風神 あ~る・ベルンハルトJrの「夜更けのラプソディ」 -76ページ目

夜の帳が下りるころ、待ちかねていたかのように、藍色の街がさざめきだす。
あるときは心地よい潮騒のように、またあるときは、耳をふさぎたくなる騒音のように、心を揺らし、時に責め立てる。

夜の街はまるで、LANVINの「エクラドウアルページュ」のように淡く切なく香る。
そう、まるで狼が姿を変えた少女のように怪しげに。

夜は解放の時間。
何もかも忘れて、我に返る時間。

夜は、安息と秘め事の時間。

night birds/shakatak



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震えはまだ止まらない。小さなアルバムを抱くように、手すりを慎重につかんで美佐枝は階段を下りた。

「あったのね」母の声に、美佐枝はこくりと頷いた。
裕史はといえば、ちょっと不機嫌そうな顔をして立っている。

「さ、こっち」美佐枝はリビングへといざなった。
「美裕はまだいるの?」
「いる」裕史のくぐもった声が後ろから聞こえた。
「なんで呼び捨てにするの」

「今、教えてあげる」
「え? どういうこと?」
「だから、いま教えてあげるから」

「違うよ母さん。美裕が変なことを言ってる」
ソファに座った裕史の顔は青ざめていた。

「なんて?」」
「お母さんは悪くないって」
「どこにいる」
「誰が」
「美裕」

隣に座ってるよ。裕史は右手で左隣を指差した。
「どういうことなの。美裕に訊いても、困ったような顔をして答えてくれないんだけど」

「美裕!」美佐枝はソファから立ち上がった。
「行っちゃだめ!」母の鋭い声がした。
「見えないものに触ることはできないわ。やめなさい。悲しみが増すだけよ。また深手を負うわよあんた」

「ヒロちゃん、美裕がなにか言ったら伝えてちょうだい」母が主導するままに美佐枝はまかせた。
「分かったよ」険しい顔で裕史が頷いた。


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這うように階段を上がり、よろめきながら部屋に入った美佐枝は、クローゼットの扉を乱暴に開けた。

どこだっけ、どこにしまったんだっけ。
押入れダンスの引き出しを開けていくが、震える手でままならない。
違う、こんなところじゃない。なにやってんのよ、こんなところにあるはずない!

もっと、目立たたないところ。
裕史に見つからない場所。



どこだっけ、どこにしまい込んだんだっけ。
そう、二十年も封印をしたアルバム。

手の震えは瞬く間に腕、二の腕、肩、胸と伝わり、上半身をがくがくと揺すぶる。
そうだ、何かに入れてしまい込んだはずだ。

なんだ、なんだっけ。
クリアケース? お菓子の缶?
なんだっけ。
落ち着け、落ち着け。

けれど震えは止まらない。
スーッと吸ったつもりの息が、ヒィーっと音を立てる。

ちゃんと持ったつもりの、頂き物のハンカチの箱が、手の上で踊って床に落ちる。

クローゼットに顔を突っ込む。
あった。
違う。もらいもののバスタオルの箱だ。

どこよ、どこよー!

フッ、フッ、フッ、フッ!

美佐枝はうめき声を出しながらクローゼットの小物を部屋に掻きだしていた。


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「おう、あんちゃん、もう行くか」じいさんが二の腕を掻きながら、ちょっと気恥ずかしそうにふんふんと頷いた。
「はい、あてどもない旅に再び」

ああ、船は追っ付け来るよ。夕焼けの広がる水平線を差した指は節くれている。

「この国に賭けるものなんてないって、あんちゃん、ゆんべ言ったっけか」
「はい、おこがましくも言いました」

「まあ、このご時世、そんな気持ちになっちまうのもわからなくはねえけどさ……ああ、こんな風体の俺が説教しても説得力はないわな。うまく言えねえけど、まあ、賭けるものはそのうち見つかるさ」

煙草を取り出したじいさんは、左手の親指の爪に吸い口をトントンと叩きつけた。

「だけどな、どんな状況になっても諦めて放棄しちゃなんねえ。俺なんて、賭けて賭けて賭けまくって。頑張って頑張って歯あ食いしばって、最後に賭けたのが、どうしようもないサイコロさ」

じいさんがふう、と吐き出したハイライトの煙が風に吹かれて渦を巻く。



「まだ若けえよあんちゃん。無気力になるのは早すぎる。もがきが足んねえかもな。あんたまだ振出しに戻っちゃいないだろ。人生ってさ、嫌になるぐらい振出しに戻ることがあるのさ。あんたはまだまだ旅の始めだ。振出しに戻ったってすぐに追いつく。ほれ、吸うか」

差し出されたハイライトを受け取ると、火のついたライターが差し出された。じいさんの手は火が消えないように優しくこの手を包み込んだ。

「人生なんて、あてどもない旅と同じさ。ま、元気でやりなよ。ほら、これやるからさ」
「いいんですか」



「いいさ。サイコロのふたつやみっつ。それより諦めんなよ。俺みたいになっちまうぞ。それからな、俺は正直者じゃない。人生の敗残兵さ」
「そんなことないですよ」

「おおありだ。過去を悔やむことも、明日を夢見ることもなく、今日サイコロを振る大馬鹿野郎だ。でもな、こんな生き方もあるんだって、こんな俺だって許されるんだって、いつか気がついたのさ。
だって俺、普通に頑張ったんだから。うん、俺にも女房子供がいてさ、普通に働いていたんだ。
道が分からなくなったら、それ振りな。明日の道を丁半(ちょうはん)で決めてみるのもたまにはいいさ。達者で生きなよ、にいちゃん。できればまっすぐに」


落陽/吉田拓郎



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自室への階段を駆け上がろうとした美佐枝は、一段目を踏み外して前のめりに倒れ込んだ。派手な音がして、肘といわず手といわず強い痛みが襲う。

「大丈夫!?」母の声と廊下を駆け寄る音がする。

返事も忘れ、何かから逃れるように、あるいは何かに近づこうとするように、這いつくばって階段を上がった。

フッ、フッ、フッ、フゥ

そんな、馬鹿な。
そんな……馬鹿な。
そんな、……馬鹿な。



そう、あれは日差しの暖かい晩秋のことだ。
法事の帰り、預けていた子供を迎えに行くために友人宅へ向かった時、それは起こった。

道向こうの路地で遊ぶ娘を見つけて声をかけ、手を振った。

「あ! お母さん!」
体中で喜びを現した娘が立ち上がった。

「あ! ダメよ! 止まって! 止まって! 止まってー!」

どんな叫び声を上げたのかなど覚えてはいない。
ただ、意志を持たぬ人形のように手足を振り回しながら、ゴムまりのように宙を跳んだ姿は、脳裏に焼き付いて離れない。


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「もう、あんたたち、なにをワサワサやってんのよ」
リビングから母が顔を出した。

「あ、おばあちゃん」
「ヒロちゃんお帰り。ビール飲む?」

「そんなことよりお母さん、裕史が変なのよ」美佐枝はすがるように母親を見た。
「彼女を連れてきたって言ってるのよ」

母が伸びをするように玄関を見る。
「どこに」
「そこにいるって言ってるのよ」
「だから、どこに」
「一緒にいるって言ってるのよ」

「まさか、おばあちゃんまで悪ふざけをしてるの」裕史が眉をしかめた。
「してない。ヒロちゃん以外誰もいないわよ」

「どうして!」
裕史が険しい顔になった。

「気分悪いから、もう帰るよ! せっかく来たのに二人して何言ってんだよ! さ、みひろ帰ろう。ごめんね」腰に手を回すようなしぐさで背中を向けた。

相当怒っているのがわかる。けれど美佐枝は、裕史の発した名前に金縛りにあったように動けなかった。

それ、なに……。
みひろって、なに……。

「ちょっと待って!」母が鋭く呼び止める。
「名前、なんて?」
「え?」

「彼女の名前、なんて?」
「みひろだよ」
「どんな字を書くの」

「美しいに」裕史が宙に指を動かす。
「ヒロシの裕」

「ヒロちゃん…その子…ここに」母が鼻の横を指差した。
「ホクロがないかい」
「あるよ。見えてるじゃない!」

「見えてないんだよ、ヒロちゃん。その子さ、ここに」左の額の生え際辺りを指差す。
美佐枝はめまいを覚えた。

「小さな、傷がないかい」

裕史は髪をかき上げるしぐさをする。
「あ、ある」驚いた顔で母を見た。
「やっぱり見えてるんじゃない」

「裕史、今髪をかき上げたのかい」
「そう」
「髪に隠れていたものが見えるわけないじゃない。ましてや、あんたすら知らなかったことを」

裕史が、あっとでも言ったように口を開けて、なぜだろうと考え込むうように、スッと視線を落とした。

「美佐枝、アルバムを持ってきて!」
母の声が、遠くで聞こえた。


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「ほらほら、噂をすればなんとやらね」母の声に美佐枝はソファを立ち、ちょっと考えて振り返った。
「昼間っからおばあちゃんが飲んだくれてるってのは、どうにも印象悪いわねえ」
「いいのよいいのよ、素のままでいいの」母は、ビールのグラスをゆらりと振った。

「やれやれ」美佐枝はリビングから廊下へ出た。
玄関には裕史がひとりで立っていた。



「あら、都合がつかなかったの?」
「なにが」
「あんたの彼女よ」

「は?……母さん、なに言ってんの」
「なにって……」

「まいったな。ほら、上がりなよ」
裕史が左横を見て笑った。冗談きついな。

「裕史、なにやってんの」
「なにって……」
「ひとりでなにやってんの」
「え?……母さんこそ、なに言ってんの?」
「だから、ひとりでなにをやってるのかって訊いてるのよ」

裕史が靴を脱いで近づいてきた。その顔色は変わっていた。
「母さん、大丈夫?!」

「お母さん!」美佐枝は母を呼んだ。
「なによ」リビングから声がする。
「裕史がちょっと変よ」

「変なのは母さんだろ」


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以前にも書いたけど、デジカメが行方不明。
真剣に探せばどこかにあるはずなんだけど、ほとんど本気で探さない面倒臭がり。

持っていたのはCasioのデジカメ。
高倍率のズームに惹かれて買ったものだった。

デジカメも日進月歩だからもう買い替えてもいいだろう。
ということで、デジカメ選びを始めようと思っている。

贅沢を言えばきりがない。
けれど、レンズキャップを外すのは面倒臭い(また出た)
レンズが飛び出しているのも携帯に不便だ。

僕は貧乏学生の頃から、必要に迫られてカメラを持っていて、そのころ使っていたのがマニユアル一眼レフカメラ、「フジカのST801」だった。



調べてみたら、1972年(昭和47年)9月の発売となっている。
きわめて軽量で、そのころ珍しい発光ダイオードの露出計がファインダー内に赤色LEDで表示された。

他のカメラはどうかというと、時計の半分を思い浮かべてもらいたい。
針が出ていて露出によって動いたのだ。
針が3時になったら露出がピタリ。
ちょっと薄暗かったり、木漏れ日の中での撮影だと、針が見えなかったりした。

そんな中、フジカのST801は、おそらくは名機の部類に入るカメラだったと思う。
これを選んだのは、現像から焼き付けまで自分でやってしまうカメラマニアの父だった。

その後も、キャノンの一眼レフEOSを持っていたりしたのだけれど、実際問題どうかというと、使わない。
使うのはついでに持っていたコンパクトカメラだった。

バッグにポンと入れて、さっと出して、パッと撮れる。
これが僕がカメラに求めるものだと、長い年月を経てつかんだ。

だから、僕が探すのはコンパクトデジカメ。
求めるのは3点。

高倍率ズームであること。
接写ができること。
液晶画面が可動式であること。

僕は花の写真とかをよく撮るから、2番目と3番目は外せない。
特に、ほぼ地面から、花舐めの空、みたいな写真が大好きだ。

レンズが暗くなるのは仕方がないけど、ズームはあるに越したことはない。

さてさて、僕の要望に応えるコンパクトデジカメはあるのだろうか。

答えはまた、後日に。


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「毎度のことだけど、千葉からだとちょっとした旅だわ。だけどさ、年々遠くなるような気がするよ」
来るなり風呂に入りたいと言いだしてひと風呂浴びた母は、ちょっと上気した顔で、ふう、と息を吐いてソファに座った。
もちろん、最寄り駅までは車で迎えに行った。

「乗り換えがあるからなおさらよね」
「ビールはあるの?」
「やだもう母さんったら昼日中から」
「風呂上りはビールよ」
「裕史たちが来たとき酔っぱらってたら困るでしょ」
「酔わないわよ、ビールの一本二本じゃ」

「やれやれ、困った御隠居様だこと。お父さんの同窓会をとやかく言えるさまじゃないわ」
冷蔵庫からビールを取り出しグラスに注いだ。
母は一口飲んで、ふぅーっと長い息を吐いた。



「極楽極楽。ところでヒロちゃんって幾つになるんだっけ」
「今年で25よ」
「じゃあまだ結婚って歳でもないわね。あたしたちの頃だったら適齢期って感じだけど」

「それは母さん、あたしたちの頃だって似たようなものでしょ」
「あんた幾つで結婚したんだっけ」
「25よ」
「あたしたちの頃だったら、たたき売りの年齢だわ。女の適齢期はクリスマスケーキに例えられたものよ。23売り出し、24売り頃、25も夕方になるとたたき売りよ。半値よ、半値。半値でも売れなかったら、ダダ同然の廃棄商品よ」

「ただいま」
玄関から、息子の裕史の声がした。


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「千葉からさ、おばあちゃんが遊びに来るんだって。おじいちゃんが同窓会で土日留守にするからって」
「ふうん。おじいちゃんって幾つなの」
「どうだろ、七十は越えてるね。で、おばあちゃんが彼女に会いたいんだって。冥土の土産に。まあ、そう言ったのは母親だけど」

「ふうん」そう言ったみひろは、缶コーヒーをくぴりと飲んだ。
彼女はお店に入ることをかたくなに拒んだ。もったいない、というのが理由だった。

だから僕たちは、何かを食べるにもマックやケンタッキーのテイクアウトを公園で、が常だった。



「うん、だからみひろが来てくれないかなって」
「あたしが?」みひろは目を丸くして鼻先を指差した。
「そ」
「そ、って」公園のベンチに座った彼女は、ぎゅっとこっちに向きを変えた。
「いつから彼女になったのよ」
「いいんだよ。そう思わせとけば」

「あたしがヒロ君ちに? お母さんとおばあちゃんに会いに?」
「そ」
「そ、って、なんだろ、あくまで軽いそのノリ」
「深く考えなくたっていいんだって」

みひろはやれやれといった顔で僕を見た。

「まあ、ヒロ君も立派な大人になったし」ちょっと首を傾げて空を見上げた。
「ちっとも立派じゃないけど」
「じゃあ、いっぱしの大人になったし」
「あ、なんか格が落ちた」

「いいわよ。でもね……もう、会えなくなっちゃうかもよ」
「なにそれ」
「独り言」


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