東京に来て早数週間。


僕には決まった家が無い。心落ち着く空間が無い。


僕はいわゆる、「ホームレス」である。


若干のお金を持っているから、ネットカフェに泊まれるだけで。


お金が無ければ。 公共の場にしか居続けることはできない。


そんな生活は、僕の肉体と精神を削ぎ落としていくように感じる。


夜の東京をあても無く歩き続け、カフェに入り、本を読み、企画書を作成する。


そんな毎日に疲れを感じるのは必然以外の何物でもない。


東京の「夢」という名の蜜に群がる、多くの蜜蜂が目的に達するのは容易なことではない。


僕という名の蜜蜂も、厳しい現実と対座している。


今の時間は自分にとって本当に有意義な時間である。


大学時代に、高く伸びた自分の鼻は。


冷徹な東京の夜に、一瞬でへし折られた。


少しづつ進んだはずの人生ゲームは。


サイコロの振った時点で、スタートラインに戻された。


つらく、苦しい時間のなかで。


自分は原点に立ち返り、万物に感謝の念を強く感じるようになった。


東京の日々の中で。


明日への希望の光を、最近感じている。



レゲエ=ジャマイカ。


レゲエ=ボブ・マーレー。


僕の中では、レゲエに対しての知識は皆無に等しい。


僕はノンジャンルで音楽を聴いているが、あんまりなじみのない音楽ジャンルであった。


そんなとある日。


HMVをフラフラと徘徊していたら、目に留まったCDがあった。


レゲエなんか聴いたら、このゴミゴミした東京のど真ん中から、軽くジャマイカにトリップできんじゃないの?


って感じの軽いノリでそれを視聴した。


よいね。 酔い酔い。 なかなか良いね。 


レゲエってこんなんだったっけ。


レゲエに対する概念が壊れていくのを感じた。


レゲエを愛する人たちに。


はたまた、「レゲエ?」 みたいな人たちに。


聴いてみてほしいな。このCD。


今なら、たぶん視聴できるからさ。


MATISYAHU の 「YOUTH」 ってやつなんで。


② ⑤ ⑥ ⑧ ⑨ 曲目がいいんじゃないかな。


日々の生活に。通勤の満員電車に。


ほとほとお疲れな皆さんに。


しばしのトリップを。









僕は就活のときに、大きな会社には行かないでおこうと思っていた。 大会社といわれるところではなく、発展途上の会社に行きたいと。 実際、東京に出てきたわけで、会社に通う身になったら。 僕の会社はとてつもなく大きく感じている。 現在、「商品開発」をしようとしているが。 承認作業→確認作業→レスポンス待ち。 といった感じで、待ちの姿勢が多々あることに気づいてきた。 自分が行動に移さないと、何にも変わらない状況が続くのである。 今年度、うちの会社は400店舗の出店を計画している。 一日一店舗造っていっても間に合わない。 業態も、新たに10業態が待機中である。 「ブランドファクトリー」という子会社が誕生した。 僕の知らないところで会社は動いている。 僕の知らないところで、誰かが動いている。 これが会社なのだろう。 これが仕事なのだろう。 そう感じている。 そう信じている。

企画を考えてきましたが。


やっと、企画が承認されました。


これから忙しくなりそうです。


承認を頂いたのは、常務取締役、兼 最高財務担当者。


僕は、会社で一番頭の切れる人だと思っています。


僕の考えなど、到底及ばない感じで、企画を今まで却下されてきましたが、今回、企画が通ったことで、やっと本社での肩身の狭さから開放されてきました。


少しずつしか前進しないことを、改めて理解しました。


日々の努力が身を結ぶように、また頑張っていこうと思います。



公共の場で弱音を吐くと、たくさんの人に心配を掛けてしまいました。


本当にごめんなさい。


そして、ありがとう。うれしかったです。


僕は、最近、本社12階にある会議室に閉じこもり、日々会議をしています。


留学に行くつもりでしたが、常務取締役の一言で、180度方向転換せざる終えなくなってしまいました。


もう後悔していません。


人間は決断力を持っていないと人生の荒波に流されてしまうことを痛感したからです。


大体の人は、選択肢が莫大になってきた時、二択までは絞ることができるでしょう。


しかし、そこからができないと思います。


僕もその状況でした。


「二頭を追うものは一頭も獲ず。」


そうです。何かを選んだ時点で何かを失い、後悔先にたたず、ではなく後悔は決断と同時に人間の内面を抉ってきます。


その状況が僕にはあったのです。


東京にはまだ家もありません。


ホームレスの状態です。


ネットカフェを渡り歩き、新宿に潜伏しています。


やりたいことがある。


そう言って、田舎を出てきて、日々が過ぎ。


自分と葛藤し、肉体的に、精神的に追い込まれる中で。


大切なものが、本当に大切なものが見えてきているような気がします。

湘南乃風。


「純恋歌。」


男臭い、みなさん。


今すぐ。聞くべし。


鍋の具に例えたら。灰汁(アク)がすんごく出そうなヒト。


黙って。聞くべし。


聞いて。泣くべし。


歌詞を読んで。


昔を思い起こして。


泣くべし。


泣くべし。





サイゼリア。


全国748店舗。売り上げ高、746億円。


を上げるイタリア料理店チェーンでありますが、今回取り上げたのは、単純に僕が好きだからであります。


単純に、看板見たらテンション上がるし、入店してメニューを見たら、テンションすんごい上がる。


イチローが優勝したとき、「ヤバイ」って言ってたけど。出川も同様に、彼的においしい熱湯風呂を目の前にして「ヤバイよ」って言ってたけど。


僕もサイゼリアのメニューを見たら「ヤバイよ」って言ってしまう。


良心的な値段、平均的な味。僕にとって申し分ないのです。


もっとうまいイタメシが食べたいなら、有名シェフのお店に行くべきであり、この価格と味に感動すら覚えるのです。


特に僕のお勧めは、「シナモンホッカチオ。」


気づいた方もいるやろうけど、料理に値するようなもんではなく、単に、皮。 皮にシナモンかかってるやつ。


これが食べたいので僕は来店しているのです。


一時、友達に「好きな食べ物は?」って聞かれたら。


「粉」って答えていた。


関西人は「粉もん」って総称する、それらの食べ物が僕は大好きなのである。


たこ焼き。お好み焼き。ホットケーキ。麺類。ナン。サブウェイのラップサンド。トルティーヤ。タコス。菓子パン。サンドウィッチ。


などなど。極めて不可解なくらい、粉モノが好きであった。加えて、ホットケーキなどは、あんまり焼きすぎてないやつが好きである。粉っぽさが好きなのである。


大学一年時、「メロンパンを一週間食べ続けよう」と決心して、食べ続けたら。体内に石が溜まって救急車に乗ったという、最低な逸話も僕は持っている。


ブログを読んでくれた皆さん。 是非、「シナモンホッカチオ」を食べてみてください。


大きな期待もせず、価格を頭に浮かべながら、「たいしたことないんでしょ?」って疑いながら食べてください。


え、「ヤバイ」って言う人が、10人に2人くらいいることを、僕は心から祈っています。



小学校の頃の話。


とある友達が「まとまるくん」って消しゴムを持っていた。無意味に机を消し漁り、消しくずを大量に生産してから、まとめて、黒い不気味な団子を作って、引っ張って大爆笑をしていた。(消しくず大量生産、消しゴム大量消費。)


僕は極めて冷めていたから、「はっ?」って感じだったけど、「まとまるくん」には興味が内心あった。


当時、消しゴムといえば、「トンボ」のやつが一番消えるからって婆ちゃんが言っていた。

だから持っていたけど、巷には消しゴムに付加価値を持たせていることを友達伝いに知った。


僕は欲しかった、「まとまるくん」。しかし、生協にしか売っていないことが判明した。(チャネル戦略)

生協。僕の家には生協で買い物をする習慣がなかった。単純に会員ではなかったのだろう。

僕も大学生になるまで、COOP =生協であんなに買い物するなんて思ってもいなかった。


時間が進むに連れて、消しゴムは進化していった。「まとまるくん。(すんごいまとまるやつ。)」「すっきりくん。(ミントの匂いがするへんなやつ)」「合格 まとまるくん(浪人した僕にはばからしくてしかたがない。)」


などなど。


如何わしい商品をあの手この手で消費者に。大量の消しゴムを買わせていたのである。


本来、消しゴムなど一度買ったら、当分いらないものである。


僕は、親になくしたと言って、机の引き出しに隠していた。消しゴムを。


僕ほど頻繁に消しゴムを変える人間もいなかっただろう。新商品が大好きだったのである。


新しい消しゴムを手にしたとき、僕は生協の「まとまるくん」が手に入らなかった屈辱を少しずつ忘れることが出来た。


大学四回生になったら、僕は消しゴムなどどうでもいいようになっていた。


しかし、友達と福岡のキャナルシティーで映画を見たとき。僕は消しゴムを嫌いになってしまった。


「頭の中の消しゴム」


こんなに切ない話を久々に見たと思った。次いで、自分を主人公に照らして見ていた。胸ぐらを掴まれたことはあったけど、胸の奥をこんなに掴まれたことはなかったように思う。


僕の頭には、一人の女性がいた。偶然出逢った女性であったが、全てを受け入れようと思ったヒトであった。苦しい状況を。享受しようとしたヒトであった。


別れたら。


記憶を消し、想い出を消し。消して消して消して消して。繰り返すんだと決めた。


決めたけど。消せば消すほど、消しくずが溜まっていった。


消しくずは、まとめれば、また消しゴムのようになっていった。


記憶は蘇り、想い出は時間と共に鮮明に。


それらはまた、消しゴムとして、机の引き出しに静かに入れられた。


僕は今、消しゴムをどうしようか悩んでいる。


想い出を消し去ることなんて出来ないと。必然的に忘れることの出来る時を。


ただただ待つことしか出来ないでいる。




僕は「距離感」という言葉が好きである。

人と人。時間と時間。空間と空間。

大切な人といるときだって、その時に合った「距離感」をいつも探さないといけない。


距離感は短ければ良いわけではなく、長くて良いわけではない。一概に言えないのが距離感である。


三月のとある晴れた日。偶然にして必然的に日曜日がやってきた。僕は二日前に、四国から何とか帰ってきたばかりだった。以前にも書いたように、四国巡礼の旅に出ていたのである。


目的は多数あるが、その一つが、四国八十八箇所の印を押した「白衣」を頂くためであった。


「白衣」。またの名を、「白装束」。


ちょっと前であろうか。記憶に残っている方もいるだろう。

パナウェーブ研究所とかいう団体が白い服を着て、公共の部分を白い布を着せて活動していたのを。


僕の頭には?マークであったが、活動を否定することは出来ない。


本来、白装束とは、昔、四国巡礼の旅の途中、いつ命がなくなるか分らない厳しい状況が続いた。万が一、その時、つまり死を迎えたときにそのままの姿で成仏できるように、白い装束を着たのである。


白装束は「死に装束」と呼ばれるのはそのためである。


僕は無事に白衣を手にすることが出来た。88箇所、無事に修行することが出来たのである。


四国に旅に出るとき、お婆ちゃんとの別れを覚悟した。そんな厳しい状況であった。


旅に出ている数日間。お寺を周りながら、実家からの電話が掛かってこないことを祈った。

旅に出ている間、実家ではお婆ちゃんの最後の闘病生活が続いていた。

旅から帰り、実家に着いて。おばあちゃんと再会した。


厳しい状況に変わりはなかったが、僕の四国からの帰りを待っていてくれていたかのように、何かを伝えたいような表情で、空虚な言葉を発していた。


周りが思っていたよりも。僕の肝は据わっていた。本当のところ、恐かったけど。死に対する恐さより、現実の方が恐かったのである。


虚と実があるとすれば、逆転してしまったような状況であった。死が実で、生が虚なのである。


この状況で生きていることが不思議なくらいで、死に至ることのほうが現実的であった。


土曜日には、話をすることが出来た。話の内容は分らない。実のところ、虚な言葉が続いていたからである。僕は決まった時間にお経をあげていた。婆ちゃんは、所々で話しかけてきた。お経が止まる。お経を続ける。婆ちゃんが笑う。僕も笑う。婆ちゃんがお経を口ずさむ。一緒にお経をあげる。


終わってから、食事を取った。一緒に。プリンを少しだけ食べた。口が真っ赤にはれ上がっていた。涙も出ない。これが現実だからである。


明日が無事に来るだろうか。そんな疑問が続くのである。


日曜日が無事にやってきた。皆にとっては自然な日曜日だろう。公園にいったり、外食したり、遊びに行ったり。皆にも当たり前の日曜日がやってきたのである。


でも、婆ちゃんには人生最後の日曜日だった。暖かかった。温もりを感じながら、昼過ぎまで息が続いたのだった。時間が過ぎて、その一瞬一瞬が想い出になっていった。


婆ちゃんは眠るように息を引き取ったのである。安堵の瞬間であった。


死というものが、楽を連れてくれるなら。甘んじて、日曜日の使者を受け入れようと思った。


婆ちゃんは死者になった。極楽への使者になった。


生きていることが素晴らしいことは分っている。でも、人生の終焉を迎える瞬間に立ち会えたのは、本当にうれしかった。死と生には、本来、距離感なんてなかったんだと思った。


生きていた。さっきまで。今は。今は、もう息をしていない。その距離感は、短くもなく長くもなく、いみじくも儚いものであった。


僕は今、婆ちゃんの死を書き綴っている。この虚の世界に、婆ちゃんの姿を生の形で書き綴っている。


皆は思うだろう。「重いよ。」って。


僕もそう思う。個人的なことを公共性を持たせることの儚さを。


でも、そうしたいのである。エゴである。


今日は日曜日である。


生前、婆ちゃんは毎週、日曜日に僕の携帯に電話してくれた。内容は拙いものだったけど、僕の声を聞いて安心してくれる、唯一無二の存在であった。僕の携帯代を気にして、早く切るように話すから、話が途切れてよく分らなかった。婆ちゃんから掛けてくれたんだから、僕の携帯代は関係ないと何度も言ったけど。


婆ちゃんは電話代をやっぱり気にしていた。


僕は、ISEの会議中に掛かってきたとき。電話をとらないこともあった。


小さなことが後悔の念を呼び起こさせる。


僕も卒業式に参加することが出来た。


婆ちゃんは楽しみにしていた。卒業証書を。


別府にいるとき、婆ちゃんから電話がかかってくるような気がした。


携帯を片手に、虚を越えて、実を噛締めていた。


僕は、婆ちゃんが大好きであった。今もそうである。


今の婆ちゃんと僕の距離感は、生前にも増して、温もりの感じる距離感のような気がしている。


に、三日から行こうと決心した。


人間には108の煩悩があると言われている。


自分の煩悩と向き合い、過去の過ちと向き合い、新たな自分を探す旅。


108箇所の札所(お寺)を巡る旅である。

心配なかれ。


精神的に健全である。


宗教に目覚めたわけでもない。


自分の中に、確固たる一線を引いている。


「修行に出よう。」と思う。


弘法大師が歩んだ道。


自分なりにやってみよう。


そう思う。