<徳田秋声、
中山義秀、
立原正秋、
黒岩重吾>
徳田秋声
長編 舟橋聖一:解説 新潮文庫
盲目的な好悪と利欲のままに
さまざまな男と関係し流転を重ねてゆく、
勝気で向う意気の強い お島を主人公に、
純粋客観の立場で女性描写の妙を最高度に発揮した本格小説。
無理想、無解決という日本自然主義文学の標語にふさわしく、
半生でポツンと切れてあとは底知れぬ茫洋たる人生を暗示する。
「新所帯」「足迹」「黴」「爛」と続く
著者の円熟期の頂点に位置する作品である。
<ウラスジ>
明治から大正にかけての、”女の一代記”。
それまでの、運命に弄ばれる女性、と言ったものではなく、
かと言って、さしたる主義主張もなく、
どちらかと言えば、”快楽主義的発想” から
奔放に生きる女性のお話です。
ただこの時代、理由は何であれ、女性が自由に生きることが
いかに難しいかを考えさせるところがあります。
まず一番大きいと思えるのは、
女性ならではの、<妊娠><出産>もしくは<流産><堕胎>
でしょう。
医学や避妊の未成熟もあって、この時代、恋愛の代償として
必ずといっていいほど付いて回る現象です。
この物語の主人公・お島も、<妊娠・流産>の道を辿っています。
そしてその事から来る、身体の不調、しいては寿命の先細り……。
ふと思った事。
死にかけた兵士の上に馬乗りになって、子種だけを頂戴した
『ガープの世界』 とは、隔世の感があります。
515.「碑・テニヤンの末日」
芥川賞受賞作 「厚物咲」 所収
中山義秀
短編集 河上徹太郎:解説 新潮文庫
収録作品
1.厚物咲 (芥川賞受賞作)
2.碑
3.秋風
4.テニヤンの末日
5.月魄
6.少年死刑囚
7.高野詣
老人の業を思わせる交友のなかに人生の意味を問う 『厚物咲』、
維新の変革期に剣の道に賭けた男のモラルと美を描く 『碑』、
戦争の悲惨をさぐる 『テニヤンの末日』、
一武士の運命に日本的悲壮美をとらえた 『月魄』、
ほのぼのとした暖かさを覚える 『少年死刑囚』
ほか 『秋風』 『高野詣』。
運命や人情の真髄を凝視し
人間性の孤高と純潔を謳いあげた著者の
代表短編7編を収録する。
<ウラスジ>
藤原審爾・『泥だらけの純情』 (直木賞受賞作 『罪な女』 所収)
に続く――
今では考えられない、
<芥川賞・直木賞を表題作にしない>
短編集の登場です。
これがまだまだあるんだなあ……。
『厚物咲』
これは、花弁(花びら)の多い観賞用の<菊>を指す言葉だそうです。
そんな、”美” を創り出そうとする老人のおはなし。
ただ本人は、美や芸術とは程遠い性格と欲望の持主で……。
『碑』
中山義秀と言えば、こっち系統ですよね。
『新剣豪伝』も控えてますし。
『秋風』
湯治に来た、太った婆さんと若い娘の正体は?
『テニヤンの末日』
太平洋戦争末期、テニヤン島に赴任した二人の軍医、
浜野と岡崎の<末日>。
『月魄』
維新前後、時代に翻弄される金四郎の行く末は。
『少年死刑囚』
この子は死にません。
『高野詣』
高野は贖罪の聖地だそうで。
<結論>
結構、満腹になる短編集です。
516.「白い罌粟」 直木賞受賞作
立原正秋
短編集 進藤純孝:解説 角川文庫
収録作品
1.白い罌粟 (直木賞受賞作)
2.刃物
3.船の旅
4.銀婚式
5.船の翳
美術学校時代の恩師の妻を寝取り、白い罌粟の家に住む串田は、
法の盲点を衝きながら高利貸を踏倒して暮す不思議な男。
高校教師寺石は、常に超然とした串田の虚無的な眼につまずき、
いつしか狂気の世界に迷い込んで行く……。
直木賞受賞の表題作のほか
己れのモラルに徹して非情に生きる一金融業者を描く 「刃物」 等
4篇の異色作品集。
<ウラスジ>
エキセントリックな男・串田に引きずられ、
作品中でも目に見えておかしくなって行く数学教師・寺石。
恩師の妻だった素子の言葉。
「わたし、串田に躓いたのです」
この ”つまづいた” という表現と、”照準に入る” という
二つのキーワードで、解説の奥野健男さんは
この作品を繙いておられます。
確かに、<高利貸しから借金を踏倒すこと> を生業にしている
人間など、めったにお目にかかることもないでしょう。
しかし、もし仮に巡り合ったとして、
それに躓き(能動形)、照準に入る(受動形)
と言ったことは起こり得ることでもあります。
幾分、普遍的なものも含まれていそうですし。
そういった ”傾斜” が、他人事には感じられず、
おぞましくも感じられる内容の作品です。
それにしても立原正秋、この初期作品集からすでに、
代名詞とも言える、
<どろっ、どろっ、した男女関係>
が、垣間見えていますね……。
517.「背徳のメス」 直木賞受賞作
黒岩重吾
長編 奥野健男:解説 角川文庫
夜の非人間的な女蕩しと昼間の正義の医師、植秀人は
大阪の貧民街のなかにある阿倍野病院という舞台で、
ジキ―ルとハイドのように行動する。
著者は、ハードボイルドの手法を使って、デカダンス、ニヒリズム、
無気力、情欲、犯罪が百鬼夜行するこの異常空間を描く。
昭和35年下半期直木賞受賞作品。
<ウラスジ>
『阿倍野』と言えば、今は日本一高いビル、『あべのハルカス』。
かつて山田五郎さんがおっしゃっていたように、
大阪人は、<日本一>という言葉が好きやから、
さぞ満足でっしゃろ。
通天閣や天王寺動物園も視野に入ってくるし。
が、そこは『釜ヶ崎』、あいりん地区のすぐ近く。
この『背徳のメス』の舞台にもなった ”ドヤ街”。
そこの病院で繰り広げられる愛憎劇。
主人公の植秀人を殺そうとしたのは誰か。
こういったミステリー色に加えて、のちの<西成もの>に連なる、
大阪の極所の風俗を描き出した、黒岩重吾・初期の代表作です。
でも、ここから古代へと行っちゃうんだよな――。