「新築?」
「そう。いいとこそこだけのワンルーム」
見上げた屋根には、風見鶏が回っていた。

「風見鶏なんてめずらしいね。というか初めて見るかも。しかもあんなに高々と」
「大家さんの趣味なのかしらね。だったら自分ちの上にも立てればいいのにね。隣が大家さんち」荷物で手が動かせない彼女は顎をしゃくった。
ここまで来た限りでは、歩いていくのに苦にならない範囲にあるのはコンビニと酒屋が化けたちっちゃなスーパーもどきぐらいだった。
KMハイツと書かれた、奥に伸びた一階の一番奥に、彼女の部屋はあった。
KMって風見鶏のKMだろうか。どこまで好きなんだろう。
「入っていいの?」
「もちろん」
彼女はもうすっかり、旧知の仲のような雰囲気を漂わせていた。
中に入ると、シングルベッドの上でバスタオルにくるまれた仔猫が寝ていた。
そこらによくいるキジ猫だった。丸まった背中が規則的に膨らんだり縮んだりしている。
「うわ、ちっちゃ! 名前は?」
し! 唇に人差し指を立てた彼女に、僕は首をすくめて頷いた。
「あ、おしっこしてる。よかったバスタオル敷いてて」
大急ぎでトイレとエサの準備をした。
「名前は?」
「名前はまだない」仔猫の眠りを妨げないような小声で、少し難しい顔をした。
「どこで生れたかとんと見当けんとうがつかぬ」ベッドにそっと腰かけた彼女は、丸めた手のひらで仔猫の背中をふわりふわりと撫でた。
「何でも」なおも仔猫を撫でながら彼女は天井を見た。
「薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。吾輩はここで始めて」
言葉を切った彼女は、自分を指差す。「人間というものを見た」
ふんふん、僕は彼女の独り舞台に付き合った。
「だから、名前はまだないの」
「拾ってきたの?」
「そう。名前、何がいいと思う」
みゅ
仔猫が目を覚ました。
「しんのすけ」
「なにそれぇ、仮にも猫なんだよ」
そしてその猫の名前は「しょうた」になった。なぜだか僕の名前であった。仮にも猫なのではなかったのか。
彼女の名前は麻巳子といった。黒崎麻巳子。
どれぐらい空腹にさらされていたのだろう、仔猫はよく食べた。
食事が終わった仔猫をトイレに運び、しゃがみ込んだ彼女は「しょうちゃん、うんち、うんち」と背中を撫でた。
「それ、嫌なんじゃないの。聞いてるこっちも嫌なんだけど」
「そお?」
「自分の身に置き換えてみてよ。やってあげようか」
「やだわ、ぜったい」これ以上ないというほど顔をしかめた。
それから僕たちは毎週会った。
間抜けなことに、しょうたはメスだったことに気づいたのは1か月も過ぎたころだった。
「じゃあね、名前はうさぎに変更」
「猫なのに?」
「そ」
「白くもないのに?」
「そ」
「なんで」
「なんとなく」
あくまでマイペースだった。
彼女も仔猫も僕も、無事に年を越えた。
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