誹謗中傷部類で、この方がこんな事をという意外性は、ありうるよな~という

 

 私から見たら、でしょうね、行動・実行にうつされ、

 

 その正体を発いて本人は中3女子という事実。いつの時期にネットに触れて誘導されるのか

 

 好奇心旺盛の頃の引き寄せは、俄然影響力高い新しい発見と共に、

 

 軽率に悪口というか否定的な言葉を書くその行方までは、知らないんだろうな~。と、

 

 そこを伝授する輩は、必要かもしれないが、ネットはすごいスピードなので手を差し伸べた

 

 時には「手遅れ」で、そこをなんとかしていい活用をしてほしい・・。

 

 私的に救われた方なので、ここをどう波及するか・・。

 

 いつの間にか、誹謗中傷の嵐になっていたことがなにより哀しいことなので、

 

 この世界からは離れて方がいい!というのも、年代によって投げかける言葉が違うので

 

 ちょっと、やろうと思っている。

 

 なにせ古株なので、そこからの展開法と・・・。という記録として残していく部分の不都合さと

 

 書き換えの進化は・・とか。

 

  しかしながら、中3女子。いつこの世界を知ったのだろうか・・ということを

 

 聞きたいところ。そしてその誹謗中傷を残すというその過程を聴きたいな。

 

 思春期だよ。

  「言葉」にほんと敏感で、なぜこの場面で言っちゃうかな~とか、言い方!とか

 

 心の中で突っ込むことが多くなったのは、価値観の違いなのか。

 

 それはイッチャダメダヨとかはもはや、返り討ちにあう事を恐れ、、寛容になりつつも、

 

 これって、どうなのよ?!と商品についてのキャッチング言葉。

 

 絶対」あったまる靴下という商品に惹かれた。

 

 これからの季節に準備品は、年々「冷え」を感じずにはいられないほど、特に

 

 足元が冷たいので、血流も悪い。と思うところ。

 

 そして、実家のジーちゃんが長年の腰の冷えを解消した商品を電話で話していたのは、

 

 3300円したという腹巻。ブラックシリカが布にねじ込まれている遠赤外線効果?!を

 

 売りにしたようで、実際使用してみると効果があったというモノ。

 

 そんな話を聞いても、実際高額だなと思いつつ安価で効果的なものはないかと

 

 たまたまドラッグストアで発見した。

 

 絶対」あったまる靴下

 

 この世に絶対は、言葉としていかがなものかと、究極の決めつけだろう100%という

 

 意味ではないか?という解釈と捉え方をして、どこか不信感が募るも、980円だった。

 

 もし効果なくても、普通に靴下と活用できるし、まっ、試してみますか!と、購入。

 

 遠赤外線加工らしぃ、良ーく書かれている文言を読むと、ふ~~んとしか思わなくて、

 

 今のところずっと履いている。

 

 効果?!よくわからないというのが正直な感想。

 

 

 

 

 持論だが、「鼻歌」を聞いたらその方はご機嫌な状態なのかもしれない。

 

 けれど、その解明に努めた時、そんなことで!という面白い癖が発覚したりする。

 

  昨夜、仕事帰りの夫の玄関先の雑音の中、鼻歌が聞こえた。(私はリビングに在中)。

 

 鼻歌と同時に何やらガサゴソの袋の音を階段に置いたなという、に敏感な私。

 大量のお菓子を買ってきたのであろう。その音と共に。

 

 「おかえりぃ~」と何故私が先に言うんだ?!と違和感と共に、

 

 また、お菓子を買って!!

 

 心の中で叫ぶだけにしている。

 

 少年のような心というのは、ただただ成長しない心なのであろうか。

 

 健康を度返した欲望の塊、老年期直前の中年の・・・・。

 

  しかし、鼻歌ってご機嫌のバロメーター。

 

 二男のトイレから聞こえる鼻歌を思い出す。

 

 

  旅行や出張先からのお土産として頂く品物は、あ~あの人に買っていこう!と

 

 お付き合いの延長線上で、相手の喜びそうなものを・・と吟味するけれど、時間がない!

 

 とか、とりあえず買いましたと言うモノもあるであろう「気持ち」の表れかなとも思うところ。

 

  最近、お土産を頂く先は、「韓国」「横浜」「東京」「函館」から。

 

 昨年から復活したかな?!旅&お土産という、「今」という時間の中での想い出作り。

 

  久々の出張だというので、リクエストしたのはお土産のチョイスがセンスなさすぎだからw。

 

 函館と言えば、今は「いか」より「ラッキーピエロでしょ!」と、

 

 「自販機あるからさ、ガラナ買ってきて!」と頼んだ。

 

 私からのミッションを達成しようと、寄り道をしてもらったらしい、

 

 「何ですか?これ」と言われ、知らなかったらしく、

 

 説明したら皆さん、こぞって買ったらしい。(←こういうのが経済を回しているんだ)

 

 ついでに、生スノーマンも空港で買ったという。(←こういうのが余計なのだけれど)

 

 

 

 と、私自身はお土産話で充分で、楽しそうに話している姿を眺めているだけでいいのだけど、

 

 語彙力弱すぎて、いちいち質問して突っ込んだりしている。

 

 理想は、物語を聞いているような流暢な語りが望ましぃw。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  年を重ねると、より素直さと純粋さを応援したいところで

 

 圧倒的、子どもたち世代をどう活かすかとなると、親目線もある払拭の中で

 

 表現力が見た目と音楽なのか?という今の時代。

 

 二男に期待していた幼少の頃の歌とダンスと音楽は抜群”!と、思春期の部活と声変わりと

 

 環境変化で、別の道へは。私にはなかった仲間意識と一途な自己意識の構築なんだろうなと

 

 俯瞰した目で見られるくらい寛容になった自分は音ナを失った代償なのかもしれない。

 

 親子故の血のつながりは、尊重の時代。

 

 それが見守りという保守的な部分も備えつつ、どこかもったいない才能を引き出せなかった

 

 親の責任というか、先を生きてきたならではの思想なのだろうかと。

 

 音楽を改めて影響力はすごいのだなと言う、スノーマンとかいうアイドルとバックナンバーという

 

 世代を、なるほど・・という認めつつも、いまいち乗れないのは年月のせいなのか?!