9.最後はファーストクラス〜帰国へ その3
食後はアカデミー受賞で話題のミュージカル映画「ラ・ラ・ランド」を旅客機では大きな23インチモニターで見る。
舞台となるロスアンジェルスの色彩が綺麗に表現され、ストーリーも感情移入できるもので、私にとって忘れ得ぬ作品の一本になった。続いて大好きな「フォレスト・ガンプ」も見てしまった。映画を見終わったタイミングでKさんが、
「何かお持ちしましょうか」
と声を掛けてくれた。私はかねてから気になっていた「味噌ラーメン」と「ガーデンサラダ」をお願いした。
程なく運ばれた「博多一風堂コク極まる味噌大地」と名付けられた味噌ラーメンは、超有名店とのコラボ機内食だが、インスタント感が強いのは空の上では致し方ないところ。
味替え用にバターとコチュジャンが添えられていたので、少しずつ加えて食べると味の変化が楽しめた。サラダには酸味の強いドレッシングを掛けていただきお腹をすっきりとさせる。
食べ終わったタイミングでKさんが、
「お隣の席にベッドをお作りします」
そう言って通路を隔てた1G席をベッドに仕立ててくれた。私は生まれて初めて飛行機内のベッドで横になり、心地良い薄手の羽毛布団にくるまり3時間程ぐっすりと眠る。
目覚めて自席1Kに戻り、炭酸水を飲みながら再び映画を見た。2本見終わった辺りで、
「あと2時間ほどで成田に到着いたします。何かお召し上がりになりませんか」
Kさんが声を掛けてくれた。あまりに快適なので気付かないうちにワシントンを離陸してから10時間以上経っていたらしい。メニューを見て、ハンバーガーをお願いした。
「ハンバーガーは写真を見ると小さめの様ですから、コーンスープもお持ちいたしましょう。食後はフルーツもいかがですか」
彼女のおすすめに従うことにした。
「申し訳ございません。ハンバーガーが意外と大きいものでした」
運ばれたハンバーガーはバーガーキングのワッパーを少し小さくしたサイズで、なかなかのボリュームだったのだ。
続いて運ばれたコーンスープは昔からのオーソドックな味で美味しくいただく。頃合いを見て運ばれたフルーツの盛り合わせはオレンジ、パイナップル、メロンなどが美しくカッティングされたプレゼンテーションだった。
食後にコーヒーを貰った時にしばらくKさんと話をした。
彼女にアメリカのどこを回ったか聞かれ、簡潔に3都市の感想を述べた。ファーストクラス担当は搭乗客とコミュニケーションを取る時間がとても楽しくて、やりがいがあるとのことだった。会話の最後にサービスが心地よくゆったりと過ごせたことに感謝を述べた。
成田到着数十分前にリラックスウエアを搭乗の時に着て来た服に着替えた。ウエアは記念品として持ち帰れるとのことで、Kさんが綺麗に畳みケースに入れて持たせてくれた。
成田空港に定刻15時25分に到着。2人のCAさんに見送られて、真っ先に機外に出る事が出来た。
そう言えば、搭乗してから他クラスの乗客と全く顔を合わせることが無かった。やはりファーストクラスは別世界なのだろうと痛感した。
9日振りに日本へ入国し、バゲージのターンベストへ行くと、私のスーツケースは既ベルト上を回っていた。ファーストクラスのサービスは最後まで素晴らしいもので、本当に貴重な経験をしたと思う。
自宅までの帰路は京成スカイライナーを使った。こうしてアメリカ還暦一人旅は多くの思い出とともに幕を降ろした。
9.最後はファーストクラス〜帰国へ その2
搭乗から最初のミールサービスまで
ANAファーストクラスは、ボーイング777−ER先頭部に横4席2列8名分のみ設けられている。東京からの就航路線は北米6都市9便(ニューヨーク2便、シカゴ2便、ロスアンジェルス2便、ワシントンD.C、ヒューストン、サンフランシスコ)、欧州2都市3便(フランクフルト2便、ロンドン)そしてシンガポール(現在は撤退)と限られている。ビジネス需要にターゲットを置いて、全便満席でも1日100名少しの乗客ということになる。
ボーディングブリッジから機内に入ると、
「こんにちは、C様。お席はこちらです」
とCAさんに1K席(右窓側)に案内された。
指定された席に着くと、
「C様ご搭乗ありがとうございます。私Kと申します。早速ですがリラックスウエアにお着替えされますか」
「お世話になります。お願いします」
広い方の化粧室には着替え用のボードがあり、ジャージとパジャマの中間の様な肌触りの良いリラックスウエアに着替える。着ていたジャケット、シャツ、パンツはKさんが預ってくれた。
席に戻ると、ウエルカムドリンクの希望を聞かれた。シャンパンをお願いすると、ヴィンテージシャンパン「クリュッグ」がグラスに注がれた。グラスに口を付けると、香り高く強い味に少し驚く。時々飲むノンヴィンテージ(モエやポメリーなど)は軽い感じでグイッと飲めるが、ヴィンテージ物はそうはいかないようだ。少し落ち着いてきたので、周囲を見回すと搭乗者は4名で全員が窓側のA・K席だった。ファーストクラスサービス担当のCAさんは2名で、1名が2人のお客を担当する厚いサービス体制である。
クッション付きのベルトを締めて寛いでいると、定刻にANA(NH)001便東京成田行きはプッシュバックを開始、誘導路から滑走路に入り離陸した。成田までの約13時間フライトがスタートした。私は通常旅したアメリカに対しての惜別で感傷的な気分になることが多いが、そうした気分より未知なるサービスへの期待感の方が上回っていた。
上空に達し安定飛行に入るとファーストクラスのサービスが始まった。Kさんがレストラン同様の料理と飲物のメニューブックを置きながらシャンパンを注いで行く。
続いて「アミューズ(突き出し)」が運ばれて来た。アミューズを食べながらメニューブックを開き、その内容を見て和食か洋食どちらにしようか少し悩んだ。
アミューズは4種盛りで、干しイチジク生ハム巻き、キノコのマリネ、シュリンプカクテル、チーズスティックだった。中でも生ハムとチーズスティックはシャンパンにとても合っていた。
「お食事はどうなさいますか」
「和食を頂きたいんですが、主菜の魚が苦手な物なのでそれだけ洋食のステーキに出来ますか」
私はわがままを言ってみた。
「勿論ご用意させていただきます」
「ありがとうございます」
有り難いことにわがままが通ってしまった。私はビジネスクラスでも和食を選んだことがないので初和食の機内食がとても楽しみだ。
「前菜盛り合わせ」
粒雲丹、蛍烏賊沖漬け、鮭手毬寿司、トロロ芋千切り、鶏肉八幡巻きなど。その中で蛍烏賊沖漬けと粒雲丹が美味かった。シャンパンは和食珍味にもしっかりと合った。
「お椀/浅蜊真丈梅素麺」
出汁の風味と薄めの繊細な味付けにほっとした気持ちになる。真丈は浅蜊と魚のすり身のバランスが良くて美味しい。お椀は和食の華というのが良く分かる。
Kさんが次のワインの希望を聞いてきたので、和食に合いそうな山梨甲州種白ワインをお願いした。実際に飲むと和の食材を引き立てる感じで料理と合っていた。
「造り/鯛昆布〆焼き霜造り」
ワサビではなく柚子胡椒とポン酢でいただく。昆布〆で軽く熟成されて、歯応えよりネットリとした食感と鯛の旨味を感じた。
「酢の物/あん肝ポン酢」
コクがあって想像以上に美味しかった。添えられたオニオンスライスがさっぱりとして肝の油を流してくれるようだ。
「煮物/ロブスター味噌煮」
米国積込なので伊勢海老ではなく調達しやすいロブスターで調理されている。少し歯ごたえのある身と薄めの味噌味が美味しかった。
「主菜/USプライムフィレステーキ」
旅の最後に大好きなステーキで締めたかった。お願いしたミディアムレアの焼き加減も丁度良かったと思う。米国産赤身肉は柔らかいだけでではなく、牛肉らしい香りと溢れる肉汁を楽しんだ。パンにバターとオリーブオイルが添えられていた。
「デザート/アイスクリームプレート」
時間を掛けて多くの料理を食べて満腹となった。乾燥した機内とホロ酔い状態で食べるアイスクリームの美味しさは本当に格別だった。
「カフェラテと小菓子」
締めはカフェラテにした。同時にマカロンやチョコなどの小菓子(ミニャルディーズ)もサーブされ、それが空翔ぶ星付きレストランのフィナーレだった。
9.最後はファーストクラス〜帰国へ その1
人生で初めてファーストクラスに乗れるということに緊張と興奮があったのか、6時に目が覚めてしまった。シャワーを浴びてから、朝食を取りに1階のカフェへ降りる。昨日とは料理の内容が少し変わっていた。空港ラウンジを楽しみたかったので、ベーグル、フルーツ、ヨーグルトなど軽めに食べた。
<ハイアットプレイスのフロント>
8時過ぎにホテルをチェックアウトし、空港送迎シャトルをロビーで待つ。「スーパーシャトル」と書かれた車が予定時間にホテル脇に止まったので、外に出てドライバーに声を掛ける。
彼は私の予約を確認しスーツケースを預かった。車内には既に女性が一人乗っていたので挨拶を交わした。シャトルは途中、郊外にあるホテルで女性一人をピックアップしてダレス空港へと向かい、9時15分に出発ターミナルに到着した。1960年代に開港したそうで、ターミナルの建物はコンクリートとガラスのレトロモダンな体育館の様だ。
ワシントンダレス(I A D)空港は、1950年代前半に国務長官を務めたジョン・フォスター・ダレスに因んで命名された。世界にこの空港だけというモービルラウンジを運用している。ターミナルと飛行機に横付け出来て搭乗客を運ぶ背の高いバスみたいなもので、ボーディングブリッジが使われている現在、他空港で見かけることはないものだ。
<真ん中の車がモービルラウンジ>
ターミナルに入り全日空カウンターを目指して行くと、チェックイン受付開始のお辞儀をスタッフ全員がしているところだった。Fクラスカウンターでスーツケースを預け、女性日本人スタッフから出発ターミナルへの行き方、ラウンジ利用などについて詳しく説明を受ける。
彼女に渡されたメモに従い、セキュリティチェックを受け、エアロトレインに乗りコンコースBへ移動した。
空港内で足りない土産を買おうと思ってターミナル内をひと回りしてみたが、店舗数が少なく商品のバラエティにも乏しい買物が残念な空港だった。
それでも不足したものを購入して、10時20分頃指定された「トルコ航空ラウンジ」に入った。出発時刻は12時20分なので、ここで2時間弱過ごすことが出来る。設置されて日が浅い様で、以前のルフトハンザラウンジからファーストクラスと上級会員はこちらへ変更になったそうだ。嬉しいことにラウンジから直接搭乗が出来るそうで、全日空スタッフとラウンジスタッフからも聞いていた。
新しいラウンジ内は座席が余裕を持って配置されていた。窓際の席でアップルタイザーとフルーツをいただく。ファーストの食事が待っているので食べ過ぎないように気をつけようと思う。
コーヒーを飲みながらゆっくりと過ごしていると、11時頃にブッフェ台料理が朝食仕様から昼食仕様に入れ替わった。どんな料理が並んでいるのか見に行くと、トルコ料理と思しき物があったので、味見のつもりで少量ずつ皿に盛った。中でも茄子のサラダとピラフとトマトスープがとても美味しかった。
出発時間の30分前にラウンジからボーディングブリッジに続くドアがオープンし搭乗が始まった。いよいよファーストクラスという未知の空間を体験する時間となったようだ。
8.ワシントンナショナルズとスミソニアン その3
最後のMLB観戦ナショナルズ戦は16時試合開始だが、先着1万名にボブルヘッド(首振り人形)配布という事なので早めに球場へ行こうと思っていた。
メトロに乗って最寄駅ネイビーヤード(Navy Yard)が近付くにつれ、ナショナルズのユニホームを着たファンが車内に増えてきた。駅に着いて彼らについていくと、楽しそうな雰囲気を感じるエリアが見えてきた。それがワシントンナショナルズの本拠地ナショナルズパークだった。
チケットのQRコードをスキャンしてもらい入場すると、D.マーフィー選手のボブルヘッドが入った大きな箱を手渡された。私は心の中で「やった!」と思いつつも平静を装いながら座席を目指して歩く。最後に見る試合ということで「にわかファン」となって楽しもうと思い、公式グッズショップでナショナルズの赤いキャップを購入した。
ナショナルリーグ東部地区に属するワシンションナショナルズは2004年にカナダのモントリオールエクスポズがワシントンD.C.に移転して現在の球団名に改称した。
その後2008年に新しい本拠地球場としてナショナルズパークが開場した。主な選手は、MLBを代表する速球派右腕シャーザーとストラスバーグの2枚看板投手、打者のハーパー、マーフィー、ジマーマンというクリーンナップがかなり強力なものだ。この時は開幕ダッシュで首位を走っていた(その年ナショナルリーグ東部地区優勝を果たした)。
3階に上がり自席を確認してから、ボールパークグルメの物色をする。ぐるりと見て回った結果、「ベンズチリボウル」でチリドッグとダイエットコーラを$5.75でテイクアウトした。他球場に較べて良心的な価格設定だと思った。席に戻って食べ始めると、対戦相手のフィラデルフィアフィリーズが練習を始めたところだった。
ここのチリドッグはオバマ前大統領も好きで通っていた有名店のもので、チリの味付けが少々濃かったが、牛肉ソーセージには良く合っていて美味しかった。
先発が発表され、ナショナルズの先発ピッチャーはサブエースのストラスバーグだった。3番ハーパー、4番マーフィー、5番ジマーマンのクリーンナップも揃っていた。6番ワースは人気者でお決まりらしい狼の鳴き声を真似た「ウォー」という歓声が球場を包む。
開始時間になると観客は起立脱帽し、ホームベース近くに立った歌手を先導に国歌斉唱となる。何度味わってもこの凜とした球場の一体感は心地良いものだと思う。
ゲームは1−1の投手戦となり4回を終了した。するとライト方向から4体の細長い着ぐるみが登場した。ナショナルズパーク名物「プレジデントレース」が始まった。政治都市ワシントンらしく4人の大統領着ぐるみがレフトから1塁まで競争するイベントだ。「ワシントン」「ジェファーソン」「リンカーン」「S.ルーズベルト」という歴史上有名な4名。多少アンフェアな笑いを誘う競争は、リンカーン(愛称エディ)が勝利した。パーク内は大きな歓声と笑い声で溢れていた。
その後フィリーズも一歩も引かずに試合は進行していった。ナショナルズが7回に1点差を追い付いた時、ライトスタンドからウエーブが始まってパーク内を2周した。私もその輪の中に入って楽しませて貰った。
延長10回裏、3番ハーパーがヒットで出塁すると、4番マーフィーがツーベースを放ち、ナショナルズのサヨナラ勝ちとなった。
その瞬間パーク内は勝利を喜ぶ歓声で溢れ返る!俄かナショナルズファンの私も隣のおじさん達と勝利のハイタッチとハグを繰り返した。ヤンキースタジアムでもこんな観客同士の一体感は感じなかった。彼らファンの温かさに私の俄かが取れてナショナルズファンになってしまったようだ。
ハイタッチしたおじさんから、
「君はシーズンシートを持ってるの?」
と聞かれた。
「旅行者だから普通のチケットだよ。それにしてもナショナルズは最高のチームだね」
「そうだろ、今年は絶対優勝さ」
「そう思うし、日本からも応援するよ」
「ありがとう。頼むよ」
おじさん達とはガッチリと握手して別れた。記念のボブルヘッド本人(マーフィー)がサヨナラ2塁打を打ってヒーローインタビューを受けていたことは絶対に忘れないだろう。
夕暮れのボールパークは本当に美しい空間となっていて、後ろ髪を引かれるような思いでナショナルズパークを後にした。
アメリカ最後の夕食はチャイナタウンでと決めていた。メトロでチャイナタウンへ移動し、地上へ出ると赤い大きな門が道路を跨いで立っていた。
ここのチャイナタウンは規模が大きくない様で、見たところ道路の両側に10数店舗が並んでいる。一通り歩いてみて、客入りの良い「龍之家飯店」という店に入る。
店内はレトロさを感じる一昔前の中華料理店だった。疲れもあり汁物を食べたかったので、野菜スープ麺と瓶ビールを注文する。
ビールを飲みながら、かつて訪れたチャイナタウンを思い出していた。外国旅行中に米を食べたくなると中華料理店で炒飯やお粥を食べた。価格も手頃で味に当たり外れが少ないというのがその理由。初海外のパリで行った紙のテーブルクロスに注文を書いた店、サンフランシスコのチャイナタウンで初めて体験したワゴン式飲茶、ロンドン・ソーホーで美味しくて2回も行った店などを思い返した。
運ばれて来た野菜スープ麺は、多めの野菜の歯ごたえ良くスープもあっさりしていて悪く無いが、麺が細くて柔らかいうどんみたいだった。そこだけがアメリカ流で残念。そんな柔らか麺のスープ麺を私は完食した。チップを加え$20支払う。
メトロを降りるときスマートリップカードをタッチすると残額は$1未満となり、無駄なく使えたようだと思う。ホテルへ戻り荷造りをして明日の帰国準備をする。明朝はダレス空港までのスーパーシャトル(乗合いワゴン)を予約してある。
8.ワシントンナショナルズとスミソニアン その2
ナショナルギャラリー(National gallery of Art:国立美術館)は、銀行家メロン家が設立資金を用意し、連邦政府が美術コレクションを寄贈して設立された。スミソニアン協会による運営ではないが、近隣の博物館群と同様に入場無料である。あまり混んでなかったのでゆっくりと自分のペースで鑑賞する。
ここは本当に無料?と思うような美術館で、有名アーティスト作品が数多く見られて本当に素晴らしい。レオナルド・ダ・ヴィンチ、ラファエロ、エル・グレコ、ルーベンス、レンブラント、フェルメール、ゴヤ、マネ、クロード・モネ、ルノワール、ゴッホ、ゴーギャン、セザンヌ、ロートレックなど錚々たるアーティストのラインナップされていた。2時間ほど作品を鑑賞し、目と脳と心にエネルギーをしっかり充填した。
美術館からグリーンベルトを渡ると、対面に「国立航空宇宙博物館(National Space Air Museum)」がある。
郊外のウドヴァーヘイジーセンターが別館、ここが本館と呼ばれている。ウーバーのおじさんが言っていたようにスミソニアンの中では人気らしく、入口には行列が出来ていた。入場するためのセキュリティに20分位掛かった。
最初に目についたのは、大西洋単独横断を果たしたリンドバーグの乗機「スピリットオブ・セントルイス」と人類初の音速突破した実験機「ベルX−1」、有人宇宙船「アポロ11号月面着陸モジュール」である。いきなり20世紀の歴史として教科書に載っている貴重な機体に出会うことが出来た。
隣の民間航空機コーナーでは、何度も搭乗した懐かしいノースウエスト塗装のボーイング747(ジャンボ機)先頭部、戦前の名機ダグラスDC−3、キャビンアテンダント制服の歴史変遷、昔の機内食やサービス内容など民間航空の歴史が興味深く面白かった。
上階には人類最初の飛行機ライト兄弟「ライトフライヤー」が展示されている部屋があり、ここで実物を見れるとは思わなかった。
第二次世界大戦機展示の部屋は、零戦、P51Dマスタング、スピットファイア、メッサーシュミットBf−109、マッキMC202の日米英独伊5カ国の主力戦闘機が揃って見られる世界で唯一の場所だそうだ。小型で切れ味いい日本刀のような零戦、美しいシルエットのスピットファイア、実用本位で無骨なメッサーシュミット、無機質な外観と性能美の極致マスタング、スタイルが良いマッキ、国ごとに特徴が現れておりとても面白かった。そうした特徴は今でも各国の自動車にも受け継がれているようにも感じた。
他にも航空機のレシプロとジェットエンジン、ミサイルなども展示されていて「空翔ける者たち」を堪能した。
遅めの昼食は今回の旅で一番お世話になっているスターバックスで、ドリップコーヒーとサンドイッチの軽めなものとする。
8.ワシントンナショナルズとスミソニアン その1
宿泊したハイアットプレイスは1階カフェで提供されるブッフェ朝食が料金に含まれていた。ブッフェ台には普通必ず置かれているスクランブルやオムレツなどの卵料理やベーコン・ハムなどの加工肉がなかった。その替わりにチーズやヨーグルトなどの乳製品、グラノーラやミューズリーなどのシリアル類そしてフルーツが充実していた。
高タンパク、高カロリーから低カロリー、ヘルシーへと時代は変わっている今のアメリカを映し出す朝食のようだ。そんなヘルシー朝食を食べ過ぎないように気を付けながら美味しくいただいた。
最後のMLB観戦は16時開始の薄暮ゲームだったのでそこまでの時間を有効に使える。
薄暮ゲームの開催は少ないので、旅の実質的最終日の私とってとても好都合だった。
まずはワシントンの象徴「リンカーンメモリアル」へ行くことにして、スマホでウーバーを呼んだ。数分でラテン系兄さんが運転するトヨタヤリス(ヴィッツ)がホテルの前に来た。
15分位の乗車で料金は$7.5、昨日の失敗を繰り返さないようポケットに予め入れてあったチップを渡した。ラテン兄さんは、
「Thank you.」と言い笑顔で去っていった。
リンカーンメモリアルはその名の通り、第16代アメリカ大統領エイブラハム・リンカーンを記念して建てられたギリシアドーリア様式の荘厳な建物だ。内部には大きな大統領の座像が置かれていて、ワシントンを表すアイコンのひとつになっている。
ここでは何度も歴史的な演説が行われた。その中でもキング牧師の「I have a dream ‥.」という人種差別反対演説は英語の教科書に載るぐらい有名なものだ。
メモリアルの前に立つとその大きさに圧倒される。上空をひっきりなしに飛行機が通り過ぎて行くのは、国内線主体のロナルド・レーガンナショナル空港(DCA)に発着する航空機だと思う。
建物前の階段を上がり、英語の教科書で見た大きなリンカーン大統領の石像と面会を果たした。面会後に振り返って見た景色は、メモリアルの階段先から長く続くリフレクティング(反射する)プール、ワシントン記念塔、更にその先に国会議事堂を望む見通し良いダイナミックなものだった。
私の大好きな映画「フォレスト・ガンプ」の中でベトナム戦争から帰還した主人公フォレストが、このプールの周囲で開かれた反戦集会に集まる群衆の中で、ヒロインのジェニーと再会した感動的場面甦ってきた。オリジナルサウンドトラックアルバムに使われた60年代音楽が聴きたいと思った。
金曜日の午前中ということもで、人出が少ないリフレクティングプールの周りを歩いてみる。ここがリフレクティングプールと言われるのは、ワシントン記念塔がプールの水面に映り込むことに由来しているそうだ。プールの大きさをスマホで調べてみると、長さ618メートル、幅51メートルもあり、競泳用公式プール25面分にもなる広大なものだ。天気が良かったのでとても気持ちの良い散歩をと楽しんだ。
リンカーンメモリアルの反対側には「第2次大戦記念碑(National World War ⅡMemorial)」があった。
メモリアルを正面に見て、左側が太平洋戦線、右側がヨーロッパ戦線の記念碑だった。太平洋側に「珊瑚海」「ガダルカナル」「硫黄島」「沖縄」などの主な戦場名が掘られている石碑があった。太平洋戦争では日本軍兵士や市民が数多く犠牲になったと同時にアメリカ兵士も多く犠牲になっていることも事実だと再認識する。
ナショナルギャラリーに行こうと再びウーバーを呼ぶ。近くに空車が無く少し待ったが、やって来たのはヒュンダイ・ソナタに乗ったシニア年代の大人しそうなおじさんだった。乗車して少しの間はお互いに無言だったが、他車の急な割り込みに対して
「危ないですよね〜」
と私が言うと、おじさんは共感を感じ嬉しかったようで急に饒舌になった。
「今までに50カ国以上の人を乗せたよ」
おじさんは色々な国名が書かれたファイルを見せて来た。勿論JAPANも書かれていた。そして航空宇宙博物館前を通った時には、
「スペースエアーはいつも混んでるよ」
「シカゴとニューヨークへ行った?人が多かったでしょ。何
せ今週末まで春休みだからね」
「僕は自然史博物館が大好きなんだ。あそこには恐竜がいる
からね」
ウーバー代金は$6.5で、チップを多めに渡すと、おじさんは笑顔になり
「素晴らしい絵を見て楽しんで来てね」
と言い去っていった。
7.アセラエクスプレスとスミソニアン その3
バスとメトロを乗り継いで、ワシントン中心部ナショナルモール近くのフェデラル・トライアングル駅へ移動する。
地上へ上がると、「トランプ・インターナショナルホテル」が正面に見えた。昨年の大統領就任式前夜にトランプ大統領が宿泊していたと記憶している。
スミソニアン2館目は、「国立アメリカ歴史博物館(National Museum of American History)に入る。
館内の半分が改修中だったが、アメリカの歴史を時系列ではなく、テーマ別に分かりやすく展示されていた。印象に残ったものを記していく。
「アメリカは動いている(America on the Move)」
19世紀後期からの交通機関がテーマになっている。サザン鉄道の蒸気機関車、悲運の自動車タッカー、シカゴL高架鉄道の旧車両(車内が想像以上に薄暗い)と実物大駅展示など興味深い内容が多かった。
「大統領夫人(The First Ladies)」
歴代のファーストレディが就任式で着た服がずらりと並んでいた。女性にとても人気あるコーナーだそうで、並んだ夫人たちの顔写真の最後は当然メラニアトランプさんだった。
「自由の対価(The Price of Freedom)」
アメリカ軍の歴史についての展示だが、自由の国アメリカ合衆国市民の共通認識を感じた。独立戦争、南北戦争、第一次・第二次世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、対テロ戦争など経緯が写真とジオラマで解説されていた。
自由を獲得し、維持して行くためにどれほど多くの対価(人命、血)を払って来たか。そしてこれからも自由が脅かされた場合におけるアメリカ合衆国の決意表明にも見えた。アメリカ人や彼らの社会について、少し理解したような気になった。
他にもアメリカンフードカルチャー(食文化)の変遷、「モハメドアリのグローブ」「JB(ジェームスブラウン)
のステージ衣装」「ルビーシューズ(名作映画オズの魔法使いでドロシー役が履いた赤い靴)」などアメリカショービジネスの歴史的お宝も展示されていた。ここの展示内容はとても興味を引くと同時に考えさせられる博物館だった。
博物館から10数分歩き、トランプ大統領にご挨拶を申し上げたくアメリカ大統領公邸・官邸・居住機能を持つ「ホワイトハウス」へ行く。どこまで接近出来るのかと思ったが、想像以上にセキュリティが厳しくて驚いた。小さく広い前庭越しにホワイトハウスを見ることが出来た。
夕食を取るためにレストランの多そうなデュポンサークルへ行ってみる。メトロ駅から地上へ出ると、そこは道路が放射状に伸びてヨーロッパの雰囲気が漂う街だった。
暗くなる前にお店を決めようと歩く。青山の様な街で、少し歩くと住宅街が続き、なかなか適当な店が見つからない。多分隠れ家的名店が潜んでいるのかも知れないが、初めて来た私が見つけられそうも無さそうだ。
適当に歩いて行くと、ダウンタウン近くのマクファーソンスクエア(広場)に出た。広場の並びにネオンサインで「Catch15」と明るく灯ったレストランが目に付いた。入口に置かれたメニューを見ると比較的リーズナブルだったので入ることにした。
「キャッチ15」はイタリア料理店で、店内は京町家同様奥に長く、インテリアは70年代風クラシカルで居心地が良さそうだった。にこやかに迎えてくれたウエイターのおじさんに真ん中あたりの席に案内された。
ビールを飲みながらメニューを見る。何を頼もうかと考えている時間は本当に楽しいものだ。いくつか注文する。
おつまみとして、大きめのフォカッチャと揚げパスタが運ばれて来た。トマトソースとガーリックオイルが添えられて、フォカッチャに付けて味わうと良く合った。
最初に来たアル・パパ・ポモドーロ(パパのトマトスープ)は家で食べる様なホッとする優しい味の具沢山トマトスープ。ボリュームはアメリカらしく多めだった。
メインに小皿料理を2皿注文し、物足らなかったらパスタを追加しよう思っていた。
一皿目はクラブケーキ(蟹のハンバーグ)。小振りのバンバーグ位のケーキが2枚皿に乗っていた。思ったよりカニがたっぷりと入っていて、オリーブオイルとビネガーのソースがとても良く合って美味しかった。
二皿目は蛸のグリル、ポレンタ添え。トウモロコシ粉を湯やミルクで練ったパスタの一種ポレンタがパンケーキ1枚分位皿に盛られ、その上にグリルした蛸が7〜8枚乗せられていた。蛸は火入れが上手いのか柔らかく、ポレンタもクリーミーで美味しかった。
私の想像通り小皿が日本では普通盛りサイズだった。料理のボリュームは充分に満足させてくれた。会計はチップの20%を加えて$43を支払う。おじさんウエイターがにっこりと笑顔になったので、この金額で良かったのだろう。
レストラン近くのマクファーソンスクエア駅からメトロに乗りホテルへ戻る。朝5時に起きあちこち歩き回って疲れたが、長い間憧れていた航空宇宙博物館別館を訪れることが出来たので忘れ難い1日になった。
7.アセラエクスプレスとスミソニアン その2
スミソニアン博物館群!最初は航空宇宙博物館別館

明日は16時からMLBナショナルズ戦、明後日は昼過ぎの飛行機で帰国なので、効率良くスミソニアン見学する方法
を考えていた。今日は遠い航空宇宙博物館別館ともう1館、明日はリンカーンメモリアル、スミソニアン2〜3館を見学しようと考えていた。時間が取れれば、ホワイトハウスや国会議事堂にも行けるだろう。
コートハウス駅からメトロシルバーラインに乗り、終点ウェイルレストンイーストで航空宇宙博物館(Space Air Museum)行きのバスに乗り換える。
途中ダレス空港を経由し、ホテルを出てから1時間半で、長い間憧れていた「航空宇宙博物館別館(ウドヴァー・ヘイジー・センター)に到着した。
興奮を鎮めるために軽く深呼吸し、セキュリティを受けて館内に入った。スミソニアン協会運営の博物館は、寄附、寄贈、ミュージアムショップや出版物の販売利益などで賄われているので入場は無料となっていた。メトロポリタン美術館などの施設は日本に較べて入場料が$20〜30と高額なので無料で入場出来るのは有り難い。
じっくり館内を見るために、まずは腹ごしらえと考え、館内唯一の飲食施設「マクドナルド」で$6.77のマックジュニア・コンボ(ドリンクとフライドポテト付き)を昼食とする。日本にないバーガーだが、バーガーキングのワッパージュニア的な商品で、味は想像通りだった。
いよいよ超巨大な格納庫(ハンガー)に展示されている「古今東西空を翔ける者たち」と対面の時間となった。その後2時間余り、私はこれまでの人生で上位に入る至高の時間を過ごせた。気になった機体と幾つか記したいと思う。
「F6Fヘルキャット」
第2次大戦後期の米海軍主力戦闘機でジュラルミン無塗装の外観と丈夫さが特徴だと思う。
「P51マスタング」
第2次大戦最高傑作と言われ、B29の護衛をした米陸軍戦闘機で、ヘルキャット同様に無塗装が大きな特色。エンジンはロールスロイス製の液冷式。
「紫電改」
大戦末期に旧日本海軍に最後の花を咲かせた2000馬力エンジンの高性能戦闘機。自動空戦フラップ装備で小回りが効いたという。
「月光」
B29の空襲を迎撃した夜間戦闘機。上向き斜銃が武装の特徴で夜間戦闘に私はロマンを感じていた。
「ボーイング307ストラトライナー」
客室を与圧し快適な乗り心地だったというが、生産機数僅かに10機という悲運の機体。
「ロッキード・コンステレーション」
レシプロ最終世代の三枚の尾翼が特徴的な旅客機。機体フォルムの流麗な美しさは最高レベル。映画「アヴィエイター」でディカプリオが演じた実業家ハワードヒューズの肝入りで作られた。
「ボーイング707」
第一世代ジェット旅客機でライバルのダグラスDC−8の後塵を拝した。初めての外国旅行で初国際線搭乗したのはエジプト航空のこの機体だった。
「コンコルド」
唯一就航した超音速旅客機。騒音、超音速飛行の衝撃波、定員が100人と少ない、多量の燃料消費などネガが重なり、ほんの短期間だけの運行だった。
「F86Fセイバー」「ミグ15」
朝鮮戦争時に火花を散らした米ソ第一世代ジェット戦闘機。F86は初代自衛隊ブルーインパルスとして東京五輪開会式で五輪を描いた。
「F4ファントム」「F15イーグル」
一世代前と現在のの航空自衛隊主力戦闘機。実物を見るのは初めてだった。
「F35ライトニング」
ステルス機F22ラプターとともに米空軍主力戦闘機。最新鋭機が展示されていることに物凄く驚いた。航空自衛隊次期主力戦闘機として導入が有力視されている。
「スペースシャトル・ディスカバリー」
40回近く飛行ミッションをこなしている機体。実物を見ることが出来て興奮した。
他にもB29のエノラゲイ、F4Uコルセア、特攻機桜花、サイドワインダーミサイルなど多くの「空翔ける者たち」を見ることが出来てとても幸福な時間だった。
私は非常に満足して最初のスミソニアン、航空宇宙博物館ウドヴァーヘイジーセンターを後にした。













































































































