選択の自由と自己責任
かなり以前であるが山一証券が倒産した時、テレビでインタビューを受けた社員が「自分が選んだ会社ですから、しょうがありませんね、これからがんばります。」ときっぱりと言っていた。
経営者や政府や金融機関に対する恨み言を一切言わず、「自分が選んだ会社ですから」ときっぱり言い切った姿はすがすがしさを感じた。今でも覚えている。さすが山一証券の社員と思った。
今の日本では多くの場合、「選択の自由と自己責任」が当たり前になっている。その会社に入るのも自己責任、その仕事をしているのも自己責任、親からの勧めや先輩上司からの勧めがあったとしても、最後にそれを選択したのは自分自身。勧めた人の責任ではなく、それを選択した自分の責任。仕方なくしているのも自己責任。
自分に責任を求め、自分を変えるから(改善するから)、成長する。他人の責任にして恨み言を言っても、何も進歩しない。
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甘やかすとほめる
以前、マラソン指導者の故小出監督がほめ上手ということで、話題になったことがある。そのほめ上手が高橋尚子選手を育てたという話も出ていた。
確かにそうだろう。あれだけ厳しい(過酷な)練習を課してきるわけであるから、それに耐えている選手に対してほめるしかないであろう。
ところが、世の中には厳しい練習(日ごろの行動)を課しもしないで、ただほめることがよいことだと思っている管理者(親)がいる。ただ表面上、小出監督の真似をすればいいというものではない。
まず、厳しい練習をするという動機付けと習慣を作り、その上で、結果は別にしてその努力をほめる。これが大事である。
厳しい練習を課さずにただほめるのは、単なる甘やかしである。
日ごろから甘やかして、結果が悪いと怒鳴るタイプ。これが最悪である。
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同じするなら早い方がよい
当たり前のことだと思うけれど、同じ努力をするのなら早い方がいい。
例えば、自動車の免許。数十年前に約1ヶ月間、それなりの努力をして免許を取った。おかげでそれ以来、数十年間、車の便利さを享受している。あの時、取得しないで、今、1ヶ月ほど努力すれば同じように自動車免許は取得できるだろうけれど、過去数十年間の便利さの享受はもうできない。
2000年2月にホームページを作ろうと思って1日苦労して作った。その後ほぼ毎日更新しているが、当時はまだ少なかったのでラジオや新聞で紹介された。
お陰で日本全国の企業から問い合わせや仕事の依頼があった。
あの時1日苦労したから、この20年間多くの仕事をいただくことができた。
今同じ努力してホームページを作ったとしても、この20年間の仕事を得ることはできない。
「やった方がいいな」「できればいいな」「知っていたらいいな」と思ったものは、早くやった方が得である。
それを得るための努力が同じなら、早い方がより多く活用できるから。
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知る責任
以前の証券不祥事で、不正を細かく報告した社員が役員から「なぜ、報告するのだ」と叱責されたらしい。法律上は、知らないほうが責任回避できるようだ。
今朝のニュースでも、前総理大臣が「桜を見る会」前日の夕食会の費用補填問題で、「知らなかった」ために不起訴処分となったとのことである。
しかし、実社会、特にビジネスにおいてはそんなことは決してあってはいけない。知らない、あるいは知ろうとしない責任は重大であり、決して許されるものではない。
顧客や部下のちょっとした変化、よからぬ前兆に気づいていながら(はじめから気づかないのは論外)知らないふり、気づかない振りをして、問題が起こってから、私は知りませんと傍観者を決めこむ。
こんな輩がまだまだ多いようだ。その上司も、知らなかったのだからしょうがない、とそれ以上の責任追及もしない。そして、知らないことはいいことだという風土が形成される。
ビジネスは法律とはちがう。ビジネスでは「知ろうとしない」ことは罪悪である。「知らなかった」ということは決して免罪符にはなりはしない。
「知ること」「知ろうとすること」が責任である。
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毎日サンデーの楽しみ
先日高校の時の同級生とリモートで飲み会を行った。
雇用延長が終わって毎日サンデーになった友人が、何もすることがなくて困っている。唯一の楽しみであったジム通いもコロナの影響で行けなくなったと嘆いていた。
他のメンバーも同調していたようだ。
実は私もそろそろ仕事を辞めようと思っていたところにコロナ騒動が起きたので、コロナを理由にほとんどの仕事を断っており、今年の4月から毎日サンデーの状態である。
ただ私は、「いつまでにテキストを作らなくてはいけない」「何日にはどこそこへ行かなければならない」など時間に追われることがなくなったので、毎日晴れ晴れしている。
「しなければならない」ことがなくなり、「したいこと」だけ行えばよい生活。
たまに「した方がよい」こともして、「してあげた方がよい」こともすれば感謝してもらえる。
夜寝る前に「翌日の予定を考える必要がない」気楽さが、うれしい。
「何もすることがない」と悲観するか?
「何もしなくてもいい」と楽観するか?
あなたはどっち?
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人生の連続性
人生は連続している。突然変異で人生が変わるということはめったにない。
今日の自分は、過去の自分の行動の結果によってなりたっている。
あの時、あの子に声をかけたから、今の妻と一緒に生活しているわけであるし、あの時、英語の勉強をしなかったから、このような仕事をしているのである。
過去のあの行動が今の自分を作っているのである。
そして、同じ様に今の自分の行動が将来の自分を作るのである。
将来、こうなりたいという夢や希望があるならそれに見合った行動を、今、しなければ実現しない。
今と同じ流れで、今までと同じ様な行動をしていれば、将来も今と同じ様な将来になってしまう。
自分は今と同じままなのに、「いつか、星の王子様が現れて、幸せにしてくれる」なんていう妄想は、決して現実にはならない。
自分の将来は自分が作るものであり、決して他人が作ってくれるものではない。
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「叱る」と「怒る」
叱ると怒るは違う。叱るは「愛情を持って、厳しく注意すること。」であり時は必要なこと。
怒るは「自分の感情を相手にぶつけること。」であり、これはあまりよいことではない。
例えば、子供に「遊んだら後片づけをしなさいよ」といった後、後片付けしてないときにどう対応するか?
「ちゃんと片付けなさい」と「片付けないこと(行動)」を叱るか、「お前は、何でいうことを聞かないだ、ちゃんということを聞きなさい」と片付けない相手(人間)に腹を立てて怒るか。
腹を立てて怒っても、子供のしつけにはならない。
人ではなく、いけない行動に着目して指摘するのが、「叱る」ことと言える。
例えば、万引きした子供には叱るが、受験で失敗した子供には叱らないで、逆に励ますであろう。
仕事も同じではないだろうか。
○ 叱る場面
1. 知らないでいけないことをしている、知らないで行うべきことをしていない。→ 注意する
2. 気づかないでいけないことをしている、行うべきことをしていない。→ 促す
3. 知っていながら、わかっていながら、いけないことをしている、行うべきことをしない。
→ 叱る
4. 今いけない行動をしている、今いけない行動をしていたなど、行動に対して叱る。
5. 仕事の結果に対しては、叱らないで事情を聞き対策を立てる。そして、励ます。
万一受験に失敗したときどう慰め励ますか⁉️
古い話ですが、私、高校受験に失敗しました。
その時、色々と慰めや励ましをもらいましたが、正直言ってウザかったです。
「そっとおいて欲しい」が本音です。
そんな時、母が事務的に「私立に行く、それとも1年浪人する」と言って、それぞれのパンフレットを持ってきてくれました。
それがキッカケで、受験失敗のことよりは今後のことに気持ちが変わり、立ち直れたようです。
やはり、現実を認めた上で今後どうするかという風に思えるように、対応するのがよいのではないでしょうか。
ちなみに、私は1年浪人して希望校に行きました。(^^♪
子供を叱れるか!
管理者研修で、今までに部下を叱ったことがある人、と聞くと30人中2~3人くらいしか手を上げない。よほど部下が優秀なのか、それとも、上司の自覚がないのか。
そんな時、「自分の子供さえ叱れないのに、他人を叱れるわけないですよ」と言われると、確かにと納得しながら、これでいいのかと不安になる。
子供を育てるということと、飼育するということは違うはずだ。体だけでなく、心も大人に育てていくことが必要なのに、体だけ大きくして、育てていると勘違いしている親が多い。
本当に子供がかわいかったら、その場は憎まれても、いけないことはいけないと叱るはずだ。子供より自分がかわいいから、自分をいいこぶって、いけないことも見逃してしまう。その方が、自分も心地よいし、子供もなついてくれるからなのだろう。
子供の将来よりも、今の自分の心地よさを優先して、叱らない、叱れない。
「無責任とは、このままではダメになるとわかっているのに、何も手をうたないこと。」と、いわれるが、まさに無責任な親である。そんな無責任な親を育てた、その親はもっと無責任である。
新型コロナウイルス感染者数再々拡大2
毎日発表される新規感染者数だけの判断であるが、10月24日に7日間移動平均線が14日間移動平均線をゴールデンクロス(上抜け)し、55日間経った今も上昇トレンドを続けている。
実は、11月31日に一旦デッドクロス(下抜け)して、上昇トレンドもストップのように見えたが、1日で元に戻ってしまった。
移動平均線が両方とも右肩上がりになっているので、上昇トレンドがさらに続く形状である。
東京都の形状はさらに急角度になっているので、もっと心配である。
いずれにしても、早く収束してほしいものである。

