ついにやってしまった。
というか、やられてしまった。
東北楽天ゴールデンイーグルス。
フルネームで呼ぶとなんか、嫌み。
いやはや、と言うより、ついに、やはりね。
野村は「これが現状や」と言ったとか。
この言葉は選手たちへの言葉、というより、
しっかりした補強をしない、と言うか、
つまりは、金を出す出すと言いながら結局ぜ~んぜん出そうとしない
老人キラー・ミキティーに向けられたものだと考えるのが正しい。
しかし、
負け試合でちゃんと投げた福盛、初めて見た。
ついにやってしまった。
というか、やられてしまった。
東北楽天ゴールデンイーグルス。
フルネームで呼ぶとなんか、嫌み。
いやはや、と言うより、ついに、やはりね。
野村は「これが現状や」と言ったとか。
この言葉は選手たちへの言葉、というより、
しっかりした補強をしない、と言うか、
つまりは、金を出す出すと言いながら結局ぜ~んぜん出そうとしない
老人キラー・ミキティーに向けられたものだと考えるのが正しい。
しかし、
負け試合でちゃんと投げた福盛、初めて見た。
川べりの遊歩道を歩き始めた俺は感謝する気持ちに包まれていた。単純に今この瞬間の自分を支えてくれているトモイチの音楽に対する感謝だった。
トモイチの音楽はほぼブルースなのだが、端緒はロックにあり、そこから童謡へ戻ったりした末に、民謡まで行ってしまったりしつつ、その経緯の中で無国籍な風味をも取り込み、あげくにアコースティックギターで無理やりブルースへ軌道修正した、そんな雰囲気の代物だった。アコースティックギター&ヴォーカルが二人、それにカホンという箱型のパーカッションの三人で構成されていて、バンド名はミリオンダラーバッシュ。
自分にとって唯一のトモダチと言える人間がどんなに忙しくてもどうにかこうにか万難を排して音楽を続けている、という事実が素晴らしかった。そんな頼もしい存在が人生の範疇に存在していてくれることが素晴らしかった。そのトモイチをまた支えているジャンピン・ジャック・風ズの二人の存在が素晴らしかった。CDという形で彼らの音楽が今ここにあることが素晴らしかった。ありがたかった。
しかしそう考えていくとどうしてもこの素晴らしさを享受している自分という存在の根源をも考えないわけにはいかなかった。
スズキか……。
俺をこの喜びの世界に存在たらしめた、79才のふがふがジジイ。
「生まれたばかりのあんたを車に乗せて仕事して回ってたんだよ。イタチ製作所の女子事務員にかわいいかわいいってな、ずいぶんかわいがられたんだよ。どうしようもない事情で離れてしまうことになったけどな。そのへんのことはおかあさんに訊いてもらえばわかるんだけどね。うん、話したがらないかもしれなけどな」
結婚しないまま俺は産み落とされた。その時どんな事情がふがふがスズキとおふくろの周囲にあったのか、聞く耳をもたないまま電話を切ってしまったが、俺が生まれて早々に別れなけらばならなかったのだから相当な事情が俺が生まれる以前からそこに横たわっていたに違いなかった。しかし俺はとにかく産み落とされたのだ。
頭の中に生じはじめた感慨に俺は戸惑った。あんな唐突に知らされていいことじゃない、という感情で俺はその感慨を否定しようとした。感謝するなんて……。突然かけてきた電話でこんなふうに事実を打ち明けるいい加減なジジイに感謝……!? できるわけがない。
しかし頭の中でどんどん広がっていく感慨に俺は抗えなかった。感情でどんなに否定しようとしても、まるでブラックホールのように、感謝の明るい光は見る見る膨れ上がっていった。
明るい光の中に、ひとりまたひとりと顔が浮かび上がってきていた。おふくろ。俺を育てることになってしまった、今は山本家の墓の下で眠るオヤジ。高校時代から5年付き合った、はじめて愛した女の子。高校時代にいつも一緒だった、しかし俺の組んだバンドに加わったことで俺のエゴに辟易し離れていったとても大事だったはずの友達。大学時代のたくさんの仲間たち。……トモイチ。そして、ほとんど稼ぎにならない仕事にどうにかこうにか「ありついているだけ」という状態の俺に代わってしっかりした仕事に毎日精を出し尽くしている妻。
感謝の念がそこいらじゅうから匂いたつ、ダイアモンドの花が咲く野ッパラのど真ん中を、どしどしどしどし無頓着な顔つきで俺は歩いていた。
(つづく)
会話の終わった部屋の中でひとり、怒りとも悲しさともつかない感情におおわれて、俺は何かをまさぐり寄せようとしていた。午前十一時、今なら500キロか600キロ南に住むおふくろは家にいるはずだ。確かめようか。しかしそれは今の屈託を解消させてくれるとは思えなかった。ふがふがの話の内容からして俺が彼の息子であることは間違いがないように思われたからだった。スズキってのが俺の本当の父親なのかい?と訊いたらきっとおふくろはあっさりこう言うに違いなかった。そうだよ、美沙とあんたはおとうさんが違うのよ。
重大な秘密がばれたところでいちいちじたばたしない。おふくろはそういう女なのだ。過去のことで泣いたりわめいたりしない。
歩きに出ることにした。音楽を連れて。いつものようにそうすることがまずは必要なのだ。
外歩きの格好に着替えると俺は、いつもならどの音楽にしようか少なくとも五分は迷うところをまったく躊躇なくひとつの音楽をえらんでウォークマンにセットした。二十年来の友人が最近録音・完成させたものだった。
その声が必要だった。他のどんな音楽でもない、トモイチが情熱の限りをこめて弾き歌う、その音だけが必要だった。ジョン・レノンでもなくジャニス・ジョプリンでもなくイーグルスでもボブ・ディランでもない、トモイチの声だけが必要だった。
スタートボタンを押すとやがてCDのはじまりを知らせるギターのアドリブがイヤホンから俺の耳へと短く流れこみ、それがフェイドアウトしていった直後、トモイチの声がいきなり飛び込んできた。俺は生き返った。そんな気分に満たされた。
ぼんやりした頭でどうしてもたぐり寄せたかったものが明らかになっていた。怒りたいような怒りたくなんてないような、泣きたいようでやっぱり全然泣きたくなんてない、屈託してるんだが別にむしゃくしゃしてるわけでもない、そんなうやむやと曲がりくねった鈍重な嵐のような気分をどうにかしてくれるものを俺はたぐり寄せようとしていたのだ。
トモイチの声の中にそれはあった。俺はトモイチの声に支えられていた。
ウォーキング用のシューズを履いて暗い玄関からマンションの廊下へ、エレベーターからエントランスへ、そして晴れ渡った空の下へ、そんな数分のあいだに俺は決めていた。必要なもの。いらないもの。
空はいわゆるさつき晴れというやつだった。そして風も五月のそれで、強烈だった。
トモイチのバンドが力強くビートを、リフを、声を刻んでいた。風の中を飛んでいた。
自分の足で歩きはじめたつもりだった。でもその一歩一歩の力強さが、本当に自分のものなのかどうかはわからなかった。
(つづく)
生まれたばかりの赤ん坊を引き連れて過ごした懐かしき日々の思い出ばなしに没入し続けるふがふがは、なかなか自分が誰なのかを名乗ろうとしなかった。電話口には徐々に、実の親だと名乗る男の傲慢ささえ漂いはじめていた。その勝手気ままさが許せなかった。
勝手気ままと言えばこんなふうに突然電話をかけてきていきなり「実の親宣言」をかましてくれるところからして実に勝手と言うか、俺には実に自由気ままな男に思えた。俺も人のことは言えないけれど、相当に精神年齢の低いジジイだ。なるほど、本当に実の父親なのかもしれない。
だとしたらなおさら、と俺はこめかみのあたりに力がこもるのを感じた。この俺にちょっと似た所がないでもない男をこのままのざばらせてはおけない。がっちり話の腰を折るのだ。そして名乗らせるのだ。そんな気分がこめかみをぎすぎす言わせはじめていた。そしてやっと聞き出した名前は「スズキ」だった。
とてもまともには聞いていられない話を語り続ける男の名前など実の所どうでもよかった。とにかく黙らせたい、自由気ままな脳みそに水をぶっかけたい、そう思って名乗らせただけだった。けれど「スズキ」という名前を耳にした瞬間に俺は微妙な気分の変化を自分の中に認めないわけにはいかなった。
落胆だった。どこにでもあるその苗字に俺は、ちょっとんべんしてくれよ。不覚にもそう思ってしまったのだ。
感じてはいけない落胆だった。そんな所で落胆してしまうということは、ふがふがの言っている赤ん坊を自分だと認めているということに他ならないのだ。
けれど俺はがっかりした。それは紛れもない俺の感情だった。
俺は史塚和博だ。戸籍上それ以外の何ものでもないんだが、もしそれでなかったとしても山本でしかありえない。そんなふうに信じて生きてきた。俺の母親は史塚、父親は山本。
ところが、「スズキ」……そんな名前が絡んできやがった。
スズキだって!?
こんな憤りがひとつの事実を表していた。俺はふがふがを、ふがふがスズキを、もうすでに少なくとも肩のはしっこあたりに乗せてしまっている。
不愉快だった。スズキという名前そのもの。そしてそれを自分に近いものとして受け入れはじめている自分。
電話のはじめあたりで俺は、実はこの男のことを思い出していた。ここ十年ほどのあいだに二度三度、電話をかけてきていたことがあったのだ。しかし、これまで電話をよこした時とは話の内容が違いすぎた。これまではおふくろのむかしなじみなのだろうぐらいにしか思えない電話の内容だったのだ。この街からトンズラを決めたおふくろの行き先でも聞き出そうと、電話帳で珍しい苗字を見かけて電話をよこした、どうでもいいじいさんぐらいの記憶しか残っていなかった。
おふくろが言っていたことも思い出した。
「○○○さんっていう人が電話かけてきたりしたら何でも相談してみな。話ぐらいは聞いてくれると思うから」
ぼんやり話半分にしか聞いていなかったから○○○の部分はすっかり忘れていたが、そうかもしれない、きっと「スズキ」だったのだ。
不愉快に、しかしやんわりと事実が溶け合っていくような感覚がこれまた不愉快だった。不愉快さのすべての根源は、「おとうさんは死んだと思ってるんだろうけど、実は生きてるんだよ……」という言葉が胸に突き刺さった瞬間、その突き刺さった風穴から吹き出してきた混乱に端を発していた。
夢にでも迷い込んだかのような混乱だった。
願っていたことが現実になった――まずはじめに吹き出してきたのはそんな感慨だった。熱い、感動にさえ似た感覚だった。願うことは現実になる――誰かのそんな言葉が頭の中を縦横に突っ切った。
頭に広がった映像は、おやじの葬式の日の、その日初めて見た、大きな「おばあちゃんの家」だった。
熱くなった頭に叫びが満ちた――実はおやじは自殺などしていなかったのか?死んでなどいなかったのか?現実から離れて、すべてから逃れて、実は生きていたのか?会いたい……。おやじに会いたい。それが俺が望んでいたすべてなんだ!
けれどふがふがの話は俺が望むものからどんどんかけ離れていった。あげくの「スズキ」だった。
頭の中が急速に冷凍化していった。
俺は史塚だ!山本の子だ!スズキなんかじゃねえ!
(きっと、つづく)
俺のことを自分と同じ、出張中のサラリーマンだとでも判断したんだろう、おやじは気安く話しかけてきた。
「寒い節はもちろんだけど、さわやかな季節の温泉ってのもまたいいよねえ」
同感だった。くたくたに歩きつかれたあと、まだ明るいうちに入る温泉は、外気の気持ちよさとあいまってこれもまた一興ではある。
またすぐに話しかけてくるに違いないと俺は少々窮屈な気分で身構えたが、おやじはふう~と大きな息をついたきりとなった。話しかけてもつまらない奴だ、とでも判断されたに違いなかった。言葉こそ返さなかったものの、俺としては最大級、ショーケンばりの開けっ放しの笑みで応じたつもりだったのだが。
今どきはこんな時に殺意を抱く奴もいるんだろうなあ。そんなことをふと思う。おやじの立場でも、俺の立場でもきっと現代の人間はさささっと殺意を抱き、もう一発いやな気分に拍車をかければそれは現実となるのだ。
でも、とも思う。人間なんて今も昔も同じぐらい殺しあっちゃいないか。
う~ん、そうかもしれないなあ、とショーケンがさらに気持ちよくなった時のように、極めつけにだらしない笑みを青空に向け、俺はニタついた。
最近なにやら創作文が予想外のご好評をいただいている。
よしこの時を見逃す手はない!と宣伝しちゃおう。
このブログの上の方にもちらっと書いてるんだが、もうひとつブログをやっているのだ。
題して、
こないだはクラッシュのことを書いて、その絵柄を損ないたくなかったのでしばらくクラッシュ・サンディニスタが表紙!状態でしたが、これではいかん!単なる怠慢である!と思い、今日一発奮起して椎名誠のことを書いた。
いやまあとにかく、そういうことで、よろしく!
ぼんやりした光景がよみがえっていた。
数十メートルはなれたところに大きな家がある。俺と母親と妹は車の中にいてその家を眺めている。家の前には白と黒の花輪が並んでいる。
その家の中にはおばあちゃんがいるんだなあ、と俺は考えていた。父親の棺がある場所なのだが、なぜか俺の頭にはおばあちゃんのことしか思い浮かばなかった。そこは俺にとっては、はじめて見る「おばあちゃんの家」でしかなかった。
おふくろが言った。
「もういいです」
一緒に車に乗っていた誰かが言った。
「本当にいいの?」
それが誰だったのかはまったく覚えていない。たぶん車を運転していた誰かだろう。
そこが俺の父親の本宅だった。
小学生の俺は知らなかった。なぜ父親の苗字が山本で母親(そして俺と妹)が史塚なのか。一週間に一度、金曜か土曜の夜にしか帰ってこないのは社長という仕事が忙しくてだと思っていた。父親の死後も何の疑問も持たなかった。そんな問題意識の薄さはいまだもってまったく変わっていない。自分がなんとか生きていられればそれでなにもかもがOK。
「一体なに言ってるんですか?」
頭の中の大きな家を眺めながら俺はふがふがジジイに言った。脳みそが熱くなりはじめていた。感情をコントロールできない状態に入りつつある。生まれてはじめての混乱が俺の中に充満していた。
「おかあさんに訊いてもらえばわかるんだけどね」
電話の向こうのふがふがジジイが「79才でまだ生きている父親」だということが飲み込めはじめていた。
「母は訊いても言わないと思いますよ」
このふがふが野郎が本当に俺の実の父親だったとしたら、そのことをずっと黙ってきた母親が今さらこのふがふがの「真実」を口にするとは思えなかった。
おふくろは看護婦だった。おやじとは病院で知り合ったと聞いている。それがどうやら嘘らしいと気づいたのはハタチを過ぎてからだった。おふくろは看護婦なんかじゃなかったのだ。建設会社の社長とハタチ過ぎたばかりの女が出会う病院以外の場所といったら限られてくる。その場所をおふくろは隠し通している。おふくろはそういう女なのだ。
「だったらその父親ってのはどこの誰なんです?」
ばかばかしいとは思いながらも俺はふがふがに訊いた。思った通りの答えが返ってきた。
「それは、実は僕なんだけどね」
なにが「ボク」だ。なにが、なんだけど「ね」だ。いけしゃーしゃーったらありゃしねえ。
と、こんなふうに俺が反応することをこのふがふがは予測できなかったんだろうか。え!?それはもしかしたらあなたですか!?すごい!これは素晴らしいことだ!実のおとーさんが生きてるなんて!会いたい!おとーさん!会いたい!会いたかったです!などと俺が涙にむせぶとでも思ったんだろうか。そんな場面を期待して白状の電話をかけてきたんだろうか。そして感動の再会の実現!などとひとり盛り上がりつつ日々この日の実現を待ち焦がれていたんだろうか。
「ふざけてる……」
俺はなかば笑いながらそう言った。しかしふがふがはまだ盛り上がりたいみたいだった。これからが肝心のところなんだ、とばかりに語りはじめた。
「生まれたばかりのあんたを車に乗せて仕事してたんだよ。イタチ製作所の事務員なんかにもかわいいかわいい言われてずいぶんかわいがられてたんだよ、あんたは」
なんで急に「あんた」にされてしまったのか、沸騰しかけている頭の中で何かがバチバチはじけた。沸騰した油に不用意に水が落ちたのだ。
「事情が事情であんたのお母さんとは別れなくちゃならなかったんだけどさ」
だけど……さ。この「さ」がまたはじけた。つまらないことを言った。
「なんで今さらそんなこと言うんですか」
返答もつまらなかった。
「別に今さらじゃないんだけどね」
何より俺を熱くさせていたのは言うまでもないが、これまで父親だと信じて生きてきた人物が実は他人だったというふがふがの言い分だった。今の今までおやじだと信じていたあの人が、あの何回も参った墓の下で眠るあの人物が実は父親でもなんでもないんだよというこいつの言い分だった。またつまらないことを言った。
「ジョーダンじゃねえよ」
頭に血を上らせて型どおりのつまらないセリフを吐く。懐かしい男の再来だ。何も変わっちゃいない。がしかしそんなことを思ったのは電話を切ってずっとあとのことだ。
「いつか会える時が来ると思っているから、その時はいろいろ話そう」
「そんな日は来ないと思いますけどね」
そんなやりとりで電話は終わった。
直後、混乱した頭の中を占めたのはおふくろが襖の向こうで泣いていた時の記憶だった。おやじが死んで数週間たったころだ。夜の仕事をはじめたおふくろが、真夜中、帰ってきてから泣いていたのだ。それを偶然耳にした。
「パパ……、パパ……!」
パパってのはもちろん俺の、そして妹のパパだ。声を聞いただけだったが、しかしこの時のことを思い出すたびにいつも、見えていなかったはずのおふくろの泣いている姿もそこにあるのはなぜだろう。
とにかく、ふがふがジジイの出る幕など、どこにもない。どこにもないのだ。(つづく、かなあ)
ナンテコタナイ ナンテコタナイ
クールにニヤニヤ カッコつけて言いながら
ナンテコッタ!ナンテコッタ!
心んなかじゃ苦虫 つぶれてたりしてるのだ
ナンテコタナイ&ナンテコッタ!
ナンテコタナイ&ナンテコッタ!
ダイアモンドざっくざく
痛え痛えよ 歩けやしねえ
眩しすぎるし うるせえし
どこにいったい続くのか
ダイアモンドざっくざく
疲れる疲れる そんな道
だけど気がつきゃ 見渡せば
ダイアモンドの道なのだ
踏んづけて 踏みつけて
前だけ見て歩いてたんだな
眩しい!うるせえ!ほっとけ!と
どかどかどかどか歩いてきたんだ
ダイアモンドざっくざく
やっぱり痛えし うるせえし
眩しすぎるし 疲れるし
ダイアモンドはお高いし
「基本的にしあわせなのよ」
おお お前はそう言うが
おお そうだ そうなのだ
基本的にも応用的にも
なんだかとってもしあわせなのだ
そうらしいのだ
やあな気分でいる時にゃ
あいつがいろいろ歌ってくれる
あることないこといろいろと
尾つけひれつけ歌ってくれる
どんなことを歌っていても それはとても正しくて
夢と勇気にあふれてて
愛なんてもんがガッチリ入ってる
そんなダイアモンドがざっくざく
ダイアモンドざっくざく
そんなそんな大街道 おお 俺のメインストリート
ダイアモンドの道なのだ!
ふがふがの口ぶりでジジイらしき男は言ったのだ。
「かずくんだろ?ひろくんか?」
ああ、俺はかずくんでもあり、ひろくんでもある。名前の上を呼びたがる奴はかずくんと言うし、下のほうに気持ちが行くやつはひろくんと言う。ふがふがは勝手に続ける。
「君はおとうさんは死んだと思ってるんだろうけど、実は生きてるんだよ。79歳でまだ元気なんだよ」
まったく死にぞこないのふがふがはこれだから困る。いきなり電話をかけてきて、自分が誰かを名乗りもせずにひとりで勝手にしゃべり続けるだけでは飽き足らず、とんでもないことを言いはじめる。
俺のおやじは俺が10歳の時に死んだ。妹が3歳の時だ。建設会社の社長をしてたんだが、ガンを患い、そのうちに死んでしまった。
おふくろは交通事故だと言った。そして、そんなことを言われてもどうしたらいいのか今いちわかりかねていた俺に、泣いていいんだよ、と言った。とりあえず、泣いておこうかということになった。
それから12年も過ぎた頃、俺はたまたまおやじが会社をやっていた町で働くことになった。おやじがやっていた会社はおやじの死と同時に消滅していた。俺が勤めたのは印刷屋だった。大学時代の友人の母親が社長だった。
印刷の仕事が切れて、机が並ぶ部屋で帳合いの仕事を手伝っていた時だった。パートのおばさんたちは世間話をしていた。古い話だった。近所の角にある元々は建設会社だったビルには何の会社が入ってもろくなことにならない、と話していた。
「あんな死に方したからねえ」
「社員の人が見つけたんでしょう?」
「そうだったみたいだねえ」
なんてこった……!
つくずくそう思った。人の古いうわさ話から俺はおやじの死の真相を知らされたのだ。こんなふうに知らされていい話じゃない。
それからさらに20年、今度は「本当は生きているんだよ」ときたもんだ。いい加減にしてくれ。(つづく、かな)