見えない彼女「9」 | 風神 あ~る・ベルンハルトJrの「夜更けのラプソディ」

「もう、あんたたち、なにをワサワサやってんのよ」
リビングから母が顔を出した。

「あ、おばあちゃん」
「ヒロちゃんお帰り。ビール飲む?」

「そんなことよりお母さん、裕史が変なのよ」美佐枝はすがるように母親を見た。
「彼女を連れてきたって言ってるのよ」

母が伸びをするように玄関を見る。
「どこに」
「そこにいるって言ってるのよ」
「だから、どこに」
「一緒にいるって言ってるのよ」

「まさか、おばあちゃんまで悪ふざけをしてるの」裕史が眉をしかめた。
「してない。ヒロちゃん以外誰もいないわよ」

「どうして!」
裕史が険しい顔になった。

「気分悪いから、もう帰るよ! せっかく来たのに二人して何言ってんだよ! さ、みひろ帰ろう。ごめんね」腰に手を回すようなしぐさで背中を向けた。

相当怒っているのがわかる。けれど美佐枝は、裕史の発した名前に金縛りにあったように動けなかった。

それ、なに……。
みひろって、なに……。

「ちょっと待って!」母が鋭く呼び止める。
「名前、なんて?」
「え?」

「彼女の名前、なんて?」
「みひろだよ」
「どんな字を書くの」

「美しいに」裕史が宙に指を動かす。
「ヒロシの裕」

「ヒロちゃん…その子…ここに」母が鼻の横を指差した。
「ホクロがないかい」
「あるよ。見えてるじゃない!」

「見えてないんだよ、ヒロちゃん。その子さ、ここに」左の額の生え際辺りを指差す。
美佐枝はめまいを覚えた。

「小さな、傷がないかい」

裕史は髪をかき上げるしぐさをする。
「あ、ある」驚いた顔で母を見た。
「やっぱり見えてるんじゃない」

「裕史、今髪をかき上げたのかい」
「そう」
「髪に隠れていたものが見えるわけないじゃない。ましてや、あんたすら知らなかったことを」

裕史が、あっとでも言ったように口を開けて、なぜだろうと考え込むうように、スッと視線を落とした。

「美佐枝、アルバムを持ってきて!」
母の声が、遠くで聞こえた。


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