山親父の日記 -527ページ目

ラグビー人生54夏合宿Ⅴ

そんなとこで夏合宿の打ち上げ、私は伝説を作ってしまいます。


合宿中は禁酒です。

但し、中日と最終夜はOKです。


中日は河瀬、藤田の大工大コンビに、伝統のペンション、


(さわがに)に連れていってもらったと思います。

違ったかな?


さて打ち上げの飲み会の話です。


ポジションごとに別れていろんな場所で同時進行です。


私はロックNo.8のグループでした。

宿舎から少し離れたペンションのレストランで始まりました。


例により上級生がビールビンを手にすると、一気飲みの掟通りの、

ビールわんこそば状態でした。


私もだいぶこういう飲み会のコツを覚えて楽になりました。


最初の方はあまり食べないで、ビールをごくごくと飲まずに、カパッっと喉に放り込むように飲みます。


しばらくして喉元までビールがあがってくるんで、我慢せずトイレに行きます。(笑)


そのうちに身体が馴れてくるので、余裕を持って飲めます。


この店の、自家製ソーセージやピザが美味しかったの覚えてますからたいしたものです。(笑)



それでもへべれけまで飲まされて、そこでお開きになり、


みんなでぞろぞろと畑の中を歩いて帰りました。


宿舎につくと、食堂ではフロントローグループがまだ飲んでいました。藤田さんをリーダーに。


ここの一年生もうすでに、全滅に近い潰され方をしていて、


私達はビールだけだったのですが、ここは差し入れの日本酒やられていたんです。

すでに上級生が自分たちで楽しみながら飲んでいる状態でしたが、


私達が合流したんで、もう一度仕切り直しに入りました。


私テーブルの端に座らされ、横が藤田さん、前の席に河瀬さん。


絶望的なトライアングルですね。(笑)


日本酒で乾杯です。


一応酔っぱらいだすと無礼講となりますが、調子に乗りすぎれば痛い目に合います。


私この辺の駆け引きが得意で、先輩をそこそこいじりながら、楽しませていました。


しかしビールを散々飲んだ後の日本酒です。まわりました。


それでもコップ酒をぐいぐいいかされます。


周りの一年生もどんどん潰れていきます。


ここで私の癖なんですが、

高校時代の終わらない練習にぶちきれたように、


いつまでも飲まされるくらいなら、こっちから飲んで潰れてやろうと。


河瀬さんに向かい、

「そこまで飲ませたいなら、飲んでやらぁ」と、


暴言を吐き、


半分程残った一升ビンを手にすると、


テーブルに飛び乗り、銭湯で牛乳を飲むかのように腰に手を当て、


一升ビンを天井に向けて一気に飲み干します。


これにはさすがの上級生もびっくりして、大ウケです。


一気に盛り上がり、お前は面白いとヒーロー扱いです。

これに調子に乗った私、



もう一本、半分残った一升ビンを手にすると、さっきと同じように、テーブルに乗り、また一気に飲みました。


この時私、飲み終わってなんかインパクトのあること言わなくっちゃと考え、


「こんなもん、ハーフタイムのポカリと一緒じゃあーー。」とのたまいました。


結局これでお許しが出て、部屋に引き上げて良しとなりました。





この日、血を吐きました。

これが伝説が生まれた話です。(笑)

次回はこの続きを。

ラグビー人生53夏合宿Ⅳ

夏合宿、前にも書きましたが、午後は基本的に試合のみ、


試合に出る一年生は楽なものでした、


相手のグラウンドで試合を終えると、後は宿舎に帰っておしまいです。


気の利いた先輩は、薬品箱にティッシュにくるんだタバコを隠しておいて、帰り道プカプカさせながら帰ってました。(笑)


宿舎につくと離れにシャワー室があり、直ぐに浴びます。

ラグビー部って汗臭い印象があると思いますが、頻繁に汗を流していました。


それから、壊れたバスタブのなかに、差し入れのスイカが高原の冷たい水で冷やされています。


私今でもスイカの美味しいの見分けるのが得意ですが、この時に養った能力です。(笑)


このシャワー室の思い出を、




合宿中何か一年生に粗相があり、

ある夜、二年生に集合かけられました、

横一列に並んで説教を受けてましたが、


どうも説教だけでは済まない展開になってました。(笑)


どうやら、ほっぺたの一つ二つ、撫でられるようです。


足元を見ると、よく温泉宿に行くと見かける便所下駄がそこらに転がってます。

あの歯がないつっかけですね。


あれでやられたらたまったもんじゃ有りません。


説教を聞きながら、足でそうっと隠しました。(笑)


結局先輩は気が付かず、平手で一人づつ、ほっぺたを撫でてくれました。(笑)


しかし昔はよく殴られたな。

うちの親父にもやられたし、高校のときは先生に、失禁するほどいかれたし、


大学一年生の時は先輩に、


そういえば、四年程前にも藤田さんにぼこぼこにされたな(笑)

四十越えているのに、





これは私が調子に乗りすぎたんですが。(笑)



殴られるのも愛情の裏返しかな。


うちの姉は、非暴力主義でこんな話は大嫌いです。


けど私だれも恨んでないですよ。


あの社会人一年目に上野の交差点で私を殴り付けた酔っぱらい以外は。(笑)

師匠には悪いことした。

きのう、オールスター感謝祭やってましたね。

お馴染みの司会者、

島○紳○師匠の思い出を、

それは私が京都にいた高校時代の夏、

練習が休みの日曜日、仲良しの鈴木君と二人で、

今は無くなってしまいましたが、


鴨川沿いにあったホリデイン京都のプールに遊びに行きました。

男二人で(笑)

丁度その日は、地元のテレビ局、KBS京都の主催でミス京都コンテストがプールサイドで行われました。


司会はピン芸人になったばかりの師匠。


私達は、他のヤンキー達との安全な距離を保ちつつ、


かぶり付きで、下半身をプールの水で冷やしつつ、


水着姿で目の前をうろうろするお姉さんを凝視していました。


滞りなく、イベントは進み、無事にミス京都やミスフォトジェニック等が選ばれ、終了しました。


私達は又他のヤンキー達との安全な距離を保ちつつプールをうろうろしていました。

しつこい?


プールサイドでは、サクサクと撤収作業が行われていました。


そこに師匠、上下真っ白いタキシードを着てたたずんでいます。


私、ピン!と閃いて、鈴木君に目配せします。


二人でプールの中をそーっと近づいて行きました、


その時離れたところに居たヤンキー達も意図を汲み取り、


同じく目配せをして、そーっと集まって来ました。


そーっとプールから上がり師匠に近づきました。
無言で、



我々の気配を感じた師匠、

振り向くなり、


「おまえら、やめてくれ。」


と腰を引きます。


「悪いところがあれば謝るから、何でも言うこと聞くから勘弁してくれ。」


と、懇願しますが、私達とヤンキー達はさらに近づいて、師匠を捕らえます。


「何時もいってるやろ、俺身体弱いねん。」

「このタキシード、自前で、このまま大阪いかなアカンねん」


「なぁ頼むから勘弁してくれ。」


「やめてくれ~~。」


と叫びながら、師匠は我々に、プールの中央辺りまで放り投げられました。


この間我々一言も口を訊きませんでした。


見事な連帯感でした。


プールサイドの一般人、
ミスコンの参加者、スタッフまで大爆笑。



しかし、師匠が大きく弧を描きながら、翔んでいくときのひきつった顔、30年程たった今も、頭から離れません、


夢にも度々。


師匠あのときはすみませんでした。