人の命に限りがあることは。


生まれながらに全ての人が認識している。


生と死は表裏の関係であり、生まれながらに死に一歩づつ近づいていく。


生きていく中で、命の終焉を告げられることがある。


余命という形で。


余命 を 告げられた 人 は どういう 行動 が とれるだろうか?


余命 を 告げられた 人 の 家族 は どのような 行動 が とれるだろうか?


答えのない課題に対して。


真摯に現実を受け入れるべきである。

病院に見舞いに行っている。


病院では、悲痛な叫び声があちこちから聞こえてくる。


「痛い。」 「苦しい。」 「寂しい。」 「死にたい。」


自由を失い、自分を見失う。 若さを失い、死を意識する。


混沌とした空間に、お見舞いの花が飾ってある。


花の状態が。その人の今の気持ちを表している。


差し入れを期待して、一日を過ごすことも。


見舞いに来てくれた人に、うれしさを素直に表せないことも。


全部が全部、この空間は受け入れている。


時間がやたらと過ぎていく。


紙芝居を捲っても捲っても。捲っても捲っても、同じシーンだったなら。


きっと、オモシロくないだろう。


「生きていること。」 が オモシロくないだろう。


紙芝居に絵を描きに行こう。


そう思って、病院に行っている。


精一杯の絵を描きに行こう。


愚痴の中に、希望という名の花があって。


「死にたい。」という言葉の裏側に、「生きたい」という言葉があって。


じっと僕の顔を見る、その目に力が宿ってあって。


現実の中に。現実を受け入れる中に、自分と相手が居る。


真っ白なキャンパスに、明日という名の差し入れを。


リンゴやイチゴや、カステラやコーヒーや。


いっぱいいっぱい絵を描こう。


乾ききった口元が。


少し潤うような感じが。


生きるという行為なんだと。


今日、あらためて感じた。




髪を伸ばしている。


就活の時。父親に無理やり「リクルートカット」にされた反動で。


反動とは恐いものである。意地である。意地でも切らない。


父親には。 「きもいな。」って言われた。 

母親には。 「むさい。いや、むさ苦しい。」って言われた。 至近距離で。

お婆ちゃんには。 「こじきが見舞いに来た。」って言われた。

「髪切るお金あげようか?」って続けて言われた。


苦学生が髪を切るお金をケチっているわけではない。


毎月、美容院に行っている。ホンの少しを切りに行っている。


今の僕の髪型はボブカットである。


ヨーロピアンなイメージで伸ばしているつもりである。


とんだ勘違い野郎である。


でも、切らない。


「ヨーロピアンな和歌山県民。」


僕の勘違いって一番、怖いかもね。



昨日は一日、穏やかに穏やかに平和な一日が過ぎていった。


朝起きる。天気が良い。ほんのり暖かい。

平和である。


朝飯が出ている。食べる。うまい。

平和である。


本を読む。ボーっとする。本を読む。ボーっとする。テレビをツケッパにする。

いっつも、ツケッパである。

平和である。


天気がいいので、犬と遊びにいく。迷惑そうである。眠そうに、面と向かって二回連続であくびをされる。

犬にも相手にされない。

平和である。


庭のミカンの木になっているミカンをトリが食べている。

ボーっとみる。

うん。平和である。


早稲田とトヨタのラグビーの試合を録画で見る。

大興奮である。

ブラウン管内は白熱であるが。 僕はコーヒーを飲みながらで。

うーん。平和である。


おばあさんの見舞いに行く。

餃子が食べたいとパシリに使われる。

スーパーに行く。行ってみたら、友人に逢った。

子供と妻と買い物中。

うん。うん。平和である。


夜は仕事に行く。


いつものように時間が過ぎて。帰って。風呂入って。ヨーグルト食べて、歯磨いて寝た。


田舎は平和である。のんびりのんびり一日が過ぎていった。


お母さんとお父さんが旅行に行った。


なんとも平和なご時勢。


こんな毎日が我が家に続きますように。


先週末、風邪を引いてしまった。

しかし、シフトに入っている以上、全然問題なく働くことになった。

僕が、「風邪引いたみたいやな。」って母親に言うと。母親は「まあ、しっかり稼いで来て。」って一言。


風邪引いて、「大丈夫?」 

な→んて言って貰える時期はとうに過ぎ、風邪を引いたのは自己管理が行き届いてないからだと思われる年頃になってきたわけです。


社会人になるということは大変なことです。

仕事は休めません。当たり前のこと。「自己管理。」それに尽きるとつくづく感じました。


そんなこんなで、うどん屋は忙しく、土曜、日曜日のピーク時には店の前で待っていただくお客さんもいらっしゃったり。寒い中、店前で待っていただき、本当に頭の下がる瞬間が続きました。


「おいしいものを作り続ける。」という単純な経営活動が、多くのお客様に支持されていることは本当にうれしいことであります。


田舎の一軒のうどん屋。


毎日のように来てくれるお客様も。週末には必ずお目にかかれるお客様も。常連客で成り立っている店。

毎回が真剣勝負。次に繋がるような瞬間をいかに多く創ることができるかが勝負だと考えています。


そうです。唐突ですが、株式投資なんてやってたりして。

楽天証券でセコセコとやっております。


投資の本を読んだり、新聞、週刊誌を読んだりしても。

「この株が熱い。」やの、「絶対儲かる」やの。


信じがたい良好な企業情報がつらつらと書かれています。


少し前に「ライブドアショック。」なんてありましたね。そのときに、「インサイダー取引。」(この株持ってたら儲かりまっせ。っていう企業内部情報をもらしたりすること。)が取り上げられていましたね。


そんなん言い出したら、株式投資指南本だって。有名投資家が「これが上がる」って言い切る情報も。


株式公開企業と何らかで関係がある、出版社、投資家の株式情報は、「インサイダー」に繋がるんじゃないのって言いたくなる。(そんなんに限って上がらないんだよね。)


情報が氾濫し、ネット取引で簡単に短時間で売り買いを繰り返す。


企業が株主のために企業活動を頑張っているとしたら、株主にも株を保有する責任がありますね。


そう想いながら、セコセコ株式投資をやっている、そんな自分がいるのです。


矛盾。


に、入社式後に行こうと思う。


贅沢な時間だけど、きっと自分の将来の先行投資になると信じて。


お金も俄然掛かる。 正直、きつい。


しかしながら、やってみようと思う。


APUに入学して、本当に英語をサボった。


英語が苦手。英語が嫌い。


言い訳が重なり、本当に英語から逃げてきた。


たくさんの人間と国境を越えて話してみたい。


国境を越えた、未知の環境で自分の環境適応能力を高めたい。


本場のスポーツ。本場の飲食業を学びたい。


楽しんで。楽しんで。学びたい。


そう。 「人生、楽しんで生きていきたい。」  今日という日は、強くそう感じました。


そうでした。こんなこともありました。


大阪で道を聞かれたんです。おばちゃんに。


「あのー。スイマセン。分らないです。」 正直に答えたその時。


おばちゃんは、僕にこう応えたんです。


「そんな格好しているのに、わからないの?」


どういう意味でしょうか? その答さえ、LAには隠れているかもしれないな。


そう感じました。

去年の終わりの、12月31日。 僕にとって忘れられない一日になった。


それは幼稚園の頃に遡り、今とリンクする。 


僕は、父の日に皆でお絵かきをすることになった。課題は、「働いているお父さんを描きましょう。」

幼少の頃、本当に冷めていた僕は、「またベタな課題やな」って内心思っていた。

皆が一斉に描き始めた。一斉に騒がしくなり、クレパスの取り合いが始まったのである。

その輪に入れない、一人の頭の大きな子供。それが僕だった。


父親を描くことは簡単であった。「働いている。」 の五文字さえなければ。


父親はその頃、東京に行っていた。一日ではない。二日でもない。ずっとである。


幼稚園の先生は、僕が描かないのをサボっていると感じたんだろう。

「早く描きなさい。」って最初はやさしめに。続いて、きつめに何度も言った。


本当に悔しかった僕は、黙秘を続けることにした。先生を完全無視である。


最後には、クレパスを手に無理やり持たされ、強制的に描かそうとさえした、そのとき。

本当に苦しくて、苦しくて僕は大泣きしてしまった。


泣きながら、僕は先生に言った。 「お父さん、無職やから描かれへん。」


幼稚園児にはあまりに辛い、苦い、理由で描けなかった。


正確には、次の仕事に移行する段階であったのだが、僕は今、お父さんが東京で何をしているのかも知らなかった。


父親は、僕が生まれたときには、うどん屋をやっていた。 

「どんなに流行っていても、十年で辞める。」をモットーにして。


事実、傍目にも流行っていたし、順調であった。 しかしである。 父親は本当に十年で辞めてしまった。


「無職。」 一時的にでも、自分の父親が無職になったのである。


母親が幼稚園に呼び出され、「僕が嘘を付いている。」って言った。母親は「事実です」って言った。


幼稚園の先生は顔面が真っ赤になり、次いで青ざめてきた。幼稚園児の僕に平謝りである。

それから、何日間も僕にだけ、とっても優しかった。単純なもんである。そんなもんである。


でも、未だにブログにあのときのことを書いている僕には、あの瞬間が虎馬に感じられ、とんでもなく歯がゆかったのだろう。


東京から帰った、父親は、西武ライオンズのグッズをたくさん、本当にたくさんくれた。

うれしかったし、ホッとした。

お土産として、新たな仕事を持って帰ってきてくれたからである。


それが、「モスバーガー」であった。


「なんじゃそら?」 僕の頭には?マークが何個も何個も浮かんだ。

ハンバーガー自体、そんなに知らなかったし、好きでもなかった。


父親はモスバーガーのオーナーになったのだった。


あれから、17年。 月日の経つのは早いものである。


モスの息子と呼ばれた。 僕に初めて付いたレッテルである。


中学校で店に入って、ポテトを揚げたりしていた。

クリスマスにはサンタの格好をして旗を振ったりしていた。


時間がたった。


去年の12月31日。モスバーガーの看板の光が消えた。もう二度と、その光が灯らないと思ったら。


僕はうっすら泣けてきた。


今日も実家のうどん屋で僕は働いてきた。帰ってきて、今、これを書いている。


父親はまた新しい、夢を追っている。


今度は無職ではなかった。父親はうどん屋を経営している。そして新たな店を建てようとしている。


つまりは、そんな父親を僕は尊敬して止まないのである。

明けましたね。皆さん。おめでとうございます。


ってか。過去形が正しいね。一ヶ月経過。早、七日過ぎ。


月日が経つのは早いものです。


僕は、別府から引越しを済まして、実家のある、和歌山に帰ってきました。だいぶ前にね。


引越しがあんなに辛いものなんてね。感情が込み上げてきて、なかなか捗らないものでした。


荷物が多い。想い出が多い。過ごしてきた時間。暮らしてきた空間。


想い重いものを、簡単にニ・三日で梱包できなかった。


僕の部屋の小ささより、僕は器はもっと小さく、狭かった訳で。


たくさんのことに固執して僕は生きてきていることに気づきました。


「新しいものを得るためには、何かを失わなければいけない。」


友人から聞いた言葉を何度も思い出しました。


別府での住まいを失い、新たな出発が僕には待っている。


裸一貫、再出発をしないといけない。


そう、強く感じています。


不安は、新たな環境には憑き物である。不安は人にとりつくものである。


四年ぶりに感じる不安。 「またかよ。」って感じがする。


それでも、不安で。不安定で。


実家の仕事に集中するときが、今の僕の気持ちの拠りどころである。

最近、体がなまっている。たいして動いたわけではないが、昨日のカラオケでもはしゃぎ過ぎて気持ちが悪くなった。


情けない姿。四回生になってやっと僕は、最前線でカラオケしているような気がする。最前線。周りが引くような感覚。気にしません。


僕は毎日がとっても楽しいわけであります。


最近はよく分らないほど忙しかった。


卒論プレゼン。ISEイベント。立て続けにラッシュを食らったボクサーのように、僕はロープを背負って闘っていた。


そんな日々が過ぎたとき。僕はなんか一つの目標ができた。


社会に出る準備である。


こう考えた。今の僕に輝きは足らない。体力と一緒にモチベーションも上がらず、社会に出れば真っ先にぶっ倒れるだろう。


僕は五年後の自分。十年後の自分を想像することが出来る。イメージの世界ではあるが。


この自分に近づくためには。今やらないといけないことがたくさんある。十年後の自分だって、今という一瞬一瞬が続いているだけなんだから。


社会に出れば、僕は昼間から朝の六時くらいまで店舗で働くだろう。体を酷使し、ストレスを抱え、自分を見失うかもしれない。


十年後の自分のために体力をまずつけようと思う。体が資本。ホンとにそう感じるから。


ジムにも通いだしている。


中高と僕はバスケ部だった。40分間試合に出続けられる体力をつけるために必死にトレーニングした。


その発想である。昼間から朝の六時まで働ける体力をつけよう。十年間、働けるような知力をつけよう。


そのためには今日という日がとても大きな一日となる。


目的もなくジムに通うのはとてもしんどいことである。


目標を設定しよう。イメージを明確にしよう。実行に移そう。


その連続が僕の未来を形成すると信じて。



今日は何かが終わる気がする。


自分の中の何かが。


そして、何かがまた始まるのだと思う。


今日という日は。


自分にとって。


始まりと終わりを意味し、両者に対する深い深い感情が込み上げては沈み、込み上げては沈み、連続的な感情の起伏となる。


ピアノなど弾けるわけではないけれど。


今日という日は、僕にとって。


ピアノの発表会なのである。