バイバイ ママ
偶然出会ったすごい虹🌈綺麗だったなぁ11月のよく晴れた日に母が旅立ちました。体調を崩し始めた丁度2年前全く食事が取れなくなり、原因不明の痛み食べずに少し痩せた方が良いと全く取り合わない主治医原因わからないまま精神的なものかもと病院を探しやっと入院できたのが丁度11月の終わりでした。あれから2年元々高安動脈炎の持病が若い頃からあった母。結果原因はその後遺症。母の年齢でその当時高安病になった方は60代で亡く方が多かったらしく60から今までは神様のギフトと思ってくださいと言われました。入院、自宅療養、入院その後施設にお世話になりまた入院。心不全から来る酷いむくみで最後は人ってこんなに浮腫むんだと思うほど。美に厳しく、綺麗なものが好きだった母はきっと辛かったと思います。いつ会っても今日は眉毛がおかしいわ今の美容師さんはカットが上手ねあら、爪の色を変えたのこのコートの色とても似合うわ娘の私にいつも可愛く、小綺麗でいて欲しかった母でした。亡くなる日こーさん、ちーさん、わたしのりさん、子供達でお見舞いに行ってました。ひょっとしたらこれが最後の意思疎通になるかもとどこかで思ってた前日けんさん家族がお見舞いに行った時は食事も取れてねえ、隣にseiちゃんが寝てるから起こしてあげて棚にseiちゃんの漬けてきた漬け物がはいってるから多分家に帰っていたのかな。すごくはっきり話していたようです。次の日、わたし達が行った時はこーさん、苦しいこーさん苦しいって様子がおかしかったので看護師さんを呼びに行きサチュレーションを測ったら66マスクを変え、酸素をあげ上がってきてわたし達は帰らなければならずママ、こーさんがいるから私は心配しなくて大丈夫だからね。と声をかけるとギュッと少し握る手に力が入った点滴が血管からできず、皮下点滴に変わったのは亡くなる前日。皮下点滴に切り替わった時点で医療的措置は殆どできず、使える薬も限られて腎機能が落ちていたので、多臓器不全もありうると思いとにかく痛いの、苦しいのは嫌と言っていたので眠らせてあげてほしいと看護師さんに伝えたら使える薬はモルヒネになるが、休日で担当医がいないため、明日手配すると思いますとの回答母の意向で、延命措置は一切しないと決めていたので、私は最期に立ち会えないと覚悟してました。18:00ごろ落ち着いた母は父にこの酸素マスクしながらどうやってご飯食べるのかしら今日の夕飯はは何かしらねと会話して父はまだ明日ねと帰宅私達は渋滞に巻き込まれて自宅に着いたのは19:30それから40分せず、呼吸が落ちてると連絡が来て父は夜運転ができないのでタクシーで病院に向かいましたが母の最期に間に合わなかった。病院に着いた時はまだ暖かかったそうです。最期を見せたくなかったのかな。お医者の話だと本当に苦しかった時間は少なかったと思うとの事でもお父さんくらい待ってあげれば良かったのに私は悲しみより母の気持ちを考えるとやっと終わったね、もう辛くないねとその気持ちが強いかなあまりに強烈なキャラクターだったから旅立ってしまったと思えなくて。会うのも電話もままならなかったから。あんなに鏡命だったのに最後の入院は鏡を一度も見なかった母辛かったし、見たくなかったのかな一人で逝ったのはわたし達を見たら、頑張らなくちゃってきっと思っちゃうからだと思います。今日は初めての月命日父の介護認定の面談で実家に向かっています。ママもうしばらく、パパはこっちで預かるわね。今日はお花も、お菓子も持ってきたからお茶を淹れて食べてね。バイバイママ私を産んでくれてありがとう