このシリーズに終わりはない『猿の惑星 キングダム』 | しばりやトーマスの斜陽産業・続

このシリーズに終わりはない『猿の惑星 キングダム』

 古典SF映画『猿の惑星』をリブートしたシリーズの最終作『猿の惑星: 聖戦記』(2017)から300年後の世界を舞台にした新作『猿の惑星 キングダム』は前作で人間と猿は壮絶な戦いの果てに互いを殺しあい、復讐に取り憑かれた猿たちのリーダー、シーザーは新天地にたどり着き息を引き取る。猿たちはシーザーの教えを語り継ぎ、人と争わず平和に暮らしていた。

 鷲をあやつるイーグル族のノアは集落に人間の女が入り込んでいるのを見つける。成人の儀式に必要な卵を割ってしまったため、一人集落を出るのだが、その間に獰猛なリーダー、プロキシマス・シーザーに率いられた猿の帝国軍に集落は襲われ、ノアの父は死に、母親や仲間たちは囚われの身となる。

 仲間を救う旅に出るノアは老オランウータンのルカと出会う。ルカは伝説のシーザーの遺産(レガシー)の知識を語り継いでいた。まだ猿と人が共存していた時代の教えを。

 人間の女は密にノアの後をつけており、ラカは女にノヴァという名前をつけ旅に同行させる。絶滅したとされた人間が群れをつくって生きていることを知るノアたちだが、その群れもプロキシマスの軍に襲われる。帝国の目的はノヴァを連れ去ること。彼女は退化して言葉も離せなくなった人間の中で数少ない言葉と知能を持っていた。

 プロキシマスは猿を労働力として使う自分の王国(猿の惑星ならぬ猿の帝国だ!)を建設しようとし、人間の英知が結集された宝物庫をこじあけようとしていた。

 

 プロキシマスはどこかにノヴァ(人間名はメイ)以外の人間たちが生きており、まだ猿インフルエンザによって退化していないと信じており、人間たちより先に宝物庫の英知を手に入れようとするが、メイはそれは人間のものであり、猿たちに渡すことはできないとしてノアたちとともに英知を封印しようとする。

 プロキシマスの側近に人間のトレヴェイサン(ウィリアム・H・メイシー)がおり、知識と人類の歴史をプロキシマスに教えていた。彼は人類の未来に絶望しており猿に従うことで生き延びており、人類の復興を目指すメイと対立する。そしてメイは計画を邪魔するトレヴェイサンを殺してしまう。猿は猿を殺さないが人間は人間を殺せる。高度な知能を持つ人間は同族を殺せるのだ。これが果たして猿より進化した生き物だといえるだろうか?

 第一作目『猿の惑星』で人間のタイラーが「人は猿より優れている。原爆だって使った」というと猿のザイアス博士は「技術的に優れていても精神的にはどうだろうか?」というやりとりを思い出さずにいられない。

 

 宝物庫は人類が戦争のために用意した兵器庫だった。そこでかつて猿たちが動物園で見世物にされていた絵本を目にするノア。メイはひとつのHDDを手に入れる。それは世界中に散らばっている人類の軍勢と交信するために必要なものだった。メイは爆弾を起動させプロキシマスの王国を大量の海水で崩壊させる。ノアは共存の可能性を探っていたがメイはそんなこと考えてなかった。ノアは父親の復讐を果たし(猿が猿を殺す)集落に帰るがメイとはわかりあえないまま別れる。共存は果たせないのか、新たな猿と人類の戦いが幕をあけるかのようなラストシーンは旧シリーズ、新三部作に匹敵する衝撃的な結末で、アメリカでも大ヒット中なのでこのまま新シリーズが開幕するだろう。

 

 人間は地球を滅ぼすほどの武器を持ち、未知のウィルス(まるでコロナ)によって退化させられながら、それでも戦うことがやめられない。

 猿はあらたな地球の支配者となるために同族を殺す。そうしないと人間以上の存在にはなれないから。『猿の惑星』シリーズが60年を経て何度もつくられるのは「人類という種の存続」に関するテーマで、いつ何時も古びないからだ。毎日どこかで戦争が起きて人が死に、「いつか人間は滅びるぞ!」と警鐘されてもやめない。100年経っても『猿の惑星』は作られてると思う。人間が滅びない限りは。