皆さん こんにちは。

 

聖書の主の日とは何の日か、共に学びましょう。

 

こちらの☞キリスト道のブログ主の記事『今後の社会情勢と神の裁きへの備え』をご覧ください。

引用ここから一部抜粋〜

みなさんはキリスト再臨、神の裁きに向けて準備ができていますか。

私は、多くの過去記事で時間が多く残されていない、今すぐ悔い改めるようにと何度も繰り返し言い続けてきました。果たして、この忠告をどれ程の人が真剣に聞き入れて実践しているでしょうか。

 

新約聖書 マタイによる福音書 二十四章四十三節~四十四節(拙訳)

このことを理解しなはれ。もし家の主人が泥棒は何刻に来るかを知っとったら、目を覚ましていて、自分の家に押し入らせへんやろう。せやから、あんた方も用意していなはれ。思いがけへん時に人の子は来るさかい。

 

これは過去にも取り上げた箇所で、私のブログの読者なら、もう知っているでしょう。キリスト再臨は、思いがけない時に来るのです。

 

新約聖書 マタイによる福音書 24章50~51節

その僕の主人は予想しない日、思いがけない時に帰って来て、彼を厳しく罰し、偽善者たちと同じ目に遭わせる。そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。

 

この聖句は、きちんと準備していないにわかキリスト者は、偽善者と同じように罰せられるということです。偽善者がどういう者か、過去記事で名前を挙げたり、前回記事でも何が偽善かも言及しました。偽善はそれらだけでなく、キリスト再臨があることを知っており、それを楽しみにしたり、携挙されることを楽しみにしていると言っておきながら、実際には聖書の御言葉に従って生活せず、自分の都合に合わせて好きなように生きている者も偽善者です。これらの者の数は非常に多いです。

 

新約聖書 ペトロの手紙二 三章十節(拙訳)

しかし、主の日は夜の盗人のように来るであろう。その時、各天は大きな音をたてながら崩壊し、更に諸要素は焼かれ滅ぼされるでしょう。また、地とそこにある業は焼き尽くされるでしょう。

 

ここでも盗人が夜やって来るように突然という表現があります。キリスト再臨が明確にいつか分からないと繰り返し強調されています。そして、以下のとおり、主イエス御自身も分からないと仰いました。

 

新約聖書 マルコによる福音書 13章32~33節

「その日、その時は、だれも知らない。天使たちも子も知らない。父だけがご存じである。気をつけて、目を覚ましていなさい。その時がいつなのか、あなたがたには分からないからである。」

 

上記は主イエスの御言葉です。神の御子である主イエスですら時期についてご存知ないと明確に宣言されています。これも勿論、キリスト再臨とその時に起こる天地が滅びる世の終わりがいつなのかは明確には分からないということです。

中略〜

主の日が来る日付や時間が分からないのは、キリスト再臨に限った話ではありません。

聖書がいう「目を覚ましていなさい」というのは、実は、他にも意味が含まれます。何故そのような表現の仕方をしているかに着目してください。

人間は寝ないと生きていけません。一睡もせずに起き続けるなんて無理です。これらの聖句は文字どおり、一睡もせず起きていろというような苦行を強いる意味では勿論ありません。

目を覚ましていなさいというのは、いつ、何が起こってもいいように、常に天の国に入る準備を整えていなさいという意味です。

中略〜

各個人の救いの恩恵期間は、盗人が夜来るように、予想だにしない、思いがけない時に来るからです恩恵期間が終了すると、いくら後で悔い改めるとか、聖書を真剣に読んで真理を理解しますとか、聖霊を受ける機会をもう一度ください等、言ったところで、どうにもならず、無意味な主張になります。即ち、あなたの運命が決定されたことを意味します。恩恵期間の終了は、今日かも昨日かも明日かも分かりません。これは、天の父なる神以外は知ることのできないことなのです。

死ななくても恩恵期間は終了する場合があります。聖書と私が主張することを読んでも、心がまったく動かされず、「自分のみが正しい」、「自分が信じていることが絶対なんだ」というような状態に陥って、悔い改めができなくなった時です。つまり、良心に焼印を押された(テモテ一4:2)状態です。

中略〜

新約聖書 ヨハネの黙示録 16章15節

見よ、わたしは盗人のように来る。裸で歩くのを見られて恥をかかないように、目を覚まし、衣を身につけている人は幸いである。

 

恩恵期間が終わった時、裸の状態ではなく、衣を身につけておく必要があります。この衣というのは、聖霊によって新生したキリストに近い品性です。肉の欲に支配されている世に属する人間が持つ品性とは、天と地の差があるものです。マタイ22章1~14節の「婚宴」のたとえでも、礼服を着ない者が外の暗闇にほうり出されるとあります。そして、「招かれる人は多いが、選ばれる人は少ない。」ともあります。要するに、聖書を読んで神に救いを求めようとする人は招かれた人で数多いですが、きちんと服を着た少数の真のクリスチャンだけが選ばれ、服を着ない大多数のにわかクリスチャンは選ばれないということです。

中略〜

私がこのように説明しているのも永遠にできることではありません。あなたも健康な状態で、何も問題なく、私のブログを読む機会があるのも今だけかもしれません。私自身もどうなるか分かりません。だから、いつ終わるか分かりません。

あなたは、数日、数か月、数年経てば、この内容も存在自体をも忘れ去って、聖書の真理からも離れ、昔と同じ生活に戻るかもしれません。

今が過ぎれば、二度と来ない機会かもしれません。恩恵期間が終わる前に、神の裁きを受ける前に準備を整えてください。

引用ここまで

 

🔵上記の👆記事からの学び

 

・主の日とは、キリスト再臨の日で神の裁きの日、天地が滅びる世の終わりの日で、その日付や時間は天の父なる神だけがご存知。

・各個人の救いの恩恵期間は悔い改めができなくなった時に終了。

恩恵期間が終わる前、神の裁きを受ける前までに、聖霊によって新生したキリストに近い品性になっていなければ救いはないので、残り少ない恩恵期間を主イエス・キリストとの絆を強固なものにしていかなければならない。

 

神の律法を喜んで守る者となれますように、聖霊の助けを得て、日々悔い改め続けていきましょう。

また、

こちらの☞キリスト道のブログ主の記事『聖書の終末預言 一』『聖書の終末預言 二』『聖書の終末預言 三』『聖書の終末預言 四』『聖書の終末預言 五』がとても参考になりますので、是非ご覧ください。

 

🌿新約聖書 ヨハネの黙示録十六章十五節 (参照)

見なさい、わたしは盗人のように来ます。幸いなるかな、目を覚まし、そして、彼(自分自身)の衣を守って、一糸まとわないで歩く彼の恥を彼らに見られることのない者。

 

 

🌿新約聖書 マタイによる福音書 二十四章三十五節 (参照)

世界と大地は滅びるだろう。しかし、わたしの言葉は滅びない。

 

 

恩恵期間がまだある今の内に、聖書の御言葉に耳を傾けましょう。

皆さんに平安がありますように。

 

以上