ふがふがの口ぶりでジジイらしき男は言ったのだ。
「かずくんだろ?ひろくんか?」
ああ、俺はかずくんでもあり、ひろくんでもある。名前の上を呼びたがる奴はかずくんと言うし、下のほうに気持ちが行くやつはひろくんと言う。ふがふがは勝手に続ける。
「君はおとうさんは死んだと思ってるんだろうけど、実は生きてるんだよ。79歳でまだ元気なんだよ」
まったく死にぞこないのふがふがはこれだから困る。いきなり電話をかけてきて、自分が誰かを名乗りもせずにひとりで勝手にしゃべり続けるだけでは飽き足らず、とんでもないことを言いはじめる。
俺のおやじは俺が10歳の時に死んだ。妹が3歳の時だ。建設会社の社長をしてたんだが、ガンを患い、そのうちに死んでしまった。
おふくろは交通事故だと言った。そして、そんなことを言われてもどうしたらいいのか今いちわかりかねていた俺に、泣いていいんだよ、と言った。とりあえず、泣いておこうかということになった。
それから12年も過ぎた頃、俺はたまたまおやじが会社をやっていた町で働くことになった。おやじがやっていた会社はおやじの死と同時に消滅していた。俺が勤めたのは印刷屋だった。大学時代の友人の母親が社長だった。
印刷の仕事が切れて、机が並ぶ部屋で帳合いの仕事を手伝っていた時だった。パートのおばさんたちは世間話をしていた。古い話だった。近所の角にある元々は建設会社だったビルには何の会社が入ってもろくなことにならない、と話していた。
「あんな死に方したからねえ」
「社員の人が見つけたんでしょう?」
「そうだったみたいだねえ」
なんてこった……!
つくずくそう思った。人の古いうわさ話から俺はおやじの死の真相を知らされたのだ。こんなふうに知らされていい話じゃない。
それからさらに20年、今度は「本当は生きているんだよ」ときたもんだ。いい加減にしてくれ。(つづく、かな)