来週の木曜日18時半から、武蔵境の武蔵野プレイスで介護について話します。
(どなたでも参加可能です)
介護についてはまったくの門外漢で、介護職でもないし、家族の介護経験もありません。(実父の看取りはしたけれども)
なのですが、約1年半前に介護業界の先鋭的な方々と出会い、介護に対する自分の先入観がくつがえされ、それについて投稿していたら「とうきょう地域ケア研究会」の山田さんから何か話してほしいと。
自分は介護について何も知らないからと何度か押し問答をしたんですが、山田さんの強引さに負け(笑)お引き受けしました。
当日は、介護と関係ない世界にいる私がなぜ、介護をやっている方たちの活動に衝撃を受けたかを話せたらと思っています。
業界内にいる方々に対しては、こんなふうにご自身の活動はユニークで新しいのかと再発見される話になればと。
また、介護とは無関係に生きている人たちにも聞いてもらいたいなと。
介護は自分とは無関係の話ではないです。
でも自分ごとにできている人は少ない。
というのも老や死はまだタブーみたいなところがあって、直視することが難しいのかもしれません。
でもね、生活リハビリ界隈の方々の話を聞くと、自分の中にある老や死に関する先入観がくつがえされると思います。
生老病死は普遍的なテーマで、
生きづらさみたいなものも、根本的にはこのへんから発しているのではないかと私は思っていて。
自分は人に迷惑をかけちゃいけない。ピンピンころりで子供にも誰にも迷惑をかけないで死にたい。そのためにもお金を稼いで今から貯めておかなければ、、、
もしかしたら、そんな生き方が世の中を覆っているのかもしれません。
死や老いは悲劇であると。
避けがたい苦悩であると。
いやいやいや。
生活リハビリ界隈の方々の話を聞くと、それがひっくり返されてしまう。
死や老いが悲劇であると誰が言った?みたいな。
仏教やさまざまな宗教が手に負えなかったテーマが、実践の中でこんなにも軽々と乗り越えられていることに驚嘆します。
しかも、日本発祥ですぜ。
西洋医学もコーチングも精神療法もカウンセリングも、私たち日本人はみんな欧米発祥のものをマネしてきました。
それらは、何か正解があってそっちに向かってコントロールしていくやり方だったのではないでしょうか。
博愛だとか支援だとか美しい言葉を使いながら、私たちは何かをコントロールしようとしてきました。
でも、生活リハビリ界隈には、コントロールを手放し、支援という二項対立を超えた、人と人との人間臭い関わりがあります。
ケアなんてしゃらくせぇとい笑い飛ばしてしまう何か。
コスパやタイパがくっだらなく思うような、生身の人と人との関わり。
美談に収まりきれない何か。
寝たきりだった日野西さんが、起き上がってタバコを吸いながらピアノを弾いていて、フェニックス日野西と呼ばれる奇跡。
介護しやすいように作られた高いベッドの足を切ってしまったり、
オムツが寝たきりを作ると言っているぶっ飛んだ人たち(わたし、大好物)
これが救いではなく、何が救いなんでしょうか。
これだけ聞いても何なのかさっぱりわからないですよね?笑
そうなんです。
自分の中にある「介護やケアはこういうものだ」という先入観をはるかに超えているから、ある意味とてもわかりにくいように思います。(私にはそうだった)
その辺、5月21日の例会で話せるかしら?
うーむ。
難しそうだけど、そのさわりだけでも。
私と同じように、多くの人が、生老病死と介護について勝手な先入観を持っていると思うんです。
その視野を広げることは、自分のこれからの人生をきっと豊かにするはずと信じて疑いません。
追記
ケア研の山田さんが勝手に書いてくれたチラシには、私のことを最先端のファシリテーターと書いてありますが、私は最先端じゃありません。w
だけど
私の視点はユニークで、私の視点を通して世界を見ると、世界が違って見えてくるといろんな人から言われています。
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