小学校の頃の話。


とある友達が「まとまるくん」って消しゴムを持っていた。無意味に机を消し漁り、消しくずを大量に生産してから、まとめて、黒い不気味な団子を作って、引っ張って大爆笑をしていた。(消しくず大量生産、消しゴム大量消費。)


僕は極めて冷めていたから、「はっ?」って感じだったけど、「まとまるくん」には興味が内心あった。


当時、消しゴムといえば、「トンボ」のやつが一番消えるからって婆ちゃんが言っていた。

だから持っていたけど、巷には消しゴムに付加価値を持たせていることを友達伝いに知った。


僕は欲しかった、「まとまるくん」。しかし、生協にしか売っていないことが判明した。(チャネル戦略)

生協。僕の家には生協で買い物をする習慣がなかった。単純に会員ではなかったのだろう。

僕も大学生になるまで、COOP =生協であんなに買い物するなんて思ってもいなかった。


時間が進むに連れて、消しゴムは進化していった。「まとまるくん。(すんごいまとまるやつ。)」「すっきりくん。(ミントの匂いがするへんなやつ)」「合格 まとまるくん(浪人した僕にはばからしくてしかたがない。)」


などなど。


如何わしい商品をあの手この手で消費者に。大量の消しゴムを買わせていたのである。


本来、消しゴムなど一度買ったら、当分いらないものである。


僕は、親になくしたと言って、机の引き出しに隠していた。消しゴムを。


僕ほど頻繁に消しゴムを変える人間もいなかっただろう。新商品が大好きだったのである。


新しい消しゴムを手にしたとき、僕は生協の「まとまるくん」が手に入らなかった屈辱を少しずつ忘れることが出来た。


大学四回生になったら、僕は消しゴムなどどうでもいいようになっていた。


しかし、友達と福岡のキャナルシティーで映画を見たとき。僕は消しゴムを嫌いになってしまった。


「頭の中の消しゴム」


こんなに切ない話を久々に見たと思った。次いで、自分を主人公に照らして見ていた。胸ぐらを掴まれたことはあったけど、胸の奥をこんなに掴まれたことはなかったように思う。


僕の頭には、一人の女性がいた。偶然出逢った女性であったが、全てを受け入れようと思ったヒトであった。苦しい状況を。享受しようとしたヒトであった。


別れたら。


記憶を消し、想い出を消し。消して消して消して消して。繰り返すんだと決めた。


決めたけど。消せば消すほど、消しくずが溜まっていった。


消しくずは、まとめれば、また消しゴムのようになっていった。


記憶は蘇り、想い出は時間と共に鮮明に。


それらはまた、消しゴムとして、机の引き出しに静かに入れられた。


僕は今、消しゴムをどうしようか悩んでいる。


想い出を消し去ることなんて出来ないと。必然的に忘れることの出来る時を。


ただただ待つことしか出来ないでいる。