この吹き替え版がすごい!『トムとジェリーの大冒険』
2月10日はアニメ『トムとジェリー』の誕生日だ。1940年2月10日、MGMのアニメーター、ウィリアム・ハンナとジョゼフ・バーベラが思いついた「猫と鼠のキャラクターを使ったオリジナルアニメ」の企画『上には上がある』を初劇場公開した日だから。
この時はまだトムとジェリーという名前ではなく、ジャスパーとジンクスという名前だった。公開した作品は大ヒットを記録、ハンナとバーベラは独立したプロジェクトを立ち上げ『トムとジェリー』と改題し、日本でも64年からテレビ放送がスタートした。僕が小中学生のころにはテレビの再放送枠の定番で「仲良くけんかしな」という日本語版主題歌(作詞作曲は日本のCMソングのパイオニア、三木鶏郎)が耳に残っている。
最近はテレビでも見かけることのないタイトルなので、てっきり昔のアニメだと思ってたら90年代にも新作がつくられていて、日本でもカートゥーンネットワークで放送されているからZ世代(この言葉も死語だな…)も見ている。そんな息の長い人気を誇るシリーズの1992年に公開された映画『トムとジェリーの大冒険』を見た。92年に劇場公開されてたのも初めて知った…
この作品は『トムとジェリー』の作品中、最も広く公開された作品だそうだが、興行的には苦しみ、評価もイマイチというやつだ。90年代初頭の劇場アニメといえばディズニーの『美女と野獣』(91)『アラジン』(92)だからね。40年代のクラシック・アニメの劇場版はさすがに見向きもされなかったか。でも、それ以外に理由があると思う。この映画、トムとジェリーがセリフをしゃべるのだ。
トムの飼い主が引っ越すので、ついていくのだがジェリーも一緒について来ようとするので、邪魔者を追っ払おうとしているうちに車が出てしまい、トムとジェリーは家に取り残される。翌日、家は取り壊しにあってしまい二匹は居場所を失う。街をさまよっているうちに裏通りで人の言葉を話す野良犬のパグジーと彼の友人ノミのフランキーに出会って自己紹介…って、お前ら言葉しゃべれるのかよ!
初期の作品には人の言葉を話すこともあるけど、基本は言葉を話さず、リアクションだけなのでものすごい違和感がある。パグジーが残飯を漁ってごちそうしてくれるのだが、直後、覆面の男たちにパグジーらは連れ去られる。トムは路地を根城にしている野良猫たちに「なわばりを荒らすんじゃねえ」と襲われたところをジェリーに救われる。ここで『ウエストサイド物語』風のミュージカルになるのが笑える。
二匹は橋の下で家出娘のロビンに出会う。彼女は冒険家の父親、スターリングがチベットで行方不明になってしまい、以後は業突張りな叔母のフィッグと悪徳弁護士の叔父リックブートに養われているが、二人の目的はロビンが受け継ぐ遺産だけなので、父親を捜すという名目で逃げ出してきたのだ。
捜索願を出されていたことでロビンは連れ戻され、トムとジェリーと共に暮らすがフィッグ叔母さんの陰謀でドクター・アップルチークが経営する動物収容所に送られる。アップルチークは慈善家を装った闇の動物ブローカーで、街でパグジーをさらったのも彼の部下たちであった。
ジェリーの活躍で捕らえられていた動物たちは解放され、騒ぎに乗じてトムとジェリーは脱出。ロビンに行方不明の父親が生きていることを知らせ、ぼろい筏に乗ってチベットを目指す(無理があるよ!ニューヨークから中国は遠すぎるよ!)
カートゥーン・コメディとミュージカルのミックスはよくできており、ディズニーには劣るかもしれないが…喧嘩ばかりしていたトムとジェリーが少女ロビンのために手を組んで八面六臂の大活躍をする、というのはトムとジェリーのコンセプトからは少しずれていて、童話のように強欲な叔母によって苦しめられる少女が苦難の末にハッピーエンドを迎えるというのも、それこそディズニーにやらせとけよ!こんな話は…
という意味では往年のトムとジェリーらしさが失われているので不満が残る向きもあるが、素晴らしいところはある。日本語吹き替え版だ。
当時は予算が潤沢だったのか、日本語吹き替え用のオリジナルスコアが用意されていて声優陣が日本語の楽曲を熱唱する。ちなみに声優陣はトム・堀内賢雄、ジェリー・堀絢子をはじめとして富田耕生、滝口順平、北村弘一、安西正弘、龍田直樹…というベテラン勢ぞろい。しかもみんな歌が上手い!
フィッグ叔母さんはなんと小林幸子で、さすが芸能界デビューのころは役者業をやってただけのことはある。徹底した悪女っぷりは堂に入っていて、歌唱場面では言わずもがなの実力を発揮。不遇のヒロインであるロビン役は篠原涼子で、彼女も歌になると見事というしかない。
総じて、日本語吹き替え版の方に価値がある作品と言えますね。日本語版のサントラが出てないの惜しい。この時は金あったんだなあ。2021年版の映画トムとジェリーなんか、本国版の歌しかないからね。