走りながら、食べて、聞いて、考えて! -192ページ目

先週末

先週、村上春樹の久々のエッセイに刺激を受け、しっかりランニング。

そして、木曜日には、東京での会議&懇親会。本つ尾は大阪に戻るべきか とは思ったものの、以前から予定されていた娘の学校の運動会もあるために、そのまま横浜ステイ。


そう、金曜日は久々になんの予定もない一日で、思い返せば、大阪に着任して以来 平日をゆっくりすごせるという最高にハッピーな一日だった。


朝目が覚めれば、お天気はまあまあ。しかし、妻が言うには午後から雨が降るらしいので、早めに走ったほうがベターとのことで、早速9時前に出かけた。


久々の横浜の秋の風は最高にさわやかで、曇りがちだったお天気もだんだん日差しもあらわれ、快適なRUNになった。

しかし、こういうときにかぎって、「うっ、おなかが・・・イタイ」と、もよおしてくる。

多少、脂汗もかきつつ、混乱する頭のなかで、トイレのありかを検索。

2km過ぎに公園があった。

そう、もうすぐ公園のトイレがあるはず!


が、しかし、だめだふさがっている。

くっそ~、仕方ない。このまま次ぎのトイレを!そうだ、あそこに行けばあったよな。

とまたまた脂汗をかきつつ、ようやく1.5kmくらい離れた公園のトイレに飛び込む・・・っと思ったら、「清掃中」ショック!


仕方ない。次のトイレは・・・・そうだ、あと2kmくらい走ればあったよな。

あせる

ひたすら、その方向に走るも・・・いや、いかん。ヤバイ。間に合わん。

くっつ。くっそ~。やばい。この近くになかったっけ!

とあわてて探し回る。ドクロ


そして、なんとか見つけた!DASH!

トイレは掃除したばかりのようで、綺麗!クラッカー


すでに5kmほど走ったあとなので、汗びっしょり。

そして、スッキリ!グッド!


よかったあ。間に合って。これで、新しいトイレも確認できたし、今後は大丈夫だね!


ということもありつつ、いつものように山下公園を抜け(ああ、今度、また横浜マラソンあるなあ。)、そして港の見える丘公園を抜け、本牧方面に。

折り返して、気持ちよく帰宅。


やっぱり、横浜の風はいいね!と、ちょっと危険はありましたがでも気持ちのよいRUN終了。


それからご飯をたべ、今度は床屋さんに。


大阪ではまだ大阪の床屋さんに行ってないのです。というのも、なんだか最後に自分で顔を拭くのが大阪流らしくなんとなく不安もあり、未だ行ってないだけなのですが。(別にトラ刈りにされるわけではないのにね~)


床屋さんを出るころには少しポツリという感じの雨。

でも、近くにB&Dがあるので、そこでRUNNING GOODSを少々購入して帰宅した。

(なお、妻はこのB&Dを、「マラソン屋さん」と呼んでいます)


その日は親子3人+一匹の晩御飯。



そして、翌土曜日が娘の学校の運動会。

先のブログにも書いたように、なんと今年で4連覇の掛かっている運動会。

毎年、学年カラーが決められていて、高校三年生は「黄色」。

父兄も何か黄色いものを着てくるようにということで、黄色いシャツを着て応援にでかけた。


よく小学校までが運動会は楽しいというが、この学校の運動会は、本当に面白い。

一生懸命学年対抗戦で戦うのがいい!

思わず、小さい中学1年生を応援したり、リレーでは「させ!メクレ!」とか言って応援しちゃうし。


しかしこの楽しい運動会参加も今年で最後かと思うと残念である。


そして、めでたく4連覇を飾った娘の学年は、おおいに盛り上がり、無く子あり、はしゃぐ子あり、踊る子あり!


最後に学年で円陣まで組んで盛り上がっていた。


親は一足先に帰るも、娘はそのあと「打ち上げ」とかいって、どっかにいっちゃうし。

(明日、模擬試験だっていうのに、困ったもんだ)


自分は帰宅して、やはり日課のマラソンをしないわけにはいかない。

ということで、早速走りに出た。

10km程度だけで調子よく、また風が冷たくて楽しいRUNだった。



週末金曜~土曜と休んでしまったので、日曜朝には大阪に戻らねばということで、今朝は朝いちの新幹線。


また現実にもどされたかんじ。


でも、楽しかったな~久々の楽しい週末!




運動会

秋になれば、いたるところで運動会や、球技大会などのスポーツ大会が開かれる。

学校という教育施設では、たいてい、学年の成長の違いを考慮して、学年別にいろいろ催し物が行われるわけだが・・・しかし、娘の学校は、一般社会における弱肉強食を徹底的に体感させるためなのか(目的はわからないものの)、中学校1年から高校3年までの6歳の年の差を、ある意味全く考慮せず、学年別で対抗して競うわけだ。


小学校などは、低学年、高学年などと分けて実施していたが、しかし、この学校は全くそういう意識を考慮せず、徹底的に「強いものが勝つ」理論で競わせるわけだ。


たいてい、中学生になりたての中学1年生の学年は苦戦する。いやそれだけでなく、先輩の圧倒的なパワーに驚き、それを跳ね返す余裕もなく最初の運動会を終える。

しかし、中学2年生からは、学年など関係なく同じ土俵で競うわけだ。


ところが、そうはいっても「年季」というか「経験」の差は大きくでる。

当然、高校生軍が強いわけだが、そんなことはおかまいなしだ。

実にわかりやすく、さわやかな、ルールである。


実際、高校3年生は受験間近ゆえ、運動不足で決してコンディションはよくない。

したがって 例年、高校3年生は決して優勝などはありえず、それが当然と思われてきたようである。


しかし、だ。

娘の学年はどういうわけか、中学2年生のときからこの運動会への執着心が強く、当時から上位を確保し、なんと体力や体型の差を跳ね返し、中学3年生のときから高校2年生まで、連続3連勝をしているわけだ。

これは脅威的であり、父兄も盛り上がってしまったようで、今年は学年のカラーをまとって応援に来るべしという文書が流れたのだ。

そして、朝から、最高学年の父兄が父兄観覧席を大幅に陣取り、そして応援をした。

その結果、

なんと、今までありえない、高校3年生が、「優勝」を勝ち得た。

当然、単純にスピードを競うリレーなどは上位に食い込むのはなかなか大変だった。

しかし、パワー系や、テクニカル的なものや、「経験」を生かすべきものは、軒並みトップクラスを確保。

娘が参加した、「むかでリレー」も経験がモノをいうわけで、TOPを確保。

さらに、「応援合戦」も素晴らしく、これもTOP確保。

結果、リレーではなかなか上位に食い込めずとも最終合計ではしっかり優勝を確保したのだ。



アメリカなどでは、こういった、デスクでの授業だけでなく、スポーツや子供の行動を評価し、そして、そいうい特性を生かそうとする。


この学校がそういう意識があるかどうかは別として、大学受験を目前にする高校3年生が、スポーツでも団体行動でもすばらしい活躍をしたのは、まさに「新時代」を築き始めたものではないか と思う。


この楽しい運動会(運動会って楽しかったものだというのはこの学校で始めて理解した)も、もはや来年は,身にこれないのだが、しかし、これから社会人になっていく彼らにとって、6歳以上もの差を体感しつつ戦っていくわけである。

こういうルールも当然のことかもしれない。


もはや、体力や学力を区分して競わせること自体が、時代遅れかもしれない。


伸びる子はどんどん伸びていくべきだし、遅れてしまったとしても、それも個性かもしれない。



ムリやりではないが、

結局、マラソンをやりだして感じたことはコレなのだ。


年令にも性別にも関係ない。


結局は、自分とどう戦うかだ。


世の中はそういうものなのだし、また、自分との戦いを考えれば、競うだけが勝負でも人生でもないはずだ。



そういうことをあらためて感じさせてくれた、すがすがしい運動会の一日だった。


学校の運動会、たかが運動会、されど運動会。



夕焼け

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夕焼け

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定点観測

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定点観測

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久々に横浜ラン!
この時期の横浜はサイコー!

続々々 走ることについて語るときに僕の語ること

村上春樹の久々のエッセイに影響を受けて、三日目である。

とうとう、サロマも完走した様子が書かれていた。


特に、ボストンのチャールズリバー河畔は、自分もボストンに行った際に、走った場所なので、とにかく完全に自分に重ねて読んでしまう。(ブログを書き始めたころの記事 )


走っていて考えることも、全く同じ。


結局、ランナーはほとんど同じように感じて同じように考え同じように苦しみながら同じようにマラソンを楽しんでいるのかもしれない。


同じ市民ランナーとして同じ思いを、こういった著名な作家に表現してもらったことは正直嬉しいが、なんか 秘密にしていたわけではないけれど、ちょっといろんな人に知れ渡ってしまう残念さもあったりする。


でも、ランナーはみな、同じように、自分の仕事とか人生に重ねて走っているように思う。


それにしても、村上春樹氏の走る姿は、小説家とは思えぬほどかっこいい!

やっぱり、マラソンって かっこいい(?)



そして、走ったあとのシャワーと生絞りグレープフルーツチューハイほど爽やかな感動はない!!!


(大阪も、ますます秋が深まってまいりました。大阪城公園のイチョウも、もうすぐ真黄色になりますよ!)


今日も刺激を受けて、大阪城公園往復14km

続々 走ることについて語るときに僕の語ること

なんと影響を受けやすいヤツだろうか?

口コミマーケティングなどで、「影響を与える人」を 「インフルエンシー」とかいうが、自分の場合は完全に「影響されちゃってる人」なんですよ。


で、村上春樹の、「走ることについて語るときに僕の語ること」をまだゆっくり読んでいる。

ようやく半分まできたくらい。以前東京で電車通勤があるときは、すぐ読み終わったくらいのものではあるが、自宅から会社まで5分とかからない立地では通勤時間で読書ができない。


といって自宅で余裕があるかというと、そりゃ、帰ったらごはんもつくるし、あとかたづけもしてるし、洗濯も。

そうそう、その「走ることについて語るときに僕の語ること」を読み進めているうちに、ハルキさんが毎日走ることを欠かさず、一日10kmを維持し月間300km走っているということに影響され・・・今日、帰ってから走っちまった。


ま、定時で帰宅できるくらいの余裕があったのも確かではあるが、いそいそと帰って、ウエアを着替えてまた大阪城公園まで行ったのだ。


さすがこの季節だから、もう真っ暗。大阪城公園も電灯がないと暗い(のはあたりまえか)。


そして軽く一周して、自宅近くで、家庭用品やおかずを購入して。


ななだかやたら影響されてるぜ!と思いつつ、気持ちよくビールを飲んでしまった。(ティヘっ!)


ハルキさんも走りだしてから、野菜や魚中心のおかずになったと書いていたので、自分も、今日は昨晩つくったコールスローとシャケ。なんと簡素!。


今日読んでいたところで妙に 禿同だったのは・・・


「30kmくらいまでは調子いいなあと思う。しかし35kmくらいでエネルギーが切れだすともうだんだん怒りを感じる。」という意味のところ。

全く、同じ~。

「気持ちは前に行っても、脚は進まない。」

「水を飲みたい気持ちがあっても胃が受け付けない」

など、35km以降ではランナーはみな同じように感じるんだね~。


そして、「走っているときに、極端に冷たいビールを飲みたくなる」がしかし、いざゴールしてビールを飲んでしまうと「それほどの感激はない」「極限に近いところで感じるものは何よりも凄い」というような表現も、同じ~。


なんだ、みんな同じなんだね~



続 走ることについて語るときに僕の語ること

2日前に購入した村上春樹の本はまだ、三分の一程度しか読んでいないのだが・・・

妙に、納得しつつ、同意しつつ、読み進めている。

禿同 というヤツだ。


自分が走ることを習慣化し始めてから感じた諸々のことが、まったく同じように感じているのだ。


走ることには、誰にも何にも依存しなくて、いつでもできるという手軽さ。

走り始めて、初めてレースに出たときの喜び。

さらに、初フルの際の 苦しさや悔しさ。


ただ違うといえば、村上春樹は35km以降に走れなくなっても歩き続けのころ2km前から走り始めたこと。

自分は、32km地点でリタイアし自己嫌悪に陥ったことくらいだ。


しかし、その中途半端な満足できない結果をバネにさらに走り始めるところは、まさに同じ気持ちなのだ。


自分は村上春樹よりも10歳くらい遅く走り始めているので、まだまだ経験も浅いといえるが・・・しかし、いつか村上春樹同様の思いでいろんなところを走ることができるだろうか?


さてさて、・・・まだ、時間を見つけて読み進めてみることにしよう・・・。

とうとう、コミュニティとして認知されたかな?

Jog Noteは、市民ランナーにとって とっても便利なツールであるが、そのTOPページにおいて、いつのまにか Smile Running Project!が認知されるようになったようです。



 ちょっと、うれしいニュースでした!


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