涼風文庫堂の「文庫おでっせい」349 | ryofudo777のブログ(文庫おでっせい)

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私が50年間に読んだ文庫(本)たち。
時々、音楽・映画。

<ジョイス・ポーター、

ロス・マクドナルド

 
 

1060「 切 断 」 

ドーヴァー警部シリーズ

ジョイス・ポーター

長編   小倉多加志:訳  早川文庫
 
 
ガタン、ゴツン!
夫人が踏んだ急ブレーキでドーヴァー警部は
貪っていた惰眠から醒めてしまった。
 
彼女は若い男の身投げを見たという――
その男は、地元警察署長の甥の巡査で、目下、
 
町のクラブ経営者が手足を切断されたという
奇怪な殺人事件の捜査中だった。
 
しかし健康で前途有望な青年が
捜査の行き詰りぐらいで自殺するものだろうか?
 
かくして署長の依頼を受けた
史上最低の名探偵ドーヴァーは、
婦人会に牛耳られた片田舎の町で、
その類い稀な手腕をいたずらに費す羽目になってしまった。
 
ユーモア本格派、ポーター女史、会心の作!
 
                        <ウラスジ>
 
 
本来は『ドーヴァー 4 切断』。
 
結局、ドーヴァー 1&2は文庫化されず、
3,4,5だけが、『誤算』、『切断』、『奮闘』と
具体的な名称を与えられて文庫になったようです。
 
さて。
クレイグ・ライスと並ぶ女流ユーモア・ミステリーの第一人者、
ジョイス・ポーター。
 
いつだったか、
彼女の名をテレビのニュースかなんかで
聞いた事がありました。
 
かなりのうろ覚えですが、
イギリスの警察、
スコットランド・ヤードかどうかは分かりませんが、
とんでもないヘマをやらかして、
世界中の笑いものになった(らしい)時、
ジョイス・ポーターが断筆宣言をしたのです。
 
これも<ドーヴァー警部シリーズ>に
限ったことなのかどうかは分かりませんが、
とにかく、そうすることの理由として、
 
”現実の警官がフィクションを上まわるマヌケでは、
<ドーヴァー警部シリーズ>書く意味がなくなってしまった”
 
とかなんとか。
 
没年が1990年だから、それ以前の話。
 
さてさて。
本作の<ウラスジ>とは別に、
『ハヤカワ文庫解説目録』からの引用を。
 
 
ダブダブの巨体に子供が作った蝋人形のような頭がのり、
性格は陰険で怠け者で嫉妬深いという
欠点だらけのドーヴァー警部。
 
スマートなマグレガー部長刑事を
いじめ抜きながら取組むことになった奇怪な難事件とは?
 
動機の意外性において
探偵小説史上類を見ないユーモア本格の秀作。
 
         <1986ハヤカワ文庫・解説目録より>
 
動機の意外性とは。
 
判じ物風に言葉や文章を並べてみると……。
 
女グセが悪い。いかがわしいクラブ。
女たらしが聖人君子になる。婦人会。獣医師。
切断。
……去勢……。
 
ロビン・クックが書きそうな医学ミステリーにも連なるかも。
 
また、赤川次郎さんの
”<四字熟語>殺人事件” シリーズ
(『東西南北殺人事件』『起承転結殺人事件』etc.)
の大貫警部のモデルになったとか。
(私は未読)
 
もひとつ。
ユーモア系ミステリ―にありがちのこと。
コンビを組む相手の方が、主役よりもはるかに ”名探偵” 。
このシリーズの場合はマグレガー部長刑事。
あとは――
 
クール&ラム A・A・フェア とか。
 
う~ん。ほかに思いつかないけど。
 
 
 
 

 

 

1061「ロス・マクドナルド

傑作集」

ロス・マクドナルド
短編集   小鷹信光:訳  創元推理文庫
目次
 
1.女を探せ
2.追いつめられたブロンド
3.ミッドナイト・ブルー
4.眠る犬
5.運命の裁き
6.評論 主人公 ヒーロ ーとしての探偵と作家
 
 
ハメット、チャンドラーを継ぐ
ハードボイルド派の巨匠ロス・マクドナルドは、
長編第一作『暗いトンネル』以降、
着実な成長、深化、円熟、老化を遂げ、
今やアメリカ文学界の一翼をになう作家とまで称されている。
 
本書は『動く標的』に先立つ
リュー・アーチャー初登場の処女短編「女を探せ」、
長編『運命』の原型となった「運命の裁き」をはじめ、
最新作「眠る犬」に至る全五編と、
彼の作品を知る上に逸すことのできない評論
「主人公としての探偵と作家」を併載。
 
完璧な編集と校訂で贈る
全ハードボイルド・ファン必読の全一巻コレクション!
 
                        <ウラスジ>
 
旧・『ロス・マクドナルド傑作集』
現・『ミッドナイト・ブルー』
 
そこそこ力の入った<ウラスジ>からして、
題名を変える必要ないじゃんか。
いくらカッコ良さげでも、
『ミッドナイト・ブルー』という題名はちょっと。
 
ナンシー・コリンズの女吸血鬼ものと被っちゃうし。
 
そういえばチャンドラーの傑作集1~4も、
『赤い風』『事件屋稼業』『待っている』『雨の殺人者』
に変わっちゃったし。
(”3” は『待っている』よりも
『ベイ・シティ・ブルース』のほうが
カッコ良かったんじゃないか)
 
 
『ミッドナイト・ブルー』
犬のようにあえぎながら、私は、
死体の上にぞんざいに積まれていた泥や朽ち葉をかきわけた。
ミッドナイト・ブルーのセーターとスカートをつけた
少女の死体だった。
 
『女を探せ』
ペンキの臭いが鼻をつく真新しいオフィスに坐って、
おれは何かが起こるのをまっていた。
 
ちなみに両方とも語り手はリュー・アーチャー。
翻訳は小鷹信光さんですが……。
 
アーチャーで、
”おれ” 
はないだろうって感じ。
 
『追いつめられたブロンド』も、
”おれ” 。
 
『ミッドナイト・ブルー』は、”私” で、
『眠る犬』は人称が見当たらず、
最後の『運命の裁き』は、”私” 。
 
このことについて小鷹信光さんの説明がこちら。
 
 
本書に収録した四短編は、発表年代に約二十年のひらきがあり、
(一九四六年、一九五四年、一九六〇年、一九六五年)
掲載誌もそれぞれ異なっている。
<中略>
五編の作品を本書に収録するにあたって、
主人公であるアーチャー自身が
三十代前半の初期二作品では一人称に「おれ」をえらび、
四十代にはいった二編では「私」を採ったが、
本編(『眠る犬』)では試みとして、
会話以外は一人称を完全に省略してみた。
 
        <小鷹信光:ロス・マクドナルドの世界>
 
 
なるほどと思う反面、
お金持ちのドメスティックなトラブルを探るという印象が強い
アーチャーゆえに、
若かろうが何だろうが、”私” で良いのでは、
と思ってしまいます。
 
サム・スペードもフィリップ・マーロウも、”私”。
 
”おれ” はマイク・ハマーの
専売特許みたいなもん。
 
閑話休題。
 
『評論 主人公としての探偵と作家』
一見(一読)の価値あり。
 
二人の先達、ハメットやチャンドラーだけでなく、
ポー(デュパン)、ドイル(ホームズ)、
バイロン、ボードレール、
ヴァン・ダイン、ジェームズ・M・ケイン、
といった作家や詩人についても言及しています。
 
わけても、この部分。
 
――私はチャンドラーから多くを学んだ。
しかし私たち二人のあいだには
つねに基本的な相違が存在した。
 
それを簡単にまとめるとこうなります。
 
1.<プロットに対する姿勢>
2.<用いる言葉>
 
詳しくは本編を。
 
評論といっても10ページそこそこの、
読み易さ抜群の露呈ばなしみたいなものです。