宅録ミュージシャン雑記 月に見下ろされて ~宅録ミュージシャン trifling beetleのブログ~

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宅録ミュージシャン・trifling beetleの雑記帳&忘備録。
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サッカーの日本代表が、ロシア大会予選、ホーム初戦ドロー。

ホラね、という感じ。

大体において、初戦はこうなることが多い。

1-0の勝ちとか、1-1のドローとか。

ヒデのいた頃は、それでもロスタイムに久保が叩き込んだりして何とか勝ち点3をとっていた。

特にロスタイムでの決勝点奪取とか、追いつくとかがやたら多かった。

今から考えれば、そういうことを何度もやれること自体がすごいことだ。

メンタル的なものがほとんどだろうな。


転じて今回の代表はメンタル的にあまりにもガラスっぽく感じる。

特に香川のメンタル的な弱さがすごく痛々しい。

才能はすごいものがあるのだろうが、二年半近くスランプに陥っていて、いまだに上昇気流に乗りきれない彼は、ある意味、代表のシンボルだ。

アイコンかもしれない(笑)。

マンチェスターUへの移籍で蹴躓いたのがそもそものきっかけだろうが、それにしてもかわいそうになる。

子どもの頃のまんまにプレーしていたであろうセレッソ時代なんかの伸びやかさがまったくない。


そう、大人になり、「サッカー」を純粋に楽しめきれていないのだ。

硬直し、ガチガチ。

得てしてスポーツは、子供の頃のほうがうまかったりするもの。

自分も子供の頃、純粋にただ近所の子どもらと、遊びとして楽しんでいた草野球時代のほうが、大人になって高槻のB級でやっているときよりもずっとうまかった。


純粋に遊びとして楽しむ。

なんでも大人になるとついつい忘れがちなことであるが、実はとんでもなく貴重なことなのかもしれないなと、涙目でインタビューを受けたり、顔をゆがませて腰に手を当てている、「十字架のように見える背番号10番」を背負わされた香川を見るたびに思う。


まだまだ今からでも、楽しめる。

トライしたらいいのに。








「今日の雨はいい雨だ」、「春一番が吹いた日」はともに国立出身のTHE CHANGというバンドの作品。

90年代半ば、この二曲はFM802deガンガンとかかっていた。

自分的にもすごく思い出な曲だ。

ギター、ボーカルの石井マサユキ氏が引っ張るバンドというイメージが強かったが、エレピ奏者やドラマーはジャズ畑出身らしくなかなかのテクニシャンだ。

特に「今日の雨は」のイントロでの16の超跳ねるドラムスのフィルや、そこに被さる、まるで雨が急に落ちて来たみたいなエレピの細やかなフレーズは圧巻。

特にどうと言うことないように見えて、実はすごいことをやっているという、東京西部の音楽をまさに体現しているように思えてならない。

石井の朴訥なボーカルはなんとなく清志郎っぽくもある。

アルバム二枚で完結したバンドだが、ここから得たものは、自分的に非常に大きい。





石井氏は武田カオリさんと組んだユニット「TICA」なんかでも活動中。

槇原敬之のバックでベースを弾いていた事もある。


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姫路の市会議員さんが、愛人問題で辞職に追い込まれているそうだ。

なかなかの男前なので、実際もてるのだろう。

ただ、税金を納める側から言わしてもらえば、この人の行動に関しては激しい嫌悪を抑えることは不可能なのだ。


こういう話を聞くたびに自分はかなり苦々しい思いに駆られてイライラとする。

自分は2010年に、当時の市会議員さんの知り合いを頼りに高知県S市に移住をした。

一世一代の決断だった。

まさに生家の近所にあった、世界的に有名な清水寺のあの舞台から「飛び降りた」のである。

それくらいの行動だった。

何かにつけて引っ込み思案でケツの相当重い自分にとって、まさに世界がひっくり返る行動を、初めて取ったのである。


そういう、自分的には歴史的な転換が、あの移住だった。


疲弊しきった地方のど田舎への移住生活は、本当に地獄とどんづまりの連続だった。

そういう中で件の元市会議員さんを精一杯信頼し、そして助けていただいた。

とても言葉では表せないほどの感謝しかない。

当時は、確実にそうだったのである。


市民になった限りは当然、その町に対して納税の義務が生じる。

本当に身を切るような極貧生活の中から、精一杯、正規の額を過不足なく納税した。

恩返しの意味も当然ある。

そして両親もこういう息子に、息子が今住んでいる町に対して、それなりに思うことがあったのだろう。

ふるさと納税制度を使い、この町に納税してくれたのである。

自分たちが住んでいる町をおざなりにしてまでもである。

直接的には何の関係もない町にである。

その行動に込められた思いというものには、想像するだけで泣けてくるものが、当然ある。

愚にもつかない事なのかもしれない。

しかしながら、自分たちが必死で納めた税金には、こういう背景も、しかと存在するのだ。


しかし、移住生活を切り上げて両親の介護のために再度別の町へと移住をすることになり、冷静に考える時間を持てるようになった時、ふと考えてみたことがある。


この元市会議員さんは在職中、風俗関係の女性と密会を重ねていた。

浮気なのか不倫なのか、そういうことはよくわからない。

ただ、そういう話は自慢ぽく、本人から何度も聞かされたし、自身のパソコンに残る「痕跡」を、仲間と薄ら笑いしながらデリートしているところに居合わせたこともある。

なんにしてもである、公人が行っている行為である限り、税金を使ってと揶揄されても致し方ない。

自分たちがささやかな思いを込めて納めた税金の行方はと考えたときに、本当に言いようもない失望感に襲われてしまう。

身近で起こったことであるゆえ、なおさらである。

ただ、そういうことに関してどうのこうのいうことも主義じゃないし、まして自分には関係のないことなので、何一つ言うこともなく、ただ知らん振りをしていた。


ある夜、近所のコンビニを出たところでこの元市会議員さんの奥さんにばったりと出くわした。

奥さんは「ちゃんと食べてるか?」ととても優しい言葉をかけてくださったのである。

今でもその時の優しそうな笑顔のことを忘れられない。

と同時に、自分はとても後ろめたく汚らしい人間のように感じてきた。

胸が痛いというよりも、もう消えてしまいたいくらいの罪悪感。

直接関与しているわけではないが、知っていて知らないふりをして、笑顔に愛想良く返している自分のどす黒さ。

情けなかったのだ。

この頃から元市会議員に対しての違和感は抑えようがなく膨らんで言ったことを覚えている。


この元市会議員とはしばらく疎遠になっていたのだが、ある研修の講義の途中に、何度か携帯に連絡が来たことがある。

マナーモードにし忘れていたのだ。

もし着信音が派手に鳴り響けば、それはそれでちょっと面倒なことになりそうな状況だったので、油断を悔いた。

ただ、遡ること半年ほど前に、あまりにもしつこい電話に辟易し、着信拒否に設定していた。

なので着信音が鳴り響くことだけは回避できた。

不幸中の幸いだった。

その日、その元市議からメールが届く。


「さびしいじゃん、出てくれよ」。


激しい嫌悪感を感じた。


「貴方の音楽はすごく好きで、それは今後も変わらない。だけど、人として貴方を嫌悪する」


そう返したところ、こう返ってきたのである


「二度と許さん。覚えておけよ。この人でなしめ」。


ただ唖然とした。


姫路市議の件をニュースで見て、こういう苦々しい事実を、唐突に思い出した次第。






86年解散した甲斐バンドが、最後のテレビ出演で歌った曲。

ネタは「郵便配達は2度ベルを鳴らす」だそうだが、甲斐よしひろのことである、自分の人生なんかもそこはかとなく重ねているのではなかろうか?

胸にグングン刺さってきて、すごく痛くなる曲だ。

「涙のつぶが俺を痛めつける」あたりの言葉が特に突き刺さる。

とっても好きな曲のひとつである。


発表当時は「はらませる」が放送コードにひっかかったそうだが、あえてその曲を最後にテレビで、歌詞を変えずに歌うあたりのこだわりというか執念というか、脱帽することしきり。

後藤次利のベースの唸り具合がすごくいい感じだが、無駄音を省いたごくミニマムなアコースティックのバージョンもまたすごくいい。


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ドゥービー・ブラザーズとイーグルスはよく比較されていた。

共にコーラスワークがすばらしい。

そして、イーグルスはカントリーっぽいけどバラードが多く、ドゥービーの方は意外とファンキーだったりする。

その後イーグルスは「ホテルカリフォルニア」以降、ロックっぽさを急激に深めて行き、逆にドゥービーのほうは1978年の「ミニット・バイ・ミニット」以降、急激にAORっぽさを深めて行った。




ドゥービーのこの音楽的な大変化は、フロントマン・トム・ジョンストンが1974年頃から一時的にグループを離れたこと、スティーリー・ダンのブレーンだったマイケル・マクドナルドの加入が原因ということで、彼のボーカルの泥臭さこそが、ある意味ドゥービーの代名詞だったわけであり、それが無くなったサウンドはもはやドゥービーではないと、多くの古来からのファンが怒り、失望し、離れたという。




自分的には1972年の「Listen To The Music」こそがドゥービー・ブラザーズである。

アコギのストロークがもうそのもので、このストロークはイーグルスの「TAKE IT EASY」、ウイングスの「BAND ON THE RUN」と並びもっともグッと来るストローク(笑)。


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「山口百恵のアンチテーゼとしてデビューした松田聖子」に対してのアンチテーゼとしてデビューした、歌姫・中森明菜のボーカルスタイルは、総じて振り幅がかなり大きいことなのではと思う。

ムラがありすぎるのだ、音圧に。

低音とかピアニッシモなところと、エンジン全開部分との差がかなり大きく、ダイナミックスありすぎで、エンジニアは大変だろうなと同情する。

リミッターでどんくらい切るのか、コンプはスレッショルドをどれくらいに設定し、レシオをどれくらいにするか、ノイズ処理は?

空間演出は??

難しすぎる課題のオンパレードという感じ。

いいところ、個性をどれくらい、どうやって活かすかということだなぁ。




暗く、無意味なほど緊張感溢れる「LIAR」は、彼女が自殺未遂事件を起こす直前に発表されたシングル。

なので、それまでの、例えば「難破船」とか同系統のシングルとは毛並みがやや違う気がしてしまう。

というのも、この曲における中森明菜というキャラは、それまでになく生っぽいのだ。

等身大的な言葉とか、言葉の紡ぎ方、そういうものが生々しく、神々しく、ごく控えめに溢れている。

そこに、それまでの代名詞である「お得意の過剰自己演出」は皆無。

なので彼女のシングル曲の中ではかなり地味で、知名度が低いと思う。

涙を堪えながら歌っているような声も演出ではない気がする。




想像の域を出ないのだが、おそらく、この曲に精神的にシンクロしすぎたのではなかろうか。

エヴァではないが、プラグ深度が深くなりすぎたというか。

そういう観点から聴くと、この曲はすごく痛々しいし、そしてすごく恐ろしい。

恐ろしいものに聴こえてしまう。

耳を閉じてしまいたくなる。

イントロのピアノの連打が魔界の鐘の音に聴こえてしまうほどだ。




そういう意味で、この曲の孕む要素には、なんとなくアンタッチャッブルなものが多々ある気がして、沈鬱な気分になってしまう(笑)。

良い曲なんだけどね。


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そういえば、以前「イギー・ポップを聴いていますか?」という小説が図書館にあったのを思い出した。

あれ、誰の小説なのだろう??





イギーポップのキャッチフレーズには、実はすごいものがある。


パンクのゴッド・ファーザー」、「ロック界のシーラカンス」


昭和プロレス並みである(笑)。


そういえば最近、「Passenger」がソフトバンクのCMで流れていたよな。

非常に懐かしい限りだ。




一般的に、イギー・ポップという名前を知っている人は多いと思うが、詳細を知っている人は絶望的に少ない気がする。

基本、ヒット曲がない。

致命的である。

知名度が非常に浅く、わりかし広いのは、それが大きく影響していると思う。

ただただ、音楽的にはかなりのつわもので、才能にはすごいものがあると思う。

アルバムにハズレはないし。

そもそもイギー・ポップというこの人は、かなりのいわくつき人物である。


元々はストゥージズというバンドで活動していたが重篤なドラッグ中毒になりバンドは解散、精神病院に入院、病院を脱走後ホームレス化、廃人まっしぐらという人。

壮絶である。

映画になりそうなほどだ。

そんなイギーに手を差し伸べるのは、これまた当時ドラッグ中毒で苦しんでいたデヴィッド・ボウイだったのだ。

そして音楽家として見事に蘇生させるのである。

ちなみに「The Idiot」にはカルロス・アーマーがギターとして参加している作品がある。

ポール・マッカートニーの「PRESS TO PLAY」、ボウイの「FAME」に参加してギターを披露していたこのギタリストは、実は、70~80年代屈指の名プロデューサーでもあるのだ。




さて前出のように、1977年のデビューアルバム「The Idiot」のプロデューサーはボウイでドイツ・ベルリンで録音されたという。

収録曲は全てボウイとイギーの共作。

曲調はワン・コードで引っ張るファンク調、そしてハードでゴリゴリしている。

ここらはジェームスブラウンっぽい。

機械的な音、クラフトワーク的だ。

スチームパンク的でもあり、ここらへんはピストルズ的である。


イギーのヴォーカルは低く凄みがあり、まるでヤクザが因縁をつけているみたいである。

それまでの狂犬じみたシャウト唱法は極力押さえて、新たにボウイから教わったこの新しい唱法で、ほぼ全編通しているが、これがいい感じなのである。

アクは総じて強いほうだと思うが、聴いて損はないと思う。




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ハリルホジッチ監督の無表情さがたまらない(笑)。

96%無表情でたまにほんの少しだけ笑う。

あの感じ、カリスマの重要なファクターではないのか。

人を惹きつけるものを、この監督は確実に持っているなという感じだ。


この人の表情を見る度に元同僚の上島君という人を、なんでか、思い出す。

94%ちょうどこんな感じの無表情で、たまににやりと笑う人だった。

イケメンだけどキモイのだ。

頭髪は若いのにかなり後退していた。

トンデモナイロリコンでテレクラに通い詰めてJK買春に精を出していたというモンスターのようなケダモノだった(笑)。

稼いだ金をほぼつぎ込むという、なんだこのひとって感じ。

しかもいわゆる「生本番」、つまり避妊をまったくしないことを豪語していたし。

水子だらけなのではなかろうか?

タチが悪いというかヤリすぎである。

その後は淫行で逮捕されたのではなかろうか?

あんなになったら、人間おしまいである。





熊本のローカル音楽番組に元スライダースのハリーが出ていたという動画をサイトで見た。

あんまり変わらない様に見えるが、それでもかなり老けられたようだ。

声は基本そのままである。

そこに老熟した艶が加わっていて、今の方が声質エエやんって思った。

「カメレオン」「TOKYO JUNK」のアコギ弾き語りバージョンを披露していたがこれがまたなかなかいいのだ。

いや、バンド時代よりもいいと思う。

圧倒的な迫力はないけど、こういう枯れた感じも良いなと思う次第。




「TOKYO JUNK」についてはスライダース解散後、ベース、ドラムスとのトリオで、ごくごくミニマムにセルフカバーしているすごくいなたいバージョンも見たことがある。

ベースは多分、元スライダースのジェームス市川氏だと思うのだが。

こちらもいい。




本来は蘭丸が弾いていたパートをハリーが弾いているわけなのだが、さすがは元リードギタリスト志望のハリー、難なくこなしている。

ボーカルよりもリードギター演奏の方がはるかに好きなんだろうな。




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昔、毎日梅雨時期になると必ずラジオで流れているのを聴いた記憶がある。

NHKか何かの番組で、確か夕方6時頃からやっていた番組だったと思う。

この曲とか「RAINSONG」とか「雨に濡れても」とか「雨に消えた恋」などなど。




この曲はポールのソロ録音で、「McCartneyⅡ」に収録されている。

すごくシンプルな音で、使われている楽器はフェンダーローズとシンセサイザーだけである。

熊と共演している(笑)プロモーションビデオも懐かしい。





この頃ポールが着ているサイケデリックなベストはよく見かけるもので、これもお気に入りだったのかな??

ポールはなんか物持ちがやたらいいよな(笑)。

モノを大切にするというか貧乏性というか。





さて、この頃ポールはシンセサイザーとかテクノとかにかなりはまっていたようで、打ち込み楽曲をたくさん宅録している。

「McCartneyⅡ」はそういったプライベート録音の寄せ集め。

ローファイな音ながら病みつきになるものが多々あるという、ちょっと異質なアルバム。






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森高千里はもうアラフォーもいいところなのに、なんというか、以前よりもかわいらしい。

良い年齢の取り方をしているのか、「奇跡」なのか(笑)。

若い頃はちょっと無愛想っぽくてなんとなくとっつきにくかったが、最近は親しみを感じる次第。




1988年発売の森高千里のセカンド「ミーハー」収録の曲「PI-A-NO」は、久和カノンと島健 によるボッサ風ナンバーだが、この曲で初めてジョビンとかボッサ的なコード進行とかリズム、アレンジそういうものに触れた。




カルロスジョビンの曲を一曲といえば「デサフィナード」を挙げたい。

「イパネマの娘」なんかも素晴らしいが、自分的にはやはりこれかなと。

もうコード進行とかが理論を完全に無視し、かつ天才的美しさなのである。

ある意味、初期ビートルズのようでもある。

浮遊感とかそういうのがすごいのだ。




ここらあたりの「そうくるか!」感は、やはり自分の音楽性の根幹となっていて、それ故に和声は本当に面白いといえる。

やはりメロディにコードをつけたり、コード進行を練り上げていったりする作業が一番好きだなぁ。


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リンゴ・スターやボンゾのドラムの手癖も大好きなのだが、それでも一番は?と聴かれたらジョン・デンズモアを挙げる。

だれそれ?

だろうが、彼はTHE DOORSのオリジナルメンバーである。




ドラミングは100%ロックでもブルースでもなく、やはりジャズ的なのだ。

間の多いドラムス。

ドアーズ自体がベースレスバンドだったし、ドラムスとベースで音を埋めるという表現手法ではなかった。

この間の多いサウンドがすごく刺激的なのだ。

それはジム・モリソンという詩人兼リードボーカリストを引き立てる上で必要不可欠だったといえる。


デンズモアはハイハットとかシンバルを多用していたが、「音楽が終わったら」「ジ・エンド」なんかのビデオで見るとそれがよくわかる。

大きなストロークで交互にハイハットを連打したり。

二泊三連でシンバルを連打したり、アドリブ的な演奏が堂に入っている。

素晴らしいと思う。

特にイントロに入れるシンバルやハットのオカズなんかは、一見、直感的演奏に見えるが、実はじっくりと計算されていたりして飽きない。

イントロの前に入れる「スネア一発」も好きだなぁ~。

ドラミングに関してはジムの呼吸を注意深く感じ取ろうとしているのがよくわかる。

息を潜め、神経を尖らせてジムを窺っている様子がよくわかるからだ。

それに比べてキーボードのレイ・マンザレクとギターのロビー・クリューガーは比較的自由にやっているようにも見える(笑)。

全作品を通じてロビー・クリューガーのボトルネックは本当に独創的かつ幻想的なのだが「ムーンライト・ドライブ」のボトルネックはすごく奇妙で個性の極だ。




ところでドアーズの音楽は、スタジオ録音盤よりもライブ盤のほうが断然良い。

別物という感じだ。

もうこれは火を見るよりも明らかで、ライブ感の緊張をイヤというほど感じてしまう。

ジム・モリソンがなぜあんなにカリスマ足り得たのか、ライブ映像を見れば一目瞭然だ。


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あみんは実はデビュー時こういう「事件」があったそうだ。


実は、あみんのファーストアルバムは、他のポフコン入賞曲で固めようという企画が持ち上がり、実際そういう手順でことが進行していったが、自分たちのオリジナルのこだわる彼女らはスタッフと衝突。

スタジオで絶叫し、ボイコットに近い行動をとったりしたそうだ。


この時のスタッフとの衝突は活動休止への重要な伏線だったと、本の中で岡村孝子は語っていた。

で、ファーストアルバムを出した後の1983年をもって「あみん」は歌手活動休止に入る。

ただレコード会社はセカンドアルバムの製作を要求。

仕方なく他人の作った曲をカバーした2ndアルバム「メモリアル」を発売する。

これが奇しくも件の因縁の企画の実現となったのだ。





この中に収められている「追想」、オリジナル曲は1981年21回ポプコン優秀曲賞を受賞したセシルのもので、城山清一氏の作詞・曲作品だ。

ちなみに、この城山氏、HPが存在するようだ。

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