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Self-XP 公式ブログ

心の平安を大切に 〜不安・つまらない⇒安心・楽しい人生に〜

昨日寝ていたら、手がしびれて起きました。

 

寝ぞうが悪かったことが原因でしびれが発生したのだと思います。

 

しかし、突然顔や手のしびれが発生したら、脳梗塞を疑った方がいい

 

なんて話も聞きます。

 

しばらく、しびれがおさまるのを待ちました。

 

その間にもし、しびれがおさまらなかったら、どうしよう、、、?

救急車を呼ぶことになるのか、、、

 

命を落とすことになったら、どうしよう、、、

 

というような不安がわきました。

 

これは、チャンスだと思ったので、自分の“死”をリアルにイメージしてみました。

 

死ぬときは、周りに誰がいるんだろう?

 

誰かがいたとして、死ぬ間際に何と言って死ぬのだろう?

 

周りにいる人は何と言ってくれるだろう?

 

感謝がわいてくるだろうか、

 

「いい人生だった」

と言い切れるか、

 

後悔はないか、

 

やり残したことはないか、

 

色々とリアルに想像してみました。

 

その結果、

 

『全く後悔がない』

とは言い切れないかな…

 

と思いました。

 

そして、今に意識を戻して、

 

やり残したことは?

後悔しないためには?

死ぬ前に会っておきたい人は?

 

などなどを冷静に考えてみました。

 

“死”というと、

とても悲しくて、つらいことであり

タブーであり、ネガティブなこと

 

というイメージがあるかもしれません。

 

でも、そんな“死”をしっかりと意識すると

今をしっかり生きようと思えてくるものです。

 

“死”をしっかり意識することで、

生きる力がわくかもしれません。

 

いつかは必ず訪れる死を意識することで

人生をよりよく生きることができるの

かもしれません。

 

よくあるワークですが、

 

あなたの余命があと3年だったら、

何を後悔しますか?

 

余命が半年だったら?

 

余命が1ヶ月に迫ったら?

 

明日、死ぬとしたら何を後悔するでしょうか?

 

じっくり考えてみるのもいいかもしれません。

 

今ならまだ間に合います。

 

後悔しない生き方をしたいものですね。

 

本日もお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

あなたは、よく口に出す言葉はありますか?

 

以前の僕は、こんな言葉をよく発していました。

 

「めんどくさい」

 

です。

 

口に出して言わなくても、

心の中で思うことがよくありました。

 

そうすると、どうでしょうか。

 

面倒なことが発生します。

 

そして、また、

 

『めんどくさい』

 

という言葉を発したり、

心の中で思ったりしていたのです。

 

そして、また面倒なことが起きる

 

という負のループを繰り返して

いました。

 

普段口に出していたり、

心の中で思ったりしていると、

 

同種の出来事に注目してしまう

ものです。

 

そのような現実を引き寄せて

しまっているとも言えるかも

しれません。

 

そんな負のループを繰り返している

状態から抜け出すには、どうしたら

いいのでしょうか。

 

『めんどくさい』

 

に注目している自分に気づいて

視点を変えるのです。

 

面倒な出来事が発生した時に、

 

「めんどくさい」

 

と言ったり、心の中で思ったりする

のをやめて、

 

『大丈夫だ』

『楽々軽々乗り越える』

 

というような感じで、別の言葉に

置き換えます。

 

他には、その出来事の中での

学びや感謝できることはないか?

 

を考えてみます。

 

そうすると、

 

『経験の為や成長の為に

 起きた出来事かも』

 

という別の視点が生まれるかも

しれません。

 

普段どんな言葉を発して、

何を心の中で思っているの

でしょうか?

 

客観的に見つめ、気づいて

負のループがあれば

 

そこから、視点を変えて抜け出す

 

ということを意識していきたい

ですね。

 

知らず知らずのうちに、

発してしまっている言葉ですが

 

気づかなければ、一生負のループを

繰り返してしまう可能性があります。

 

日々、丁寧に自分を観察して、

よりよい方向に自分を導いて

いきたいですね。

 

本日もお読みいただき、

ありがとうございました。

 

 

 

 

あなたは、子供の頃、何か我慢したことはありますか?

 

・習い事がいっぱいで、自由に遊べなかった

・おやつを食べたかったけど、我慢した

・プラモデルが欲しかったけど、買ってもらえなかった

・欲しいゲームが欲しかったけど、「買って」と言えなかった

 

色々あるかと思います。

 

大人になって忘れてしまっていることも

あるかもしれません。

 

子供の頃は、自由が少なかったと思います。

 

でも、大人になったら、不自由な部分や責任も出てきますが、子供の頃よりは自由だと思います。

 

子供の頃の欲求が満たされないまま大人になると、いつも何か満たされない気持ちでモヤモヤすることがあるかもしれません。

 

でも、大人になったあなたなら、その願望を叶えてあげることができるはずです。

 

大人買いしまくる

 

というのは、あまり良くないのですが、我慢に慣れた人は、大人買いも躊躇してしまうのではないかと思います。

 

大人になった今は、自分で自分の願望を叶えてあげて、満たせることが色々あると思います。

 

ずっと我慢して、抑制してきたタイプの方は、たまには、自分を満たすだけのためにお金や時間を使ってみるのもいいかもしれません。

 

食べたかったケーキを食べさせてあげたり、

 

自由な時間を作ったり、

 

欲しかったおもちゃを買ってあげたり、

 

おもちゃを買うなんて、少しアホらしく感じる人こそ、インナーチャイルドの欲求を満たしてあげる必要があるかもしれません。

 

“そんな贅沢をしてはいけない”

 

“そんな欲を持ってはいけない”

 

と思って我慢、抑制してきた人は、特に、“自分を最優先にする”

 

ということを意識する時間を確保することをした方がいいかもしれません。

 

自分が満たされると、他の人にも与えることができます。

 

まずは、自分で自分を満たし、あふれた分で人に与え、貢献していくという流れを循環させることができるといいですね。

 

本日もお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

 

あなたは、夏休みの宿題は計画的に進めていたタイプですか?

 

それとも、最終日に追われていたタイプですか?

 

最終日や最後の1週間に追い込みをかけていた

 

なんて方も少数派ではないのではないかと思います。

 

では、仮に夏休みに宿題が出されているけど、提出期限がなかったらどうでしょうか。

 

提出期限がなく、ずっと夏休みだったらどうでしょうか?

 

みんな宿題は後回しになるのではないかと思います。

 

では、ここで、話が大きくなりますが、これを人生に置き換えてみましょう。

 

あなたにとっての、人生の宿題が与えられていたとします。

 

でも、それには提出期限はありません。

 

であれば、後回しになるかもしれません。

 

その宿題は、あなたにとっての使命と置き換えてみましょう。

 

与えられた使命や課題があったとしても、期限がなかったら、どんどん後回しになってしまっているかもしれません。

 

僕の場合は、2泊3日の合宿で、じっくりと自分と向き合い、自分のミッションをひねり出した経験があります。

 

あなたにも、人生における大事な宿題があるかもしれません。

 

提出期限はなくても、永遠に生きることはできないので、期限を意識して、大事なことを優先できるといいですね。

 

使命とは、“命を使う” と書きます。

 

限られた命の時間を何に使いますか?

 

一度じっくり考えてみるのもいいかもしれません。

 

本日もお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

暑い日が続いておりますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。

 

私ごとですが先日、食べ物を冷蔵庫に入れ忘れ、腐らせてしまいました。

 

腐った食べ物は、独特の匂いがします。

 

そして、食べると独特の酸味がする。

 

そんな経験をされたことが誰でもあるのではないかと思います。

 

匂いを嗅いだだけで、腐っているということが分かるのは、なぜでしょうか?

 

それは、過去の経験からでしょうか。

 

人体にとって良くないものを摂取しないよう、本能的な防衛装置が働いているのかもしれません。

 

防衛装置が備わっており、自分を守るために作動しているのかもしれません。

 

『苦いものが大好き』という子供は、あまりいないと思います。

 

苦いものには、毒が入っているものが多く、本能的にそれを避けているのかもしれません。

 

一方、おいしいものを食べている時、幸せな気分になれる人は多いと思います。

 

死ぬ前に後悔することの1つに、食べたいものを食べることができなかったことがあるという話を聞いたことがあります。

 

あまり食べ過ぎるのも、よくないので、腹八分を食べるとして、何を体が欲しているのか、何を食べた時、誰と一緒に食べた時に、幸福感を感じることができるのでしょうか。

 

自分で、こだわって、丁寧に調理してみる

 

というのもいいかもしれません。

 

自分が本当においしいと思うものを適量摂取する

 

ということを意識すると、体も喜び、幸福感も感じて、後悔もなくなるかもしれません。

 

一度、“食”について、考えてみるのもいいかもしれないですね。

 

本日もお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

あなたは、限定品にひかれることはありますか?

 

『本日限定』

 

『限定10個』

 

『期間限定』

 

なんてものがあると、すぐに入手しないと、

なくなってしまう、、、

 

確保しておかないと、、、

 

という気持ちになるかもしれません。

 

 

本当は、必要なものや欲しいものを

自分のペースで選びたいはずですが、

 

限定となってしまうと、決断を迫られる

ことになります。

 

限定は自分のペースが保てなくなり、不自由な

状況になることを恐れているのかも

しれません。

 

不自由になることを恐れている

ということは、自由を求めているの

かもしれません。

 

自由が欲しいけど、限定によって

その自由が脅かされる可能性があり、

 

『入手しておかないと、、、』

 

という気持ちにかられるのかもしれません。

 

自由が欲しいけど、不自由が多い状況を

つくってしまうのが、現代かもしれません。

 

しかし、自由な時間が今、30年分与えられたら

どうでしょうか。

 

最初は、色々やりたいことができるかも

しれませんが、そのうち時間を持て余して

しまうかもしれません。

 

少し話を大きくすると、人生自体が、期間限定です。

 

限りがあるのです。

 

“永遠の命が欲しい“ という人もいらっしゃるかも

しれませんが、それはそれで、困ると

思います。

 

 

限りがあるからこそ得られるものもある

と思います。

 

ただ、限られた環境の中でも、自由を得ることも

できると思います。

 

自由を選択するには、勇気が必要なことも

あるかもしれません。

 

でも、時には、自分に自由を与える余裕が

あってもいいと思います。

 

どんな時に自由と感じるのでしょうか。

 

ゆったりとした何もしない時間を

確保したり、

 

本当に欲しいものを自由に選択したリ

することを自分に与えてみるのも

時には必要かもしれません。

 

期間限定の中の自由を満喫しながら

限りある人生を楽しんでいけるといいですね。

 

本日もお読みいただき、

ありがとうございました。

 

 

 

 

先日は雨上がりに東京でも虹が見えたということで話題になっていました。

 

そんな虹ですが、なぜ虫偏なのでしょうか?

 

7色のきれいな虹と虫は、関係なさそうですが、どんな語源があるのでしょうか?

 

諸説色々あるようですが、虫偏は、蛇からきているという説があります。

 

古代中国では、大蛇が天に昇って龍になる

 

と考えられていました。

 

龍になる大蛇が天空に昇り、作られるものが虹と考えられていたため、蛇を表す虫偏になっているのです。

 

そして、「天と地をつなぐ」「貫く」などを意味する「工」の字を組み合わせて「虹」という漢字ができたようです。

 

ちなみに、日本では虹が出ると、いいものが見れてラッキーな感じがします。

 

しかし、古代の中国人にとっては虹は不吉なものの象徴で、虹が出ると何か良くないことが起きる予兆であると信じられていたようです。

 

古代の日本人にとっても、虹は不吉なものとされていたようです。

 

あなたが何か信じ込んでいることで、不吉なことや、ネガティブな気持ちになってしまうものはありますか?

 

それも、そのようなマイナスなものとして、思い込んでいるだけかもしれません。

 

虹は、太陽の光が空気中の水滴によって屈折、反射されるときに発生するただの現象です。

 

起きたことは現象にすぎません。

 

それに対して、意味付けを行っているのは自分です。

 

不必要な思いこみがないか、観察しながら、現象をまっすぐに受け止めていけるといいですね。

 

本日もお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

あなたは、両親のことを尊敬していますか?

 

『特に尊敬はしていない』

 

という人もいらっしゃるかと思います。

 

尊敬はしていないけど、

 

無意識に父を超えたい、

認めて欲しいと思っている

 

なんて人もいらっしゃるかも

しれません。

 

『父親のことを見下す』

 

というパターンも、実は

認めて欲しいという

欲求が隠れているかも

しれません。

 

『親のことは尊敬しなければならない』

 

なんて思われている人もいらっしゃる

かもしれません。

 

そんなタイプの人は、

子供の頃、こんなことがあった

かもしれません。

 

その出来事は、

 

親に対して、フレンドリーな言葉使いを

した時に、

 

「親にそんな口の聞き方をする

 のは何事だ!」

 

なんて感じで、厳しく叱られた

ことがあったかもしれません。

 

『親に敬意をはらわなければならない』

 

それができないと、怒られてしまう…

 

子供の頃、親に嫌われてしまっては

大変です。

 

子供は1人では生きていけません。

 

親に見離されたら、生きて

いけなくなるからです。

 

だから、

『親のことは尊敬しなければならない』

 

という信念ができるのです。

 

年長者に対しては、敬意をはらう

 

という常識があるのも影響している

と思います。

 

でも、尊敬の念がわかなければ、

無理をする必要はないと思います。

 

自然とわいてこなければ、

尊敬しなくてもいいと思います。

 

尊敬の念がわいてきたら、

それを大事にする

 

わいてこなくてもOK

 

そんなスタンスが、親の呪縛の

ようなものから解放される

第一歩となるかもしれません。

 

義務感にかられて動くと

しんどくなることは

よくあることだと思います。

 

そして、自分の深層心理を

探ってみるのもいいと思います。

 

先ほど書いたように、

『父を見下している』

 

というパターンであれば、

承認欲求が満たされていないかも、、、

 

と考えるのです。

 

『自分は、本当は何を欲しがっているんだろう?』

 

ということを探求し、

認めてあげることが

大事だと思います。

 

『親のことは尊敬しなければならない』

 

というパターンであれば、

実は、自由が欲しいのかも

しれません。

 

義務感は手放し、自分の本当に

欲しているものを大切にしながら、

生きていけるといいですね。

 

本日もお読みいただき、

ありがとうございました。

 

 

 

あなたは、日常生活で何かイラっとすることはありますか?

 

例えば、

 

・「部屋がきたないね!」と言われた

 

・車を運転していて、突然割り込まれた

 

・ミスを指摘された

 

などなど色々あると思います。

 

イライラが発生したのは、

誰かの言動が原因だ

 

と思うかもしれません。

 

それが普通だと思います。

 

でも、少し視点を変えると、

誰かの言動は、その感情が

発動するきっかけになっただけで、

原因ではない

 

と言えます。

 

感情が発生する刺激になっただけで、

原因ではないのです。

 

“誰かの言動が原因だ”

 

と思っていると、人のせいにしていると言えます。

 

でも、誰かの言動が刺激になっただけ

 

と思っていると、人のせいではなく、

必要だから感情が発生したんだ

 

という感じで、主体的になれます。

 

そこをまず意識した上で、なぜ

そのイライラが

発動したのでしょうか?

 

何が必要だったのでしょうか?

 

 

「部屋がきたないね!」

 

と言われて、イラっときたのは、

本当は、綺麗で過ごしやすい空間が

必要だったのかもしれません。

 

車を運転していて、突然割り込まれて、

イラっときたのは、本当は安全が

必要で大事にしたかったのかもしれません。

 

自分は、車間距離を取って安全運転

していたつもりなのに、突然割り込まれたら、

 

びっくりするとともに、安全が脅かされて、

イライラが発動したのかもしれません。

 

自分が何か必要としていたものや、

大事なものに気づかせてくれるために、

イライラが発動してくれたのかもしれません。

 

そんな感じで、感情の発生を人のせいにせず、

主体的にとらえることで、イライラを

受け入れることができるかもしれません。

 

今度、何かイラっとすることがあったら、

一度落ち着いてから、客観的に見つめてみると

いいかもしれません。

 

人のせいにすることなく、主体的に

生きていけるといいですね。

 

本日もお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

あなたの性格は、ネガティブな方でしょうか?

 

それとも、ポジティブな方でしょうか?

 

ポジティブになりたくても、

なかなかなれず、いつもネガティブに

考えてしまい、自分を責めてしまう

 

なんてタイプの方は、つらい思いをされて

いるのではないかと思います。

 

ネガティブな性格になってしまったのは

なぜでしょうか?

 

遺伝でしょうか?

 

本能的な部分もあると思います。

 

大昔の人類は、危険と隣り合わせ

だったと思います。

 

大昔の狩猟時代の人類は

いつ猛獣に襲われてしまうか

わからない状況でした。

 

悲観的なことを予測し、

命を守っていたの

だと思います。

 

楽観的に考えて、武器を持たずに

狩りに出かけても、逆に猛獣に

襲われ、命を落としてしまう

恐れがあります。

 

命を守るために、悲観的にならざるを

えなかったのだと思います。

 

それがDNAとして刻まれて

いるのかもしれません。

 

しかし、性格に大きな影響を与えて

いるのは、幼少時代の経験も大きいと

思います。

 

その経験は、幼少時代に何か、悲観的に

考えなければならない出来事があったのかも

しれません。

 

子供が遊んでいる時、親が子供を守るために、

 

「危ない!ダメ!」

 

なんて声をかけることがあると

思います。

 

楽しく遊ぼうとしていたのに、

 

『危ないこと、ダメなことなんだ』

 

『怒られる、怖い』

 

なんて認識が刷り込まれてしまうのです。

 

怒られないように、楽しもうとせず、

リスクを予測することを

少しずつ覚えていくのです。

 

『“楽しそう”だけど、怒られるかも

 しれない』

 

と、ネガティブなことを予測し、

自分の安全を確保しようとする

のです。

 

そんな安全を確保するために

ネガティブがしっかりと

しみついてしまっている

ということです。

 

 

そんな性格ですが

 

『ネガティブは、ダメだ』

 

と自分を否定していても

なかなか前進できないので

 

ネガティブに考えざるを

得なかったんだ

 

自分は安全を大事にした

かったんだ

 

自分が大事なんだ

 

と自分の性格を否定することなく

受け入れることから始めると

いいと思います。

 

ネガティブに考えることが

得意ということは、

リスク管理能力があると

言えます。

 

現状を受け入れた上で

得意を生かす方法もあると

思います。

 

ネガティブに考える思考の癖を

能力ととらえるのです。

 

自己否定を続けていても、

なかなか進まないので、

 

まずは自分を受け入れ、

楽観的に前進していけると

いいですね。

 

本日もお読みいただき、

ありがとうございました。