その男性に話を聞くと『 うまく話すことができない』 ということを悩んでいるようでした。
そして、
「うまく話せないから、 人とあまり関わりたくない」
と思っているようでした。
しかし、 話を聞いていて、 特にうまく話せない という印象は受けませんでした。
うまく話せない というのは 本人がそのようにジャッジしているだけでした。
そのように ジャッジした起源を辿っていくと、 子供の頃の体験 が見えてきました。
その体験は、 いくつかありました。
『口は災いの元 』ということを親に教えられた。
あまりベラベラ喋ると災いが起きる
上手に話せてしまったら、災いが起きるかもしれない
だから 話下手を決め込んでいる。
とか、
保育園時代、突然先生に 指名され、みんなの前で話さなければならないことがあり、緊張して、もじもじしてしまった。
みんなの前でとても恥ずかしい思いをした。
そして、
「僕はうまく話せない」
という思い込みができた。
などなどでした。
「僕はうまく話せない」
という思い込みは、小学校、中学校、高校と成長していく中で、更に強化されていったようでした。
自分の思ったことが素直に 言葉にできないときがあると、
『 ほら、やっぱりね』
『 やっぱり上手にしゃべれない』
というように、うまく話せない時分を再体験して再確認しているようでした。
そして、うまく話せないなら、友達もいらない、人との関わりたくない、嫌な気分を味わいたくない
という思いを持ちながら、大人になり現在に至っていたようでした。
そんな思い込みのブロックを外す為に、まず考えてもらったのは、 誰と比較して いるのか?
ということです。
どうやら、テレビに出ている人や 職場で上手に話せる人と比較しているようでした。
比較してもいいのは 他人ではなく過去の自分です。
過去の自分と比較したら、ボキャブラリーも増えているでしょうし、うまく しゃべることができるようになっているはずです。
そして次に、 うまく話せなかったらどうなってしまうのか?
を、考えてもらいました。
人とコミュニケーションが取れない
だからひとりぼっちになってしまう
と思っているようでした。
ひとりぼっちになってしまうことを恐れながらも、「人と関わりたくない」
と言って、人を避けて、なぜかひとりぼっちになる方向に向かっていたのでした。
『自分の人生の最後、死ぬ直前に 何と言って死ぬと思いますか?』
そんな問いを投げかけてみました。
「そんなつまらないことで 悩んでいたのはもったいない」
その返事が返ってきました。
うまく話せないと思っていたのは、本人の勝手な思い込みだったことに気づいてもらえました。
上手に話せなかったとしても コミュニケーションは取れます。
心を通わせることもできます。
幼少の頃、もうこんな恥ずかしい思いはしたくない
という自分を守るためにつくられた思い込みでしたが、大人になった今は、大寺に持っている必要がないことに気づいてもらえました。
そして、それを持ち続けていると、死ぬ前に後悔する
という大きな気づきも得てもらえました。
思い込みに気づかなければ、一生そのままです。
自分を守ってきてくれた思い込みに感謝し、不必要なものであれば、手放して、後悔のない人生にしていきたいですね。
本日もお読みいただき、ありがとうございました。
