泳ぐ写真家龍之介 -128ページ目

「ガスバーナーの光」

大手出版社のNさんは、

女性誌黄金期に、数々の有名女性誌を立ち上げてきた名編集者です。

そのNさん、ある日、撮影が終わった後に、面白い話をしてくれました。

Fさんという有名な先生にモデル撮影をお願いしたときのこと、

Fさん、撮影スタジオで、

「僕の求める光が見つからないの!」と

ライティングのことで悩み始めたそうです。


そして、突然、


「ガスバーナーの光よっ!ぼくちゃんあれが欲しい!」

と言って、スタジオにガスバーナーを持ち込み、

スタジオマンが静止するのも無視して、火をつけたそうです。


そして、


「これよ!これ!」と、モデルさんの顔をバーナーの炎で照らし、

興奮しながらシャッターを切り始めたそうです。


Nさん、唖然としてその撮影の光景を眺めていると、

スタジオマン氏がうつろな眼でこう言ったそうです。

「ちょっと、まずいっすよ。酸素が少なくなっていませんか?」

編集者Nさんが、ふとわれに帰ると、

スタジオという密室で、バーナーを燃やしたせいで、

みな酸欠でうつろな眼をしていて、意識朦朧。

間一髪、スタジオマン氏が、ドアを開けて難を免れたそうです。


何事もなかったので笑える話ですが、

良いものを創ろうと、あれこれ何でもやっていた、

おおらかな時代を象徴するようなエピソードです。

「600万円のMac」


g5

私が最初に使ったアップル社のコンピュータはApple2

1982年頃だったと思います。

その後アップル社はマッキントッシュを発売しますが、

とても高価でした。


G3が登場するまで、ただ眺めているだけで、

仕方なくNECDOS/Vマシンを使っていました。


マックが登場したころからマックを使っている、

知り合いのデザイナーさんがいます。

彼は当時からマックにお金をつぎ込んでいました。

中でも、最も高価だったマックは増設メモリも含め600万円。

そのマックの機種名は忘れましたが、

今だったら、

マックG+メルセデスベンツCシリーズが購入できる価格です。


彼が、ショップで、意を決して

「このマックください!」と言ったら、

奥から店長が飛び出してきて、

「お客さん!本当にいいんですか?本当にいいんですか?」

と、まさか、これを買う人が現れるとは!

といった表情だったそうです。


しかし、悲しいことに3年もすると、

4分の一以下の価格で、

その600万円のマックの性能を上回る新型マックが登場し、

彼はその後も泣く泣く、新しいマックが登場する度に

新型を購入していったそうです。


そして、ある日、それまで、マックの購入にあてた金額を概算したら、

なんと2000万円を越えていたそうです。

 

「アップル社を訴えたい気分だ!」と

マックの話をするたびに怒っている彼ですが、

いまだにマックを愛し、マックを愛用しています。


マックファンには、

そんな彼のように、財産を注ぎこんできた人が大勢います。

だから思い入れも半端ではありません。

そのあたりが、ウィンドウズファンとは違うところでしょう。


私は2年前に購入したMac G5IBM PowerPC搭載モデル)を使っていますが、

価格はメモリ6Gを搭載して30万円程度でした。

現在でも、ヘビーな仕事で問題なく使えています。

本当に安くなったものです。

 

「あのマックを買うときは、家を購入するときのような決意が要った!」

と、ちょっとうれしそうに、彼が語っていたのを思い出します。

「本当は何が撮りたかった?」

カメラマンを志すときには、

皆、「こういうものを撮るカメラマンになりたい」

という理想があるはずです。

しかし、

世の中、なかなかそうはいかないものです。

どこかで妥協して、

不本意な撮影をしているカメラマンが

多いのではないでしょうか。

私もそうでした。


しかし、


中には、人が羨むような仕事をしているのに

不幸なカメラマンもいます。

私の友人H氏がそうです。

彼はすでに30年も、テレビ、映画関係のスティル、

ポスターの撮影をしていて、

有名な芸能人を数多く撮影しています。

女優さんたちとも親しく、

話を聞く度にうらやましく思ったものです。


しかし、



それは、彼がめざした写真とは

大きくかけ離れてしまっていたのです。

彼が撮りたかったもの、

それは「ペンギン」だったのです。

南極に行って「ペンギン」を撮りたかったのです。



彼は、芸能界が嫌いで、

できれば、足を洗いたいと考えていました。


しかし、


一度、仕事を始めてしまうと、

生活のこともあり、なかなか修正がききません。

私は同じ職業の人間として、鳥好きとして

「ああ、そうだったんだ。」

と理解してあげることができますが、

芸能人を撮りたいと思っている多くのカメラマンや、

芸能界に憧れているひとたちには、

理解できなかったようです。


しかし、


写真の世界に限らず、人間ってこういうものでしょう。

幸せか不幸かは、

その人の価値観や、

心のありようで違ってくるものなのです。


また、


不本意な仕事はお金になって、

やりたい仕事はお金になりません。

どの世界も同じでしょう。


しかし、


そんな彼がなぜ芸能界関係の写真を撮るに至ったのか?

それは未だに謎です。