれませんが、
褒めるのは、ちょっとした
ことからスタートするのが
いいと思います。
例えば、
「今日も朝7時に起きた
私は素晴らしい」
「今日もちゃんと歯磨きした
私は素晴らしい」
「今日も安全運転をした
私は素晴らしい」
こんな感じのレベルの内容で
いいと思います。
自分を褒めることなんて
アホらしい。
そんな気持ちがわいて
くるかもしれません。
それは、
『すごいことをすれば
承認される』
という思い込みがあるかも
しれません。
それは、それで、
『そう思っているのかも』
と認めながら、
自分で自分を褒め
自分で自分を満たす
ということをしばらく
続けてみると、
いいかもしれません。
自分で自分を満たすことが
できれば、外側に求める
必要がなくなり、
生きやすくなると
思います。
自分だけは、自分の
一番の理解者になり、
自分で自分の生きたい方向に
導いてあげたいですね。
本日もお読みいただき
ありがとうございました。
あなたは、他人からの評価は
気になりますか?
「気にならない」
という方はいいのですが、
「気になる」
という方は、他人の評価に
振り回されてしまい、
生きづらさを感じている
のではないかと思います。
会社員の方の場合は、
業務に対して、
「できた、できなかった」
ということを自己申告
していると思いますが、
それも踏まえて、
上司からの評価を受ける為
自己評価だけでなく、
他人の評価も気になって
しまうのではないかと
思います。
そして、
「自分はダメだ。ダメな人だ」
と思っていると、
『他人からの評価も
下がってしまう』
なんてことがある
かもしれません。
これは、よく言われる
鏡の法則というもの
です。
自分で自分をどう思って
いるか?
自分で自分をどう扱って
いるか?
が、外側で現実化し
他人からもそのように
扱われる
というものです。
自分で自分を「ダメな人」
と思い、
自分で自分のことを
大切に扱っていないと
周りからもそう思われ
そのように扱われる
という感じです。
でも、自分で自分のことを
ダメな人
と、判定を下した
きっかけは、
なんだったのでしょうか?
両親に何か言われたから
でしょうか?
兄弟から何か言われたの
でしょうか?
先生に何か言われたの
でしょうか?
世間一般と比べて
自分の能力が低いと
思ったのでしょうか?
それは、全部”他人軸”ですね。
自分で、自分のことを
ダメだと判定したのは
自分ではなく、
他人ではないかと思います。
それは、自己評価では
ないです。
自己評価は、”自分軸”で
判定すればいいと
思います。
自分の生命として、
生物として大きな視点で
見てみると、
赤ちゃんの頃は、
どうだったのでしょうか?
いい赤ちゃんとダメな
赤ちゃんはいるのでしょうか?
存在としては、素晴らしいもので
いいもダメもないと
思います。
存在としては、価値があり
完璧なものであるはずです。
自分の”存在”と”行為”を分け、
”存在”としては完璧と
思い、
”行為”としては、
よりよくするために
改めていけばいいと
思います。
生きていると、”他人軸”に
振り回されてしまうかも
しれませんが、
自己評価は、”自分軸”で
決めていい
そう思います。
自己評価は自分で決める
そして、周りからの評価は
鏡の法則で確認をし、
自分で自分のことを
どう評価しているかを
修正しながら、
自分のことを信じて信頼して
前を向いて生きていきたい
ですね。
本日もお読みいただき
ありがとうございました。
病気ではないんだけど、
”なんか体がだるい、、、”
とか、
”なんか最近疲れやすいかも、、、”
と思うことはありますか?
「ある」
という方は、
もしかしたら自律神経の
乱れが原因かもしれません。
自律神経は、
交感神経と、副交感神経が
あって、24時間働き続けて
くれています。
交感神経は、体が活動しているとき
や昼間に活発になります。
副交感神経は、リラックス
している時や夜に活発に
なります。
その2つの神経がバランスを
とって、循環器、消化器、
呼吸器などの活動を調整
してくれています。
その2つのバランスを
そこなってしまうのが、
自律神経の乱れです。
ストレスや、自律神経の乱れが
あると、体が不調を起こすこと
があると言われています。
そんな自律神経のバランスを
整える方法はいくつかあります。
今日は、その中の1つを
ご紹介します。
それは、
『冷温交代浴』です。
それは、水風呂とお湯が入った
浴槽に交互に入る入浴法
です。
アスリートも実践している
ということで注目されて
います。
冷たい水と、温かいお湯に
交互につかることにより、
血流がよくなり、
疲労回復につながったり
自律神経の乱れが整うと
言われています。
体がリラックスすると、
心もリラックスできる
かもしれません。
ただ、自宅で冷温交代浴
をするには、浴槽が2ついる
ので、難しいと思います。
そんな時は、シャワーを利用
します。
シャワーで18度くらいの水を足元、
そして首元に水をかけます。
次に、42度程度のお風呂に
つかります。
それぞれ1分を1セットにし
気持ちいいと感じるところまで
繰り返します。
これで、血流がよくなり
自律神経のバランスが整う
と言われています。
冷水を首元にかけるのは
最初は抵抗があると
思います。
まずは、足元あたりから
始めて、少しずつ慣らして
いくのがいいと思います。
また、42度のお湯も結構
熱いので、お湯の温度は
季節や自分に合った温度を
選択した方が良さそうです。
ただし、高血圧の方、心臓や
肝臓などに持病のある方、
体調がすぐれない方は
危険ですので、避けたほうが
いいと思います。
だるい、疲れやすい
と感じている方は、
無理のない範囲で、
ちょっとだけ、試してみるのも
いいかもしれません。
本日もお読みいただき
ありがとうございました。
「自分はダメだ」
と思う人はいますか?
自分で自分をダメだと
自己否定し、
自分をダメ出ししていると
生きづらいですね。
いつも、もう1人の自分がいて
監視されているようで、
なかなか安心できないのでは
ないかと思います。
何か失敗でもしようものなら
またもう1人の自分がダメ出し
をしてくる…
そんな恐れがあると、
チャレンジしたくても
なかなかできない…
というか、やりたいことも
見つからないし…
という感じで、
主体的な人生ではなく、
受け身の人生で流されてしまう
かもしれません。
でも、
「自分はダメだ」
と思っている人は、
本当は向上心がある人だと
思います。
自己否定をしながらも
本当は、
『自分の人生は
こんなもんじゃない』
と思い、無意識にダメ出しを
しているかもしれません。
でも、根底には、
よりよく生きたいという
真っ直ぐな想いがあるはずです。
向上心がなければ、
「自分はダメだ」
なんて発想が生まれない
はずです。
では、そんなしんどい状況から
抜け出すには、どのようにすれば
いいのでしょうか。
まずは、
自己否定の中に隠れている
自分の向上心を認めてみると
いいかもしれません。
自己否定をやめて
自分を肯定するのです。
自己否定をずっと続けることで
頑張ってきた人には、
難しいかもしれません。
違和感があるかもしれません。
今まで、その生き方で
生きてきて、死ななかったから、
生き延びてこれた、
という実績があるから、
生存本能は、
それが、正しいと認識
しているかもしれません。
でもそんな本能にもOKを出し、
自分を肯定する。
そうすると、自分をダメ出し
しようとする自分が静かに
なるかもしれません。
そして、
自分をダメ出ししようと
する自分が現れたら、
気づいてあげて、
「自分を成長へと導こうと
しているんだ」
と、感謝で迎えることが
できるようになると
いいですね。
そして、
『本当はどうなりたい?』
『何を大切にしたい?』
『どうしたい?』
というような問いを大切にし
自分で自分の望む方向へと
導いてあげることが
できるようになりたいですね。
自分の望む方向へと意識を向け
本来の自分の人生を生きて
いきたいですね。
本日もお読みいただき
ありがとうございました。
生き残っているわけです。
生存能力が高いと
いえます。
今までの実績がないので
判断されているのかもしれません。
のかもしれません。
夏の気温の上昇にに合わせて
高熱を出していたら、
大変なことになってしまいますね。
汗を出して体温を
一定に保とうとします。
んだなぁ』
問いかけてみると
いいかもしれません。
ありがとうございました。
あなたは、恐れを感じる時は
ありますか?
私は、あります。
何を恐れているのでしょうか?
突き詰めていくと、
死を恐れているのでは
ないかと思います。
例えば、
『病気になったら、どうしよう、、、』
という恐れは、つきつめていくと
病気になった末に死ぬことを
恐れているではないかと思います。
他には、
『嫌われるのが恐い』
これは、幼少の頃の体験に
起因しているかもしれません。
子供の頃、両親に嫌われて
しまったら、家を出ていかなければ
なりません。
子供が家を追い出されて
しまったら、食事にありつけず
死んでしまいます。
これは、子供の頃の思い込み
のようなものですが、
子供は素直なので、
「出て行け!」
なんて言われてしまったら、
本当に恐怖を覚える
はずです。
そのような感じで、
色々あるのですが、
恐れは、究極的には
死を恐れているという
ことになります。
でも、逆に恐れがなかったら
どうなるのでしょうか?
大昔の狩猟時代の人類で
あれば、恐れがないまま
武器も持たずに猛獣に
アタックしたら、
どうなるのでしょうか。
逆に猛獣に襲われてしまう
かもしれません。
恐れがあるからこそ、
武器を備え、戦略を
立てて、猛獣をしとめ、
食料を得ていたはずです。
恐れがあることで、
命を守っているの
ではないかと思います。
ですので、
”恐れ”
がわく時は、
命を守ろうとしている
のではないかと思います。
そして、”恐れ”に隠された
メッセージは、
『生き残れ』
ではないかと思います。
ただし、現在の日本に住んで
いる中では、天災などに対する
備えは必要かもしれませんが、
必要以上に恐れることは
不必要かもしれません。
お金の不安があるかも
しれませんが、
行き着くところでは
生活保護があります。
”恐れ”がわいたら、
「自分は命を大切にしたいんだ…」
という感じでとらえて
おけばいいかもしれません。
自分の命を大切にし、
現代に不必要な恐れは
手放して、安心して
生きていきたいですね。
本日もお読みいただき
ありがとうございました。









