昨日は親友である俳優の松本勝くんにワークショップを行ってもらった。
⇑詳しくは彼のブログを御覧くださいね。
僕は大の映画好きで、ベースよりも俳優をやりたいと思っている。
それは嘘だけど、演技には大変興味があるんだ。
僕はベース演奏は演技の一つであると思っている。
演技というとわかりにくいと思うけど、自己表現の方法の一つに過ぎないと思っている。
僕はベースを弾きたいのではなくて、自分の中にある様々な感情やメッセージを人に伝えたい。
それはブログを書くこと、SNSを投稿すること、学校でトークショーを行うこと。
ベースを弾かなくても自分の表現はできていると思います。
ベースを弾くときは歌詞を大切にして、それをサポートするように感情を込めて弾く。音符を弾く、テクニックを見せびらかしたいということは全くない。
インストの場合は歌詞がないので、よりベースに感情を込めるようにしている。
もちろん僕は速弾きとかタッピングとかテクニカルなことをするタイプ。
でもそこにテクニック品評会やりたいというようなエゴは全くない。
速く弾くのはそういう感情表現、タッピングするのも、音楽的な意味が必要でやるだけだ。
またステージでは演奏は感情表現以外の体や表情を使った表現も必要とされる。ダンスを踊るわけではないけど、体を動かして表現するなかで、音楽的に意味のないテクニックを使うこともある。
そんなわけで、僕はミュージシャンは絶対演技の講座を受けたほうがいいと思っている。
逆説的にいうならば、良いミュージシャンは演技ができる。
僕は学生たち、特にボーカリストには演技を学ぶように勧めようと思う。
また映画や舞台を沢山みる習慣をつけることも勧めたい。
僕の次の目標は脚本を書くことだ。
うん、まったく構想がないが、頑張ってみよう。
20年後というタイトルだが、実際には5年、10年後すら予測つかない現代。
だってガソリン臭さ満点のVツインエンジン代名詞 ハーレーダビッドソン社ですら、電気バイク発売しますからね....(ToT)
空冷を水冷にするだけで賛否両論巻き起こっていた会社が電気バイクですよ。
20年前の自分だと絶対に信じてないです。
そんな予測不能なテクノロジーの進化が凄い昨今。
すでにプロミュージシャンの仕事が少なくなっているという話は各方面から聞こえてくる。
昔は生演奏が主流だったラスベガス。
僕も何度もベガスに行き、シルク・ド・ソレイユやその他のショーを見てきた。
そういう大きなショーも多くは生演奏ではなくて、最近はコンピュータに入れられた楽曲でショーを行っているらしい。
その変化の理由もわかる気がする。
大きなショーになると照明はコンピュータで打ち込まれている。
プロジェクション・マッピングや映像とシンクロしているショーも多い。
そうなってくると演者の都合やミュージシャン都合で勝手に曲の長さを変えたり、アドリブはできないということ。
だったら、録音した音源と照明や映像、その他の装置と同期しておけばいいやん。ということになる。
生演奏の良い部分は沢山あるが多くのお客様の関心はそこではないという現実もある。
あるシルク・ドゥ・ソレイユのショーを見たときに、最後の最後でミュージシャンがサプライズで登場し「実は生演奏だったんだですよ!!」という演出が。
ただ、それも別にどっちでもいいといえばいい。
プロの僕ですら生かオケか最後まで気がつかなかったくらいだから...(汗)
人件費カットということや、急にミュージシャンが病気とかダブルブッキングとかでリプレイスする手間とかのリスクを考えると、オケでいいやんっというショーが多くなったのだと思う。
あと、楽器のデジタル化というのも、原因の一つかもしれない。
大きなマーシャルアンプを鳴らすようなライブはライブじゃないと聞けない音圧やサウンドを楽しめるが、最近の主流はデジタル・シミュレーション・アンプだ。
コンピュータでシミュレートしたアンプサウンドを直接PA(音響卓)に送ってしまう技術。
ステージ上には一切ギターアンプやベースアンプの音がしなくて、ミュージシャンはイヤーモニター(イヤホン)でCDのように混ざった音を聞きながら演奏している。
最近のステージでドラムを透明の板で囲っているバンドも少なくない。
それもドラムの音をボーカリストのマイクに被らせないように遮蔽しているものだ。
あれはダサすぎて嫌いだ。
檻に入っている動物かっつーの。
だったらも〜デジタルドラムでいいやんって思う。
実際にGLAYの最近のライブはシンバル以外はデジタルドラムらしい。
イヤーモニター対策とサウンドが均一化してサウンドチェックの時間短縮なんだろうね。(多分)
時間というのはイコールでギャラを意味する。
コンプライアンスが厳しい昨今、エンジニアは闇雲に働かせられない現実もあるだろう。
エンジニア業界が脱ブラックを進めていることでもわかる。
今後、どんどんとステージ上の音量が小さくなり、デジタルでシミュレーションした音でライブが行われると、最後に行き着く先は「カラオケでいいやん。」というオチになる可能性が高い。
実際にジャズやフュージョンなどは別としてPOPSやロックの世界では同期演奏が主流だ。
メンバー以外のプレイヤーの音をコンピューターで鳴らし、ずれないようにするためにドラマーが合わせるために必要なクリックを聞きながら演奏する。
この同期演奏だとシンセサイザーやオーケストラ、管楽器の音などを足して演奏ができる。
メンバーにいない音を出すのは理解できるが、昨今ではコーラスやサイドギターとか「メンバーがやればいいやん!!」という音までコンピュータで足している。
これはお客側にも問題があると思っている。
ライブはライブアレンジでいいやん。
CDのようなたくさんの音入っていなくていいやん。
3ピースバンドで頑張って再現している感がいいやん。
僕は同期演奏は嫌いだ。
予算的な面やその他で仕方ないことはある。
しかしバジェットも豊富なアリーナクラスのトッププロはぜひ生演奏にしてくれ。
クリックなんか使わず、その日の気分でテンポや曲順変わっていいのでやってほしい。
プレイヤーは頑張って他の楽器もいるような演奏を開発してテクニックを磨いてくれ。
これはあくまでも僕の好みです。
しかし、CDのような音を求めるお客の増加。
ライブ用のアレンジやライブならではというのが理解できないお客の増加。
完璧を求めすぎるお客の増加。
そうなると、最後は口パクになる。
僕も多くのライブを見に行って、正直「ミュージシャンいらんやん〜!」というライブも少なくない。
こんなに同期音源足すんだったら、カラオケでええやん〜。涙
ミュージシャンはステージが寂しくならないように飾っている舞台セットの一部みたいなもんやんって思います。
それは悲しすぎる。
ここ数年必ず見ているポール・マッカトニーさんはそれと対局にあるライブです。
生演奏にコダワリ、生演奏の良さが堪能できる。
音圧は無いし、華美な音で装飾されていない。
多少はサンプリング音も足しているのかもしれんけど。
だから、最近の音楽しか聞かない人には精進料理のように味気なく感じる。
こういう話をしだしたら、もはや僕もオッサンやな〜と思います。
ただ、こういう今を見ているとミュージシャンの仕事は10年後どうなっているのだろうと不安になります。
それを打壊するためにも学校では生演奏のスキルやテクニックの習得に対して、厳しく指導していきたいと思っている。
続く。
この⇑シリーズの続きを書いていなくてスイマセン。
最近鬼のように忙しくて、手が回っていません(汗)
今日は東京のシェラトン・グランデ・トーキョーベイ・ホテルで息子の卒業式でした。
僕が務めている名古屋の学校グループの東京エリアの合同卒業式なのでしたが、やはり東京管区はとんでもない人数です...!!
僕に似てピアスあけまくりの、赤と黒のマネキュアで登場された息子アキラくん。
昔の僕みたいです....(汗)
彼は映像照明の世界ですでに多くのトッププロの作品に携わっています。
下積みは大変だと思うけど、まあっ何やってもそれは同じだから、
早く独立できるように技術つけて一緒に儲けましょう!(笑)
スーパーギタリストのトシ・引田さんと!
赤ちゃんの頃から面倒見てもらっていて、あっという間に社会人になりましたよ。
卒業式はド派手!
ミッキー吉野先生(ゴダイゴ)、トミー・スナイダー先生(ゴダイゴ)、渡辺敦子先生(プリンセスプリンセス)、トシ・ヒケタ先生での翼をください
ゴダイゴ テイストなアレンジの翼をくださいは大感動!
コンサートのようでした。
実は職員というのはフル尺の卒業式を見ることはほとんどないので、実はフル尺を見ていること自体が仕事で考えると非常に大切なことでした。
保護者はどのように感じているのかという、職員ではわからない感覚を味わえたのですから。
僕は職員として卒業式には毎年参列しますので、どちらかというと恒例行事であり、
毎年の王道パターンなので内容は分かりきっているのですが、保護者として参列したことの意味は全く違います。
恐らく、職員で保護者として参列経験のある人はそんなに多くないと思いますし、ましてや僕も卒業生ですので、2世代で同じ専門学校グループに入学しているのも少ないか..いないはず。
そういう立場なので、卒業式を見る目と感じる心はかなり普段と違うものがありました。
来週は名古屋の卒業式なので、職員として卒業式を作り上げるときの思いに、学生と保護者様達の立場に寄り添って制作することを心に止めたいと思いました。
僕たちには毎年の恒例行事ですが、学生と保護者様には一生に一回のものですから。
イベントとしてこなすことではなく、心をこめて卒業生と保護者様のために行う。
自分自身も今日は初心に戻って、明日から心機一転、頑張ろうという気持ちになれたという意味で、
保護者にとっての卒業式でもあるのですよね。
保護者である、僕も奥さんもおばあちゃんも、ある意味で一つ肩の荷(といってはいかんけど)が下りたという気持ちはあります。
それと、頑張った自分!!!!
と息子を社会人にまで育てた(ほとんど奥さんの功績だけど....) 自分に乾杯!!!!
という感じです。
まだまだ次男は大学、長女は大学受験を控えた高校二年。
だから、僕は死ぬわけに行かない。
倒れるわけには行かない。
最低でも後二回子供達が社会人になるのを見届けるまでは働いて彼達の夢を叶えられるようにしてあげたい。
恐らく多くの保護者様も同じように自分に対しての節目を感じられたことでしょう。
僕は専門学校で働くうえで学生が大切は当たり前で、それをサポートしている保護者様に対して寄り添えるような学校にしたいと思っていますし、それを今日さらに強く心に誓いました。
学校からすると1/1000の学生かもしれないけど、保護者様にはたった一人の学生だから。
全部のご家庭に寄り添ってというのは本当に理想論であり、実際には不可能に近いことなのだけど、そういう気持ちで運営していないといけないなと思いました。
本当に明日から頑張ろうと思います。
ゴダイゴのミッキー吉野先生と!!
アキラくん、卒業おめでとう!!!
変なホテルと言うのは本当の名前で、受付には人間が一切いません。


























