越後獅子
中村橋之助等若手花形による舞踊。市川青虎以外は誰が誰だかさっぱりわからない。この舞踊で思い出すのは中村勘三郎が死んだ時の事だ。大の贔屓の中村屋の死はもちろん悲しかったがあっしなんかより家族や関係者の皆さんの方がもっと悲しいんだろうからあっしは決して泣くまいと心に誓った。それが中村屋の死から数日後に当時あっしが住んでいた三ノ輪のアパートの近くの町内会館で秀次郎の踊りの発表会があり見に行ったら彼が踊ったのがこの越後獅子だった。下駄を履いてのタップの処で中村屋の高杯を思い出してもうあの至芸が見られないんだと想うと涙が流れるのを止められなかった。まさか我が子に泣かされるとは❗️その時の踊りの会、素人の会でまして東日暮里二丁目町内会館なんて辺鄙な所へわざわざ寒空はだか先生が見に来てくれたのだ。なんて友情に厚い奴なんだと感謝感激したのを今でもはっきり覚えている。