<殿谷みな子、
立原正秋、
永井路子>
1084「求婚者の夜」
殿谷みな子
短編集 林富士馬/三枝和子:解説
早川文庫
収録作品
1.求婚者の夜
2.海へ一歩を
3.海の城
4.島
5.暑すぎる一日
夜はゆっくり世界をおおい、
ぼくは深海の魚のようなやすらぎに満たされて、
闇の中へひろがっていく……
恋人の父親の所へ結婚の許しを得に行く途中、
土砂くずれのため、ぼくは海辺の水宮ホテルに
宿をとることになったのだが――
見知らぬ恋人の父に会う前日の求婚者の
期待と不安を描いた表題作「求婚者の夜」
をはじめ、
海ガメ観察にやって来た初老の水族館館長と
子連れの太った中年女の恋物語「海へ一歩を」
など、
喧噪の都会を離れ、
母なる海を求めさまよう人間たちのロマンをさわやかに謳いあげ、
独特な抒情世界を創りだした処女短篇集。
<ウラスジ>
私が勝手に名付けて、そう呼んでいた
<SF三人娘>
山尾悠子、大原まり子、殿谷みな子。
山尾悠子さんについてのおさらいはこちら。
大体同じ時期(実はそうでもない)に、
早川文庫のJAで現われ、
(失礼な言い方をすれば)
栗本薫(中島梓)、新井素子、
といった<メジャー>どころに組みするわけでもなく、
一定のファンを抱えてマニアックな世界に
住んで(甘んじて)おられたような気がします。
ホント、失礼。
<本題>
キーワードは、”海”。
またまた失礼ながら、丸っきり忘れていたので、
<ウラスジ>にある『求婚者の夜』と『海へ一歩を』を
パラパラと読み直してみました。
なんせ短いので……。
で、
これは幻想系小説だな、と感じました。
ストーリーでなく雰囲気を味わう作品――。
同じ人間が、姿かたちや役割を変えて何度か登場する。
会話が初めから破綻している。
ありえないことが普通に起こっている。
後々に読んだ長野まゆみさんの作品群にも似た、
どこか心地よく、癖になる要素が満載でした。
<余談>1
今回調べてみて分かったこと。
”殿谷” を長いあいだ ”とのや” と読んでいましたが、
正しくは、
”とのがい”
という事でした。
人の名前を読み間違えるとは、失礼の極み。
だって、早川文庫の奥付きには、
”ふりがな” が打ってないんだもの。
<余談> 2
殿谷みな子さんの旦那さんは
あの『石川好』さん。
『ストロベリー・ロード』で大宅賞を受賞した
ノンフィクション作家――っていうより、
<朝まで生テレビ>の論客のひとりだった、
っていったほうが分りやすいかも。
<余談> 3
『海洋SF』
なる言葉があるのかないのか、
はたまた認知されているのかどうか。
この作品集はまぎれもない
海洋SF,海洋幻想譚、の部類に
収めていいかと思います。
で、思いつくままにそれらしい、
印象に残った作品を挙げてみたいと思います。
ただ、SF・SFした、
『海底二万哩』とか『海底牧場』の類いは省きます。
『不思議の一触れ』 スタージョン
『沖の娘』 シュペルヴィエル
『老水夫行』 コールリッジ
『さまよえるオランダ人』 ワグナー
『ウンディーネ』 フケー
『オンディーヌ』 ジロドゥ
『テンペスト』 シェイクスピア
う~ん、これはこれで、
”海辺ファンタジー”
と言った方が良さそうな。
1085「 薪 能 」
立原正秋
短篇集 駒田信二:解説 角川文庫
収録作品
1.薪能
2.四月の雨
3.情炎
4.焼けた樹のある風景
2人は薬を飲んだあと能楽堂に入り、
舞台にのべた其々の蒲団に横になった。
両足首と膝は紐で縛った。
秋の陽が沈み、
鎌倉薪能も始まる時刻だった……。
夜の闇を炎々と彩る篝火の様に、
悲しく燃え上がった人妻と若き従弟の恋。
男女の妖しい情念と微妙な心理を描いて一流の著者が
流麗な文体で綴る哀切のロマン。
<ウラスジ>
まずは初お目見えの作品から。
立原正秋の作品には、
ある家系の終焉のきわの、
あるいは、
対照的な二つの家系の結びつきの中での、
血の宿命についての苦悩をテーマにしたものがすくなくない。
<駒田信二:解説より>
そう、
この ”どろっどろっ” 感は家系にまつわる
血の澱んだ流れがそう思わせるのだと思います。
没落した毛織物の輸入商である壬生家。
広大な邸と土地は売り払われ、
残されたのは僅かな土地と、そこに立つ能楽堂。
そこに残された四つ違いのいとこ、俊太郎と昌子。
それぞれに相手がいるにも関わらず、
死出の旅路へと向かいます。
最後の十三章は、
丸々<相対死>の準備に費やされているのが
異質でもあります。
遺書の投函、最後の抱擁――。
三島の『憂国』のような激しい性描写こそありませんが、
その行為の残り香を匂わせるような一行、
最後の歓楽を交した。
そして、致死量の知れぬ薬の服用。
しかし、
それから俊太郎の希望で二人はもういちど歓楽を交した。
それは数度つづいた。
二人とも、
かつてこんなに力強くこんなに残酷になったことはなかった。
死ぬと解ったら人間の性欲はいや増すのか。
<残酷>って、どんな行為に対して名付けたのか。
いささか本題から外れたところに、
頭が行ってしまいました。
<余談>
学生時代、先輩に連れられて、
護国神社の『薪能』を観に行ったことがあります。
能楽堂はなかったはずなので、
臨時の能舞台が設えてあったと思います。
真夏の陽が落ちて、
舞台の周りに篝火がいくつか焚かれ、
厳かな時間がすぎるなか、
拍手などもなく静々と舞台は始まりました。
見物客は大勢いたと思いますが、
隣の人の顔がよく見えないので、
全体像がつかめませんでした。
歌舞伎にも能楽にも門外漢なので、
ただ雰囲気だけを味わっていたような気がします。
正直な話、
暑さに負け、先輩ともはぐれたことを好い事に、
途中でさっさと退散してしまいました。
今思えば勿体ないことをしたな、と思います。
1086「歴史をさわがせた女たち」
外国篇
永井路子
長編 あとがき 文春文庫
目次
* 女だてらに国を動かす
アグリッピナ 暴君ネロを生んだ過保護ママ
エレオノール・ダキテーヌ 十字軍遠征で運命変る
マルグリット・ダンジュー 名門の花七転人生
イサベラ 新大陸に賭けた名ギャンブラー
カテリーナ・スフォルツァ 女丈夫とよばれた美貌の城主
カトリーヌ・ド・メディシス バルテルミーの火つけ役
エリザベス一世 家康なみの我慢と権謀
メアリ・スチュアート 王冠を棒に振った愛欲遍歴
マリア・テレジア 生みも生んだり十六人
エカテリーナ二世 日本人も見た北国の女王
マリー・アントアネット 浪費夫人革命に死す
ヴィクトリア女王 マイホーム型もまた楽し
ジャンヌ・ダルク 神の声を聞いた聖少女
* 東洋の名花はサディスト!
呂后 ライバルを総括
則天武后 中国たった一人の女皇帝
西太后 清朝をつぶした時代錯誤夫人
*伝説と神話のヒロインの正体
トロイのヘレン 美しすぎたばっかりに――
エレクトラ 不倫の母に燃やした執念
エウリディケ 夫の愛が不幸をまねく
ブルンヒルデ 復讐に燃えた女武者
ジュリエット 純愛世界一
フランチェスカ 不倫の恋がこの人気!
サロメ 生首を愛した孝行娘?
* 上流社会に咲いたあだ花
クレオパトラ 鼻はさほどに高からず
楊貴妃 美女をめぐる不思議な真実
ルクレチア・ボルジア イタリア版お市の方
ポンパドゥール夫人 ルイ王朝を手玉にとる
* ペンを片手に大奮闘
サッフォー レズの元祖に偽りあり?
エロイーズ 恋文ベストセラーの修道尼
マルグリット 女王さまは女西鶴
ジョルジュ・サンド 男装作家の恋人コレクション
ブロンテ姉妹 大作家姉妹のかかわりあい方
ローザ・ルクセンブルク 理論家そして革命の女闘士
* 夫を売り出すテクニック
コンスタンツェ・モーツァルト 天才に愛された悪妻
マーサ・ワシントン おかみさんトップレディー
メアリ・リンカーン 名大統領を悩ませたヒステリー
長い長い世界の歴史のなかには、
想像もつかないほどスケールのでっかい女性たちが、
男も息をのむ大奮闘を演じております。
これら猛女の活躍を、
史実にユーモアをまじえてつづった意外史外国篇。
登場人物――
マリー・アントワネット、エカテリーナ二世、ジャンヌ・ダルク、
則天武后、トロイのヘレン、クレオパトラら三十数人。
<ウラスジ>
まずは姉妹編というか兄弟編というか、
<日本篇>を。
この目次を見て、真っ先に思ったのは、
「実在するのか?」
という女性が多かったことです。
特に、
<伝説と神話のヒロインの正体>
のところ。
トロイのヘレン
シュリーマンを引っ張り出してトロイ戦争の有無を講ずるものの、
やはり実在とは言い難いようで。
エレクトラ
これもギリシア神話ですが、
父親のアガメムノンはトロイ戦争の功労者。
『エディプス・コンプレックス』と並び称される、
『エレクトラ・コンプレックス』
の語源となった彼女ですが、
これも実在しないよう。
エウリディケ
これもギリシア神話。
かの竪琴名人、オルフェウスの妻。
死んだエウリディケを冥界から連れ戻す話は、
日本の<イザナキ・イザナミ>と酷似しています。
二つの話とも、妻の奪還に失敗。
ブルンヒルデ
これは『ニーベルンゲンの歌』に登場する女性ですが、
この叙事詩の中でのヒロインは義理の娘である
クリームヒルトのはず。
夫であるジークフリートを殺されたあとの復讐譚は、
親族皆殺しというジェノサイドを引き起します。
ここはクリームヒルトに一票。
ジュリエット
御存知シェイクスピアの作品。
しかし、”元” があると言います。
と、言っても伝説レベルで、
場所がベローナだったってことらしい。
サロメ
『聖書』に登場。
彼女を有名にしたのはオスカー・ワイルド。
<余談>
澁澤龍彦さんの
『世界悪女物語』と『女のエピソード』
とを合わせて御覧ください。
歴史をさわがせた、とは言えないかもしれませんが、
ブランヴィリエ侯爵夫人とか、エリザベス・バートリとか、
エグい女性たちが満載です。