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Self-XP 公式ブログ

心の平安を大切に 〜不安・つまらない⇒安心・楽しい人生に〜

あなたには、利他の精神はありますか?

 

利他の精神は、他人の利益や便益を重んじて、自分をささげる心構えです。

 

素晴らしい精神だと思います。

 

『与えたものが返ってくる』

 

なんてこともありますので、人に与えるということは大切だと思います。

 

しかし、自己犠牲を伴っていたら、どうでしょうか?

 

いつも『他人のために何かしなきゃ』

 

と思うあまり、自分を後回しにして、他人を優先していると、疲れてしまいます。

 

どんどん自分を後回しにしてしまい、体を壊してしまうかもしれません。

 

では、そんな状態から脱するには、どうしたらいいのでしょうか?

 

他人ではなく、自分に与える

 

ということを優先した方がいいかもしれません。

 

自分で自分を満たすことを優先するのです。

 

いつも他人を優先しているタイプの人からしたら、満たし方はわからないと思います。

 

満たし方は色々あります。

 

いくつか、紹介します。

 

①時間を決めて、毎日自分を褒める。

 

自己承認がしっかりできれば、他人に求めなくなるものです。

 

誰でも、承認欲求というものがあります。

 

「お父さん、お母さんから褒められたい」

という願望が子供にはありますが、それも承認欲求です。

 

②疲れたと思ったら、積極的に休む

 

『疲れた』ということは、肉体が休息を求めてサインを出しているのだと思います。

 

疲れ知らずだったらいいのですが、本当に疲れ知らずだったら、休むことなく動き続けて、体を壊してしまうかもしれません。

 

自分を守るために、疲れが発生しているのだと思います。

 

③人に合わせない

 

『人に合わせない』

こんなことを言うと、自己中心的な人と聞こえるかもしれません。

 

でも、いつも他人を優先している人にとっては、これくらいの気持ちでいいと思います。

 

例えば、食事に行く時、他人に合わせてしまう人は、たまには自分が本当に食べたいものを食べることがいいと思います。

 

④自分にとって心地よい時間を大事にする(自分に与える)

 

・ゆっくりお風呂につかる

 

・丁寧にストレッチする

 

・リラックスできる音楽を聴く

 

こんなことで構わないのですが、自分が心地よいと思う時間を確保するのです。

 

⑤好きなことをする時間を与える

 

自分の趣味の時間を確保して、没頭する

 

自分のために、自分の好きなことをする時間を与えるのです。

 

いつも他人優先の人は、「忙しくて、そんな時間は確保できない」

 

なんて思われるかもしれません。

 

そんな時こそ、たまには自分を最優先してみるのです。

 

 

満たされれば、自然と動けるようになるものです。

 

自分が満たされれば、自然と他人に与える気持ちの余裕も生まれます。

 

自分を満たし、あふれた分で相手を満たせばいいのです。

 

あふれた分を利他の精神で動けばいいのです。

 

いつも他人を優先しているタイプの人は、もっと自分を大切にし、自分を満たしてから他人に与える

 

という良い循環ができればいいと思います。

 

本日もお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

 

“アンガーマネジメント”

 

という言葉を聞いたことはありますか?

 

“アンガーマネジメント”は、怒りやイライラのような感情を適切に管理し、コントロールすることです。

 

1970年代にアメリカで生まれた怒りの感情と上手に付き合うための心理教育・トレーニングです。

 

僕は、以前怒りの感情をコントロールしているつもりでしたが、実はイライラを我慢して、抑制しているだけだったことがあります。

 

『怒りは無謀をもって始まり、後悔をもって終わる』

 

ピタゴラスの有名な言葉があります。

 

『イライラを我慢することも、よくないかな』と思い、我慢をやめて、相手にぶつけてみても、なぜか後悔して嫌な気分になるだけでした。

 

では、突然発生するイライラの原因は、何だったのでしょうか?

 

そこには、“べき、ねば”が潜んでいました。

 

『時間は厳守すべき』

 

『期限を守らねばならない』

 

『人に迷惑をかけてはならない。人のために動くべき』

 

『朝は、ちゃんと挨拶すべき』

 

『ちゃんとお礼をすべき』

 

色々なべき、ねばがあるのです。

 

それは、子供の頃にうけたしつけや、教育、常識などから身についたものです。

 

様々な“べき、ねば”があって、実際の現実はそうじゃないとイライラが発生するのです。

 

ギャップがイライラを引き起こすのです。

 

『時間は厳守すべき』『時間は守って当たり前』

 

そんな風に思っている人は、平気で遅刻してくる人がいると、イラっとしてしまうものです。

 

電車が遅れてもイラっとするかもしれません。

 

“待ち合わせは5分までなら、遅れてもOK”

 

“スマホがあるから、何分でも待てる”

 

“連絡をくれれば、遅刻は全然OK”

 

というような感じで、人によって価値観は様々だと思います。

 

まずは、自分が持っている“べき、ねば”に気づくことが大事だと思います。

 

別の価値観も認めるようにするのです。

 

しかし、どうしても認めることができない時は、『私はこう思う』という感じで、相手に伝えます。

 

もちろんビジネスの場面など、重要な局面では、遅刻しない対策をとるなどの努力は必要です。

 

しかし、“べき ねば”でがんじがらめになっていると、いつもイライラしてしまうかもしれません。

 

別の価値観を認め、自分が持っている“べき ねば”が不要なものであれば、手放すのです。

 

慣れ親しんできた自分の価値観が当たり前と思うのは当然のことです。

 

でも、少し頭を柔らかくして、別の価値観をゆるすのです。

 

それで、かなり楽になるはずです。

 

今度突然イライラが発生したら、一度丁寧に自分を見つめてみるといいかもしれません。

 

どんな、“べき ねば”が隠れているのか、観察するのです。

 

まずは、気づくことが第一歩です。

 

本日もお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

 

“心理的安全性”という言葉は聞いたことがありますか?

 

“心理的安全性”は、psychological safety(サイコロジカル・セーフティ)」という英語を日本語にした心理学用語で、チームのメンバーの1人ひとりが恐怖や不安を感じることなく、安心して発言・行動できる状態のことです。

 

Google社のリサーチチームが、“チームのパフォーマンス向上のためには、心理的安全性を高める必要がある”と発見したことを発表して以来注目されています。

 

 

新しいプロジェクトを始めるときや終了したプロジェクトの振り返りをするときなど、チーム内での心理的安全性が高ければ高いほど、建設的な議論が可能になると考えられています。

 

心理的安全性が確保されていないと、どうなるのでしょうか?

 

『”そんなことも知らないのか?”と言われたらどうしよう』

 

『否定的な意見として捉えられたら、どうしよう』

 

『無能だと思われたらどうしよう』

 

なんていう不安が浮かんでしまい、意見が出なくなってしまう可能性があるのです。

 

僕が心理的安全性という言葉を聞いて思い出したのが、ブレインストーミングの4原則の中の1つです。

 

4原則の中に、

 

『批判せず、粗野な考えを歓迎し、自由奔放な発言をすること』

 

というものがあります。

 

どんな意見もOKとするのです。

 

“ブレインストーミング”は、1950年ごろにアメリカで考案された発想法です。

 

10人程度までのグループでやるといいと言われている集団発想法ですが、1人でブレインストーミングをしてアイデアを出すことも可能です。

 

ブレインストーミングの4原則の中の1つを紹介しましたが、他の3つは、次のような感じです。

 

・発言の質ではなく、量を重視すること

・いい発言があれば、そのアイデアを結合し発展させること

・ブレスト中に判断・結論を出さないこと

 

 

発想法ですので、できるだけ多くの意見を出し、その場では判断しないということです。

 

これにより、思いもつかなかったアイデアが出ることもあるということです。

 

チームを運営している人であれば、心理的安全性を確保し、アイデアを出し合う時は、ブレインストーミングを使うといいかもしれません。

 

そして、1人でもブレインストーミングは可能です。

 

何かアイデアを出そうとする時は、自己否定や批判を脇に置いて、自分自身の心理的安全性を確保してから書き出すといいかもしれません。

 

チームでも、自分自身に対しても、心理的安全性を大事にし、いい発想が生まれるといいですね。

 

本日もお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

お金をもらったら、嬉しいですか?

 

たくさんもらえたら、安心できますか?

 

稼げるようになったら、安泰ですか?

 

では、

 

お金が減ったら、悲しいですか?

 

どんな時に、心が喜びや悲しみを感じますか?

 

確かにお金をもらえたら、嬉しいかもしれません。

 

一生生活に困らないお金がもらえたら、安心できるかもしれません。

 

持っているお金が減ってしまったら、悲しいと感じるかもしれません。

 

でも、心が本当に喜びや悲しみを感じるのは、どんな時でしょうか?

 

やはり、人間関係からではないかと思います。

 

・人から、褒められたら、嬉しいと感じるかもしれません。

 

・人から、「ありがとう」と心から感謝してもらえたら、嬉しいと感じるかもしれません。

 

・自分の子供が生まれたら、とても嬉しく思うはずです。

 

どれも、人間が関係しています。

 

・人と別れることになったら、悲しみを感じると思います。

 

・永遠に別れることになったら、もっと深い悲しみを感じるはずです。

 

人と関わることで、できれば味わいたくない悲しみという感情を感じることになるかもしれません。

 

でも、逆に人と関わることで、心から嬉しいと思うこともあるかと思います。

 

それは、物質的なものやお金では満たされないものがあるかと思います。

 

できれば味わいたくない感情もあるかもしれませんが、心から喜びを感じて生きたいのであれば、人と関わることからしか、得られないかもしれません。

 

『あんまり人と関わりたくないなぁ』

 

なんて思われている人こそ

 

少しだけ積極的に自分から関わろうとしてみる

 

ということで、人と関わることで得られるものに気づけるかもしれません。

 

無理をする必要はないと思います。

 

たまには、ちょっとだけ積極的になってみることもいいと思います。

 

本日もお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

 

あなたは、普段 “愛”の力を使っていますか?

 

愛の力で、すごい力を出すことができます。

 

有名な事例があります。

 

『アメリカ・ジョージア州で、ある青年が車のタイヤ交換をしていたところ、何かの拍子で車体を持ち上げていたジャッキが外れ、車に挟まれ意識を失ってしまったそうです。

 

駆けつけた母は、息子が車に挟まれて意識を失っているのを見て、とっさにその車を一人で持ち上げ、助けが来るまでの5分間の間、ずっとそれを支え続けたといいます。

その後、近くの住人が助けに来て息子を救出することができたのです。

息子さんは、一時は意識不明だったものの二日後には無事退院し、命に別状はなかったそうです。』

 

ちなみに母親が持ち上げていた車の重量は約350kg だったそうです。

 

『よし、持ち上げるぞ!』

 

と気合いを入れても、簡単に350kgもの車を持ち上げることはできないはずです。

 

とっさに大事な息子を守ろうとした母のは愛の力で車を持ち上げることができたのです。

 

ただ、普段から“愛”の力を使おうと思ったら、どうしたらいいのでしょうか?

 

火事場の馬鹿力は緊急時でないと、出せません。

 

以前教わった方法があります。

 

『相手に愛の意識を向ける』

 

です。

 

「なにそれ?」

 

という感じですが、愛があるという意識というか、気持ちを相手の方に向けるのです。

 

寝転んでいる人にその意識を向けると、片手を握って、持ち上げることができます。

 

他には、小学生くらいの子供を抱っこしようとすると、普通は重たいと感じますが、その意識を向けると軽く感じられるのです。

 

ちょっとあやしく感じるかもしれません。

 

私も教えてもらった時は、半信半疑でしたが、やってみたら、違いが分かりました。

 

“火事場の馬鹿力”

 

とまではいきませんが、通常時以上の力が出せると思います。

 

意識的に自分の本来の力を出すことができれば、色々な場面で役に立つと思います。

 

相手のことを、『嫌いだ』と思っていると、意識が伝わってしまうかもしれません。

 

相手に対し、愛の意識を向けてみると、相手からもその意識が返ってくるかもしれません。

 

多くの人がそれを実行すると、とても平和になりそうですね。

 

人が本来持っている愛の力を自然に使えるようになれるといいですね。

 

本日もお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

先日 ある20代の 男性の話を聞く機会がありました。

その男性に話を聞くと『 うまく話すことができない』 ということを悩んでいるようでした。

そして、
「うまく話せないから、 人とあまり関わりたくない」

と思っているようでした。

しかし、 話を聞いていて、 特にうまく話せない という印象は受けませんでした。

うまく話せない というのは 本人がそのようにジャッジしているだけでした。

そのように ジャッジした起源を辿っていくと、 子供の頃の体験 が見えてきました。

その体験は、 いくつかありました。

『口は災いの元 』ということを親に教えられた。

あまりベラベラ喋ると災いが起きる

上手に話せてしまったら、災いが起きるかもしれない

だから 話下手を決め込んでいる。

とか、

保育園時代、突然先生に 指名され、みんなの前で話さなければならないことがあり、緊張して、もじもじしてしまった。

みんなの前でとても恥ずかしい思いをした。

そして、
「僕はうまく話せない」

という思い込みができた。

などなどでした。

「僕はうまく話せない」

という思い込みは、小学校、中学校、高校と成長していく中で、更に強化されていったようでした。

自分の思ったことが素直に 言葉にできないときがあると、

『 ほら、やっぱりね』
『 やっぱり上手にしゃべれない』

というように、うまく話せない時分を再体験して再確認しているようでした。


そして、うまく話せないなら、友達もいらない、人との関わりたくない、嫌な気分を味わいたくない

という思いを持ちながら、大人になり現在に至っていたようでした。

そんな思い込みのブロックを外す為に、まず考えてもらったのは、 誰と比較して いるのか?

ということです。

どうやら、テレビに出ている人や 職場で上手に話せる人と比較しているようでした。

比較してもいいのは 他人ではなく過去の自分です。

過去の自分と比較したら、ボキャブラリーも増えているでしょうし、うまく しゃべることができるようになっているはずです。


そして次に、 うまく話せなかったらどうなってしまうのか?

を、考えてもらいました。

人とコミュニケーションが取れない

だからひとりぼっちになってしまう

と思っているようでした。

ひとりぼっちになってしまうことを恐れながらも、「人と関わりたくない」

と言って、人を避けて、なぜかひとりぼっちになる方向に向かっていたのでした。

『自分の人生の最後、死ぬ直前に 何と言って死ぬと思いますか?』

そんな問いを投げかけてみました。

「そんなつまらないことで 悩んでいたのはもったいない」

その返事が返ってきました。

うまく話せないと思っていたのは、本人の勝手な思い込みだったことに気づいてもらえました。

上手に話せなかったとしても コミュニケーションは取れます。

心を通わせることもできます。

幼少の頃、もうこんな恥ずかしい思いはしたくない

という自分を守るためにつくられた思い込みでしたが、大人になった今は、大寺に持っている必要がないことに気づいてもらえました。

そして、それを持ち続けていると、死ぬ前に後悔する

という大きな気づきも得てもらえました。

思い込みに気づかなければ、一生そのままです。

自分を守ってきてくれた思い込みに感謝し、不必要なものであれば、手放して、後悔のない人生にしていきたいですね。

本日もお読みいただき、ありがとうございました。





何気なく窓から見える景色があると思います。

 

立った状態で見る景色と、しゃがんだ状態で見る景色は異なります。

 

目線の高さを変えるだけで、景色が変わるのです。

 

何気なくいつも通る道で立ち止まって、しゃがんで見てみると、いつもは見えていないものが見えるようになります。

 

道に咲いているきれいな花に気づけるかもしれません。

 

行き交う人々が色々な靴を履いていることに気づくかもしれません。

 

落ちているお金に気づくかもしれません!?

 

目線を変えないと、気づかないものです。

 

『この世の重要な問題は全て、それを作り出した時と同じ意識レベルで解決することはできない』

 

アインシュタインの有名な言葉があります。

 

何か重要な問題に直面した時は、いつもと同じ目線でいたら、解決の方向に向かわないということです。

 

いつもと同じ目線でいたら、重要な問題にも気づかないかもしれません。

 

意識レベルを変えるために、少し目線を変えるのです。

 

問題の渦中にいるときは、

 

『どうしよう、、、』

 

とグルグルと考えて、なかなか解決策が浮かばないことがあるかもしれません。

 

そんな時こそ、目線を変えるのです。

 

椅子に座っていたとしたら、移動して別の椅子に座るのです。

 

別の椅子に座ったら、自分を見つめる別の自分をイメージします。

 

そしてさらに別の位置に変えます。

 

それは、第3者の自分です。

 

問題に直面する自分と、その自分を見つめる別の自分をイメージし、さらにそれを見つめる第3者の自分をイメージするのです。

 

第3者の自分は、落ち着いて、冷静に自分を見つめることができます。

 

その自分から、何かアドバイスできることは、ないでしょうか?

 

想像してみます。

 

そのような感じで、意識を変えると、その問題を解決するためのアドバイスが浮かぶかもしれません。

 

問題の渦中にいる

 

ということに気づいたら、一歩離れて見るのです。

 

意識が変われば、問題解決に向かう道筋が浮かぶかもしれません。

 

あなたの目の前の重要な問題が解決に向かうように願っております。

 

本日もお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたには、苦手なことはありますか?

 

苦手なことがあったら、克服しようとしますか?

 

僕も苦手なことがあったら、克服しようとしてきました。

 

例えば僕は、人前でのスピーチが苦手でした。

 

『上手に話せない』

 

という思い込みがあり、苦手意識があったのです。

 

そのため、本を買って学びました。

 

そして、1分のスピーチであっても、原稿を作成していました。

 

何回も練習して、本番に臨んでいました。

 

たった1分のスピーチにそこまでしなくても、という感じですが、どうにかして苦手を克服したかったのだと思います。

 

その結果、ちょっとしたスピーチでも、聞いていた人から、『うまいですね』

 

なんて言われるようになりました。

 

『苦手を克服したい』

 

という気持ちが、得意を作り出していたのでした。

 

それはそれで、感謝すべきなのですが、『自分はスピーチが苦手だ、ダメだ』という感じで、最初は自己否定からのスタートでした。

 

でも、本当に大事なのは、自分を肯定してから努力するということではないかと思います。

 

克服行動は、また次の自己否定を生み、また克服しようとします。

 

いつまでたっても、ありのままの自分にOKが出せないのです。

 

克服行動で成長することができるかもしれません。

 

でも、何か本来の自分で生きた心地がしなくなるものです。

 

苦手を克服することで、本当は何を得たいのか?

 

というところですが、

 

“認められたい”

 

のか、

 

“安心したい”

 

のか、

 

“成長したい”

 

のか

 

人それぞれ色々あるかと思いますが、何を得たいのかを認めて、ありのままの自分を肯定した上で努力して、本来の自分を生きていきたいですね。

 

本日もお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

あなたは、深く考えずに普通に行動している時、何を原動力にして動いていますか?

 

大きく分けて、2つあると思います。

 

その2つは、“恐れ”から動いているか、“愛”から動いているか

 

です。

 

例えば、

 

家庭を持っている男性が、会社へ行く場合

 

将来の生活費がなくなる“恐れ”があるから、今日も会社へ行く

 

かもしれません。

 

もしくは、

 

愛する妻や子供の生活のために必要な収入を得るために、今日も会社へ行く

 

かもしれません。

 

“恐れ”から動いているか、“愛”から動いているか

 

です。

 

『社会貢献のために、働いている』

 

という人も、

 

実は、社会貢献しなければならない。

 

誰かに貢献していない自分には価値がない

 

自分に価値がないことがバレるのが怖い

 

という“恐れ”から動いているかもしれません。

 

深層心理の深いところを探っていかないとわからない為

 

何を言っているのか、わからない

 

と思われる方もいらっしゃるかもしれません。

 

しかし、

 

1つ1つの自分の行動を丁寧に観察してみると、見えてきます。

 

僕の場合も、ほとんど恐れから動いていました。

 

恐れというか、不安があるから、安心が欲しくて行動するという感じでした。

 

 

“恐れ”から動いている自分に気づいた

 

だから、

 

“愛”から動くように変えなきゃ

 

と思って動くことも、実は恐れが隠れています。

 

“愛”から動かなければならない、”愛”から動けない自分を否定して、恐れているのです。

 

直そうとするのも、自己否定があり、恐れがあるのです。

 

では、どうしたらいいのか?

 

という話になりますが、まずは、自分の行動を丁寧に観察してみる

 

ということが大切だと思います。

 

観察を通して、“恐れ”から動いているのか、“愛”から動いているのか、気づくだけでいいのです。

 

“愛”から動いていた

 

とわかったことがあれば、それが、心地よかったり、力が発揮できるようであれば、その感覚をもっと大事にしていけばいいのです。

 

無理に増やさず、自分が心地よい方を選択していく感じです。

 

これは、やってみないとわからないので、言葉で説明するのは、なかなか難しいのですが、本来の自分を発揮するためにも、一度丁寧に自分を観察してみるといいと思います。

 

自分には“恐れ”しかない

 

と思っていたとしても、実は“愛”から動いていることもあるかもしれません。

 

誰にでも、愛があるのです。

 

まずは、良い悪いを脇に置いて、丁寧に自分を観察して、受け入れることから始めてみるといいかもしれません。

 

本日もお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

あなたは、何か新しい行動をするとき、恐怖を感じますか?

 

普通の人であれば、初めてやることであれば、恐れがわいて当然だと思います。

 

そして、恐れがわいて、そこから逃げて、やらない

 

という選択をすることもあるかと思います。

 

それはそれで自分の選択なので、肯定していいと思います。

 

でも、やればもっと良くなるはずなのに、やらない選択をすることがあれば、それはもったいないと思います。

 

それは、やってみたいけど、できるかどうかわからなくて、怖いことです。

 

恐れは、行動を止めてしまいます。

 

でも、実際に行動しているとき、恐れを感じているのでしょうか。

 

例えば、

 

『バンジージャンプをやって見たいけど、怖い』

 

ということがあったとします。

 

準備をして、ジャンプする直前までは、怖いと感じるのではないかと思います。

 

命綱が切れてしまったらどうしよう、

 

地面にこのまま落下してしまったら、どうしよう

 

なんて恐怖がわくかもしれません。

 

経験したことがないのでで、誰でもそのような恐れはわくと思います。

 

しかし、いざ、飛んでいる最中はどうでしょうか?

 

『怖いなぁ』

 

なんて考えているヒマはありません。

 

体験している最中は、恐怖を感じているヒマはないのです。

 

恐怖を感じるピークは、ジャンプする直前だと思います。

 

でも、それを過ぎてしまえば、あとは現実を体験するだけなのです。

 

行動する直前までが恐れがわいて、行動している最中は恐怖は消えて、経験しかないのです。

 

それがわかっていればいいのですが、わかっていないまま、ただ恐れに飲み込まれて、行動することをあきらめてしまうことは、もったいないと言えます。

 

 

“やってみたいけど、怖い”

 

そんなことがあったら、やって見た方がいいかもしれません。

 

やってしまえば、恐怖は消えるはずです。

 

本日もお読みいただき、ありがとうございました。