俺は、前の会社の部下の中から、
選りすぐりの精鋭メンバーだけを、
今の会社に引き入れてきた。
そいつらだけは、
俺が本来の俺じゃないことを、
見抜いていたらしい…。
俺のメンツを考えつつ、
俺のことを気にかけてくれ、
いろいろとフォローをしてくれていた。
俺は、恵まれているって、
本当に思えていた。
たった一つ、
「家庭だけを除く。」
という但し書きがあるけど……。
俺は、家庭のために、
家族のために、
それだけを考えてきた。
家族のために自分を犠牲にするんじゃなく、
家族のために頑張れることが、
それが俺の幸せだって、
それだけを考えてきたんだ。
しかし、今は、会社の連中や、
仕事が俺を支えてくれていた。
なんだか妙な気分だった…。
でも、俺の選択は、
やっぱり間違っていなかったんだ。
改めて、そう感じながら、
俺は、仕事に集中しようとしていた。
この日も朝から調子が悪かった。
首の激痛が治らない……。
妻と話せていなかったから。
妻の真意が分からなくて、
気分もパッとしなかった…。
心身ともに、最悪だった…。
それでも食べていくためには、
仕事にいかなきゃならない。
妻へ電話をするのは、
もう少ししてからにしよう。
俺は、仕事へ出かけて行った。
出勤しても、仕事に集中できない…。
そんな自分に気づいていた…。
でも、ヘッドハンティングされて、
この会社にいるんだから、
やることはやらなきゃならない…。
俺は、職場の人間にとって、
スペシャリストとしての存在だったから、
いろんな支店から、
応援要請が多く来ていた。
そんな状況だったから、
子どもの入院のことや、
妻の離婚宣言のことだけを、
一日中は考えなくて済んだんだろう。
仕事をしているときだけは、
忘れることができたのかもしれない。
入院中の子どもは、
親とのスキンシップが必要だと思う。
母乳も必要としていると思う。
妻の体調が悪いなら、
妻の親に頼んで母乳を持っていかせ、
子どもの病状も確認するべきだ。
俺は、かなり首の状態が悪くて、
耐えがたい激痛だったけど、
子どもの面会をして、
子どもを抱っこして、
ミルクをあげたり、
オムツを交換したり、
それだけで痛みが忘れられる。
子どもが助かってくれるなら、
俺の身体なんか、どうなっても構わない。
でも、妻は、家を出て行った翌日に、
「一日見舞いに来ないだけで、
子どもを捨てたとは思わない。」
なんてことを言っていた…。
妻が子どもの面会に来なかったのは、
この日で2日連続だ。
一日じゃ捨ててないけど、
二日なら捨てたってことか?
俺からすれば、
子どもが生きるか死ぬかのときに、
理由も告げずに家を出ていって、
子どもの面会に来ないってことは、
一日だろうが、二日だろうが、
子どもを捨てたと同じことだ。
この日、会社から、
子どもの社会保険加入証明書が、
自宅に届けられた。
そうだ。
翌日、病院へ母子手帳を
持っていかなくてはならない。
当然、妻が持っている。
この日は、疲れ切っていたから、
妻や妻の両親と話して、
これ以上、疲れたくなかったから、
翌日、妻に連絡をすることにした。
夕方のお見舞いにも、
妻は来ていなかった…。
子どもとの面会中、
看護師から頼まれた。
「母子手帳を持って来て下さい。」
俺に頼んでくるってことは、
やっぱり妻は子どもの面会に、
来ていないんだろう…。
面会時間の間は、俺がずっといる。
入室記録にも記帳がない。
面会ノートにもない。
看護師も来ていないと言う。
この日の夕方の面会時間が終わるのを、
妻が来るかもしれないと思いつつ、
ロビーで待ちながら、
俺は、やるせない気持ちになっていた。
そうして、面会時間が終わった。
結局、妻は、この日の面会には、
来なかったんだ……。
俺は、病院から自宅までの帰り道、
疲れがドッと出てきて、
首の激痛も悪化していて、
かなり精神的にも疲れていた…。
妻が出て行ってから、
初めての出勤だったけど、
やはり、会社に着いても、
全く仕事が手につかない…。
そうこうしているうちに、
子どものお見舞いに行く時間だ。
俺は、仕事を途中で止めて、
子どものお見舞いに向かった。
当たり前のように、
この日も妻はいなかった…。
病院の受付に記帳もないし、
面会ノートにも何も書いていなかった。
看護師に聞いても、
妻は来ていないとのことだった…。
面会時間いっぱい待っていたけど、
やはり妻は来なかった…。
俺は、そのまま仕事に戻った…。
でも、仕事を頑張る気分なんかには、
なかなか、なれなかった…。
子どもの病気のこと……。
妻が出て行ったこと……。
頭の中には、仕事じゃなくって、
そんなことで、いっぱいだった…。
職場の連中には、
子どもの病気のことだけは、
伝えてあったから、
「お子さん、どうですか?」
って心配して声をかけてくれた。
でも、妻のことは黙っていた。
わざわざ俺から、
妻が出て行ったことを、
みんなに言う必要はない。
しかも、離婚宣言された訳だから、
しばらく黙っておくことにした。
でも、周りから見たら、
いつもと様子が違うことに、
何となく気づかれていただろうな…。
だから、職場の連中は、
(子どもの具合が思わしくないのかも?)
って思っていたかもしれない。
みんなに心配をかけながらも、
休んでいた間の仕事を、
何とか片づけていった。
夕方、仕事を終わらせ、
俺は、帰りがけに病院へ寄った。