英検準1・1級に最短で確実に英検合格する方法教えます! -43ページ目

英検準1・1級に最短で確実に英検合格する方法教えます!

英検準1・1級専門コーチのさゆりです。
英検12年のブランク→1か月で英検準1級に合格。
0&2歳児ワンオペ、Wワーク中に→3カ月で英検1級に一発合格。
生徒様も3~4カ月で準1級・1級に合格者多数。
短期間で英検に合格する学習法をお伝えします。

■お知らせ
 

 

 

 

 

 

 

 

みなさん、こんにちは!

英検サポーターのさゆりです。

 

 

今回も私のプロフィールについてお話します。

 

前回までのお話はこちら

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【暗黒の就活期】

 

私の就活期は、

今でも思い出したくないくらい

しんどいものでした。

 

 

 

ことごとく、面接で落とされたのです。

 

 

 

一次試験で落とされる企業もあれば、

最終面接手前で落とされる

ところもありました。

 

 

私はどの企業でも

最終面接までたどり着かなかったのです。

 

 

 

 

 

今までの人生、

自分なりに頑張ってきたつもりでした。

 

他の人がしていないような経験もしてきた、

という自負がありました。

 

 

でも、それだけではダメなんだと

思い知らされました。

 

 

周りがどんどん内定をもらっていく中、

私は一人取り残されていました。

 

 

自分のすべてを否定されているような気がして、自分に自信がなくなりました。

 


 

 

 

このままではダメになると、

一旦就活をお休みして

実家に戻ったことがあります。

 

 

入院している祖母に会いに行き、

 

「就活がな、上手くいかんのんよ。」

 

半分泣きそうになりながら、

認知症の祖母に話をしたことがありました。

 

すると、

 

「ええんよー。

さゆちゃんはそのままでええんよー。」

 

と理解しているのかどうかわかりませんが、

優しく祖母が言ってくれました。

 

「そうなんかな、ええんかなー。」

 

そんなことを答えながら、

私は自分の今までの就活を振り返りました。

 

 

 

どうして私はどの企業にも

選んでもらえなかったんだろう。

 

 

 

 

それを考えたときに、

私はどの企業にも本気で就職したいと

思っているわけではなかった

ことに気づかされました。

 

 

 

 

それはそうですよね。

 

カナダに3年後には戻る!

 

という決意を抱いたまま就活しているのです。

 

 

3年で辞めるけど雇ってください、

って言っているようなものです。

 

 

 

私自身も

「自分が本当にやりたい仕事」ではなく、

将来の自分のスキルになりそうな仕事や

今後興味が持てそうな仕事を選んでいました。

 

 

 

志望理由も本気で思っていることではなく、

当たり障りのないことを言っていました。

 

 

 

 

 

企業にとって、

そんな失礼なことはないですよね。

 

そんな気持ちが

面接のときに出ていたのでしょう。

それは落とされても仕方がないです。

 

 

 

 

 

 

就活も終盤に迫った頃、

合同説明会にて運命の出会いをします。

 

 

子供に英語を教えている教室を運営する企業の

説明を聞くことになったのです。

 

 

この企業の話だけは今でも覚えていて、

企業理念と自分のやりたいことが

ピッタリはまりました。

 

 

 

私が就職するのはここしかない!

 

そう感じたのです。

 

 

 

それが、私が就職し、カナダに戻ることなく

12年も勤めた会社です。

 

 

この会社の面接は本当に順調に行き、

最終面接までたどり着くことが出来ました。

 

 

しかし、最終面接を一週間前に控えたある日。

 

このまま入社すると

指導部ではなく営業部になる、

ということがわかりました。

 

 

違う、私がしたいのは営業じゃない。

英語を教えたいんだ!

 

 

そう思った私がとった行動は、、、

 

 

 

最終面接を直前にお断りをしたのです。

 

 

 

その後、

私が就活をすることはありませんでした。

 

 

結局大学卒業式でも

就職先が決まっていないのは私一人だけ(笑)

 

 

就職先が決まらないまま

地元の岡山に戻りましたが、

無計画だったわけではありません。

 

 

「あの会社に指導部としてもう一度入社しよう!」

 

 

 

 

 

4月にその会社の指導部の説明会が

あることを知って、

そこで最後の賭け

に出ようとしたのです。
 

 

 

退路は断たれています。

 

 

 

これで入社できなかったらコンビニでも

何でもして働くつもりでした。

 

 

 

当日まで英語の勉強をし、

できることはすべてやって臨みました。

 

 

そして説明会当日。

 

 

自分が入りたいと思った会社、

やりたいと思った仕事なら、

面接でもイキイキと堂々と意見が言えました。

 

 

面接が楽しい!とすら思えました。

 

 

 

 

そうして無事に入社が決定

 

晴れて子供英会話講師として

働くことになったのです。

 

 

  

3年でカナダへ戻ると決意した私が

どうして12年も英会話講師として

日本で働いているのか。

またそのお話は次回に。

 

 

 

 

 

 

 

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みなさん、こんにちは!

英検サポーターのさゆりです。

 

今日も前回に引き続き

私のプロフィールについてお話します。

 

過去のプロフィールはこちらから

 

 

 

 

 
 
 

 

 
 
 

 

 

 

 

 

 

 

【カナダワーホリ帰国直前】

 

さて、帰国が迫ってきたある日

私が下したとんでもない決断。

 

「日本に帰らない」

 

 

 

 

 

カナダでやりたいこと、学びたいことが

ワーホリ中にできた私。

 

行きたい学校も見つけました。

 

そこで日本にいる家族に伝えます。

 

「カナダでやりたいことがあります。

大学も辞めてこっちの学校に通いたいです。」

 

 

家族の反応はいかに・・・。

 

 

メールを送ってから

数日音沙汰がありません。

 

やっと返信がきたと思ったら兄からでした。

 

「やりたいことができたのはいいことだ。

でも、日本に帰るという約束を果たせ。

本当にやりたいことなら、

帰国して大学もちゃんと卒業して、

働いて貯めた自分のお金で行け。

 

お母さん、泣いとるで…。」

 

 

私が帰ってこないと知った母は、

あまりのショックで返事が

できなかったのです。

 

 

母に代わって兄が怒りのメールを

送ってきました。

 

今から思うと、

兄の言っていることは正しいと思います。

 

 

それでも、

カナダでやりたいことを見つけた私は

「なんでわかってくれないんだろう」

と思っていました。

 

 

 

日本に帰ったら、

また自分がやりたくないことを学びに

大学へ通わなきゃいけない・・・

そんな憂鬱な気持ちもありました。

 

 

 

あの生活に戻りたくない。

カナダで勉強したい。

そんな逃げるような気持ちも

あったんだと思います。

 

 

 

 

 

 

しばらくして母からメールが来ました。

 

 

 

「やはりちゃんと大学は卒業してほしい。

1年という約束だったから

カナダ留学も許可した。

あまりにもさゆりとの思い出が

少なすぎてさみしい。

やりたいことを否定はしないけど、

ちゃんと筋を通して。」

 

 

そんな内容のメールをもらってから、

しばらく自分が将来どう生きていきたいのか

考えました。

 

 

その結果、日本に帰国することを決めました。

 

 

私は家族の応援なしでは、

自分らしく生きられない。

 

 

それが帰国を決めた理由でした。

ちゃんと大学を卒業して、

お金をためてまた海外へ行こう、

 

 

そう決めた矢先、

また母からメールが来ます。

 

 

 

「あれからまた考えました。

大学卒業にこだわっていたのは

お母さんだった。

あなたにとって卒業するより

大切なことがあるのなら、

お母さんはそれを誇りに

思わないといけないね。

自分の娘に夢があるほど、

幸せなことはない。

日本の大学を退学してもいいから、

カナダで自分のやりたいことを

頑張りなさい。

 

 

なんと、カナダに残りたいといった

私の背中を押してくれたのです。

 

 

カナダに残って自分のやりたいことをやる。

日本に帰って大学を卒業して

お金を貯めてまたカナダへ戻る。

 

 

どちらの道も選べた私が

最終的に選んだのは、

 

日本に帰って大学を卒業して

働いてお金を貯めてまた留学する

 

という道でした。

 

家族が応援してくれたことで、

なぜかわかりませんが、

やはり自分の力でまたカナダへ来よう

そう思ったのです。

 

 

ちなみに、

こんな大波乱が巻き起こっているとき

父は一度も私にメールを

送ってきませんでした。

 

 

あとから母に聞くと、

「お父さんは最初から反対してなかったよ。

さゆりがそう言いだすの

わかってたみたいよ。」

とのことでした(笑)

 

 

そうして、濃~い時間を

カナダで過ごした私は、

再びカナダに戻ることを決意して

帰国します。

 

 

 

 

 

【帰国後】

 

日本に帰国してからは、英語力維持のため

英語を使うレストランで

バイトをしていました。

 

英語ばかり喋っていたので、

大学での中国語はかなり苦戦しましたが

それでもなんとか単位もとり

卒業できることになりました。

 

 

ここでまたもや暗黒時代へ突入です。

 

就活の壁が立ちはだかります。

 

 

この就活の壁、

今でも思い出したくないくらい

暗くしんどいものでした。

 

 

続きはまた次回に。

 

 

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みなさんこんにちは!

英検サポーターのさゆりです。

 

 

さて、本日も私のプロフィールの続きを

お話いたします。

 

 

前回までのお話が気になる方は、

こちらをご覧ください。

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【留学~カルガリー編~】

 

ワーキングホリデーでカナダのバンクーバーに

留学をしていた私。

日本語を使ってしまう環境を変えようと、

移動先に選んだのはカルガリーでした。

 

 

 

 

 

 

ここを選んだ理由は

バンクーバーからさほど遠くない、

(それでも夜間バスで13時間の旅でした)

そして日本人があまりいない

という理由でした。

 

 

まったく知らない土地についた私。

2週間ほど住むところは確保していたので、

その間に定住する家を探します。

 

家が見つかったら、次は職探しです。

 

「留学中は絶対親には頼らない!」

 

と決めていた私。

 

 

残金が15,000円になって生活できない!

となった時も

両親には報告せず、仕事を掛け持ちして

なんとかしのいでいました。

(帰国する時のお金だけ別にとっていました)

 

 

なので、

カルガリーでも仕事に就くということは

絶対条件でした。

 

 

私の職探しはなんともアナログでした。

 

 

初めて英語で作った履歴書を握りしめて、

ひたすら町を歩きます。

 

そして「求人募集」の看板が出ていたら、

お店に入って「仕事させてください」

と履歴書を店員さんに手渡しする。

 

それを何週間か毎日やっていました。

 

 

変な目で見られたりすることもあったりして、

なかなか上手くはいきませんでしたが、

それでも何店舗か「雇いたい」と言ってくれ

面接を受けてきました。

 

 

就職先はドーナツ屋さん。

 

 

 

 

 

職場には日本人どころかアジア人もいません。

そんな中新しく入った私は、周りに嫌煙されていました。

 

ネイティブではない英語を話す

よくわからない小娘の日本人。

 

そんな感じに見えていたのでしょう。

挨拶しても「はぁ。」アッサリと対応されることが多かったです。

 

それでもへこたれず

毎日毎日挨拶をしていました。

 

 

お客さんがいなくて時間が余ると、

お店の中を掃除したり、商品を補充して

自分がその時にできることを見つけて

積極的に動くようにしていました。

 

 

そうすると、私に対する周りの態度が変わってきたのです。

 

 

 

「さゆり、おはよう!今日も元気ね。」

 

「あなた、よく働くからオーナーに言って

給料あげてもらいなさい。

私が言ってあげる!」

 

 

 

そんな声をかけてくれるようになったのです。

 

私は接客担当でしたが、

お店が混雑してくると

「大丈夫?よくやってるわね!」

と、手伝ってくれるようになりました。

 

 

少しずつ人間関係が出来て

楽しくなってきた中、

また環境が変わります。

 

 

ドーナツ屋さんとは別に、

シーフードレストランも

掛け持ちしていたのですが、

そこでも働きぶりを評価してもらい

 

 

「給料を上げるからたくさん働いて欲しい」

 

 

と言われて、

ドーナツ屋さんを辞めることになったのです。

 

 

 

 

 

シーフードレストランは

家族経営のお店でした。

 

本当によくしてくれて、

今でも付き合いがあります。

 

 

もちろん、働いていても

大変なことはありました。

 

 

 

バンクーバーでは「上手!」

と言われた英語も、

カルガリーでは

「何言ってるかわからない」と言われます。

 

 

日本人が少ないため、

日本語訛りがあった私の英語は

聞き取りにくかったのでしょう。

 

 

 

「この子何言ってるかわからないから、接客担当変えて」

 

 

とお客さんに言われたこともありました。

さすがに悔しくて泣きました(笑)

 

 

 

それでも日本語がしゃべれない環境に

身を置くことで

私の英語も上達していきました。

 

接客も数をこなし、

顔見知りのお客さんも増えてきました。

 

 

 

 

 

 

職場の人たちとの関係も良好で、

毎日楽しく働いていました。

 

 

 

そうして、留学生活も終わりが見えたころ

一つの夢を叶えます。

 

 

働いて貯めたお金で

1か月間アメリカ横断の旅に出ます。

 

 

 

中学生からの夢だった横断の旅。

 

幼馴染の友達がアメリカに留学に来ていたので、

その子と旅に出ました。

 

 

アムトラックという日本のJRのような鉄道を駆使し、

色んな都市を旅しました。

 

 

 

 

 

ニューヨーク

フィラデルフィア

ワシントン

シカゴ

フロリダ

マイアミ

ロサンゼルス

サンディエゴ

ニューメキシコ

 

 

 

 

 

 

 

途中トラブルもたくさんありましたが、

何とか無事に行って帰って来れました。

 

 

 

そうして、順調に帰国の日が近づいている中、

私はもう1つ決断をします。

 

 

それは、

 

 

「日本に帰らない」

 

 

 

この決断が、我が家に大波乱を巻き起こします。

(そりゃそうか。笑)

 

 

次回のお話は、「さゆり、カナダに残るってよ」です。

お楽しみにお待ちください!

 

 

 

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みなさん、こんにちは!

 

英検サポーターのさゆりです。

 

 

 

 

前回は 私と英語との出会いについて

お話をしました。

 

 

 

 

 

 

 

今日は私のプロフィール②をお話します。

 

 

【大学時代】

 

英語に対して、人一倍努力をしていた私。

大学は外国語学部英米学科を志望していました。

 

 

しかし大学入試本番で大きな失敗をし

志望学科の変更を余儀なくされます。

 

 

どうしても外国語学部へ行きたかった私は

将来自分のなりたい仕事に役立つであろう

と思い中国学科へ入学をします。

 

 

 

 

「将来の自分に必要なことだから」と

気持ちを割り切って入学を決め、

楽しく学生生活を送ってはいるものの

周りの友達との学習意欲の差に

どうしてもモヤモヤしてしまいました。

 

 

 

 

 

 

外国語学部なので、多くの人は留学をします。

 

 

 

周りの子達はみんな中国への留学を

希望していました。

 

 

 

そんな中私は一人カナダへの留学を決めます。

 

 

 

ワーキングホリデー

という制度があること知った私は、

 

 

 

・いくら金額が必要なのか

・その制度で何ができるのか

・必要な書類は何なのか

 

 

ワーキングホリデーについて

詳しく調べていきました。

 

 

 

県外の大学に行かせてもらっているのに

さらに留学に行きたいとは

口が裂けても両親に言えなかったので

ワーキングホリデーのための資金を

バイトで貯め始めました。

 
 
 

 
 

 

友達との誘いも全部断り、

空いた時間はとにかくバイトをしていました。

(みんなでディズニーに行く計画立てているのに、私だけ行かない決断をしたときはさすがに悲しかったです。笑)

 

 

 

バイトも3つくらい掛け持ちをしていたので、

昼夜問わず働いていました。

 

 

 

深夜の工場で

ブラジル人のおばちゃん達と一緒になって

ひたすらイチゴのヘタを取るバイトを

したこともありました。

 

 

寒い工場内で

確定申告の書類詰めを

指がカサカサになるまでやったことも

ありました。

 

 

 

 

 

そうして無事に

ワーキングホリデーの資金を貯めた私は、

そのお金を持って両親に直談判しに行きます。

 

 

 

 

両親が心配してはいけないと思い、

安心できる留学会社も自分で選びました。

 

 

 

お金と留学斡旋会社のパンフレットを前に、

私の熱意に負けた両親は

無事ワーキングホリデーに行くことを

承諾してくれました。

 

 

 

大学2年生が終わった春から

1年間休学をして

晴れてカナダへ旅立ちます。

 

 

 

 

 

 

【カナダ ワーキングホリデー】

 

留学先はカナダのバンクーバー。

 

 

 

 
 
 

3ヶ月間は現地の語学学校に通います。

 

 

 

English Onlyの学校で

母国語を話すとペナルティが課せられる

学校でした。

 

 

 

 

留学をしたら現地での生活費を稼ぐため

働くつもりでした。

 

 

 

ただ働くのは、学校に通い慣れ、

生活の基盤が出来てからと思っていました。

 

 

 

しかし、現地へ到着した次の日、

たまたま食べていた

ホットドッグスタンド屋さんのオーナーに

声をかけられます。

 

 

 

「ここで働いている人を探しているんだけど」

 

 

 

右も左も分からないのに「やります!」

と、答えた私(笑)

 

 

 

オーナーはパキスタン人。

とても優しい人で顔も広く、

ホットドッグスタンドには毎日

多くの人が買いに来ました。

 

 

 

そこで私の英語力も

少しずつ鍛えられていきました。

 

 

 

ホットドッグスタンドは

ロブソンストリートというバンクーバーの

メインストリート上にあったので、

私の学校の友人も毎日遊びに来てくれました。

 

 

 

友達にも囲まれ楽しく過ごしていましたが、

留学して5ヶ月ほど経った頃、

ふと日本語をよく使っている自分に

気が付きました。

 

 

 

 

「英語を学びに来たのに

このままではいけない」

 

 

 

そう思い、バンクーバーから移動し

誰も自分のことを知らない土地で

また1から人間関係をつくり、

英語を学び直そうと決めました。

 

 

 

 

 

 

 

バンクーバーで得た仕事も、

築いてきた人間関係も全て手放し、

私が移動先に選んだのはカルガリー。

 

 

 

もちろん、誰一人知りません。

仕事もありません。

 

 

 

このカルガリーで、残りの留学生活を

過ごすことになります。

 

 

 

カルガリーからのお話はまた次回に!

 

 

 

 

 

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■お知らせ
 

 

 

 

 

こんにちは!

 

英検サポーターのさゆりです。

 

 

 

今日から私のプロフィールについてお話します。

 

どうやって英語に出会ったのか。

なぜ英語を使った仕事をしているのか。

そして、今英検サポーターとして活動している理由。

 

これを何回かにわけてお話していきます。

 

 

 

今日は私と英語との出会いについて。

 

 

実は、私は「英語が苦手だな」と思ったことがありません。

 

 

「自分が苦手だったから、

同じような悩みの人に教えたい!」

という方もたくさんいらっしゃいます。

 

 

ただ、何度自分の過去を思い出してみても

 

「英語が苦手だな」

という感情が出てこないのです。

 

それは幼いころの私の経験に理由があります。

 

 

 

【幼少期】

私が英語に触れ始めたのは小学3~4年生の頃。

外国人の宣教師さんが

月に1回ほど自宅に来てくれて、

そこで一緒に歌を歌ったり

ゲームをしたりしていました。

 

 

 

 

 

 

といっても、我が家は完全な仏教です。

なぜ宣教師さんが

自宅に来てくれていたかというと…

若かりし頃の母が

「外国人の宣教師さんかっこいい!!」

と教会に行ったことがきっかけだとか(笑)

 

 

 

その母のミーハーな部分を

しっかり私も受け継いでいまして(笑)

かっこいい&可愛い宣教師さんが来てくれるのが

毎回楽しみで仕方ありませんでした。

 

 

 

 

 

信仰心とか全然わからない子供の頃でしたが、

それでもハロウィンやクリスマスには教会へ行き、

そこの子供たちと一緒に

ゲームをしたりしていました。

 

 

 

 

 

 

その当時の出来事は、

今でも鮮明に覚えています。

 

どんな教会だったか。

何のゲームをしたか。

 

本当に楽しかったんだと思います。

 

 

 

 

 

当時はもちろん英語はわからなかったですが、

「英語って楽しい!」と思えたのは

この経験があったからだと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【小学校高学年・中学・高校】

 

英語は楽しい!そんな気持ちが芽生えた私が

本格的に英語に触れ始めたのは

小学校5年生の時。

 

 

個人で英会話をされている先生のところに、

週1回習いに行き始めます。

お友達と楽しく学ぶアットホームなお教室でした。

 

NHKのラジオ英会話を

テキストに使ったお教室で

フレーズを何度も練習した記憶があります。

 

 

 

 

ただ、私が一番楽しみにしていたのは、

先生が海外旅行へ行った時の、

現地のお話や写真、お土産です。

 

 

 

 

 

どの話もキラキラして聞こえて、

海外へ強い憧れを持つようになりました。

 

 

 

 

その教室は中学生になったと同時に辞めてしまいましたが、

英語への興味はますます膨らんでいきました。

 

 

 

そして本格的に英語を学ぼうと決意したのは

中学生。

 

 

 

 

そう…

 

 

 

宇多田ヒカルの登場と共に、

私の英語人生は大きく変わりました(笑)

 

 

 

宇多田ヒカルが大好きだった私は、

彼女が帰国子女であることを知ります。

 

そして実際に英語で喋っている姿に

衝撃を受けました!

 

 

 

「なんてかっこいいの!!

私、宇多田ヒカルになる!!」

 

 

冗談みたいな話ですが、本当です。

「宇多田ヒカルになる」宣言を周りにして、

英語の勉強を本格的に始めます。

 

「好き」の気持ちって、

すごい原動力になりますね(笑)

 

 

 

 

そこからは独学で英語の勉強をしていきました。

 

歌で英語の歌詞を覚えたり、

発音をそれっぽく聞こえるように

近づけてみたり。

 

一つ一つの歌詞を、

辞書をひきながら自分なりに和訳してみたり。

 

海外ドラマを見て

(その当時は周りでフレンズが流行ってました)

セリフの練習をしたり。

 

ひたすら洋画を借りてきて、

それを見てみたり。

 

洋楽を聞き始めたのもこの頃です。

 

 

 

 

 

また、高校の学校見学へ行ったとき

その高校に通う留学生が

前に出てスピーチをしていたのですが、

その子が帰りの電車で一緒になって

勇気を出して話しかけたことがあります。

 

 

話をすると、

なんと家がすぐ近くだということが判明!

 

そこからは、その留学生と土日によく遊ぶ

なんてこともしていました。

(約束してなくても毎週来てくれて、

「さゆちゃーん、外国人の女の子が来てるけどどうしたらええんかな~?」

とおばあちゃんが困っていました。笑)

 

 

 

 

「英語好き」が加速したころ、

高校生でホームステイプログラムに参加します。

 

 

2週間、オーストラリアのパースにホームステイができるプログラムです。

 

今から思うと、

決して安い金額ではなかったけれど

私の熱意を買って

行かせてくれた両親に感謝です。

 

 

ずっと憧れだった海外!

やっと来れた!

 

そう思ったのも束の間、

初めて英語の壁にぶち当たります。

 

 

 

「英語がわからない」

「何を言っているのかわからない」

「わからないのにYESと答えてしまう」

 

 

 

私の実力を感じ取ったステイ先の女の子は、

”Do you like~?”の質問しか言ってくれなくなりました。

 

ホストマザーが伝えてくれた次の日の予定がわからなくて、

ずっと部屋で待ちぼうけしていたこともありました。

 

聞き取れない、わからない、

それが苦痛で部屋からなかなか出られない日もありました。

 

 

 

 

 

 

友達もいたので楽しく過ごせてはいましたが、

悔しい思いを抱えたまま帰国。

 

 

このままではダメだ!

 

 

 

と、さらに英語の勉強を始めます。

 

その当時、某英会話学校に通わせてもらっていたのですが、

勉強に勉強を重ねて、大人と同じクラスにレベルアップ。

 

 

周りが大人の中で私だけ高校生でしたが

揉まれながら何とかやっていました。

 

 

外国人の先生に頼み込んで、

英語で交換日記をしていたこともあります。

 

英語に対しては、

人一倍努力をしていたと思います。

 

 

 

 

 

 

もちろん大学は外国語学部英米学科を志望。

そのために勉強をしていました。

模試でも入学可能だろうという結果が出ていました。

 

 

それでも、人生上手くいかないものですね。

大学入試本番で大きく躓き

志望学科の変更を余儀なくされます。

 

 

 

大学入試からは、また次回にお話ししますね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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