<ハル、
ポーター、
マクベイン>
1459「伯母殺人事件」
リチャード・ハル
長編 大久保康雄:訳 中島河太郎:解説
創元推理文庫
アイルズの「殺意」、
クロフツの「クロイドン発12時30分」
と並ぶ倒叙推理小説三大名作の一つ。
遺産をねらって、
伯母を殺そうとたくらむ男が試みる
可能性の犯罪!
一度二度三度、
彼の執拗な計画の前に、
いまや伯母の命は風前の灯となったが――
がぜん、
後半にいたって物語は意外な展開を示す。
犯罪者の側からの周到な計画とその実行を描く、
新形式の倒叙推理のおもしろさを満喫させる代表作。
<ウラスジ>
まずは『殺意』。
出だしは、こう。
エドマンド・ビクリー博士が妻を殺す決心をしてから、
それを実行に移したのは、
何週間かたってからのことだった。
そして、終始<三人称>。
次に『クロイドン発12時30分』
犯人目線が始まる第二章の出だしはこう。
アンドリュウ・クラウザーの痛ましい空の旅の
およそ四週間前のこと、
彼の甥のチャールズ・スウィンバーンは、
コールド・ピカービイにあるクラウザー電動機製作所の本社で、
革張りの椅子にどっかと腰をすえ、
いささかむさくるしい部屋の向かい側の壁を飾っている
ソープ工学会社の暦を、
それとないふうで見つめていた。
そして最後の二章を除き、犯人目線の三人称。
翻って本作品、
『伯母殺人事件』
ぼくの伯母は、
小さな町(まったく、すごく小さな町なのである)
ルウール(Llwll)のすぐ外側に住んでいる。
これが、ぼくには、じつに苦悩のたねなのだ。
どちらの面からいっても、そうなのである。
Ⅰ.ある暑い午後
Ⅱ.ブレーキとビスケット
Ⅲ.「ソムノキュウブ」
Ⅳ.花の茂る庭で
Ⅴ.後記
最後の<後記>を除き、
主人公エドワードの一人称。
最後の<後記>は――
言わずが花。
とにかく、自動車事故、火災、毒薬、
と、試してゆくこのエドワードという青年――。
なんにせよ、
学問教養もなく、怠け者の主人公が、
「血というやつは、ひどく虫が好かない」ので、
直接行動に訴えず、
証拠の残らない完全犯罪を企もうとするのだから、
おのずからユーモラスな雰囲気が
ただよって来ないわけにはいかない。
<中島河太郎:解説より>
また、乱歩はこの主人公エドワードをして、
”無邪気な悪人”
と評しており、
この『伯母殺人事件』そのものに対しては、
”犯罪計画の綿密度が弱く、
探偵小説的興味では『殺意』に劣るが、
単なる小説としては、むしろ、
この方が面白いとも云える”
と述べているようです。
<結論>
この『伯母殺人事件』が
『殺意』『クロイドン発12時30分』と
大きく違っているところは主にふたつ。
1.全体がほぼ、主人公の一人称で書かれている。
2.殺人?どこに?
最後の最後の文章(段落)は、
ひねりのきいた考えオチ、
となっています。
<余談>
舞台となっている ”ルウール” を、
私はしばし、”ルワール” と勘違いしていました。
なんかフランスっぽい地名だな、
と思ったからか、この『伯母殺人事件』、
シビアな心理描写で貫いていったら、
アルレーの『目には目を』
みたいな作品になったんでは、
と思っています。
最後の結末なんて一緒だし。
1460「 奮 闘 」
ドーヴァー警部シリーズ
ジョイス・ポーター
長編 乾信一郎:訳 早川文庫
ウィブリー家が村に埋蔵されている陶土に目をつけ、
寝室用便器の製造・販売に力を注いだおかげで、
平凡な村ポットウィンクルは小さな町にまで発展した。
だから、
湿っぽい初秋のある日、
ウィブリー氏の一人娘で21歳の主婦、
シンシアが撲殺された事件は、
町の警察を一種の恐慌状態に陥れた。
こんな厄介な事件はスコットランド・ヤードに任せるにかぎる――
かくて不機嫌そうな二人の男ドーヴァーとマグレガーは
ポットウィンクルの小さな駅に降り立つことになった。
”妻殺しの下手人は亭主に決っておる”
難事件に迷推理、
ドーヴァー警部大活躍!
<ウラスジ>
ドーヴァー警部初登場はこちら。
『ドーヴァー5 奮闘』
……とかく殺人事件は面倒くさい。
現行犯とかならともかく、
目撃者がいない、犯行から時が経っている、
捜査に割く人数もいない――
そんな地方の、片田舎の警察は、
すぐさま、捜査をスコットランドヤードに丸投げしがち。
そしてやって来るのは
ドーヴァー警部と部下のマグレガー。
<本編>
便器で財を成すって、
わが福岡は北九州の
<TOTO>を思い浮かべてしまうなあ……。
それはともかく。
地方の素封家にまつわる、
濃淡(?)のある血縁関係の中で起こった事件、
動機とそれに至った経緯が徐々に分かって来ます。
まともに行けば、
<横溝風>の物語になろうとも知れませんが……。
そこはそれ、
早く事件を解決したいドーヴァーと、
そうはさせじと、
真相を究明しようとするマグレガー。
この駆け引きゆえに、
ローギア運転で進んでゆくのがこのシリーズの特徴。
ちなみに本作品で、
ドーヴァーは二度ほどボコられます。
……痛快、
もしくは天罰。
1461「通り魔」 87分署シリーズ
エド・マクベイン
長編 田中小実昌:訳 早川文庫
街は女、
秋は死の季節――
通り魔はマントのように漆黒の闇を身にまとい、
路地の暗がりに立っていた。
夜の闇は彼の親友、
そして獲物は女だった。
だが、
この通り魔は一風変わっていた。
女を襲ったあと、
被害者に優雅なお辞儀をしてこう言うのだ――
「クリフォードはお礼を申します、マダム」
87分署の刑事たちは職業的な密告者を使って、
この不可解な通り魔を追求した。
むなしくついに殺人事件が……
大都会の犯罪を追って今日も生きる警察官の哀歓を描き、
探偵小説史に輝かしい一ページを加えた
<87分署シリーズ>第二弾!
<ウラスジ>
87分署初登場はこちら。
……と、ここまでは
原作の刊行順と、
文庫の刊行順が一致しています。
次の三作めは
原作が『麻薬密売人』1956
文庫が『われらがボス』1973
すっごい乖離ぶり。
ちなみにここに出て来る<通り魔>は、
殺人鬼ではなく、”ノックアウト強盗” みたいなもの。
しかし、ついに殺人事件が起こってしまい――。
<レギュラー>
薄毛のユダヤ人二級刑事、
マイヤー・マイヤー参入。
ハル・ウィリス (小男・柔道の達人)
ロジャー・ハヴィランド (暴力刑事・その後、死亡)
バート・クリング (パトロール警官から出世)
そして
捜査主任ピーター・バーンズ
は引き続き登場。
<本編>
クリフォードは名前もそのままで、実在した――
が、殺人に関しては否定、アリバイを主張する。
で……。
泣きのミステリー。
これ、私が勝手に名付けた用語です。
他にプロンジーニの『誘拐』とか、
リューインの諸作品とか。
ああ、
よく言われた横山秀夫さんの『半落ち』は
私にとっての<泣きのミステリー>とは
なりえませんでした。
面白かったんですが……。
で……。
最後の章で、キャレラが新婚旅行から戻って来る。
(この作品においては、ほぼ不在)
で……。
こうして、また、新しい週がはじまるのだ。
で締めくくり。
<余談>
つい最近、遅ればせながら、
マクベインの別名、エヴァン・ハンターの
『暴力教室』
を読みました。
1955年作とは思えないほどの臨場感。
日本で言われた1970~1980年代の<荒れた学校>の
ほぼ四半世紀前のお話。
アメリカらしく、
人種や貧富の差が複雑にからみあって――。
……これ、いつになったら辿りつけるのやら。