<ジャム、
結城昌治>
1057「三人の少女」
フランシス・ジャム
短編集 田辺保:訳 旺文社文庫
目次
少女たちに愛されて死ねるようにとの祈り
1.クララ・デレブーズ
またはむかしの少女の物語
2.アルマイード・デトルモン
または情熱の少女の物語
3.ポム・ダニス
またはからだの悪い少女の物語
巻毛の美しい信心深い少女クララ・デレブーズ、
みなし子の孤独なアルマイード・デトルモン、
びっこだがスズランのようにきれいな少女ポム・ダニス――
三人の少女たちの愛と苦しみの姿を描き、
「一八七〇年以来、フランスに現れた一番美しい愛の物語」
とたたえられる作品。
<ウラスジ>
前回の『さすらいの青春』と同様、
今は亡き、旺文社文庫のフランスもの。
ロスタンの『シラノ・ド・ベルジュラック』なんかもそう。
それはともかく。
何年かの年を経て繋がっている三つのお話。
そして、元々は別の本に入っていた物語。
『むかしの少女』は
”キスをすると妊娠する” レベルの知識で懊悩し、
昔、自殺した大叔父の恋人のように、
あへんチンキをあおり、十七歳で亡くなります。
『情熱の少女』は、
本当に子供を宿しますが、相手は事故で死亡。
一話目に登場した男性に救われることとなりますが、
その男性は老人ゆえに亡くなってしまいます。
『からだの悪い少女』は、
一人の男性を巡っての行き違いを描く、
恋愛悲劇の王道のようなお話です。
最後の修道院行きも含めて。
いささか少女たちにきびしい、ジャムおじさん。
1058「ゴメスの名はゴメス」
結城昌治
長編 尾崎秀樹:解説 角川文庫
緊張した不安な政治情勢の
南ヴェトナムの首都サイゴンを舞台に、
政府・反政府・反共産系三派が入り乱れて
熾烈なスパイ戦を展開する。
その渦中に捲込まれた一日本人を中心に、
内戦下の人間不信と恐怖を、
スピーディでユーモラスな文体で活写。
「不安な現代の象徴」として書かれた、
日本に初めて登場した迫真の国際スパイ小説である。
<ウラスジ>
まずは結城昌治さん初登場の回。
直木賞受賞のこちらから。
……と、ここからは日本における、”スパイ小説” の歩みを。
日本のスパイ・ミステリーは、
スパイに対する国民感情もあってか、
海外に比較すると立ちおくれの感は否めなかったが、
昭和三六年、中薗英助の『密書』、
翌三七年に書かれた結城昌治の『ゴメスの名はゴメス』
によって、礎石が固まった。
事実、
昭和三八年には、中薗英助の『密航定期便』が世に出、
三好徹の『風は故郷に向う』が上梓されて、
海外とならぶ、すぐれたスパイ・ミステリーが、
書かれるようになった。
<二上洋一:『世界の推理小説・総解説』より>
『スパイに対する国民感情』と言うと、
戦時中の<ゾルゲ事件>を思い浮かべてしまいます。
と、思ったら、本作の解説が
その<ゾルゲ事件>の当事者で、
刑場に消えた尾崎秀実(ほつみ)の弟、
尾崎秀樹(ほつき)さんではありませんか。
私はスパイ小説を敬遠していた。
それはきわめて個人的な理由によるもので、
スパイ小説がつまらないとか、
肌にあわないというのではなく、
兄がスパイ事件で検挙され、
絞首刑になったという事実からであった。
なにかスパイとかエスピオナージと聞くだけで、
生理的な苦痛が身体を走り、拒絶反応をおこすのであった。
<尾崎秀樹:解説より>
『愛情はふる星のごとく』
死刑が執行されるまで
獄中から妻子に書き送った
尾崎秀実の手紙をまとめたもの。
この書簡集を読んで泣いたという喫茶店のママが、
本の存在を教えてくれました。
なんでも戦後すぐのベストセラーだったそうです。
私は未読。
今は亡き青木文庫から出てたのを覚えています。
<本編>
「坂本さん、あなたも冒険小説をお好きですか」
「子供の頃、”宝島” や ”ロビンソン・クルーソー” を
夢中になって読みました。
今は大して読書欲もありませんが、
エリック・アンブラーやグレアム・グリーンの
スパイ物を読んだことはあります。
しかし、ぼく自身がアンブラーの主人公になりたいと
思った事はありません」
主人公の坂本に重ね合わせた、
著者のスパイ小説観が窺えます。
アンブラ―とヒッチコックと言えば、
”巻き込まれ型” 。
”最初、日本ミステリ・シリーズの企画(早川書房)として
スパイ小説を割り当てられたとき、私は少からず当惑した。
わが国においてスパイ小説の成立する条件を考えたら
心細くなったのである”
<著者の言葉>
そこで選ばれたのがインドシナ、
本格的開戦前のベトナム・サイゴン。
フランスからアメリカへ。
戦争が始まったら、開高健さんの著作を、
純文学としてお楽しみ下さい。
日本人が描くとなれば、
戦時中は中国(北京か上海)、
冷戦時代はベトナム含めたインドシナ半島が
舞台になるのは必然か。
二〇世紀の初めに本格的に登場した、
国際政治の対立の
黒い力学の産物であるスパイ・スリラー
<世界の推理小説・総解説より>
この”黒い力学” っていうやつには、
ナチの科学者の取り込みなんかも含まれていて、
ここにイスラエルのモサドあたりが絡んでくると、
対立軸がぼやけてくることもある――。
<余談 1>
ゴメスって言うと私らの世代じゃ、
『ウルトラQ』一話目の怪獣。
怪鳥リトラに倒される。
むかし、
”オケラ” の怪獣って聞いてたと思うんだけど……。
この辺は曖昧。
また、
このなかで、<デスモスチルス>について
語られてたのを覚えている。
<余談 2>
あと、ゴメスって言うと、
中南米のボクサーによくある名前だったなあ……。
スペイン語でもポルトガル語でもイケたっけ。
ちなみに私が初めて認識した日本人ボクサー(?)は、
藤猛。
ハンマーパ~ンチ。
岡山のおばあちゃん。
あと、対戦相手。
サンドロ・ロポポポとニコリノ・ローチェ。
多分こんな名前だった。
今じゃ対戦相手の名前なんか覚えてないよな。
先日の井上尚弥選手の試合でも……。
<余談 3>
何だかんだ言っても、題名がカッコよかった。
『ゴメスの名はゴメス』。
第二章の題は、
”仮りの名をゴメス” 。
これも良かった。
『またの名をゴメス』
『振り返ればゴメス』
『まごうかたなきゴメス』
『何が何でもゴメス』
『ゴメスという名で十八で』
『ゴメスだよ、おっかさん』
……なんか筒井さんの『火星のツァラトゥストラ』
みたいになっちゃった。
1059「夜の終る時」
日本推理作家協会賞受賞作
結城昌治
長編 生島治郎:解説 角川文庫
消息を絶った徳持刑事は
翌日ホテルで絞殺死体となって発見された……。
権力機構の腐敗を背景に、
一人の平凡な男がいかにして悪の道をたどったかが、
前半の警官殺しの犯人捜査という本格仕立と、
後半の悪徳警官を中心とした倒叙形式という
画期的構成によって現代の世相の中に鮮やかに活写される。
直木賞作家の傑作推理長編。
<ウラスジ>
刑事はなぜ殺されたのか。
そして<ウラスジ>においてバラされた、
<悪徳警官>は誰なのか。
第一部で謎が解かれ、
第二部で犯人の心情が露わにされる。
一粒で二度おいしいミステリー。
マッギヴァーンの<悪徳警官モノ>に
クロフツの『殺人者はヘマをする』を
掛け合わせたような長編版。
……浅見光彦シリーズにも……。
ヤベ。